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第15話 蜘蛛糸の社④


「『進化の魔法使い』?」


 カノキジさんの言葉を復唱してみせた。ディミトラさんは、記憶を探るように手で顎をさすっている。


「そういえば聞いたことがありますね。生物の性質を変更する魔法使いがいるだとか。会ったことはありませんが」


「そのお方にお願いしたのです。『この子たちを自由にしてやってくれ』と」


 ガタンと再び箱が揺れ、扉がガタガタと開いた。カノキジさんは杖をつきながら、ゆっくりと歩いていく。


「ミタカさんはご存じないかもしれませんが、キヌダカというのは自然界には生きていない、おそらくは世界で唯一の完全家畜生物なのです。遠い昔に魔法使いによって、野生で生きる術を失ったのです」


 やはり蚕と同じだ。蚕は、何千年という歴史の過程で完全に家畜化されてしまったのだと聞いているが、本当にそんなことが起こりうるのか疑問だった。魔法で変えられたのだと言われたほうがしっくりくる。


「私は幼少期から何百世代にわたって、キヌダカたちを見てきました。もはやほかの虫を捕らえる能力のない、滑らかな巣が作られては、私たちは集糸機で巻き取っていくのです。巣を壊されたキヌダカは、わけもわからず本能でまた巣を作り始めます。口にするのはハケカンバの葉だけ。次の季節を迎えることもなく、卵を産んですぐに生涯を終えます。亡骸は赤子の寝息で飛ばされるほど軽いのです。当たり前ですよね、水しか口にしないのですから」


 カノキジさんのコンコンと杖をつく音が、筒抜けの社に響く。


「世界の終わりが近づいて、商売の終わりが見えてきました。私たち人間はよいのです。終末世界で、思い思いに生きればよいのです。でもこの子達はどうでしょう? 結われることのない巣を作り続けて、自分でハケカンバの葉を拾うこともできずに死していくのです。あまりにも報われないではありませんか」


 ぎいと音を立てて、扉があけられた。中には図書館のように木棚が並べられ、天井からは十重二十重に衣が吊り下げられている。紛れ込んだキヌダカが数匹、棚の上を歩いていた。


「だから進化の魔法使いにお願いしたんですよ。『この子達に自力で動けるだけの体力と知性を』と。フードを目深にかぶった薄赤色の目の男は、多くを語らずに手を左右に泳がせました。途端に、キヌダカたちははたと動きを止めて、やがて外へと出ていきました。見送ったのは、つい三か月ほど前のことです」


 カノキジさんはひとつの棚の前で立ち止まり、悲しげに首を横に振った。


「でも、結局うまくいきませんでした。ここ最近、キヌダカたちが戻ってきてしまっているのです。外で落ち葉を食べている姿は確認できているのですが、世代を経るごとにまたここに集まってくる。……自由があるのに、自ら手放してしまうのです」



「よいことではありませんか。キヌダカたちが戻ってこられる場所が、ここなんですよ、きっと」


 ディミトラさんは、空から降りてきたキヌダカを杖先で出迎えて、優しくなでていた。


「もし人間並みの知能がキヌダカたちにあったなら、自由を叫んでいたのかもしれませんがね。どのみちカノキジのエゴですよ。飼い慣らすことも、自由に羽ばたかせることも。戻ってきちゃったんなら、最後まで面倒を見るか、……カノキジの手で引導を渡すべきですよ」


 キヌダカの乗った杖先をカノキジさんに向けて、ディミトラさんは目を細めた。


「松明を持てないというのなら、私がやりますよ」


 しんと空気が張り詰める。パチパチと杖先の石が青く明滅するも、キヌダカは素知らぬ顔で杖先にとどまっている。


 一時の静寂。


 ややあて、カノキジさんが苦笑いを浮かべた。


「——私にそんなことができるとお思いですか?」


「できないと思ったから、言ったんです。どれだけ報酬を積まれてもやりませんよ、こんな可愛い子たちに」


 ディミトラさんは杖を棚に当てて、キヌダカに降りるように促してから、昼寝を邪魔されたような渋い表情を浮かべた。


「一見高尚な考えをのたまっているように聞こえますがね、自分のところに帰ってきてくれた喜びを隠しきれていませんよ。長年の友人の目は誤魔化せません」


「だって! もう会えないと思ってたのに、みんな帰ってきてくれるんだもの! 私もううれしくって!」


 大げさに手を叩いてから、カノキジさんは目を伏せた。


「——それでいいのかしらね。たとえ世界が終わるとしても」


「いいんですよ。キヌダカたちにとっては、カノキジが心の母なんです。親として、うんざりするほど愛情を与えてやればよいのです」


 ディミトラさんは、帽子を目深にかぶりなおして、冷たい声を落とした。


「子を見捨てる親なんて、この世で最も価値のない存在ですよ」


 ディミトラさんは自分のことを多くは語らない。家族のことを尋ねたときも、「魔女は家族について語っちゃいけないんです」とはぐらかされた。僕が家族のことを語るときは、少し羨ましそうに聞いてくれていた。きっとなにかしらの怨嗟があるのだろう。


 翻って、僕は僕で少し心にずしんと重しが乗せられた気分になる。子を見捨てる親が否定されるなら、親を見捨てる子はどうなのだろう。あれほど愛して、育ててくれた子どもが、雪山で死体も見つからないまま姿を消したかと思えば、当人はのうのうと別世界で旅を楽しんでいる。とんだ親不孝ものではないか。


 ともに目を伏せてしまった僕たちを掬い上げたのは、カノキジさんの、「これなんてどう?」という提案だった。


「少し大きいかもしれないけれど、要はおしゃれ用なのでしょう? そのぐらいでもいいと思うわ」


 カノキジさんがそう言って広げているのは、ベージュに青色の刺繍が入った布生地だった。ディミトラさんの杖先の青色とも合っているし、自然界にあまりない色合いなので写真映えもよさそうだ。悪くない。


「じゃあそれにしましょう」


 悪くはないが、即決すぎる。


「ディミトラさん、せっかくだからもうちょっと選びましょうよ。こんなにいろいろあるんだし」


「ええ~、こんなのどれも同じでしょうよ。——あ、そういう意味じゃないんですよ、カノキジ」


「ミタカさんの分もご所望なんでしょう? 同じ柄のものにする? そういえばディミトラさん、『旅の施し』の贈り物はしてあげたんですか? そういう仕来りも面倒くさがらずにしてあげないと、ミタカさんがかわいそうですよ」


「うるさいですねぇ、余計なお世話ですよ」


 三人で肩掛け選びを、棚の上からキヌダカたちが、覗き見ていた。





「帰りはこの羅針盤をご覧なさいな」


 一夜明けて、カノキジさんが僕に方位磁針を渡してくれた。


「ディミトラさんに渡すと壊しかねないから、ミタカさん、よろしくね」


「失礼な。まるで一度壊したかの言い方——まあ壊しましたが」


 口を尖らせるディミトラさんは、白茶色の肩掛けを羽織っている。結局最初に選んだものがいちばんしっくりきたのだ。「ほうら、最初に選んだのでよかったじゃないですか」とディミトラさんはぶーたれていた。


「いいんですか? こんな高級そうなものを……」


「いいんです。私の場所はここですから」


 そういって、肩に乗せたキヌダカを指先で突っついた。キヌダカは前足を広げて左右に揺れている。


「ミタカさん、キヌダカの糸はしなやかで汚れもつくにくいですが、塩水にはめっぽう弱いです。海には浸けないようにお願いします」


 僕は頷いて、首元につけたマントに触れた。僕は黒地に赤色の刺繍が入った大きめのマントを買った。カメラマンは目立つ必要がないし、なにより見た目がよかった。ディミトラさんは「……そういう、悪魔チックなのが好きなんですか?」と眉をひそめていた。この世界には中二病という言葉はまだ生まれていないらしい。



「——ディミトラさん」


 別れ際、カノキジさんはディミトラさんを手招きした。少し離れた位置で僕に聞こえないように、ディミトラさんと小声で話していた。盗み聞きするつもりもなかったが、「——あの子は本当に——」という言葉だけ聞こえた。ディミトラさんは後ろ姿で、表情は見えなかった。話し終えて僕の隣に戻ってきたディミトラさんは、とくに変わった様子はなかった。いつもの眠たそうな目つきだ。


 カノキジさんは、僕たちが森の影に入るまで、ずっと手を振って見送ってくれた。最後に振り返ったときに見えた、社の上の大きな薄黄色の繭は、来た時よりもいっそう暖かな光を帯びていた。





 森を抜けて川辺に出た。キラキラと太陽の光が川の流れに砕け散っている。


「……それでお前はいつまでついてくるつもりなんですか?」


 ディミトラさんが帽子のつばの上で踊っている一匹のキヌダカに声をかけた。肩掛けを選んでいるときに杖に乗ってきた個体だ。興味津々に近づいてくるキヌダカたちは多かったが、森を小一時間も進むとすっかりいなくなった。最後までついてきたのは、この子だけだ。


「こんなところまで来てしまったら、もう戻れませんよ」


「ディミトラさんを母親だと思っているんじゃないですか。最後まで責任を取らないと」


 ディミトラさんがカノキジさんに向けていた言葉を投げかける。ついでにカメラを構えた。レンズの中のディミトラさんは、帽子を逆さにして、キヌダカと戯れている。


「いや、勝手に親認定されても困るんですが——あ、なんです!? この種!」


 やべ。先日腹いせに帽子の中に入れておいた種がバレた。今まで気がついていなかったのか。ディミトラさんは「なんだってこんなところに入るんです」と顔をしかめてから、満面の笑みで種をキヌダカの前に差し出した。


「ほうらキヌダカ、おいしいビツキの種ですよ~。お食べ」


 キヌダカは前足で種をツンツンとつついてから、そっぽを向いた。


 その瞬間を写真に収めた。やはり白っぽい肩掛けがあるだけで絵が明るい。


 笑みを浮かべたディミトラさんを記憶に残せた。それだけで、キヌダカのことが少し好きになった。





申し訳ございません、随分と時間が空いてしまいました。

週一ペースを守れるかもわかりませんが、ぽつぽつと更新していきたいと思います。

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