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第2話 龍の通り道①

 

 まずは龍の通り道の向かうのだという。



「ニットーのお偉いさんが、『龍なんているわけがない』とうるさいんですよ。言葉で説明しても聞かないんで、ひとつその写真とやらでお願いしますよ」



 僕たちはピラちゃんに乗って移動していた。


 ピラちゃんとは、出会った日に乗せてもらった乗り物だ。あるいは生き物だ。見た目上、生物というよりは屋根のないキャタピラ式のマイクロバスに近いのだが、ディミトラさんは「生きているでしょう。動くんだから」と言い張るのだ。いろいろ会話を交わしているうちに「命とはなんです?」と哲学的な話になってしまったので、僕もピラちゃんと呼ぶことにした。「よろしくね、ピラちゃん」と声をかけると、プシューと白い煙を吐いた。嫌われているのかもしれない。



 移動し始めてもう三日になる。周囲の森は、黄色の針葉樹林へと移り変わった。見知った黄葉の景色に近い。少し安心する。


 三日経ってわかったことは、ここは異世界だということだ。要するに、初日とほとんど変わらず、わからないことだらけだということだ。



 まずディミトラさんだ。ディミトラさんは魔法使いで、旅人らしい。この世界の住人は、基本的に「青い石」という青く発光する石の周りでしか暮らせないらしく、離れすぎると眠るように命が尽きてしまうらしい。基本的ということは例外があるということで、その例外が魔法使いということだ。魔法使いだけは青い石がなくとも世界中どこにでも行けるので、街間の情報交換や物流を担っているのだという。



 しかしおかしな話だ。ここにもう一人例外がいるのだ。


「それだと俺も魔法使いってことになっちゃいません?」


「それはそうでしょう。そんな魔法が使えるんだし」


 そういって、首から下げたカメラを指差した。いや、これは魔法ではなく技術なのだ、ということを説明したのだが、いろいろ会話を交わしているうちに「魔法とはなんです?」と哲学的な話になってしまったので、自分は魔法使いということで納得することにした。別に損はないだろう。



 ディミトラさんは悪人ではない。僕に食料を分け与えてくれるし、わからないことは教えてくれる。一度タヌキのような小動物の死体に出くわしたときは両手を組んで祈りを捧げていた。その上で死体の具合を確かめて、「これはもう菌が浸食しすぎていて、食べられませんねぇ」と肩を落としていた。死は、魔法ではどうにもできないらしい。


 魔法は万能なわけではない。ディミトラさんが使えるのは、電撃攻撃と、物体の浮遊、無生物の転送などらしい。万能ではないが、それだけできれば充分すぎる。手持ちの一眼レフの充電も、ディミトラさんの魔法でまかなうことができた。




 *




 そして、魔法使いとしては優秀なのかもしれないが、それに頼り切りなせいだろうか。旅人を名乗る割には体力がなさすぎる。



「なぜ、私が、醜態を、曝しているかと、言うとですね……」


 ピラちゃんから降りて山道を歩いているときに、息を切らしながらそう言った。


「本来は、空を飛べば、ラクチンなんですよっ……!」


 杖に跨れば空を飛べるのだが、二人で飛行する力はないのだという。それならディミトラさんだけ飛べばいいと提案したのだが、森には獣が多く、木々が密集して空から視認できない場所では、僕一人を放っておけないとのことだ。


 はたしてそれは正しかった。敷き詰められた苔に足を滑らせながら山を登っていると、後ろでパキパキと木の枝が折れる音がした。振り返ると手足を長くしたコアラのような動物がいた。後ろ足で立つその高さは、五メートルをゆうに超えていた。


 これではコアラではなくオオアラだな。などと現実逃避気味に考えている間に、オオアラはフゥーと威嚇するように唸り声を上げた。目が赤い。長い爪が苔を抉っている。


 僕は目線を逸らさないように後ずさった。どうすればいい、死んだ振りをしたほうがいいのか、と中腰になったときに、下方からディミトラさんの声が聞こえた。瞬間、バリバリと雷鳴が響き、オオアラの顔面に閃光が走った。オオアラはブオォと声を上げながら、坂を転がるように下っていった。


「平地に、近いなら、狩って干し肉に、してやったんですがね……!」


 杖に寄りかかりながら、ディミトラさんは息を切らしていた。魔法を使った代償などではなく、単に急登で足が限界なのだろう。僕が礼を言うと、「あなたの魔法も、ちゃんと披露するんですよ」とうなだれたまま言った。「任せてください」と言う。言ってから、少し不安になって、カメラバッグをぽんと叩いた。




 *




 おそらく森林限界を越えた。この世界に森林限界という原理原則があるのかは知らないが、とにかく、高度を上げるにつれて木々が低くなっていくのは現実世界と同じだった。


 やがて開けた稜線に出た。向かいの山へとつながる尾根筋を見下ろす。なるほど、龍が通っているといわれると納得する崩落地が目の前にあった。


 山の斜面が崩れ去った場所は何度も見たことがあるが、ここの景色はいささか変わっていた。灰色で堅硬な岩盤の尾根筋が途中でぷっつりと途絶え、砂山に透明の棒を突き刺したように、円柱状にえぐられていた。周囲の岩山は天を突くように尖っているのに、この斜面だけ何度も水を流したように角が取れ、日の光に岩の表面が煌めていた。崩壊地の行きつく先には大きな湖があった。龍の住処は、あの湖なのだろうか。



「その景色を、写真にしてほしいんですよ」



 そう言ってディミトラさんは平らな大岩の上に身を投げ出した。もう仕事は終わったといわんばかりだ。


 僕はカメラを取り出した。岩の上に立ってみる。地面すれすれにレンズを構えてみる。アレコレ場所を変えて、何枚か撮ってみる。いまいち迫力がない。崩壊がでかすぎて、なにがなんだかわからない。背景に岩山を置けば絵力は出るのだが、肝心の龍の通り道が見えづらい。


 龍が通るのを待てないのか。龍がいればそれはとてつもない迫力だと思うのだが。


「待てませんよ。噂によると冬にならないと出ませんし、冬にこんなところに来たら凍えて死んでしまいます」


 ディミトラさんは寝転がったまま、革袋から取り出した謎の木の実をガリガリと嚙み砕いている。くつろぎ切っているディミトラさんに提案する。



「あの辺を飛んでくれませんか?」


「は?」



 崩壊地には木がない。人工物がない。あるのは灰色の岩肌だけ。比較対象がないから規模感がわからないのだ。ディミトラさんが崩壊地の中を飛んでくれれば大きさがわかりやすい。


 ディミトラさんはこれでもかと顔をしかめた。


「んえぇ~……別にそこまでしなくていいんですよ。見たまんま写真にしてくれればいいんです」


 もう体が休憩モードに入っているのだろう。その感覚はわかる。疲れたときに腰を下ろすと立ち上がるのが大変なのだ。ましてや穏やかな陽光のもと、大岩の上に大の字で寝転んでしまったら言わずもがなだ。


 それでも、と何度か押し問答をして、ついにディミトラさんが折れた。



「こうでいいんですか!?」


「もうちょっと低めで——オッケーです! そのまま湖のほうを向いていてください!」


 何枚か撮って、確認してみる。悪くない。服が黒色でわかりづらいのが難点だが、湖の青と重ねれば御の字だろう。とんがり帽子がいいアクセントになっている。


 ひゅーいと舞い戻ってきたディミトラさんに写真を見せる。「ふぅん」と声を漏らして、「もっと動きがあったほうがいいんですかね?」と提案してきた。木の実を食べて元気が出てきたのかもしれない。こういうのは多めに撮っておいたほうがいい。提案に乗ることにした。




「——違います、もっと右目で——そうそうそう、そこで撮ります! ——はい、オッケーです! ありがとうございます! ——あ、まだとります? はい、じゃあいきますよ! はい、——はい、次はそこですか? そ、そのジェスチャーはなんですか!? ——いや、いいですけど、……じゃあ、一応撮りますよ! ——はいっ! ……はい、はい、次はそっちね! じゃあ今度は右を向いて、いやいや右っ、すっごいなそのポーズ! なんでそんなに急に元気なんですか——!?」




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