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クラスの巨乳ツンデレにアプローチし続けた結果

作者: 音多まご

 みなさん、ツンデレはお好きだろうか。おそらく、八割以上の人は『はい』と答えるだろう。少なくとも、僕はそう信じている。

 素直になれないいじらしくも可愛らしい性格に、大人になりきれていない未熟な身体。この魅力に抗える人間がいるだろうか、いやいない。もしいるのなら、そいつはたぶん頭のイカれたやつだ。……少し言いすぎた気もしなくはないが、とりあえず僕は、ツンデレが大好きだ。


 ところで、僕のクラスにはツンデレ美少女が在籍している。そんな幸運な話があるわけないだろ、と思うかもしれないが、これは紛れもない真実だ。しかし、彼女には一つだけイレギュラーな要素があった。──巨乳、なのだ。




「そんでさー、うちのバカ兄貴、足捻挫してるくせにスクワット強行しようとしててね、さすがに愚かすぎて昨日ずっと爆笑してたわ。翠夏にも見せてやりたかったー!」

「私も笑っちゃう気がする、それ。なんでわざわざ痛みを味わおうとするのかしら……」

「あはは、結構引いててウケる!」


 教室の前の方で、僕の想い人である荒瀬翠夏あらせすいかとその友人が楽しそうに談笑している。別に彼女は、常にツンツンしているわけではない。そういう様子はたまに見せるから可愛いのだ。

 慌てふためき攻撃的になる荒瀬は、とても貴重で尊いものだ。もちろん今も可愛いが。


 そんな彼女を眺める僕──横尾恵太郎よこおけいたろうは、このクラスの日陰者、などというテンプレ設定ではない。そもそもうちの学校は民度がかなり高く、クラスにはぐれ者なんて存在しない。みんな性格が良くて仲良しだ。


 僕は、朝の日課を行うために席を立つ。彼女たちのもとへ向かい、やることといえば──


「おはよう、荒瀬たち。朝から元気だね」

「おはよー、あたしはいつでも元気だもんね!」

「……おはよ、横尾」


 そう、挨拶である。これは、荒瀬へのアプローチ目的の日課だ。

 挨拶とかしょぼくね? と初めは僕も思ったが、結局は最も大事なことな気がしている。他に日課は二つあり、休み時間に一度は彼女のグループと話すこと、帰りに『また明日』と言うことだ。


 GW明けから初夏の今日まで、欠かさずにできている。これからも続けたいところだが、そろそろ告白してみてもいいんじゃないか……? という思いもある。もう気持ちバレてそうだし。


 自席に戻っていろいろ思案していると、後ろから二人分の声がかかった。


「よっ、メグ太郎! 今日も挨拶できたか?」

「おはよう田中。もちろんできたよ、ああ、最高に可愛かったなぁ……」

「末期症状出てるのでは? しっかりしてよ、メグ」


 男前な方が田中で、落ち着いた方が高橋だ。こいつらとはいつも一緒にいる。


「まぁ、分かるぜ。あのおっぱいに惹かれない男とかいねぇよな……」

「いや、胸はそりゃあ魅力的だけど、やっぱりツンデレなのが良いんだろ」

「言うほどツンデレかぁ? っぱ胸だろ、おっぱい!」

「俺は参加しないからね、その話。聞こえてたらどうすんの」


 呆れ顔の高橋は、男の僕から見てもイケメンだ。デリカシーも持ち合わせていて、モテないはずがない。羨ましい限りである。



 二人と他愛もない会話を交え、授業を受けるのを繰り返せばすぐに放課後だ。


「荒瀬、また明日!」

「……うん。またね、横尾」


 最近は、僕にもよく笑顔を見せてくれる。それがたまらなく嬉しくて、やっぱり告白しちゃおうか、なんて考えてしまう。


 帰路についた僕たち三人衆だが、駅までの道を半分以上歩いたところで、僕は気づいた。明日提出の面倒くさいプリントを学校に置き忘れたのだ。


「ごめん、プリント忘れたから先行ってていいよ」

「ちょ、おま、一大事じゃねぇか! ちゃんと取ってこいよ!」

「じゃあ俺たちは先に電車乗っちゃうね」


 二人に別れを告げ、僕は早歩きで学校への道を辿った。

 帰り途中の生徒たちに見られている気がして落ち着かなかったが、僕としてはさっさと終わらせてしまいたいので、気にしている暇もない。


 1Cの教室の前まで来た。電気は消えているようだが、鍵はかかっていないはずなので、まだ誰か残っているかもしれない。気まずい空気にならないことを祈る。


 後ろの扉をガラッと開けると──僕の目を奪ったのは、窓際に立つ少女の後ろ姿だった。


 風に吹かれて、翠色の美しい髪と制服が揺れている。好きな子補正が多少はあるにしても、言葉を失うのには十分すぎる姿だった。僕は驚いて、数秒間立ち尽くしてしまう。


「……残ってたんだ。そこで何してるの? 黄昏てる?」

「よよ、横尾!? えっと、その……外を、見てたのよ」


 ビックリしていてかわいい。外って、特に面白いものもないと思うのだけれど。


「それ、楽しいの?」

「ずっとやってるわけじゃないし。ただ、誰もいない教室でゆっくり過ごすのもいいかなって、思っただけで」

「まぁ、ちょっと分かるかも。というか、荒瀬ひとりなの?」

「あの子たちは補習よ。ちゃんと勉強すればいいのに……」


 放課後いつも教室で駄弁っているのは、だいたい勉強が苦手なメンバーなので、今日人がいないのは補習のせいみたいだ。


 当たり前のように会話している僕たちだが、これはもしかしなくても、一緒に帰るチャンスなのでは……?

 どうやって誘おうか。とりあえず、プリントをカバンにしまわなければ。


 自分の机の中をまさぐっていると、荒瀬がこちらに歩いてきた。胸に宿す大きな果実を揺らしながら。


「なるほど、プリント取りに来たのね」

「うん、さすがに今日やらなきゃヤバいから……」

「そう。大変だったわよ、あれ。頑張ってね?」

「……本気出して速攻で終わらせる!」


 何だかいい感じの雰囲気が出ているのではないだろうか。

 ──今だ。『一緒に帰らない?』。そう言うのはたぶん今なのだ。僕は、覚悟を決めるために深呼吸を──


「てっきり、わたしの行動を把握してわざと来たのかと思ったわ」


 する前に、彼女が僕に背を向けて呟いた。表情が見えないので、どんな反応をするのが正解か分からない。


「いやいや……そんなことするわけないでしょ。安心してよ」


 曖昧な笑みを浮かべて僕が言うと、彼女は頭だけ僕の方を振り返って告げた。


「いちおう言っておくけど、バレバレだからね。あんたの気持ち」


 驚きはなかった。やっぱりか、としか思わない。

 荒瀬に目を向ける。口角は上がっているが、表情をよく見てみると眉毛やこめかみがピクピク動いている。もしかして、僕は今から怒られるのか……?

 ここは、早めに謝るべきだ。関係が悪化してからでは遅い。


「えぇっと……やっぱり不快だった? 僕からのアピール。それなら、ちゃんと謝らせ──」

「そ、そういうことじゃない!」


 僕の言葉に被せて、慌てたように否定する荒瀬。僕は、気圧されて息をすることすらままならない。


「その、怒ってるように見えたならごめん。だけどね、横尾。わたしは不満なのよ」

「な、なにが?」

「あんた、わたしが友達といるときも『”荒瀬”たち』って声を掛けるでしょ。他の言葉なんて、探せばいくらでも見つかるっていうのに。わたしを意識してるってこと分かりやすすぎるのよ……! そ、そのせいで、ことあるごとにからかわれて、夜に電話かかってきたと思ったらそこでもからかわれて! 恥ずかしいったらありゃしないのよっ! わわ、わたし、一体どうすれば……」


 こんなに声を張り上げている彼女を、僕は初めて見た。正直、ずっとこのままでいてほしいくらいだが、それでは何も進まない。

 視線はあちこちに忙しなく動いているのに、僕の方は絶対に向いてくれない。一抹の寂しさを覚えるが──見てほしいのなら、こっちを向かせればいい。単純な話だ。


「荒瀬翠夏さん。好きです。僕と付き合って、恋人になってください」

「…………は、え……?」


 みるみるうちに、彼女の顔が赤く茹で上がっていく。熟したスイカのようだと思った。


「あの……そんなに照れられると、僕まで恥ずかしくなってくるんだけど」

「だ、だって……告白されたのなんて初めてだし……しかも、こんな真剣に……っ」


 これほど可愛いのに、今まで告白されたことがなかったなんて。世の男の目は節穴すぎるようだ。確かに初めはとっつきにくいように感じるかもしれないが、話してみればすごくいい子なのに。


「……わたしの好きなところ、言ってみなさいよ」

「まず友達思いで、勉強を分かりやすく教えようと頑張ってるところ。ちゃんと努力を重ねた上で才色兼備なところ。笑ったら目が細くなって、八重歯が見えるところ。名前にちなんでなのか、カバンに可愛いスイカのキーホルダーつけてるところ。身長が高すぎず低すぎずで僕の好みなところ。髪の毛が──」

「もっももももういいわよ!! わたしのこと大好きなのは十分伝わったから! 別に嬉しくなんてないんだからね! 羞恥心とかないわけ!?」


 そんなものは、きっとどこかで落としてしまった。さっき早歩きしたせいかもしれない。


「伝わったなら嬉しいよ。それで、告白の返事って……」

「最後に一つ。手、出して」

「あ、うん。……ってあの、何して……!?」


 まだ顔が赤らんでいる彼女は僕の両手を取ると、自らの胸へとがっちり掴ませたのだ。いったい、何が目的で。


「こ、これはどういう……」

「ねぇ横尾。あんたさっき、わたしの好きなところで胸は言わなかったよね。いや、途中で切っちゃったから言うつもりではあったのかもしれないけど。それでも、何となくあんたはそういうこと、思っても言わない気がするの」

「……うん。それは言うつもりなかったよ」

「そういう紳士的なところは、まぁ良いと思うんだけど。でもやっぱり、好きならこの胸に興味を示さないなんておかしいもの」

「それは、そうかもね……」

「だから。この状態で、三分間動じずにいられたら──す、少しは認めてあげても、いい、けど?」


 自分からやり出しておいて照れるのはあまりにも卑怯だと思う。しかし、僕たちが今とんでもないことをしているのは事実であって、照れてもらわないと困る状況だ。


「三分って、ちゃんと測ってる?」

「……あ。じゃ、じゃあその、タイマーを……あ、スマホ取りだしづらい……」


 思わず僕が胸から手を離そうとすると、「そのままにしなきゃダメ」と囁いてくる。だから結局、柔らかな感触に指を溺れさせなければならなくなる。

 ……もう、何が何だか分からなくなってきた。この試練を乗り越えれば、僕は荒瀬と付き合うことができるということなのだろうか。


 気恥ずかしい沈黙が続く中、それを破ったのは──


「すっいっかっー! いるよね!? 先生来ないから帰──んぇ? はァァァァァ!?」

「む。なにごと……うぉーたーめろん氏!? ほんまになにごと!?」


 死んだ。いや死にたい、誰か殺してくれ。急募・死神さん! なんてふざけている場合ではなく、真面目に僕はこれから社会的に殺されるかもしれない。どこで間違えたんだ、この人生……。


 お二人さんは、目配せをして無理矢理な笑顔を作る。そして、


「んじゃ、ごゆっくり〜……な、なんて……」

「わ、我のうぉめろ氏が、汚されたぁ……ぴえん……」


 ゆっくりと、しかし確実に退いていく。そんな二人を、荒瀬は呼び止めた。


「ちょちょ、待ちなさい! 誤解してるでしょ!」

「や、誤解も何も、いま起きてたことが真実でしょ。解釈の余地がないんだが……」

「ギルティ。横尾氏、さすがにギルティ」


 道路に散らばる生ゴミを見るかのような目つきで僕を睨んでくる二人。まずい、僕からも何か弁明しなければ。


「ここは僕から言わせてくれ! その、今のは──」

「わたしが言うわ、あんたは黙ってて」


 えぇ。納得いかないのだが。


「今のは、彼への試練よ! わたしのむ、胸を三分間さわり続けられれば、えっと、お試しで付き合ってあげてもいいかなって、思って……」


 最初こそ威勢が良かったが、だんだんと尻すぼみになっていく。お試しのお付き合いというのは、普通に初耳だったのだが。


「お試しって、もうそれ許してんのと同じっしょ。良かったね、よこっち。好きな子と恋人になれて」

「合意のもとなら気にはせん。勝手にいちゃついとけぃ!」


 社会的に死ぬのは何とか免れそうで、ひと安心だ。ひとまず納得はしたような表情で出ていく二人を見送ってから、僕は荒瀬と対峙した。


「中断されたけど。またやるつもりとか、さすがに言わないよね?」

「言わない。もうこりごりよ、今日も絶対電話かかってくる……はぁ……」


 すごく憂鬱そうに顔をしかめている。僕も、問い詰められるのを覚悟した方がいいんだろう。


「じゃあ、そろそろ帰るか。()()()()?」

「うん──って、名前で呼んでいいって言ってないし……!」

「でも、恋人でしょ? ね、翠夏さん」

「おためし、だから。あぁもう、好きにしなさいってば! …………め、メグくん」


 刹那、全身に電流が走った。まさか、そう来るとは。ただの名前呼びより、よっぽど破壊力が高い。僕でなければ即死だった。


「ま、お試しもすぐ終わるでしょ。……すぐに好きになっちゃう気がするし」

「……なんて言った? ごめん、聞き取れなかった」

「絶対聞こえてるでしょ! 早く帰るわよ!」


 そう言って僕を促す翠夏さんは、口もとがだらしなく緩んでいるように見えた。本当は手を繋いだり、頭を撫でたりもしてみたいが、お試し期間中はやめておこう。


 翌日。いろいろ問いただされて疲労困憊だったが、僕たちは正式な恋人になった。お試しとは、いったいなんだったのだろうか。




読んでいて恥ずかしくなるほどの青春と、少しのスパイスを感じ取っていただけたら嬉しいです。

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