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第12話 蜘蛛糸の社①

 

「——で、さっき撮ったのがこっちです」



 ディミトラさんの持つカメラを後ろから操作して、画面をスクロールした。川原の前で軽く手を上げたディミトラさんが写っている。


 その前に撮った類似の写真と、今撮った写真を交互に見せた。


「どっちがいいと思います?」


 ディミトラさんは立てた膝に顎を置いて、写真を見比べる。


「……後に撮ったほう?」


「正解はないですけどね。一般的には後者のほうがきれいな写真だと判断する人が多いでしょう」


 僕はかがんでいた腰を伸ばして、伸びをした。三日ぶりの青空だ。心地よい風が干した服をはらはらと揺らしている。


 昨日は増水して濁流となっていた川が、今は元のせせらぎを取り戻していた。赤色の若木たちも、日の光を心なしか喜んで見えた。


 いつも着ているローブの乾燥待ちのディミトラさんは、白色の麻布を着ていた。なにも言わないと平気で薄着姿でうろつくので、就寝前後と洗濯中用の服を用意してくれと頼んだのだ。その提案したときも、「はあ、そうですか」とよくわかっていない様子だった。


 ディミトラさんは僕のことを男として見ていないらしい。それはそれで変にを使わなくてよいので、居心地がよい。居心地はよいのだが、こちらは房と呼ぶには浅すぎるが確かに存在する胸のふくらみも、手袋を外すたびに驚かされる白く細い指も、認識してしまっている。


 ディミトラさんは一体、僕をなにとして認識しているのだろうか。まさか非常食として認識しているんじゃないだろうな。


 僕の劣情を知る由もないディミトラさんは、保存データをスクロールして、さまざまな写真を見比べている。


「縦向きのほうがいいということですか?」


「……そうとはかぎらないです。今日は雨あがりで空がきれいなんで、空を多めに画角に入れました」


 植物の色はまちまちだが、この世界でも空の色は青色のままでよかった。空が青色だけ抜け感が違うのだ。ただ、馬鹿でかい月のような天体が邪魔になることだけはいただけない。


「後ろの木々も川の流れもきれいですけど、入れすぎるととっちらかった印象になるので、メインをディミトラさんと空に絞った感じですね」


 ふむう、とディミトラさんは息を漏らした。ここ最近、ディミトラさんは撮影に興味をもっているようで、暇さえあればカメラを取り上げて僕に質問してくる。


「しかし、やたらと私を写していますね。必要ですか?」


 頷いた。風景を撮るときは、絶対に人を入れたい派なのだ。


「ディミトラさんはよく気が高ぶって、ダイナミックかつへんてこなポーズを取ってくれるので、撮る方としてはありがたいです。笑顔を見せてくれれば満点なんですけどね」


「芸術的なポーズと言ってほしいですね……というかひとつ気づいたんですがね」


 ディミトラさんはこちらにカメラを返しながら問いかけた。


「もしかして、黒色の服ってあまりよろしくないですか?」


 鋭い。ディミトラさんはセンスがあるかもしれない。


 モデル撮影ならともかく、風景写真でモデル役が黒色や紺色を着ていると、景色の影と同化してとても目立たない。同じ理由で地面と同化する茶色や草葉に溶け込んでしまう緑色も、可能な限り避けたい色味だ。


「でもローブやとんがり帽子は、形として面白いですよ」


 フォローを入れておく。ディミトラさんは少し思案する様子で顎に手を当てた。


「ローブ衣装は私の信条なので外せないのですが……いい機会ですので、ローブの上に羽織るマントを手に入れておきますか」


 おお。僕の写真のために、そこまでしてくれるとは。胸をなでおろした。少なくともミタカ=非常食という認識ではなさそうだ。ディミトラさんは悪い魔女ではないのだ。


「その代わり、写真が売れた暁には、売り上げの幾らかを私に分け前を寄越すんですよ」


 最初からモデル代は払うつもりだ。そのつもりだが、その卑しい笑みで言われると途端に払いたくなくなるからやめてほしい。


 ディミトラさんは悪い魔女ではない。だが、いい魔女かというと、そうでもないと思う。




 *




 キヌダカの社なる場所に向かって歩いていた。


 暗い紅色の葉が空を隠し、森は暗く湿っていた。細くまっすぐに立ち並ぶ焦げ茶色の幹は方向感覚を狂わせる。もう三時間は景色が変わらない。嫌になる。


 歩いているのは、僕だけだ。ここには危険な獣がいないということで、ディミトラさんは中空を飛んで、ひゅーいと先へ行ってしまった。


 迷わないように光の筋をつけてくれているので、それを頼りに孤独に歩いている。時折こちらを確認するように待ってくれてはいるのだが、それなら隣を飛んでくれればいいのに。



 しばらく一人で歩くと、またディミトラさんと出会った。岩の上に座りこんで、地図を広げていた。


「こんな奥地に、本当に人が住んでいるんですか?」


 苔むした地面に足を取られながら、目の前の大岩に座るディミトラさんに聞いてみた。


 返事はない。岩に座って、地図をじっと見ている。


「誰も歩いた痕跡がないし……同じような景色だから一度迷うと大変なことになりそう」


 屍のように、返事がない。地図を見ているのか、それとも地図に見られているのか。


 僕は先ほどから浮かんでいた、嫌な予感を口にしてみた。


「……ディミトラさん、まさかとは思いますが、道に迷っていませんよね?」


「……は? 道に迷う? この私がですか?」


 ディミトラさんは乱暴に地図を仕舞って、またふわりと舞い上がった。


「さあ行きますよ、ミタカ。もうそろそろつくはずです」


 そのセリフは、小一時間前にも聞いた。僕が文句を垂れるよりも前に、ディミトラさんは光の粉を残しながら森の中へと消えていった。



 僕はため息をついて、その光の筋をなぞっていく。

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