3話 婚姻の話
一条勇希、本日はもうクタクタです。
今朝から散々だった。
傘島に決闘を申し込まれて早朝に学校へ。朝早ければ一目につかずに戦えるという、あいつの考えはナイスだと思ったのだが、いつの間にやら道場の外にまでギャラリーができるとは思っていなかった。
止めに入った二宮さんにめちゃくちゃ怒られるし、ギャラリーにいた双子の姉・希望に助け舟を求めて呼びも対応なし。姉弟なのに情がないのかよ、あいつ。
「疲れた……」
「今朝から大騒ぎだったもんね」
ようやく今日の学校生活が終わった。なんだか長い1日だった。
本当は希望と一緒に、藍華との3人で帰る予定だった。しかし、希望が二宮さんに呼ばれたとかで藍華と2人で帰ることになった
藍華とは、今朝は決闘のために早く学校に行ったから登校も別だし、学年も違うからようやく会えたという感じだ。
「でも、勇希もなん傘島様の決闘毎回受け入れるの?」
「だって俺と張り合える強さはあいつしかいないよ」
初等部の頃から何かと俺に勝負事を挑んでくる傘島圭介は、多分あの学校で1番強い。今のところ、勝負は俺が全て勝っているが、追い越されるのも時間の問題だ。
「あいつとの勝負は結構面白いし。それに父さんに『お前たちは自分以外の人間も守れる強さを持て』、って言うから。強くなるには傘島の決闘はためになるかなと思って」
「傘島様が聞いたら泣くわよ」
藍華は苦笑いした。相変わらず人への気配りもある優しい。希望に藍華の爪の垢煎じて飲ませてやりたい。
学校を出て15分ほどの場所に商店が賑わうところがある。平桜京王国の中央区で最も華やかな街かもしれない。
中央区に住む人のほとんどが富裕層の人と、地区外から来た人で、国の人口は中央区が1番占めていると言っても過言ではない。
そんな賑やかな商店街になぜ来たかというと、藍華の親が経営する呉服店があるからだ。国1番の呉服店【藤城屋】は王家の衣服も仕立てるお店として有名である。
店は藤色に白字の暖簾が目印となっている。
「そうだ。今度の土曜日、青葉殿下の誕生祭があるんでしょう?勇希がもし必要なら、新しいもの仕立てるけど」
そういえば今朝早く出ていく前に、父さんがそんなことを言っていたのを思い出した。
とは言っても、高等部進級と同時に仕立ててくれたスーツはまだ汚れているわけでもない。当時は少し大きいと思っていたが、今は丈感もサイズもぴったりだし、今回はそれを着ていくとしよう。
「今回はいいや。前にここで仕立ててもらったやつまだあるし。やっぱり藤城屋の布地は長持ちして助かるよ、着心地いし」
藍華は満面の笑みを見せた。
「そう言ってくれると、叔父さんたちも喜ぶわ。
送ってくれてありがとう、また明日ね」
「また明日〜」
藍華が店の中まで入るのを見送ってから背を向けて歩き出した。
店を離れた途端、大きなあくびが出た。今日の疲れが溜まっている証拠なのかも。帰ったら少し寝ようかな。
藍華の家から歩いてさらに15分。中央区の丘の上というところに家がある。
一条家の表札扉をくぐり、家まで導く橋が家の池を跨ぐ。昔は大きく感じた橋だが、どうやら俺が大きくなったせいで小さくなった。
「ただいまー」
「おかえり勇希。あら、希望は?」
玄関前の廊下を通りかかった母さんが出迎えてくれた。
「今日は生徒会の仕事ないって聞いていたけど」
「なんか二宮さんと話があるって。俺だけ先に帰ってきた」
靴を脱ごうと屈んだ時だ。いつも脱いだ靴は靴入れにという我が家のルールなのに、綺麗に揃えられた革靴と草履があった。お客さんがきているようだ。
「あら、偶然ね。いま客間に二宮家の御当主様と、藤城様もいらしているのよ」
「おじさんと二宮様が?」
お客さんが意外すぎる。
おじさん……藍華の叔父さんがうちに来るのはともかく、まさか二宮さんの父親も来ているのは驚きだ。
一条家と二宮家は遥女王がいた時代、反りが合わなかったと聞いていたが。
藤城家はうちの両親も贔屓にしているお気に入りの呉服店だから仲が良い。
あまりにも異色な組み合わせにどんな話をしているのか気になって客間へ向かう。
玄関廊下の曲がり角を右手に行くと客間の障子が閉まっている。自分の存在がバレないように、抜き足、差し足、忍足で部屋の前に近づく。
「ところで藤城殿」
障子の前まで行くと二宮様の声がした。藍華の父親に話しかけている。一体なんの話を振るのやらと期待すると、予想を上回る話題が始まりのである。
「そろそろ婚姻の話しはどうかと」
……婚姻?
「そうですね……」
「うちの春斗と同じ年ですし、そろそろ考えてみては?」
二宮様がおじさんに婚姻の話をしている。
しかも春斗って、二宮さんのことだよな。
そろそろ考えてみてはって、つまりそういうこと?
「今や藤城家は我ら(5大名家)と肩を並べてもおかしくはない存在だ。家のためにも考えねばなるまい」
「はあ……」
「よさぬか、二宮殿。藤城殿にも考えはあるのだろう。
それよりも、先ほどの話だが……」
俺が困惑していることなど知らずに、大人達は別の話題へと話だす。
ここにいることがバレる前に再び気配を消して部屋の前から離れて玄関前に戻った。
さっき二宮様はおじさんに婚姻の話を振っていた。「そろそろ」ってことは前からその話はしていたってこと?
藍華も二宮さんも、そんな話俺たちにしてきたことないし、誰もそんな話をしていた噂もない。てことは大人だけで話を進めている?
でも、なんで二宮家と藤城家が?
確かに藤城は国1番の呉服店、最近は国を超えての外交関係もある商売屋。さらには遥元女王のお気に入りの仕立て屋だったから王家との繋がりもあるけど。だからって……。
帰ってから寝ようなんて考えはとっくになくなり、俺は急いで靴を取り出して履き、家を飛び出した。
「ちょっと勇希!どこ行くの!?」
後ろで母さんの声がしたが、行き先を伝える余裕は俺にはなかった。
下り坂を一気に駆け抜けていき、商店街が見えてきたところで、足場を屋根の上に変える。道を通っていては人が多くて時間のロスだ。
全速力で走って、さらに屋根の上を伝っていけば藤城屋まで15分かかるところを5分で到着する。
藤城屋の乗れんが見えてきたところで屋根から降りて店の中へ入る。
「藍華!」
「あら、勇希」
「!?」
藍華は和服姿で接客をしていた。その接客相手がまさかの二宮さんだ。その隣には希望までいる。希望は多分、藍華と帰れなかったら店に寄ったのだろう。
ここにいる理由がわからないのが二宮さんだ。藍華と同級生だから関わりはあるのかもしれないが、まさか学校の外でなんて。
「あんた先に帰ったんじゃ?」
「いや、その……」
希望の問いに答えが濁る。
ここで父親たちが話していたことを言えばいいのだろうけど、もし藍華たち本人がまだ知らなかったら。
しかも今朝、二宮さんに怒られたばかりだから余計に言えない。もし婚姻の話が本当で「ここで言うバカがいるんだな」とか笑ってない目でめっちゃ怒られそう。それだけは避けたい。
「どうかしましたか?」
「大丈夫、勇希?」
「あんた、またなんかやらかしの?」
「……いえ、大丈夫です」
3人に心配されるもこの場は誤魔化した。希望はめっちゃ疑いの目を向けているが。
「すみませんが会長。ブレザーだけ脱いでいただけますか?」
「ああ」
藍華は再び二宮さんの接客に入った。
巻尺を慣れた手つきで二宮さんの体格を測っていく。
「身長はいくつですか?」
「180です」
「今まで服の繊維でアレルギー起こしたりは?」
「特には。できれば肌触りがいいものがあれば。ゴワゴワしたものは苦手でね」
「わかります。私もサラサラした素材の方が好きで」
なーんて2人は笑いながら話している。
今までなら「意外な組み合わせだな」しか思わなかっただろう自分が、今日はそんな単純な考えではいられなかった。
歩くだけで女子から黄色い声が上がるけど、本気で怒ると笑いながらネチネチ言ってくる二宮さんと。
誰に対しても平等に優しく接する才色兼備と言われている藍華。
この2人が婚姻とかあり得ないだろう。いや、お似合いなのかもしれないけど。
「てか、なんで二宮さんが藍華の店来てんだよ!?」
思わず俺は2人に聞こえないように、希望に聞いた。
「私が藍華の店に寄るっていったら、二宮さんが新しく服仕立てるって一緒に来たのよ。今度の土曜日の件があるから」
「だとしてもなんで藍華の店なんだよ!?」
「あのね、名家が着てる服のほとんどが藍華の店から用達してるんだよ。
というか、あんたちょっと変だよ。なんかあった?」
「……ちょっと来て」
希望を店の外、少し離れた路地裏に連れ出した。そこに人がいないことを確認して。
「何よ、外まで連れ出して。よっぽど藍華に聞かれたくないこと?」
「二宮さんにもだよ」
「……どういうこと?」
俺は人呼吸して希望に全てを話すことにした。
「二宮さんと藍華が、婚姻するって」
「………そんなバカな」
「俺もそう思ったよ!?
でもさっき家で、二宮の御当主と藍華の叔父さんに婚姻の話振ってて。父さんは止めてた感じだけど」
希望の表情は唖然としていた。無理もない。
父さんたちの話を聞いていた俺もきっとそんな顔をしていたんだろうなと思った。
「でも、なんのために?」
「それがわかれば俺も苦労していない」
「本人たちに聞くにも聞きづらいしな。今朝も騒ぎの件で二宮さんに怒られたし」
やはりさすがは双子というべきか。考えていることがほぼ同じである。
別に二宮さんだからダメというわけではないが、もう1人の姉的存在が、親戚の兄みたいな存在の人とくっつくのが変な感じがしてならない。だから事の真相が本当か気になるのかもしれない。
こうなっては、やること・やれるべきことは決まっている。
「希望、この件俺たちで調べてみようぜ」
「調べるって……」
「幸いにも俺たちの他にも2人を知る人物は多くいるからな」
こうして、藍華と二宮さんの婚姻真相を知るため、俺は希望とともに動くことにしたのである。




