第10話 ジフバの影送り④
「どうにも無駄に長くてかないませんね。謁見というのは」
翌日。謁見を終えたディミトラさんは、そう言って伸びをした。
僕たちは城内の廊下を歩いていた。さすが皇族が住まう城だ。すべて石造りの建物には、いたるところに高そうな瓶やら絵やらが飾られていた。二階建てほどの高さまである廊下に声が反響する。床に足を打ち付けることすら罪悪感を覚えるほどピカピカに磨かれていた。
そんな威厳を誇ってくる場所でも、前を歩くディミトラさんは、のんきに欠伸をかみ殺している。
「ミタカも退屈だったでしょう?」
「肝を冷やしましたよ。ああいうことがあるなら先に言っておいてください」
先ほどまで、顔すら覚束ないほど高く遠い位置に座る皇帝に謁見していた。兵長らしき人が長々と祝辞を述べたあと、「そなたの魔法を見せろ」と言ってきたのだ。見せてもいいものかとディミトラさんのほうを振り返ると、両隣の兵士が、ディミトラさんの首元に槍の切っ先を向けていたのだ。
僕はパニックになって、「なぜです」的なことを叫んでうろたえて、うろたえて、うろたえるばかりで特になにもできなかった。
「おかげで私は愉快でした。あれがないと謁見中に欠伸が出ていたことでしょうね」
「儀式なら儀式と言ってくれればよかったじゃないですか」
「言いましたよ。ミタカがさんざんうろたえた後で」
ディミトラさんが嫌らしい笑みを浮かべる。
最近わかってきたことだが、数少ない笑顔を浮かべるタイミングが、毎度ろくでもない。
五日ほど前のことだ。旅をしている途中でにやついていて、なんだろうと思ってしばらく観察していると、こっそり見つけた紫色の実を独り占めしようとしていたのだ。問い詰めると、「違いますよミタカ、これには毒があるんです」と口いっぱいにほおばった状態で、毒よりも苦しすぎる言い訳を残した。
ちなみに、紫色の実はチゴの実は言い、ブルーベリーに似た甘い味でおいしかった。ディミトラさんは「おいしいでしょう? 感謝するんですよ」となぜか開き直っていた。腹立たしい。休息中にこっそり、とんがり帽子の裏側に服に引っ付く謎の種を投げ入れておいた。おそらくまだ気づいていない。
「しかし儀式とは言え、槍を首元に向けるとはどういうことなんです?」
「『魔法でおかしなことをしたら、お前の仲間の命はないぞ』という警告ですよ。意味ないですけどね」
「意味ないって?」
「その気になれば、私はあの状態から、あの場にいた兵士全員を丸焦げにできたからです」
さらりと恐ろしいことを言う。
「だから切羽詰まっていたのは、むしろ兵士たちのほうですよ。かわいそうに、右隣にいた方はまだ若いからか、穂先が震えていました」
ディミトラさんは、そこまで強いのか。そして、そんな一方的な戦力差でよく謁見できたな。
「一応向こうのお抱えの魔法使いがいましたからね。ほら、皇帝の横に白金服を着た、小太りの男がいたでしょう?」
いた気がする。皇帝よりも偉そうにしていた男だ。僕がカメラを渡したときも、ベタベタと不躾に触るので、あまりいい印象はなかった。
「この国は『聖なる者』などと呼び方を変えていますが、要は私と同じ魔法使いですよ。確か物体を射出する力を持っていたはずです。ま、戦えば私が勝ちますがね。それは向こうも身に染みているはずです」
「……もしかしてこの国で魔法使いが嫌われているのって、ディミトラさんのせいだったりしません?」
「失礼な。私はこの国の中ではおとなしくしていますよ」
まるでほかの国では暴れているかのような言い方だ。
「まあ、よかったではありませんか。あの反応からして、明日には魔法使いとしての認定の一筆をもらえますよ。それがあるとないとでは、外交の手間が段違いです」
だといいけど。僕はカメラに保存された写真を見る。皇帝をズームで撮った写真だ。髪の薄い白髪で、疲れが皺になって現れた顔。この写真を見せた。ついでに街の様子を写した写真も見せた。
どちらも「ふうむ」とあいまいに感心するそぶりをするばかりだった。しかし、さらについでに見せた先日撮影した荒地の写真が、皇帝の目を輝かせた。
「あの皇帝は美術品が好きですから。現実世界と見間違うほどの絵というのは心が躍るのでしょう。これからも世界の絶景を写しておくとよいですよ。この世界では写真は唯一無二、相場などありません。吹っ掛けてやればよいのです」
また口元のひん曲がった笑みを浮かべている。やはりろくでもない。
ディミトラさんが首だけ捻って見上げてきた。
「夜まで時間がありますし、ちょっと買い物に付き合ってくださいよ。ハル麦と、香水を買っておかないといけません」
「いいですけど……ディミトラさんって、今日も城内に泊まるんですか?」
ディミトラさんはうんざりとした様子で顔をしかめた。
「そうなんですよ。どうもお偉いさん方が、今更になって教えは誤りだったのではと恐れているようで、話を聞いてくれと……私は修道女ではないのですが」
「じゃあ夕方でもいいんで、酒場に来てくれませんか?」
「酒場?」
「ほら、アリーザさんがいる酒場です。そこに泊まっているんですよ。ディミトラさんに会いたがっていましたよ」
ディミトラさんは、「ああ」と視線を落とした。
「アリーザ、元気にしているんですね」
その呟きは、少し愁いを帯びているように思えた。




