第29話「リサイクル魔力と天才の綻び」
ゴォォォォォッ!!
野外演習場の上空を覆う半透明の防護結界が、内側から激しく軋み、悲鳴のような音を立てていた。
レオン・ヴァルクが右手から無造作に放った赤い竜巻が、極太の炎の壁となってFクラスの陣地へ殺到する。
それに呼応するように、純白のローブを纏ったAクラスの四人のエリートたちも一斉に膨大な魔力を解放し、空気を切り裂く無数の氷槍や、岩をも砕く風の刃を嵐のように叩きつけていた。
砂塵が猛烈な勢いで舞い上がり、超高熱でガラス化した地面がパキパキと音を立ててひび割れる。
擂り鉢状の観客席から見下ろしている上級生や教官たちですら、その圧倒的な熱波と魔力の圧力に顔をしかめ、思わずローブの袖で顔を覆うほどの凄まじい火力だった。
だが、Fクラスの五人は半透明のドーム状の結界の内側で、一歩も引かずに立ち続けていた。
最前線のガルドは胸当ての硬い留め具に太い拳を押し当て、前傾姿勢で莫大な衝撃を受け止めている。
クロエの抱える重い木製パネルの裏側では、『界』と『導』の回路を繋ぐ銀色の金属線が激しく明滅し、受け切れない熱をガルドの足元を通して休むことなく地面へと誘導し続けていた。
「圧倒的だな。だが、だからこそ隙だらけだ」
アキルは最後尾に立ち、ドームの外側を舐め回すように流れていく炎と熱の渦を冷静な目で観察していた。
レオンたちの魔法は確かに絶大な破壊力を持っている。
だがその力のほとんどは標的であるFクラスの防壁を削り切る前に弾かれ、周囲の空間へ無駄な熱や光、そして衝撃波として散逸している。
自らの直感とあふれ出る感情に任せて出力を最大化しているがゆえの、極めて燃費の悪い暴力。
「……拾うぞ」
アキルの短く鋭い言葉に、前衛のガルド、中衛のテオとクロエ、後衛のセレナの四人が素早く動いた。
彼らは足首の魔力遮断ポケットから分厚い『板札』を引き抜くと、泥だらけのブーツのつま先に設けられたスロットへ、カチリと音を立てて一斉に差し込んだ。
そこに深く刻まれているのは、散ったものを一つに寄せる『集』の文字。
そして彼らのブーツの硬い靴底には、内側に力をため込む『蓄』の文字があらかじめ彫り込まれていた。
「な……!?」
杖を振り下ろしていたAクラスの生徒の一人が、驚愕に目を見開いて動きを止めた。
Fクラスのドーム表面を舐め回し、そのまま虚空へと霧散していくはずだった彼らの魔法の余波が、不自然に軌道を曲げたのだ。
赤い炎の熱も、鋭い風の魔力も。
無駄に垂れ流されていた膨大なリソースが、見えない巨大な渦に巻き込まれるように、Fクラスの四人の足元――『集』の板札へと猛烈な勢いで吸い込まれていく。
吸い上げられた敵の魔力は、靴底の『蓄』の枠で一時的に高密度に凝縮され、純粋なエネルギーの塊へと瞬時に変換された。
「テオ!」
アキルの声に、テオが冷徹な目で手袋の指先を鋭く弾く。
彼の手首にある『制』の枠が白く輝き、四人の靴底に溜まった敵のエネルギーから荒れた力を的確に削り落とす。
そしてその極限まで純化された力を、反撃を担うガルドとセレナのラインへと即座に流し込んだ。
「もらったぜ、エリート様のお下がりをな!」
ガルドが野獣のような獰猛な雄叫びを上げ、胸当ての留め具から前方の標的へ向けて、極太の熱線を放つ。
それはレオンの炎からこぼれ落ちた莫大な熱量を、全く別の経路で極限まで圧縮し直した、恐ろしいほどに高密度な熱線だった。
ズドォォォォンッ!!
反撃の熱線がAクラスの陣地を深く抉り、彼らの足元の砂を激しく吹き飛ばしてガラスに変えた。
「馬鹿な……!なぜ奴らの魔力が落ちない!どころか、撃てば撃つほど威力が上がっている……!?」
Aクラスの生徒たちが肩で荒い息をしながらたまらず後ずさった。
感覚のままに己の魔力を浪費し続ける彼らの顔には、すでに濃い疲労と焦りの色が浮かんでいる。
額から汗が滴り、高価な杖を握る手が小刻みに震えていた。
対するFクラスの四人は、過酷な攻撃を受け続けているにもかかわらず、誰一人として息を切らしていない。
感覚に頼って撃ち続ける敵だけがひどく消耗し、Fクラスの四人の足元には、回収された敵の熱と魔力がまだ尽きることなく明滅し続けていた。
「熱が溜まりすぎ!収集は中断!」
クロエが叫び、ブーツのつま先から『集』の板札を引き抜くと、足首に巻きつけた分厚い鉛入りの魔力遮断ポケットへと素早く滑り込ませた。
文字が物理的に隠され隔離された瞬間、周囲からの魔力の吸引がピタリと止まる。許容量を超えるエネルギーを吸いすぎて、システム全体が熱暴走を起こすのを防ぐための、完全な物理遮断だ。
ガルドも、テオも、セレナも、足元に溜まった熱が限界に達するたびに板札をポケットへしまい、放出して消費すれば再びスロットに挿して吸引を再開する。
直感に頼らず、極限の戦場にあっても物理的な動作だけで、エラーなく入出力を管理し続けていた。
「……ふざけるな」
レオンの地を這うような低い声が、演習場に重く響いた。
彼の燃えるような赤い髪が、逆巻く魔力によってフワリと持ち上がる。
非の打ち所のない美しかった彼の顔には、もはや退屈そうな余裕など微塵もなかった。
そこにあるのは、自らの絶対的な才能、底辺の平民たちの小賢しい仕掛けによって単なる「燃料」として利用されていることへの、耐え難い屈辱と激しい怒りだ。
「俺の魔法を……俺の力を、泥棒のようにすすりやがって……!」
レオンの周囲の空気が、異常な重さを持った。
これまで彼が放っていた鮮やかな赤い炎が、濁った暗赤色へと変質していく。
パチッ、パチチチッ。
熱波が極限まで圧縮され、空間そのものが耐えきれずに悲鳴を上げ始めた。
演習場の上空を覆う堅牢な防護結界に、ピキピキと細かいひび割れのような光の筋が走り始める。
Aクラスのエリート生徒たちでさえ、その異常な熱とプレッシャーに耐えきれず、恐怖に顔を引きつらせて自らのリーダーから距離を取った。
「システムだと……理屈だと……!そんなもの、俺がその小細工ごと全て消し炭にしてやる!」
レオンの瞳に理性を完全に失った狂気が宿る。
彼の中で渦巻く巨大なプライドと怒りが、魔法の形を保つことすら忘れさせ、ただ純粋な「破壊の奔流」として剥き出しになろうとしていた。
ドームの内側で、テオが手袋の指先を微かに震わせた。
「……アキル。不味いぞ。なんだ、あの力は。盤面のシミュレーションが……追いつかない」
クロエもパネルを抱える指先を白くし、ガルドは無言で胸当てを叩く拳にさらに力を込めた。
セレナは杖の革紐を握りしめ、青ざめた顔で息を呑む。
アキルは、赤黒く染まりゆく演習場の空間を、鋭い目で見据え続けていた。
泥水のように濁り、膨れ上がり、境界を失っていく天才の魔力だった。




