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第8話 ジフバの影送り②

 やぶの中は根が張りめぐらされており、小さな穴を掘ることすら困難だったので、頭蓋骨だけ埋葬してあげた。



 再びピラちゃんに乗り込む。ほどなくして、ウトゥラ公国が見えてきた。桃色の平野を断裁するように柵が立ち並び、その奥に白黒模様の城壁が見えた。城壁より一段高い丘の上に立つ城には、御伽噺に出てくるような三角屋根の塔が立ち並んでいた。




 *




 ガラァン。



 鈍い鐘の音が鳴る。ディミトラさんが門扉脇の塔で手続きをしている間、僕は城壁の周りを歩いていた。いつ頃建てられたものなのだろうか。黒色の蔦が壁のいたるところを張っていて、ほうぼうに白い花を咲かせていた。蔦の奥に見える石自体は茶色だ。遠方から城壁が白黒に見えたのは、すべてこの蔦植物だったというわけだ。


 堀の周りを流れる川は茶色に変色していた。臭気がひどい。山上で放置された避難小屋の厠と似た臭いだ。近寄ることすら憚られるが、防衛の役割としては完璧だろう。



「酷い臭いですね、これは」


 見上げると、ディミトラさんが杖に跨って僕の頭上に飛来してきていた。


「もう終わったんですか? 入国審査」


「ここでやることは錆びついた鐘を打ち鳴らすことだけですよ。早く中に入りましょう。ここに長居したくないです」


 そう言ってひゅーいと城壁を超えていってしまった。僕は門の前まで戻る。


 門番が開けてくれるのかと思いきや、中からディミトラさんがそこから入れと門横の通用口を指差した。怪訝に思いながらも、鉄製の通用口を通り抜けた。


 街は白黒だった。つまりは植物に侵されていた。立ち並ぶ家のいくつかは押しつぶされたように崩壊して、その痕跡すら白黒の花畑に変わっていた。踏みしめる足元も石畳の硬さはない。一歩進むごとに蔦と葉が擦れる感触が不快だった。



 門番どころか、人っ子一人見当たらない。



「……これが公国ですか?」


「黄金時代の領土の広さが仇になった典型例ですね、ここは」


 ディミトラさんは僕の歩幅に合わせてゆっくりと空を飛んでいる。ピラちゃんは使わないのだろうか。目の前の大通りはピラちゃんが進めるだけの広さはありそうだが。


「訪問者の姿を見せておかないといけないんですよ。先ほどの鐘を聞いて、もう見張り役がこちらを監視しているはずです」


 この国はどうしてこんなことに?


「今でこそ世界中の青い石の光は弱まっていますがね、五百年以上前は、誰もがどこへでも行き来できるほど、青い石はあふれかえっていて、その効力も広範囲にわたっていたそうですよ」


 ディミトラさんが「何枚か街を撮っておいてください」と言うので、時折立ち止まりシャッターを切る。


「でも、戦がすべてを終わらせたんです。石を奪い、あるいは砕いて領土を広げようとした結果、青い石の光は弱まっていったんです。人々は陸の孤島に閉じ込められてしまいました」


 昔はこの城壁の外側どころか、世界中に青い石の加護が満ちていたとのことだ。それが石の力が弱まるにつれて、人の住む居場所がどんどん狭まっていった。


「ウトゥラ公国は大陸でも屈指の大国だったんです。来る途中の平野にも畑が広がっていたんですが、青い石が弱まるにつれて、ジフバの波に飲まれていきました」


 ジフバ、とはあの桃色のササのことだという。平地での繁殖力が強く、人がいなくなった場所はまずジフバに覆われて、その葉の影と新芽が虫を、鳥を、獣たちを呼び寄せ、長い年月をかけて森になっていくだという。


 ディミトラさんは淡々と言葉を連ねていく。


「私がここを最初に訪れたのは()()()()()()ですがね、そのときはまだギリギリ城壁の内部まで青い石の加護は行き届いていたんですよ。でも、訪れるたびに居住範囲は狭まっていきました。五年ほど前は、国内での争いもひどかったと聞きました」


 聞き捨てならない言葉があった気がするが、真面目な話ゆえに水を差すことができない。ひとまず話を最後まで聞くことにする。


「老いた市民は謂れのない罪状をつけられて、なけなしの石の欠片だけ持たされて追放されたそうです。この周辺では『影送り』と呼ばれています。諸国で呼び名は異なれど、元々領土の大きかった国はどこも似たようなことをやっています」


「……口減らしですか?」


「そういうことですね。働けない者に、飯を食わせる余裕がないのです」


 ディミトラさんはちらりと後ろを振り返った。


「あの人は、ジフバ原でその身一つで放り出されたのでしょう。あんな場所に生身の人間が彷徨えば、三日ともちません。あっという間にギムンカに呼気を嗅ぎ当てられて、生きたまま喰われます」


 円形の広場に到着した。今は枯れているが、おそらく水が流れていたのだろう。細い水路と、中心に噴水の跡があった。


 ディミトラさんが噴水のオブジェの前で地面に降りた。


「ここで少し待ちましょう。国から承認が下りれば、向こうから鐘が鳴るはずです」


 ディミトラさんは両腕を組んで僕に向き直った。


「先に言っておきますがね、ここのお偉いさん方はニットー村とは違いますよ。魔法使いに対しては冷たいです」


「なぜです?」


「青い石の加護から外れて動ける存在なんて、青光教で国民をこの地に縛っている皇族からすれば、厄介以外の何者でもないんですよ」


 この世界にも宗教があるのだ。青い石を神聖なものとして崇め奉っているのか。


「入国はできるんですかね?」


 ディミトラさんが口を開くより前に、カラァンと乾いた鐘の音が響いた。ここから見上げる城は絢爛で、だからこそここから見ると少し滑稽に見えた。


 ディミトラさんは再び杖に跨って空に舞い上がった。



「彼らとて、背に腹は代えられないのです。私が世界中を旅して見つけてくる香辛料は、どれも絶品ですからね」



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