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第4話 荒野の死神①

 

 ガタンと体が揺さぶられた。重い瞼を開けて、周りを見る。



 薄暗い。日影の中にいる。


 うとうとし始めていたときは大きな川沿いの森だった。こもれびのきれいな明るい森のなかにいたのだが、いつの間にか景色が変わっていた。赤褐色と灰色の地層が幾重にも重なった、岩壁の合間にいた。緑色のツクシの化け物のような植物が岩壁にまばらに生えていた。


 荒野だ。深く乾いた谷の底を、ピラちゃんは進んでいた。空ははるか上、褐色の岩壁に狭められ、まるで清流を逆さから見ているようだ。


 ディミトラさんは、深緑色の布にくるまって眠っている。この程度の揺れは慣れっこなのだ。


 カメラを取り出して、ピラちゃんの頭に身を乗り出す。レンズを覗いてみた。ダメだ。手ブレ補正があるとはいえ、さすがにこの揺れはつらい。カメラを下す。


 ピラちゃんを停めて周辺を散策したい。こんな景色を目の前にして、カメラを持っているというのに、撮影しないことがあるだろうか。眠る前、ディミトラさんは、一日でこの荒野を抜けたいと言っていた。言ってはいたが、少しぐらい停まるのはバチが当たらないのではないか。ピラちゃんに停まってくれないか提言してみる。がたがたと進むばかりで返事がない。無視された。ピラちゃんはディミトラさんの言うことしか聞かないのだ。


 仕方がないのでしばらくピラちゃんの頭部に背中を預けて、後ろに過ぎゆく景色を眺めていた。欠伸をかみ殺す。この世界の時間の流れは、僕がいた世界と少しずれがあるのかもしれない。ようやく慣れてきたが、来て早々は眠りの周期がずれていて夜に眠るのに苦労した。


 キャアキャアと谷間に音が反響する。なにかと思ったら、岩壁の上のほうで、大型の黒色の鳥たちが鳴いていた。僕らを警戒しているのだろう。ぼうっと眺めていると、今度はピラちゃんがキューイと声を上げた。減速して、やがて完全に止まった。


 ピラちゃんの頭ごしに前を見る。



 遠方に、一台の馬車が見えた。




 *




 肩を五回ゆすって、ようやくディミトラさんは呻き声を発した。


「……んなぅ、なんですか……、眠いですよ……」


「ディミトラさん、前に馬車がいるんです」


「んん~、そんなことで起こさないでください……」


 そう言って、布を頭までかぶってしまった。


「でも、向こうがなんか信号みたいなのを送ってきているんですよ、こっちも返さないとまずいんじゃないですか?」


「……信号?」


 もぞもぞと布が動いて、ディミトラさんの不機嫌そうな顔だけ露わになった。芋虫のように這いずって、ピラちゃんの頭部に顎を乗せた。


 数十メートル先で停止した馬車から、白色の光が放たれ、空中でジリジリと輝いていた。そのさらにはるか上空では、人型の飛行物体が空の川を優雅に泳いでいた。


 ディミトラさんは目を細めて空の存在を確認してから、億劫そうに積み荷を漁り始めた。



「『砂塵』のノートス、まだ生きていたんですね」



 やがて、荷物の中から木筒を取り出して、僕に渡してきた。一方に穴が開いていて、もう一方はT字の取っ手のようなものがついていた。


「それを天に向かって撃ったら、馬車に近づいて大丈夫です。私はノートスに挨拶してきますから」


 言うが早く、杖に跨ってひゅーいと空に飛んでいってしまった。


 よくわからない。僕はこの世界で、よくわからないまま生きている。とりあえず言われた通り、木筒の穴を天に向けて、T字の取っ手を引っ張った。ぱすっと間の抜けた音がして、白い光が上空に放たれた。


 こちらの光弾を確認したのか、馬車が再び前進してきた。ピラちゃんもゆっくりと動き出す。合っていたようだ。


 馬車に乗っていたのは、中年の瘦せこけた男だった。茶色のローブをかぶって、こちらに疑心の眼差しを向けてきた。


「けったいなもんに乗って……あんた、商人か?」


「いえ、一応魔法使いみたいです」


「魔法使いぃ?」


 さらに眉をひそめた。


「……そんな威風はどこにもないな」


 失礼な。


 男はローブの下から赤いデコボコの実を差し出してきた。


「俺はハケスだ。友愛を」


 おお。これは旅人同士の作法というやつだ。先日、ディミトラさんから教わった。なるべく新鮮な果物か肉類を渡して、争う意思はないことを示すのだという。僕は積み荷から黄色のナババの実を取り出して、ハケスに差し出した。


「ミタカです。友愛を」


 ハケスさんは少し眉を動かして、ナババの実を受け取った。ローブの下に実を隠し、ディミトラさんたちを見上げながら、尋ねてきた。



「……あんた、旅をしてどれぐらいだ?」



 どうしよう。どこから来たと聞かれたら「はるか東の国から来た」と答えなさい、と伝えられていた。だが、旅の期間は特に指示は出されていなかった。あまり短いとなめられるかと思い、「九十日ほどです」と答えた。ハケスさんはへの字に結んでいた口元を少し緩めた。


「まあいい。ナババの実をありがとうよ」


 少しは警戒を解いてくれたようだ。ナババの実の皮をべりべりと剝いでいる。今度は僕が尋ねる番だ。


「ハケスさんは商人さんなんですか?」


「ああそうさ。この道二十年の古株だぜ。お空を飛んでいる魔法使い様方には敵わないがね」


 ナババの実にかじりつきながら、空を見上げた。ディミトラさんたちは青い空の一部となって、僕たちの上空で停止していた。話し込んでいるようだ。


「あの魔法使いさんと旅を続けているんですか?」


「ウトゥラとカントンの区間だけだよ。()()()があったから、金を払って用心棒してもらってんだ。ぼったくりかと思ってたが、腕は確かだ。昨日なんざ、ばったり遭遇した子連れのバルキルガを平気な顔して追い払っちまったからな。大した爺さんだよ。あれなら死神も近寄れないだろうさ」


 バルキルガについては、昨日ディミトラさんから聞いていた。牙の長い獣で、荒野の旅人の死因の七割はバルキルガのせいなのだと言っていた。「荒野の水場では私から離れてはいけませんよ」と忠告されていた。荒野の水場どころか、どこだってディミトラさんから離れるつもりはない。


 だが、例の噂? 死神? その話は初耳だった。


 噂について尋ねる。ハケスさんは岩壁を眺めながら、ゆっくりとナババの実を咀嚼した。食べ終わって指を舐めながら、皮を荒野に放り投げた。


「あんた、世間知らずのお人よしそうだから、二つ良いことを教えてやるよ」


 ハケスさんが人差し指を立てる。


「ひとつ。『友愛の挨拶』にナババの実はやめときな。そいつは結構な高級品だぜ?」


 目を瞬かせる。そうなのか。それなら食べきる前に教えてほしかった。


 ハケスさんが続けて親指を立てた。


「ふたつ」


 こちらに身を乗り出して、どこか愉快そうに話し始めた。


「この谷はな。死神が旅人の命を奪っちまうんだ」




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