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ウィザード・プロンプト ~落ちこぼれ少年は、漢字で魔法の常識を覆す~  作者: 早野 茂
第四部《学院対決・天才との衝突編》

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第27話「予選の証明」

王立魔法学院の巨大な野外演習場。

擂り鉢状に掘り下げられた広大な空間を取り囲む観客席からは、今日も新入生たちの放つ派手な魔法の爆発音と、それを称賛する地鳴りのような歓声が響き渡っている。

「クラス対抗戦」の予選トーナメント。

各クラスから選抜された五人一組のチームが、互いの陣地に立てられた「標的の石柱」を破壊し合う実戦形式の模擬戦だ。

第十二試合。

砂塵が舞うフィールドの片側には、金や銀の豪華な刺繍が施された真新しいローブを翻す、上位Cクラスの生徒たちが立っていた。

彼らは優越感と自信に満ちた笑みを浮かべて高価な杖を構え、その周囲には炎や氷、風といった高密度の魔力が直感のままに荒々しく渦巻いている。


対するもう一方の陣地。

そこには色あせた制服に身を包み、杖すら持たない者もいるFクラスの五人が極めて静かに立ち並んでいた。

アキルは最後尾に立ち、それぞれの持ち場へ散る四人の背中を見据える。

持ち場へ散りかけた、その刹那。

セレナの足がほんのわずかに止まった。

観客席から降ってくる地鳴りのような歓声と、向こう側の陣地で荒々しくうねる高密度の魔力。

そのすべてが、小柄な肩にのしかかっているのが見て取れた。

だが、その前にクロエが無言で半歩だけ動いた。

二人のあいだに立つのではない。

ただ、外からの視線がまともに刺さらない角度へ、自分の肩をすっと滑り込ませただけだ。

「……手順は、いつも通りでいいわ」

セレナは一度だけ瞬きをし、小さく頷く。

その横で、ガルドが胸当てを乱暴に締めかけた瞬間、テオが苛立たしげに舌打ちした。

「そこ、半目盛りずれてる。そんな締め方じゃ接続が暴れる」

文句を言いながらも、テオの指は迷いなく留め具の位置を直す。

ガルドは鼻を鳴らしただけだったが、その手を払いのけはしなかった。

アキルは何も言わない。

言葉にするまでもなく、五人はもう互いに手を貸すべき瞬間を知っていた。

土台となる前衛のガルド、回路を組むクロエと制御を担うテオ、そして魔力供給の要である後衛のセレナ。

「いくぞ。いつも通りだ」

アキルの静かな声に、四人は振り返ることなく無言で力強く頷いた。


「試合開始!」

試験官の高く澄んだ声が響き渡ると同時、Cクラスの五人が一斉に膨大な魔力を解放した。

「消し飛べ、落ちこぼれ!才能の違いを教えてやる!」

リーダー格の少年の叫びとともに、凄まじい熱量を持った三発の巨大な火球と空気を切り裂く鋭い無数の氷柱が砂をえぐりながらFクラスの陣地へと殺到する。

圧倒的な出力とエリートとしての誇りが込められた暴力的なまでの魔力の奔流。

まともに受ければ背後の石柱ごと彼らの体すらも黒焦げになりかねない致命的な魔法だ。


だが、最前線に立つ巨漢のガルドは一歩も引かなかった。

彼は分厚い革の胸当てに縫い付けられた硬い留め具を、巨大な拳でドンッと殴りつけた。

カチッ。

物理的な衝撃をトリガーとして、胸当てに仕込まれた『結』と『守』の板札が赤銅色に発光する。

ガルドから暴走しかけた荒々しい赤い魔力が、瞬時に太く強靭な光の綱へと変換され、後方に立つテオへと真っ直ぐに接続された。


「クロエ、正面だ」

テオが革手袋の指先をわずかにすり合わせる。

その視線の鋭い動きに合わせて彼の手首にある『制』の板札が白く明滅し、ガルドの綱から余分なノイズを的確に削り落として盤面をなめらかに整える。

「ええ、任せて」

クロエが胸に抱いた分厚い木製のパネルを高く掲げた。

深く彫り込まれた『界』の文字の骨格に、ガルドの強固な土台と、テオの冷徹に統制された魔力が流れ込む。

五人の前方に半透明のドーム状の壁が瞬時に顕現した。


直後、Cクラスの放った火球と氷柱がドームに激突する。


ドゴォォォォンッ!!


凄まじい爆発音とともに赤い炎が壁を舐め回し、氷の破片が四方八方へと飛び散る。

だが、クロエのパネルの四隅に配置された『守』の文字を繋ぐ金属線が、青白くチカチカと明滅した。

衝撃を受けた局所だけが自動的に『守』の屋根となって力を分散させ、圧倒的な火力を無効化していく。

濛々たる煙が晴れた後、Fクラスのドームにはヒビ一つ入っていなかった。


「ば、馬鹿な!?なぜあんな底辺の魔力で、俺たちの魔法を防げるのか!」

Cクラスの生徒たちが驚愕に顔を歪め、杖を握る手を震わせる。

「セレナ」

アキルの短い指示。

その一声に、セレナの喉がかすかに鳴った。

火球がぶつかるたびにドームの向こうで空気が焼け、耳の奥まで震える。細い肩が一瞬だけ強張る。

怖い。

逃げ出したい。

指先が止まりかける。

だが、次の瞬間、視界の端でクロエの肩が微かに動いた。

前方ではガルドが一歩も引かずに立ち、横ではテオの指先が既に次の接続位置を待っている。

自分だけが止まるわけにはいかない。

セレナは唇をきゅっと結び、革紐の真ん中へ指を滑らせた。

最後尾に立つ小柄な少女はこわばっていた肩の力を抜き、杖のグリップに巻かれた革紐の真ん中へ、そっと指を滑らせた。

彼女からとめどなく溢れ出していたか細い青白い魔力が、『育』の枠で満たされ、すぐさま『燃』の板札へと注ぎ込まれる。

子に肉がつくようにじっくりと蓄積された彼女の絶対に乱れない波長が、極めて純度の高い、恐ろしいほどの熱量を持った炎へと変換された。


「ガルド!」

テオが指先を弾き、セレナの生み出した炎のラインをガルドへと直結させる。

「おおおおおっ!!」

ガルドが野獣のような雄叫びを上げ、胸当ての留め具から前方の標的へ向けて、右の拳を真っ直ぐに突き出した。

ドゴォッ!!

彼自身の圧倒的な突進力に、セレナの純粋な火力が乗った極太の熱線が、砂をガラスに変えながら一直線に伸びる。

それはCクラスの生徒たちの横をすり抜け、彼らの背後にある標的の石柱の中心を寸分違わず深々と射抜いた。


ピキ、ピキキキッ……。

数秒の静寂の後、内側から限界を超えた圧力を受けた石柱が粉雪のようにサラサラと音を立てて崩れ落ちた。

「勝者、Fクラス!」

試験官の震える声が演習場に響く。

観客席のエリートたちは水を打ったように静まり返り、やがて信じられないものを見るようなざわめきが波紋のように広がっていった。

圧倒的な魔力を持つCクラスが、魔力底辺のFクラスに傷一つつけられずに完全敗北したのだ。


試合後。

控室へ続く薄暗い石造りの通路で、アキルたち五人は、先ほど対戦したCクラスの生徒たちに立ち塞がられた。

「お前ら……いったい何をやった」

Cクラスのリーダー格の少年が血走った目でガルドたちを睨みつける。

彼のプライドはずたずたに引き裂かれ、握りしめた杖の先が微かに震えていた。

「魔力のカケラもない平民の落ちこぼれが、どうしてあんな完璧な連携を組める。どんな高度な術式を頭で構築したんだ。言え!」


ガルドは太い首を鳴らし、自分の胸当てのポケットに入った板札を太い指先で弾いた。

「頭なんか使ってねえよ。俺の力はただ前に飛ぶだけだ。だが、この『結』の枠が力を逃がさず、決して解けない結び目にする。俺はただ、その枠に力を流し込んでるだけだ」

ガルドが鼻を鳴らし、堂々と胸を張る。

「私の展開した壁も同じよ」

クロエが眼鏡を指で押し上げ、抱えたパネルの表面を愛おしそうになぞる。

「『界』は境界を区切り、固定する字。その枠の中に『守』を組み込んであるの。衝撃を受けた点だけが自動的に屋根になって力を分散させるわ」

「わ、私の力も……」

セレナが両手で杖のグリップを大切に包み込みながら、少しだけ前に出た。

「私の魔力は弱くて漏れ出すだけ。でも、この『育』の字……子が育つように少しずつ満ちる枠に流し込めば、力が消えずに残る。それを『燃』の枠に渡しただけ……」

「盤面を俯瞰して、その結び目と火力の無駄を『制』の枠で削り落とすのが僕だ」

テオが気怠げに、しかし鋭い眼光を隠さずに手袋の指先をヒラヒラと動かした。

「僕たちは五人で一つの機構だ。意味と形を共有して繋ぎ合わせれば、お前たち単一の天才なんて、いつでも超えられる」

アキルは壁に背を預けたまま、短く口を開いた。

「僕は無理に変えたわけじゃない」

通路の空気が、わずかに張る。

「ガルドは真っ直ぐすぎるから、前に出した。セレナは乱れないから、核にした。テオは疑い深いから、制御役に向いている。クロエは複雑なものほど壊さず扱える。……最初から、それぞれの形はそこにあった」

ガルドが鼻を鳴らす。

セレナは目を伏せ、杖を抱く手に少しだけ力を込めた。

テオは指先の動きをふっと止めた。

クロエだけが、丸眼鏡の奥でほんのわずかに目を細めた。


Cクラスの生徒たちは何か言い返そうと口を開きかけたが、反論の言葉が何一つ出てこなかった。

薄暗い通路に立つFクラスの四人の目には、もはや落ちこぼれの怯えなど欠片もない。

彼らはただ無言のまま手にした板札を握りしめ、言葉を失ったエリートたちを、揺るぎない静かな視線で見据え返していた。

その時、不意にセレナが小さく息を漏らした。

「……さっき、止まりそうだった」

か細い声だった。

通路の奥で別の試合の歓声が弾ける。

けれど、この場の誰も笑わなかった。

テオが手袋を外しもせずに答える。

「止まらなかった」

短い一言。

それだけで、セレナは少しだけ顔を上げた。

ガルドが胸当ての留め具を親指で鳴らす。

「俺もだ」

クロエは何も言わない。

ただ、板の縁を撫でていた指先を止め、セレナの方へ一瞬だけ視線を向けた。


セレナの肩から、ようやくほんの少しだけ力が抜けた。

アキルは通路の壁に背を預け、少し離れた場所からその光景を見守っている。

泥だらけのブーツで床を軽く叩き、胸元の手垢にまみれた『赤い袋』にそっと右手を当てる。

遠くの演習場からは別の試合の派手な爆発音と地鳴りのような歓声が聞こえてくる。

だが目の前のCクラスのエリートたちは、凍りついたように誰一人として動けずにいた。

木片の硬い感触を服越しに掌に感じながらアキルは静かに息を吐き出した。


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