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ウィザード・プロンプト ~落ちこぼれ少年は、漢字で魔法の常識を覆す~  作者: 早野 茂
第五部《規格と支配、未定義への挑戦編》

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第39話「公開の場」

王都の空が白み始めた頃。

王城の深部。

塵一つ落ちていない大理石の冷たい回廊を純真紅の炎が静かに、だが圧倒的な熱の意思をもって舐め尽くしていく。

彼の周囲で炎が走るたび、立ち塞がる何十人もの近衛兵たちが握る鋼鉄の武器だけがピンポイントで赤熱し、飴細工のように床へドロドロと溶け落ちていった。

武器を奪われ、その異常なまでの熱量と精密なコントロールに戦意を完全にへし折られた王城の精鋭たちは、恐怖に顔を引きつらせて次々と壁際へ逃げ退き、道を開けるしかなかった。

「……チッ。こんなもんかよ。城の近衛ってのは、もう少し骨があると思ったんだがな」

拍子抜けしたように、王立魔法学院の制服をラフに着崩したレオン・ヴァルクが苛立たしげに前髪を掻き上げる。

アキルは泥だらけのブーツで溶けた鉄の海を踏み越え、王城の最上階、軍務局長官執務室の重厚な黒檀の扉の前に立った。

レオンが指先を一振りすると分厚い扉の蝶番が一瞬で白く発光し、ドスンという重い音を立てて扉そのものが内側へと吹き飛ぶ。


チク、タク、チク、タク。

壁の巨大な振り子時計の音だけが乾燥した部屋に響いている。

ミリ単位で整頓された巨大な机の奥。

軍務局長官イザークは、白手袋に包まれた両手を組んだまま表情一つ変えずに立っていた。

彼の前にはアキルの部屋から盗み出された検証ノートを切り刻んだ漆黒のバインダーと、銀色のペンが直角に置かれている。


アキルが分厚い深紅の絨毯を踏みしめようとした、その瞬間だった。

「一時の力で地下牢を破ったところで、何になるというのかね」

イザークの冷徹な声とともに絨毯の下に隠されていた幾何学的な紋様が青白く発光する。

ズンッ、と。

耳の奥で嫌な圧力が弾けた。

目に見えない凄まじい物理的な重圧が天井から真っ直ぐにのしかかり、アキルの両膝が強制的に分厚い絨毯へ縫い留められた。

泥だらけのブーツが床に深くめり込み、骨が軋む。

隣にいたレオンも苦痛に顔をしかめ、無理やり肩を沈められる。

周囲で明滅していた純真紅の炎が見えない真空の檻に閉じ込められたようにギリギリと圧縮され消えかけた。


「これで君たちは、名実ともに国家の反逆者だ」

イザークは机の上に置かれた書類を白手袋の指先でツントンと揃えた。

「君の青臭い理想はここで終わりだ。君たちが拘束された今、すでに奪った記録さえあれば、我々だけで『規格』は完成させられる。この国の民衆は、私が定めた枠の中で、思考を奪われた安全な歯車となるのだ」

アキルは、床に押さえつけられながらも、イザークの机の上に無造作に置かれた自らの『赤い袋』を睨みつけ、血が滲むほど強く拳を握りしめた。

「あんたの規格には、決定的な欠陥バグがある」

「なんだと?」

「意味を奪えば、人は必ず致命的な過ち《エラー》を起こして自滅する」

アキルは真っ直ぐにイザークの爬虫類のような目を見据えた。

「言葉は、あんた一人が隠し通せるほど軽いものじゃない」


「大衆に思考など不要だ。完璧に管理されたマニュアルだけが、この国を強固にするのだよ」

イザークが机の上の銀色のベルに手を伸ばし、城内の全兵力を動員しようとした、その直後だった。


ズドォォォォン……!!


執務室の分厚い窓ガラスと壁の一部が、外からの凄まじい魔力の波動で一斉に粉々に砕け散った。

吹き込んだ強風がミリ単位で揃えられていた壁の軍事記録ファイルをなぎ倒し、机の上の書類を無惨に宙へ舞い上げる。

「な……っ!」

常に無機質だったイザークの顔が、初めて驚愕に歪んだ。


砕けた窓枠から強い風を伴ってゆっくりと足を踏み入れたのは、深い星空のような濃紺のローブを纏った白髭の老人だった。

その手には世界樹の枝から削り出された、禍々しいほどの魔力を秘めた巨大な杖が握られている。

エドワード・グランフェル。

その後ろの宙には、王家の紋章を掲げたグリフォンに跨る正規の近衛騎士団が数十名、すでに剣を抜いて執務室を完全に包囲していた。


「……その通りだ、アキル君。言葉も魔法も、決して一個人の私欲で密室に囲い込めるものではない」

エドワードの声は深く静かだったが、執務室の空気をびりびりと震わせるほどの重圧を持っていた。

「エ、エドワード卿……!なぜ貴公がここに!これは軍務局の管轄だぞ!」

イザークが声を荒らげたが、エドワードは杖の石突きで黒檀の床をガンッと力強く叩いた。

その一撃で、絨毯の下で光っていたイザークの拘束の陣がまるで薄い氷のようにパリンと甲高い音を立てて砕け散る。

アキルとレオンの体を縛っていた不気味な重圧が完全に消え去り、押し込められていたレオンの炎が再び熱を取り戻した。


「管轄だと?笑わせるな、イザーク」

エドワードは懐から分厚い書類の束を取り出し、イザークの机の上に叩きつけた。

バサッ、と重い音が響き、生々しい裏取引の記録が机の上に散乱する。

「君がアキル君の部屋から不法に押収した資料。そして、治安維持局と結託し、民衆の魔力を意図的に制限して王家の権限すらも自らの規格で支配下に置こうとした反逆の証拠……すべて揃っているぞ」

「バカな……!それは極秘の……っ」

「アキル君が自ら見出し、学院で証明した技術は、人々が互いの役割を理解し合うための光だ。それを私物化した罪……重いぞ」


グリフォンから降り立った近衛騎士たちが、金属の鎧の音を激しく鳴らしながら一斉に執務室に踏み込み、イザークの首筋に鋭い刃を突きつける。

「王命により、イザーク・ヴァンデミオン。貴様を軍務局長官から罷免する。大人しく縛につけ」

騎士団長の宣告が乾燥した部屋に冷たく響き渡った。

砕け散った窓ガラスから吹き込む冷たい風が、絨毯の上に無惨に散乱した裏取引の書類を空しく揺らしている。

かつてミリ単位で管理されていた完璧な執務室は完全に秩序を失い、その中心で、イザークは数十本の鋭い白刃を首筋に突きつけられていた。


だが。

「……愚かな」

騎士の剣を突きつけられながらもイザークは決して膝をつかなかった。

彼の爬虫類のような瞳が狂気のような濁った光を放ち始める。

「エドワード……貴様も、古い常識に毒されたか。無知な平民どもに力を持たせれば、いずれ国は内側から燃え尽きる。完璧な秩序を保つためには……すべてを強制的に縛り上げるしかないのだ!」

イザークは自らの舌を激しく噛み切った。

血の混じった黒い飛沫が机の上に飛び散り、彼が密かにバインダーの裏に書き込んでいた禍々しい文字にジュワッと音を立てて吸収されていく。


『縛』。


次の瞬間、ドス黒い光の帯が生き物のように執務室の床から爆発的に噴き出した。

「なっ……!」

近衛騎士たちの足元に光の帯が絡みつき、彼らの悲鳴を強制的に飲み込みながら鎧ごと床へ激しく叩きつける。

黒い光の縄は壁を這い上がり、高価な黒檀の机を真っ二つに砕き割り、空間そのものを無理やり縫い合わせるように異常な速度で増殖していく。

空気を吸うことすら許さない、逃げ場のない圧倒的な圧迫感が部屋を埋め尽くす。


「アキル!」

レオンの右手に再び純真紅の炎が猛烈な勢いで吹き上がる。

彼の赤い瞳が、這い寄る黒い光の帯を睨みつけながらアキルの言葉を待っている。

アキルは泥だらけのブーツを踏みしめ、その側面にそっと手を触れた。

こびりついた分厚い泥越しに、革に深く刻み込んだ文字の感触を直接指先で確かめる。

『縛』の這い寄る無数の黒い帯がアキルたちの足元に迫り、執務室のすべてを飲み込もうとする中。

二人は一歩も退くことなく、並び立ち、圧倒的な暴力の渦へと真っ向から身を構えた。


ここまで『ウィザードプロンプト』をお読みいただき、本当にありがとうございました。

アキルが最初に土へ書いた一文字から始まった物語を、最後まで見届けていただけたことを心から嬉しく思います。

もし少しでも面白かった、心に残ったと思っていただけましたら、評価や感想、ブックマークで応援いただけると大きな励みになります。

この世界や登場人物たちには、まだ先の構想もあります。

反応をいただけたなら、続きを形にしたいと思っています。

本当にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
レオンの魔法、半端ない だが、イザークもあきらめない。 アキルとレオンのピンチにエドワード登場。 これで形勢逆転か?と思いきや… イザークは、「縛」を使う。 「アキルとレオンの二人は一歩も退くことなく…
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