1話 日常の始まり
多くの国と交易をする大国【平桜京王国】。
桜の花びらのような形からその名がついたその国は豊かな土地と栄えた街、交易大国でもある。港街と列車が多く通る街では交友する国から様々な品を仕入れては、そのお礼にと自分たちの国でとれた資源を送る。近年は機械技術発展の国としても有名で、移住してくる人々も多くいるという。
いっけん豊かで平和な国と思わるが、大きな問題を抱えていた。
平桜京王国は10年も王座が空席となっている。
前王・遥女王はある歳の誕生祭の時、国民たちも祝福する大パレードの際、彼女が乗っていた式典用の車が突然火を噴き出し、急ぎ彼女を救おうと護衛や消化団も駆けつけたが、時すでに遅かったという。
優しく、国も国民も全てを愛し、愛されたと言われていた遥女王だったが、生涯を添い遂げる相手がいなかったため彼女の血筋を引く子供もいなかった。
王がいなくなった平桜京王国だが、それでも今も平和で土地も資源も豊かな国として保てていたのは、王を支える名家たちの存在。特に5大名家のおかげなのである。
ーーー
鞄を持って部屋を出る。
朝食は家族揃って居間で食べる。しかし、縁側から爽やかな春の風が入る今朝は、1人だけ不参加だった。
机には自分の朝食と、向かい側には両親の分が揃っている。だが、普段なら自分の隣にはもう1人分の食事があるのだが。
「勇希は?」
勇希は双子の弟である。
割烹着を脱ぎながら所定の位置に座る母に聞く。
「なんか用事があるとか言って。今朝早くに出て行ったわよ。でも安心して、朝ごはんはちゃんと食べて行ったから」
ニコニコと笑う母を見てなんだか脱力してしまいそうになる。
その隣では、私が居間に来た時にはすでに食べ始めていた父が顰めっ面な顔で(元々であるが)黙々と朝食を口に運ぶ。
あまり多くは語らない父と、優しくマイペースな母。いったいどのようにして出会い今に至るのか不思議なものである。
「ほら、希望も早く冷めないうちに食べちゃいなさい」
「いただきます」
今日の朝はご飯にわかめの味噌汁、目玉焼きにほうれん草のおひたし。微かに湯気が出ていることから母がタイミングをはかって料理の準備をしてくれたのがわかった。おかげで最初に口にした味噌汁がとても美味しい。「体によく染みる」とはこういうことなのだろう。和食が好きな私には最高な朝ごはんである。
「希望、土曜日は空けておけ」
ずっと黙っていた父が突拍子もなく聞いてきた。
「いいけど、どうして?」
「霧矢殿のご子息の誕生会がある。ぜひ我々の子供たちもご参加くださいとのことだ。
勇希にも伝えている」
「ああ、なるほど」
「今日か、明日にでも着ていくものを準備しておけ。仕立てが必要なら早めに」
お茶を飲み終えると「ごちそうさま」と言って居間から出ていった。相変わらず話す言葉が少ない父である。
「青葉殿下も、もう17歳なのね。去年から公務も少しずつ初めて、来年には戴冠。大変よね」
「そうだね」
母の心配をよそに、私は「まぁ、それが王家の決まりだし」とそれだけしか思えなかった。
前王・遥女王がこの世を去って10年以上、玉座が空席になっている。
平桜京王国は王が決まった瞬間、王の兄弟への王位継承権は即座に消え、次の子供達に渡る。だが厄介な事に玉座につけるのは18歳になってからという決まりがあった。これがこの国が10年以上も玉座が空席になっている理由である。
そして、現在第1王位継承権は遥女王の弟・霧矢殿の子息である「青葉殿下」。来年18歳を迎えれば彼が王となる。
そしてさっき父が言った「我々の子供たち」というのは「5大名家の子供たち」のこと。父は代々、王家を補佐する宰相の役職をする「一条家の当主」である。そして、子供である私と勇希も参加しろとのことだ。正直、面倒くさい。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした」
「美味しかった。行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃい」
今日も大変美味な朝ごはん。しかし、美味しさの余韻に浸っていられない。鞄を手に取って急足で玄関に向かう。いつも送迎してくれる運動手さんを待たせるわけにはいかない。
「おはようございます、希望様」
「おはようございます」
開かれた黒いリムジンの後部座席に座り、いざ学校へ。
「本日のお迎えはいかが致しますか?」
「今日は歩いて帰ってくる」
「かしこまりました」
車が走り出して10分程したところで、歩道に並ぶ桜並木が窓に美しく映り出した。
桜の花びらの形をした国であることから「平桜京王国」と名がついた。何負けぬようにと思ったのか、特に都心部である中央区は至る所に桜の木がある。そのおかげか春は観光国として有名で他国からの観光客も多い。
「お嬢様、着きました」
家から学校までは20分と少しかかるのだが、桜を眺めているとどうもいつもより到着時間が短く感じる。
「ありがとうございます」
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
国で最も大きな敷地と外観も綺麗に建設された「王立桜ノ原学園」。初等部〜高等部の一貫校であり、ほとんどの生徒が名家の子女たちが通う。
しかし、外部からの受験入学も可能となっており、外部受験合格者で成績の良かった生徒は学費が免除され、その他の合格者も学費の幾らかを国が負担する制度がついている。これらは全て前王・遥女王の考案により実行されていったという。
「希望!」
送迎してくれた車が見えなくなるまで見送ると、少し遠く後ろから名を呼ばれた。
「おはよう、希望」
「藍華!」
長くまっすぐな黒髪が桜の花びらと共に揺れる。まるで桜の精と言っても過言ではないほど、1つ年上の親友・藤城藍華は綺麗だった。
「あれ?勇希は一緒じゃないの?」
「なんか今朝早く出ていったらしい」
「そうなんだ」
藍華と校門前で待ち合わせして学校に向かうのが日課である。
初めて藍華と会ったのは私と勇希が4歳、藍華が5歳の時だった。
父がいつも利用している有名呉服店が藍華の父が経営するお店だったことから私たちは知り合った。
昔から藍華は優しくて、私たち双子にも分け隔てなく接する。その優しさはなんだが母にも似ているからなのか、私も勇希もすぐ彼女と打ち解けて今に至っている。
学校に近づくほど生徒の数も増えてくる。あちこちから「おはようございます」「ごきげんよう」とい挨拶がちらほら聞こえてもきた。
しかし、校舎に入った途端に朝の挨拶どころではない空気が漂っていた。
「第2道場でやっているらしいわ!」
「ええー!早くかっこいいお姿見にいかなくてわ!」
「俺たちも見に行こうぜ!」
男女問わずまだ何やら盛り上がって駆け足で向かう姿があちこちから現れた。その光景を目にして、今朝の勇希が早くに家を出たことと繋がり、嫌な予感がした。
「希望、もしかしてこの騒ぎ」
「……」
先ほど聞こえた西側にある第2道場へ向かうことにした。
近くなってくると道場の端の方に大勢のギャラリーが出来上がっている。果てには入りきれず扉の外まで大所帯。
あちこちで「いけ!」「そこだ!」「がんばってー!」と賑わいの声が湧き起こる。
藍華の手を掴んで「ごめんなさい」と言いながら人の隙間を何とか見つけて、このギャラリーの原因となっている道場の中心を見に行く。
「おいおい!そっちから決闘仕掛けておいて、随分手加減してるんじゃないか?」
「誰が手加減だ!こっからが本番だろうが!」
嫌な予感が的中した。
制服で相手と手合いをする双子の弟・勇希がいた。ブレザーはないとはいえ動きずらい服装だというのに、相手の攻撃を余裕で交わしては自分からも攻撃を返していく。相手を挑発する余裕さえあるようだ。
一方、柔道着で勇希に挑むのは私たちと同級生。
5大名家・軍務総督「傘島家」の子息・傘島圭介。彼は軍務を任せれている名家だけあり、武術に優れた身体能力があった。
名家子息で、なおかつこの2人の「決闘」は今日に限ったことではない。もう「これで何回目だ?」と数えるのも面倒くさくなるほどなのである。覚えているのはこの決闘が始まったのは初等部5年生の時、傘島の方から勇希に「俺と勝負しろ!」と仕掛けたことが始まりだった。なぜそれを覚えているのかというと、その現場に私もいたからである。それ以来、勇希も「いいよー」と面白がって毎回勝負を受けるのと、これまでの勝負、言っては悪いが勇希が圧勝している。決して双子の姉として贔屓しているからではない。実際、勇希は傘島を圧倒する強さがちゃんとあるのを知っている。
「あらら、勇希また決闘受けたんだ」
「あのバカ。勝ちたいとかじゃなくて、本当に面白がっているだけなんだよ」
あと少しすれば始業のベルが鳴ってしまう。
それに、勇希が今だに余裕に体を動かしているのに対して、傘島は前髪で隠れた額から多くの汗が流れ出した。何時からここで決闘していたか知らないが、傘島はもう体力の限界に近づき始めている。
2人と盛り上がっているギャラリーに申し訳ないが止めなければならない。
一歩前に踏み出したその時「そこまで!」と大きな声で、その場の賑やかな声と、2人の決闘を止める男子生徒が私の横を通り過ぎた。
「ギャラリーの生徒たちは直ちに教室に戻ってください。先生方のご迷惑になります」
爽やかな笑顔で2人のそばに立った彼の一声は絶大だった。特に女子生徒は黄色い声をあげて「麗しい」なんて一言も出ていた。
王立桜ノ原学園高等部3年生徒会長・二宮春斗。5大名家・法律管理官「二宮家」の子息である。私はこの男が苦手である。
「そこの2人は騒ぎの原因なので、ここに残りなさい」
「「は、はい……」」
二宮さんの声により、盛り上がっていた第2道場から少しずつ生徒が離れていく。
「よし、藍華。早く教室に行こう」
「え、でもいいの?勇希君助けなくて」
優しい藍華は、二宮さんの前で傘島と並んで正座しているバカな弟を心配する。
私も姉としてそうするべきなのかもしれないが、二宮さんが来てしまっては話が別。さっさと退散しなければ私まで巻き添いをくらう。
藍華の手を掴み急いで道場を出ようとする。
「……あ、希望!」
はい、終わった。
名を呼ばれてゆっくり振り向くと、正座しながら無邪気に手を振っている勇希に「ふざけんな」と怒りの目を向けるも、そんな思いは伝わるわけもなく。だがそれよりも、恐れていたことが現実となる。
勇希が私を呼んだことで傘島だけではない、二宮さんもこっちを見ていた。満面の笑みを浮かべながら、その背後には黒いモヤのが出ているように見えてしまう。
「希望嬢……」
「いや、あのですね、二宮さん」
「君は放課後、ゆっくり話しましょう」
「……はい」
こうなるから嫌だった。
勇希と傘島の決闘を止める際、生徒会長の二宮さんに見つかってはならないという私の中での決まりがあった。なぜなら彼は勇希の行いに問題があれば、双子である私に「連帯責任」という名目で呼び出しを喰らうことになる。とんでもない巻き込まれである。
「最悪……」
「まあまあ」
撃沈する私に、藍華は苦笑いして宥めてくれたのである。
ーーー
王座が空席となって大人たちが騒ぐ中、子供ちにはそんなこと関係なく「いつもの日常」を送るのであった。




