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ウィザード・プロンプト ~落ちこぼれ少年は、漢字で魔法の常識を覆す~  作者: 早野 茂
第三部《町から学院へ・最初の死闘編》

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第17話「暗闇のフェイルセーフ」

「うおおおおっ!!」

雪を蹴立てて迫る第二撃の重い足音とともに、野太い怒号が暗闇に木霊する。

蝶番が完全にひしゃげ、くの字に傾いた玄関の木の扉。

その僅かな隙間から、氷のように鋭い夜の冷気とともに血生臭い匂いを纏った男たちの飢えた獣のような目が覗き込んでいる。

彼らの手には鈍く光る剣や斧が握られており、小屋の中へなだれ込んでくるのは時間の問題だった。

「父さん!母さん!」

部屋の中心に陣取るアキルが、土埃の舞う暗闇に向かって絶叫した。

丸太の第一撃による凄まじい衝撃と、内側へ散弾のように弾け飛んだ鋭い木片をまともに受けた父のゴルドと母のリーナは、正面寄りの土間に激しく打ち付けられ、呻き声を上げていた。

「ぐっ……くそっ……!」

ゴルドが苦痛に顔を歪めながら身を起こそうとするが、壁から崩れ落ちた重い薪の束や木箱が足にのしかかり、すぐには動けない。

リーナもまた、悲鳴を上げる末の弟トールをその身で庇うように床にうずくまり、衝撃で息を詰まらせて激しく咳き込んでいた。

大黒柱である二人の大人が、事実上戦闘不能に陥ってしまったのだ。

「お兄ちゃん、どうしよう!扉が開いちゃうよ!」

母の指示で反対側の窓へ向かっていてひとり難を逃れた妹のミナが、暗闇の隅でパニックになりながら悲鳴を上げた。

彼女の震える腕の中には、先ほど母から窓用に渡されたばかりの予備の札の束が抱えられている。

「ミナ!玄関の扉に新しい『守』の札をセットして!」

アキルは叫びながら床の四隅に置いた『結』の札に向けて、自身の命を削るかのように必死に魔力を流し続けていた。

第一撃で受けた防壁の致命的なダメージを、どうにか己の魔力だけで強引に繋ぎ止めている状態だ。

アキル自身は今、一歩でも動いて集中を途切れさせれば、防壁全体が完全に崩壊してしまう。

額からは滝のように汗が流れ落ち、全身の血管がちぎれそうなほどの激しい負荷が彼を襲っていた。

ゴルドもリーナも動けない今、崩れかけの扉の裏に駆け寄り、防壁を再構築するための札をセットできるのは、幼いミナしかいなかった。

「わ、わかった!」

ミナは震える小さな手で母から渡された札の束を探った。

しかし極度の恐怖と土埃の舞う暗闇の中、彼女の指先は空回りするばかりだった。

パラパラと持っていた札がすべて床にこぼれ落ちてしまう。

「どれ!?『守』ってどれなの!?暗くて字が全然見えないよ!」

ミナの声が絶望で裏返る。

窓の鎧戸も閉め切られた室内。

闇に慣れた目と住み慣れた家の感覚で、大きな移動こそできても土埃が舞う暗闇では床に散らばった札の黒い木炭の線を判別することなど到底できない。

すぐ外に殺人鬼たちが迫っているという死の恐怖が、彼女の小さな頭を完全に真っ白にしていた。

アキルは血の味がするほど強く唇を噛んだ。

ミナの指先は床に散らばった札の上を滑るばかりで正解を掴めない。

理屈を叫んでも届かない。

もう考えさせている時間はない。

ズズンッ、ズズンッ……!外から、太い丸太を抱えた複数の盗賊たちの足音が、死神の歩みのようにすぐそこまで迫る。

凍てついた雪を重いブーツが踏み砕く、不気味で暴力的な音が暗闇の土間にまで響き渡っていた。

残された時間はあと数秒。

このままでは次の突撃で限界を迎えた扉は完全に破砕される。

アキルは論理的な説明をすべて頭から捨て去り、喉の奥から血を吐くように叫んだ。

「ミナ、落とした札はもう探さなくていい!作戦の前に渡した、首から下げてる『お前専用の赤い袋』を使え!」

「あ……!」

ミナは弾かれたように胸元を探り、首から下げた袋を掴んだ。

作戦の前に渡された自分用の緊急札入れだ。

ミナの震える小さな指先が、その袋の中にある羊皮紙に触れる。

(あ……)

視界が利かなくても、指先がはっきりと「それ」の形を捉えていた。札の『上の角が落とされた』手触り。

『使い手が慌てていても、間違えないように。暗闇でも、触れば分かるように』

トールがお風呂の符を『火』と間違えて大事故になりかけた日から、我が家では符の形を工夫するようになった。

今回の盗賊対策の準備の時もそうだ。

「この『守』は屋根のように覆って守る形だから……上の二つの角を落として、屋根の形に切っておきましょう」

母のリーナと一緒に、ミナ自身も工夫して切り落とした角だった。

指先に触れたその形が、真っ白だった頭の中にひとつの答えだけを浮かび上がらせた。

ただの記号として丸暗記していたなら、恐怖で忘れていたかもしれない。

だが彼女は、その形が意味するものを知っていた。

(上の角が落としてある……屋根で覆って、守るんだ……これだ!『守』だ!)

意味を理解し、自ら工夫したからこそ、極限状態でも記憶が呼び起こされる。

文字は単なる記号ではなく、思考の道標となる。

「うおおおおおっ!!死ねえええっ!!」

外から丸太を抱えた盗賊たちが、殺意をむき出しにして突進してくる。

傾いた扉の隙間から、乱暴に差し込まれた冷たい刃のきらめきが見えた。

「ミナ、危ない!行くな!」

倒れたゴルドの悲痛な制止の声を背中に受けながらも、ミナは掴み出した『守』の札を小さな両手で固く握りしめ、土埃が濃く舞い上がる暗闇の中を、ひしゃげた玄関の重い扉へと向かって真っ直ぐに走った。

そして軋み声を上げる分厚い木の扉の裏側――札を差し込むための木枠へ、迷いなくその札を滑り込ませた。

「お兄ちゃん、セットしたよ。早く!!」

つながれええええっ!!」

アキルが己の限界を超え、魂を燃やして魔力を爆発させる。

部屋の四隅に置かれた『結』の札から極太の銀色の糸が一斉に迸り、ミナが木枠に差し込んだ真新しい『守』の羊皮紙を、ガンッと凄まじい物理的な力で分厚い木の扉の裏側へと縫い止める。

その瞬間、ひしゃげて限界を迎えていた扉が、背後に巨大な見えない山を背負ったかのように、絶対的な硬度を取り戻して硬直した。

ドゴォォォォォンッ!!大地を揺るがす轟音とともに、巨大な丸太の第二撃が扉に激突した。

だが今度は、扉は一ミリたりとも下がらなかった。

軋む音すら立てない。

「なっ……!?」

逆に猛烈な勢いで突進してきた巨大な丸太の方が、目に見えない鋼の壁に真正面からぶつかったかのように、先端からメキメキと縦にひび割れ、爆発するように砕け散ったのだ。

「ぐああっ!?」

「腕がっ……!」

その強烈な反作用により、丸太を抱えていた数人の盗賊たちはもろに衝撃を跳ね返され、悲鳴を上げて雪の積もる後方へと吹き飛ばされた。

雪の上に無様に転がった盗賊たちは、折れた腕を押さえて苦悶の呻き声を上げている。

「……ば、化け物め」

頭目らしき顔に傷のある男は、真っ二つに裂けた巨大な丸太と、ひしゃげながらも打ち破ることのできなかった薄汚れた木戸を交互に見比べ、ガチガチと奥歯を鳴らして後ずさった。

「……引けっ!ずらかるぞ!こんな呪われた家、関わってられるか!」

男の引きつった叫び声とともに盗賊たちは雪を蹴立て、這うようにして一目散に暗い森の奥へと逃げ出していった。

遠ざかる足音が完全に消え、外には再び冷たい木枯らしの音だけが残った。

家の中は、激しい嵐が過ぎ去ったあとの水底のように、深く静まり返っていた。

「……やった。追い返したぞ」

ゴルドが足の上の木箱を退けながら、信じられないというように深く息を吐き出す。

リーナが泣き崩れながら、駆け寄ってきたミナを強く抱きしめた。

「ミナ、よくやったわ……!本当によくやってくれた……!」

「ううん、お兄ちゃんが自分用の袋を使えって教えてくれたから……触っただけで、上の角が落としてあるから『守』だってすぐに分かったの。全然間違えなかったよ」

アキルは床にへたり込み、荒い息を吐き出した。

限界を超えて魔力を絞り出した反動で全身の筋肉が小刻みに震え、ひどい目眩が彼を襲っている。

ミナは首から下げた袋を胸にぎゅっと抱えたまま、緊張の糸が切れて、わあっと声を出して泣きじゃくっていた。

上の角が落とされた札の感触だけが、土埃まみれの彼女の小さな掌に、確かな答えとして残っている。

アキルはそれを見て、ようやく深い息を吐き出し、安堵の笑みをこぼした。

ひしゃげたまま微動だにしなくなった重い木の扉の向こうで、長く過酷な新月の夜が、静かに終わろうとしていた。


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