10 魔人と〝狂人〟の対話。1
「ま、魔人だー!」
悲鳴に近い叫び声で、意識が覚醒する。どうやら刺されたショックで気を失っていたらしい。
目を開け、視界に映ったのは泣きそうに歪む空色だった。
腹部に感じる暖かいモノは、マヒトの魔法だ。そして魔法を使ったことにより、同じ金色だった人たちが恐怖し、一斉に逃げ出した――という状況だ。
石を投げられなかっただけ、まだマシだけど……あれほど自重しろと言ったのに……。
でも、感謝している。
わたしはまだ死ねないからだ。
「へぇ~……魔人って言うからどんな悪魔かと思ったら、こんな優男だったとはね。どーりで見つからないはずだよ」
人を殺めようとしていても、変わらぬ口調。
何が楽しいのか。何が面白いのか。
マヒトは背を向けたまま、わたしに魔法を使い続けている。動けないのがもどかしい。
「まさか、君と居るとは。何という巡り合わせ?
――いや。君は僕を探すため、あえて魔人と行動していたね」
反論したいけど、その通りだった。
動かした口が何を発しようとしたのだろう?
「――違う」
「何がだい?」
「アルがオレと居るのは、オレがすぐに行き倒れる情けない男だから、心優しいアルは助けようとしているだけだ」
「果たして、そうかな?」
今、奴の口元は歪んでいるはずだ。
マヒトの言っていることはハズレている。それが楽しくて面白くて仕方ないからだった。
裏切られたと思われても当然だ。実際、利用していたのだから。
「……オレを利用していてのことでも、それでアルの役に立っているなら、オレはそれでいい。誰かの役に立てるってことは、嬉しいことだから」
わたしに笑顔を向けて。
利用されることに起こらず、逆にそれを役に立っているというプラス思考に置き換えて。
どれだけお人好しなんだろう。
どれだけ人が好きなんだろう。
もしもわたしが『利用した』と口にしたら……彼は笑って『役に立てて良かった』と言うのだろうか?
――絶対に言うものか。
心が傷つく。
「君、ホントに魔人?」
「…………みんながそう呼んで恐れたのなら、オレは魔人になるな」
「あれ? 認めてないの?
ねぇ、この金色って魔人だよね?」
声を張り上げ、誰にでもなく質問する。
と、
「……そ、そうだ! ソイツに間違いない!」
「世界を冒涜しているんだ、魔人に決まっている!!」
「魔法を使うヤツは魔人なんだ、ソイツは魔人だ!」
次々と、マヒトを『魔人』と肯定させる罵声が投げられた。
自分一人が否定しても、大勢が肯定すれば否定は覆る。カインディスの狙いは、彼を魔人と肯定させることだった。
同時に、自分は魔人ではないと主張して、狂気から逃れようとする。きっと同じようなことが他でも行われているのだろう。本物の魔人が居なくても、誰かを魔人に仕立て上げてなすり付けて……。
一人の嘘をみんなで認めたら、嘘は形を失い、事実に変わる。
「…………マヒト、もういいよ。もう大丈夫。あとは自己治癒力で何とでもなるから。それでも心配なら、あとでちゃんと治してもらうよ。
わたしよりも今はこのトチ狂ったバカをどうにかしないと、全員被害者だ。助けないと、ダメだろう?」
立ち上がり、地に突き刺さったままの愛剣を取る。
背を向けたため、マヒトがどんな表情をしているのかは分からないが、哀しそうに歪んでいるのだけは見ずとも分かっていた。
哀しいのは、最後まで治療できなかったこと。そうさせたのはわたしだけど、多分、無理矢理にでも完治させたかったに違いない。
無理矢理ができないのは、自分よりも他人を優先させるため。
怖いのは、自分の意見を通すことにより、他人を傷つけること――だから。
出会って間もなく、マヒトは言った。
ケンカは心が痛いからな……と。
「――アルディ、三年前より弱くなったね。やっぱり君は〝アレ〟だから?
あの頃の君は、守るためなら殺すことも厭わなかった剣だったのに…………僕を殺す気はあっても、剣にはそれが現れていないなんて残念だな」
「あの頃のボクは、アンタに継承権をやるまいと必死だったからね。
ヴァーレンティアーズ家の誇りとかは関係なく、アンタという悪鬼狂気から全てを守らないとダメだって、思っていたよ」
「僕に継承されてこそ価値あるモノなのに、どうしてみんな分かってくれないのかな?」
その問いかけに、わたしは何度も答えを返している。
分かりたくもない――