09 金色の場所、〝狂人〟との遭遇。6
剣を壊すはずの剣が壊される。
綺麗に真っ二つ。
それはとても、神経を逆なでするには十分過ぎた。
「………………金剛石が入ったこの剣を壊すとはね。それ、稀少のオリハルコン製?」
「ああ。島のみんなが探してくれて、島一番の鍛冶師が魂込めて作った至高の一品物だ」
更に表情が歪んでいく。
カインディスの言うとおり、オリハルコンは稀少だ。現状で一番硬い鉱石は金剛石と言われている。普通の剣などは鋼で作られているが、高い物になると奴の持つ金剛石が混ざった剣になる。
この稀少な素材は、王族でなければ持てないとされていた。持っているということは、特殊で特別だった。
「それが守るための剣? なら、そこの彼を守ってみてよ」
――速いっ!
それまでの二倍かと思うほど、動きが加速している。
慌ててマヒトのフォローに入る。
仲間のはずの金色は、誰一人助けてはくれない。みんなカインディスの狂気に圧倒され、殺されることに恐怖しているのだろう。
「甘いね、ほら!」
突き出された剣は上手くいなせず、
「っ、かすったか」
「アル!」
「……平気。大丈夫。誰一人殺させないから安心して」
左肩をかすったのは、ソードブレイカーの普通の刃側。ギザギザでなかっただけ助かった。
血が滲み出すが、戦えないわけじゃない。
抉られない限りは、どこまでも大丈夫である。
「誰一人殺させない?
君は昔から『剣は守るため』と言っていたね。本当にそれが可能なの?
剣は武器。剣は人を圧倒するための手段。だから君は、今の僕には勝てないよ」
「物事は、やってみなきゃ分からないって」
痛む左肩を庇いながら、右手の力だけで剣を振るう。半分に減った力のためか、いとも簡単に受けきられた。
二度、三度の鍔迫り合い。
剣の重みを用いているわたしは、端から見れば優勢に思うだろう。
しかし、実際は違う。
わたしは奴の逃げる方を追いかけ、そうなるよう誘導されていた。
勢いがあり押している風なわたしに、誰が気づけるのか?
多分、誘導している者と、されている者の二人だけ。あるいは熟練した剣士。
一瞬の隙。
奴の口元が歪む。
しまった――そう気づいた時には遅かった。
振り返った先のマヒトとは大分離されている。
と言っても、走れば間に合う距離だったが、今の奴とのスピード差には――残念ながら圧倒的に負けていないためか――不安要素がある。
けど、わたしの予想は裏切られた。
カインディスの矛先は、周りを取り囲む金色……その中でも幼い子どもに向いていた。
マヒトを狙えばわたしが庇う。だから、他の人――それも逃げ遅れると踏んで、子どもを狙ったのだ。
振り上げられるソードブレイカー。
わたしは背を向け、走り出した。剣士が戦いの最中に背を向けるのは自殺行為。
だけど、わたしは選ぶ。
一生の恥より人命だ。
「ちょっと遅いね」
すぐ横を、まるであざ笑うかのようにすり抜けていく剣と、僅かの差でカインディス。狙いは確実に子どもに定まっていた。
その子どもに、マヒトが覆いかぶさるように守り抱く。
「はっ!」
マヒトと子どもに届く寸前、ソードブレイカーを弾き飛ばした大剣が地面に突き刺さる。気合と共に、わたしは自らの剣を投げたのだ。
これも自殺行為の一つ。
武器を失ったわたしは無防備そのもので、
「――今の君は、誰も守れないよ」
無関係の人が巻き込まれる。
自分のせいで……――
少しだけ彼の気持ちが分かった。
多分だが、彼は自分のせいで誰かが傷つくから、その前に自分が傷ついてしまえば誰かは無事だと思うから、投げられる石を甘んじて受けているのだろう。
みんなは悪くない。悪いのは〝魔人〟である自分と言って。
この場合、悪いのは奴であり、わたしでもある。
「っ、アルディ!!」
カインディスの凶器は――もう一つ隠し持っていたようだ――閃き、両手を広げたわたしの腹部を貫く。
この背の後ろには、巻き込んではならない人が居る。
絶対に守らなきゃならない人が居る。
武器のないわたしにとって、これが最良の手段であり正しい選択だった。