ヤンデレ王子に鉄槌を!
まあ、どアップでも毛穴が見えないわ。
只今絶賛現実逃避中。
え?現実ですか?今、ベッドに押し倒されておりますが。殿下が濁った瞳で薄ら笑いを浮かべながら私を押し倒しておりますが?!
「愛しいアリアネル。君がほかの男を見つめるなんて許せない」
……何を言っているのかしら。
普通に生きていれば、男性と話をすることはあって然るべきこと。だって私はあなたの婚約者です。王子であるサフィア様の婚約者なのですよ?弁えた行動はしておりますが、偉い方達はみな男性です。顔を見ないなんて無理なのです!
「君は僕だけのものだ」
いえいえいえいえいえ!それも間違っております。私は私のものですよ私の主は私自身でございますっ!
「殿下?あの、いくら婚約者でも」
「サフィアだ」
近いから!このままではお口がくっついてしまいますわ!
慌てて顔を横に向ける。
「……逃げるの」
声のトーンを下げないでっ!どうしよう、どうしたらこの危機を回避できる?!このまま犯されてしまったら傷物令嬢だわ、いくら婚約者でも初夜よりも前に純潔を散らされるわけにはいきません!考えてっ、逃げ道はあるはず!
「君がデビュタントを迎えるなんて嫌だ。美しいドレス姿を誰にも見せたくない」
「……貴族の義務ですわ」
「このまま抱いてしまえば私だけのものだ」
イヤ─────ッッ!!!
アウトッ!それは犯罪ですっ!!
そうよ、この人は最初っから犯罪者だったわっ!中学生が小学一年生を見初めたことがそもそもの間違いで!
……あれ……小学生って、何?
カチッ
何かの鍵が開く音がした気がした。
そこから溢れ出したのはこことはまったく違う世界の記憶。自分が別の名前で呼ばれている。過去?未来?よく分からない。
科学が発展していて、男女平等がうたわれている。恋愛結婚が当たり前。え、なにそれ羨ましい……。
私はこんな変態でヤンデレな王子に押し倒されて、身分のせいで強くも出られず、このまま犯されて閉じ込められて……
──そんなの、絶対に嫌だっ!!
「……あなたは私を何だと思っているの?」
「アリアネル?」
「私はあなたの性欲処理の道具?それとも孕み袋?」
「……………ん?なんて?」
あら。私からそんな言葉が出るとは思わなかったのかしら。
「ヤリたいだけか、子供が欲しいだけかと聞いているのよ」
「なっ!違うよ、君を愛しているんだっ!」
「……嘘吐き。今、私の心を殺そうとしているじゃない。愛してるならそんなことするはずがない」
こんなのを愛だなんて言わないで。愛が穢れるわ。
「違う、ただ君を私のものにしたくて」
「ほら。モノだって認めましたね」
「そうじゃなくてっ!」
「違うなら放してください」
冷たく言い放って視線を逸らす。だってもう顔すら見たくなかった。
それがいけなかったのか。
突然首筋に吸い付かれた。
「痛っ!」
「ん。上手く痕が付いた」
……この野郎っ、キスマークを付けやがった!
「傷害罪です、殿下」
「違う、愛の証だ。それから呼び方も間違えてるよ」
「いいえ、殿下。コレは鬱血痕です。皮下出血です。怪我ですから傷害罪ですわ」
目を逸らすと何をされるか分からないので仕方なく睨み付けておく。
「……そんなふうに真っ直ぐに私を見つめるのは初めてだね」
くそう、喜ばせてしまった。
「不敬だと裁きますか?」
「まさか。もっと見つめて?」
誰か!変態がいますっ!ヘルプッ!
「……手が痛いです」
「ふふっ、まるで蝶の標本の様だ。ずっとここに飾りたいなぁ」
ヤンデレロリコンは死体愛好家なのか。
「ようするに私の心はいらず、体だけをご希望なのですね。では、婚約の解消を求めますわ」
「君は私から逃げるのか?」
「はい。器しか必要としないあなたに私を捧げるつもりはございませんの」
「……本気で言っているのか」
「だって勿体無いでしょう?せっかくならば、私の体だけでなく、心を大切にしてくださる殿方に添い遂げたいと思うのは当然のことでしょう」
だって変態だし強姦未遂だし監禁未遂だしロリコンだし。このままでは標本にされるか孕み腹か。
「今の心ない貴方様に、私を捧げる気はございません」
もっと早くに抵抗できていたらなあ。密室は大変不利です。
「キスしていい?」
「死んでも嫌ですが?」
更にサイコパスと来たかっ!
これで王子だよ。どうするの?国が滅んじゃわない?滅んでもいいけど、その前に私を離せっ!
ドレスじゃなければ金的とか……いっそ、唾を吐きかける?……喜ばれたら泣いちゃうわ。
「婚約は続行だし結婚もするし処女も貰う」
「変態と身勝手を直さない限り、婚約破棄する一択です」
「片手だけで押さえ込めるのに?」
「………もしも、今から無理やり私を抱いてもあなたのものにはならないわ。もし、濡れたとしても、それは体を守るためだし、万が一快感を得たとしても、ただの生理的反応なだけ。私の心はあなたを嫌悪しつづけ、いずれ何らかの方法で逃げてみせるから」
ヤラれちゃったら仕方がないわね。醜男じゃなくてラッキーだと思っておこう。
「困ったな。試したくてウズウズする」
失敗?!新しい扉を開けてしまったの?!
……変態のスイッチがさっぱり分からないわ。
「でも、君とこんな遣り取りが出来ると思わなかった。君の心か。……欲しいな」
えーっ。どうして興味を持ってしまうかな。面白い女枠というものなの?
「……それならば努力なさいませ」
「ふふ。じゃあキスしてもいい?」
「死んでも嫌だと言いましたが」
「あーんってして?」
いきなりディープなのをしようとするな!
手の力が緩んだ隙に彼の目を狙う。
「わお。眼球を抉ろうとする令嬢は初めてだ」
「監禁陵辱しようとする変態は初めてですので正当防衛が過剰防衛になっても仕方がないでしょう」
さすがに殿下も攻撃を避けるために離れたので、私も彼から距離を取れた。
「本当だ。さっきまでの私は君を愛してはいなかったようだ。だって今はこんなにも胸が高鳴っている」
「……私はひたすらに引いています」
王様、子育てを間違ってますよ。さっさと再教育のために引き取りに来て!
「味見もダメ?」
「論外です」
「仕方がないね。今日は諦め……あ!」
何?諦める気になったんじゃないの?
「コレをあげるよ」
そう言って、ご自分の耳に嵌っていたピアスを外して片方だけ渡してきた。美しいロイヤルブルーサファイアは彼の名前の由来であり、その瞳の色だ。
それをくれるって……ただの独占欲か。
「……私の耳は」
「うん。処女は諦めるから、耳に穴を開けさせてよ」
もうヤダ。何かしらの自分の証を付けたいの?
「……そうしたらそれ以上は何もせず、今すぐ家に帰らせてくださいますか」
「いいよ。待ってて、準備するから」
……変態だ。まごうことなき変態だ。ピアスホールで解放されるならば安いもの……なのかしら。もう何でもいい疲れた。
それから、殿下はいそいそと氷で耳たぶを冷やし、ウキウキと耳に穴を開けた。
……痛い。地味に痛いわ。
「似合ってる。絶対に外さないで。外しているのを見つけたら一時間は耳を愛撫するから」
「絶っっつ対に外しませんっ」
何ならピアスキャッチを溶接しますよ!
何とか部屋から出してもらえた。
彼の瞳と同じ色のロイヤルブルーサフィアがとても重たく感じる。
「婚約破棄……絶対にしてやるんだからっ!」
◇◇◇
家に帰り、一人にさせてほしいと部屋に篭った。
お母様が心配しているけれど仕方がない。まずは情報を纏めないと。
私はアリアネル。ロドニー伯爵家の長女。
なぜか婚約者は王太子殿下だ。
我が家は資産家だけど本当にそれだけの、殿下の後ろ盾としてはやや弱い家だ。それなのになぜ婚約者になってしまったか。
それはただ、彼が私を見初めてしまったからだ。
本来であれば、私は第三王子の集まりに参加するために王城に向かったのですよ。第三王子のジャスパー様は私と同い年ですから。
それなのに、当時13歳の殿下と7歳の私は偶然出会ってしまったのよね。
「どうしたの、迷子かい?」
子どもばかりの集まりがつまらなくてフラフラしていた私が悪いと今なら分かる。
でも、あの時は──
「違うわ。お母様が迷子なの。だから私が探してあげているのよ」
何とも阿呆な娘だった。でも、そんな私の何かが彼の琴線に触れてしまったのだ。
「私はサフィア。君の名は?」
「アリアネルです」
「そう。美しい名だね」
「ありがとうございます!」
名前を褒めてくれた美しい彼にすっかりと浮かれてしまったのは仕方がないと許してほしい。
その頃の彼は長い髪を一つに結び、今よりも華奢で天使みたいだった。サファイアブルーの瞳がとっても綺麗だったわ。
「ねえ。私と仲良くしてくれる?」
「いいわよ!」
「じゃあシャパトを歌おう。教えてあげるね」
「まあ。それは古の結婚の誓いの歌でしょう?遊びで誓いを交わすと精霊に叱られてしまうのよ?」
「……よく知っているね。でも大丈夫。今は少し意味合いが違うんだ。これからもずっと……永遠に仲良くするという約束だよ。それとも私とでは嫌かい?」
「そうなのね。変わっただなんて知らなかったわ。仲良くするだけならいいわよ?」
ああ。あの頃の純真な私を叱り飛ばしたい。初対面の人の言うことを信じてはいけません!と。
結果、私達は古の誓いを立てた。
それは精霊への誓いで、いずれ結婚するという約束の歌だった。
それもこれも兄様が要らない知識を私に授けるから!
お陰様で一言一句間違えることなく歌いきり、めでたく二人の手の甲には精霊紋が刻まれたのだ。
場所が王城でなければ、相手が殿下でなければ発動しなかったであろう誓いはこうして二人の縁を結んでしまった。
それから二人で楽しくお喋りに興じていたところ、有り得ない場所での精霊の反応に驚いたお城の方達が駆けつけ、王太子殿下の手の甲に刻まれてしまった精霊紋を見て腰を抜かしたのだった。
これが私達の婚約の経緯だ。ようするに、私は詐欺にあったのである。犯罪の芽はあの頃からすくすくと育っていたのね。
殿下は顔良し、頭良しで人心掌握も得意なお方だけど……あんなにも変態だとは思わなかった!
確かに独占欲は感じていましたよ。
でもこれでも婚約者です。ちょっとの執着は嬉しいものだと思っていました。ちょっとならね?
……気持ち悪いくらいの執着は要らない。
捨てたい。今すぐにでも婚約者の座を捨ててしまいたいっ!
でもどうやって?
「どうして真面目に王太子妃教育を受けちゃってたのかしら」
順調に教育は進んでいるし、他の王子は間違っても兄から王太子の座を奪う気概は無い。だって兄が優秀過ぎるから。
すでに国政にも大きく携わり、公共事業や福祉政策などに力を入れているのだ。
というか彼はもう22歳。私以外の妻を娶ってよ。子を儲けるためなら精霊紋も許すのではないの?
紋の効果は誓った相手以外との不貞を禁じるというもの。でも、抜け道はあると思うわ。
でも、私ももうすぐ16歳。結婚できるし子供も産める年になってしまう。
デビュタントが終わったら結婚が待ってるわ!
「ええ?あんな気持ち悪い自己中男と結婚するの?初夜から貪られそう……ワザと痛くされたりしそうだし」
変態は滅べばいい。なぜに有能なのか。
「婚約破棄……国外逃走……いや、生き延びれる気がしないわ」
だってこの世界は女性の扱いがよろしくない。
貴族にとって娘は財産だ。どう運用するかが大事であって、その気持ちに寄り添うことは少ない。
だから私も、せめて己の価値を上げようと王太子妃教育を頑張ったわけで。
「殿下に求められて嫌がる私の方が異質なのよね」
この国での王妃にそこまでの権限はない。
政治は国王の仕事で、王妃は関わることができない。パーティーや謁見などのために、語学や他国の情勢などの知識は必要だけど、表立って動くことはない。
「……バリバリと働きたいわけじゃないし、そこまでの能力があるわけじゃないけど」
でも。
私の心を無視されるのは絶対に嫌なのに。
「結局は子どもを産むのが一番の仕事なのよね」
いや、わかりますよ。子どもは大事です。でも、愛の結晶ではないことが悲しい。
「というか、この世界って何かしら」
思い出した世界と違い過ぎる。どちらかというと、思い出した世界の過去の世界に似ているという不思議さだ。
「まさかの小説やゲームの世界とか?」
まずは精霊の存在。
それから不思議なのは名前。
王子達は、サフィア、ジェイド、ジャスパー。
王女はメーガン、クリスタルと皆様宝石のお名前。
ちなみに私のアリアネルは銀だったかな。
でも残念ながらそういうゲームはしたことがないし、小説にも覚えがない。精霊も今ではほとんど分からなくなり、誓いくらいでしか姿を見せないという半端加減。それなら誓いの効果も消えてくれたらいいのに。
「思い出したのに、生き辛くなっただけ?」
いや、思い出さなかったらあのまま陵辱監禁コースだったわ。それは嫌だ!
彼なら監禁すらも正当化しそうで怖い。
「殴りたい……無性にヤツを殴りたいわ」
とにかく。殿下の愛は私にとっては迷惑で間違いだと理解してもらう。これしかない!
「婚約破棄も諦めないわ」
このまま性欲処理、おまけで孕み腹では終わらない。絶対にそんなつまらない人生は送らない。
精霊紋を消す方法を見つけなきゃ。
「お嬢様、贈り物が届いておりますが」
ようやく考えが纏まったところに声が掛かった。
「げ、殿下からだ」
それは王宮でだけ咲く純白の薔薇。その名もアリアネル。
……そう。彼が品種改良をして私の髪色だと(私は銀髪で白髪では無い)名付けた美しい薔薇だ。
才能の無駄遣い。もっと他のことをしてよ。でも、彼は農作物の品種改良も手掛けている。
「……仕方がないから活けておいて」
薔薇の芳しい香りが優しく部屋を満たす。
「彼の執着心みたいで気分が悪いわ」
香りでは逃げようがないではないか。でも、花に罪はないから捨てることもできないなんて。
廊下に飾ったら絶対にお父様に叱られるし。
「やっぱり殿下なんか嫌いよ」
その夜は、あまり眠ることができなかった。
◇◇◇
頭痛がする……
寝不足のせいか頭が重い。
「おはようございます、お嬢様。着替えが終わりましたら旦那様がお呼びです」
朝からお小言なの?……薔薇か。あれの意味を知りたいのね。
「分かったわ。執務室かしら」
「はい」
「では、モスグリーンのドレスにするわ」
鏡に映った自分に顔が赤くなる。
「……ごめんなさい。やっぱり濃紺の、襟高の方にして。……お父様には言わないで?」
「畏まりました」
殿下の馬鹿!キスマークなんか付けないでよ!
忌々しいピアスを投げ捨てたくなったが、彼はやると言ったら絶対にやる。1時間も耳を弄くり回されたら羞恥で死ねるわ。
「お父様、お呼びでしょうか」
「ああ。座りなさい」
座るのか。長くなりそうね。
「昨日、殿下と何かあったのか」
「すでに解決しております」
「君が殿下の私室で過ごしたと連絡があったが」
……はは。ぶっ殺す。
「そうですね。少々お話しをして、このピアスを頂いて終わりました」
仕方なくピアスを着けた耳を見せた。
「それは……」
「殿下が手ずから着けてくださいましたの」
「では、ハンカチの破瓜の血は」
馬鹿なのっ?!破瓜の血を偽装しないでっ!
「ピアスホールを開けてくださった時のものでしょう」
「いや、確かに君の血だと反応が」
「私の耳からの血です。当然でしょう。なんなら処女検査を行いますか?それなら王家の息が掛かっていない女医を希望します」
よりによって破瓜の血を証明する精霊の布を使ったわね?花嫁の血かどうかを判定する道具だけど、どこからの出血かは分からないのよね。
そんな半端なものではなく、純潔かどうかが分かる道具があればいいのに。
「……いや、すまなかった。ただ、『君を傷つけてしまったが愛ゆえだ』というメッセージカードとこのハンカチが入っていたからてっきり」
「私はそんなにもふしだらな娘に思われていたのですね。残念です」
殿下め。まるで処女を奪ったかのようにメッセージを書いたわね?でも、明確な言葉はないという腹立たしさ。
「そんな匂わせに騙されないでください」
「すまん。だが、多少早まったところで」
「絶対に嫌です。早める必要性を感じません。私はまだデビュタントを終えていない子どもですよ。殿下が変態だと思われます!」
本当に変態だけどっ!
「……そうか。いや、陛下も早く孫が見たいと言っておられたから」
「結婚前に孫が登場したら一大事ですわ」
ああ、味方がいない……。お父様には相談するだけ無駄ね。お母様も無理。あとは、
「兄様はそろそろ戻ってくるのですよね?」
「ん?ああ、来週には帰ってくる予定だ」
留学していた兄のスターリングは無事卒業した。
我が家で味方といえば兄だけだろう。早く帰ってきてほしい。
「ああ、午後に殿下がいらっしゃるから」
「……何のために?」
「私はてっきり、その婚姻が早まるのかと「無いと言っているでしょうっ!」
「分かってるっ!昨日は勘違いしていたというだけだ」
「……お父様?簡単にいらないお約束をしたら……覚悟しておいてくださいね」
「何をっ?!」
父は脇が甘いのだ。不安でしかない。
「あんなことやこんなことを世間にばら撒いてやる」
「それはどんなことだ?!」
「……私。知ってますから」
本当は知らない。でも、こうやってニッコリ笑えば大概怯えるものだと……殿下に教えられた技だ。使ってしまったことがちょっと悔しい。
「ようこそお越しくださいました」
「突然の訪問を許して欲しい。アリアネルが心配だったんだ。昨日は……無理をさせてしまったから」
おい。頬を染めるとか器用だな?
「殿下の言うアリアネルとは私以外にもいるのでしょうか」
「まさか!君以外いるはずがないだろう?ああ、まだ痛むから怒っているのかい?その、優しくしたつもりだが、初めてだとどうしても痛みや血が…ね?」
凄いわ。ここまでそれっぽく演技ができるなんて。
「はあ。初めて耳にピアスホールを開けたのですから、血は出るでしょう。ただ、針で穴を開けるのに優しさなんて関係ないかと思いますけど?」
「ハハッ、アリアネルは面白いね」
「殿下が何に対して笑われたのか理解できず申し訳ございません」
お父様。そこでオロオロしない!
「体が大丈夫なら少し散歩でもしよう」
したくない。だけど、断れば体に問題が、もしや本当は?と疑われかねない。
「耳が痛くて歩けないなどと言うはずがないでしょう。体は元気ですので何なら遠乗りでも行けますわよっ!」
「そうなのか。では、遠乗りに行こう」
「…………はい。いつか」
「今日は時間があるんだ。支度しておいで。待っているから」
やられたっ!私が誤解を解くために元気さをアピールすると分かってて、……悔しいっ!!
「……湯浴みとマッサージから始めても」
「ああ。手伝おうか」
「お父様。殿下とお茶でもどうぞ。至急着替えて参ります!」
手伝いって何。気持ち悪いんですけどっ!
「何故そんなにふくれっ面なんだい?」
「……なぜでしょうね」
この男の手のひらで踊らされているのが業腹なんですけど。
結局ダッシュで着替えて厩に向かっている。
……どうして二人っきりなのかしら。
「遠乗りが不満なのかな」
「同行者が不満なだけです」
正直に不満を言葉にし、表情にも態度にも出しているというのに、何故か殿下は嬉しそうにしているから途轍もなく気持ちが悪い。
「なんだろう。昨日から何か変わったよね」
「……殿下の本性を知ったからでは」
「え?私が君を抱きたいと思っているのを知らなかったの?」
「あなたがいなければがっ!私の同意を得ず、無理やり犯そうとする犯罪者だとは知らなかったと言っているのですっ!」
どうしてそんなにも平然としていられるの?!
「じゃあさ、アリアネル。君は私に嘘吐きでいてほしいのかな」
「……は?」
「だって私は君を独り占めしたいし、体の隅々まで触れたいし味わいたい。めちゃくちゃに優しくしたいし私に縋らせて泣かせたいとも思う」
「は?!」
「あんあん啼かせてドロドロに溶かしてなんならその細い首や柔らかな胸に噛み跡を
「ぎゃ────っ!変態変態変態っ!!!」
な、ななななななな何?何をいってるの?!
「そういう、ありとあらゆることがしたい」
「サラッと続けないでっ!」
「私の愛はそういう欲がタップリなんだよ。今だってその唇を「スト───ップッ!!」
言葉では止まらない殿下の口を両手で塞いだ。
うぅっ、唇の感触がヤダよぉ!でも聞きたくないんだもん!
口を塞がれるとは思っていなかったのか、私をキョトンとした顔で見ている。
そして。
『ぺろっ』
───舐めた?
「きもっ!!」
舐めた!手のひらを舐めやがったっ!!
つい、口を塞ぐために近付いてしまったのを離れようと──したのに抱き締められた。
「はなしてっ!」
「愛の告白をしたんだけど返事は?」
「そんなのいつしましたか!」
「君を食べ尽くしたいくらい愛してるって」
「伝わってません!猟奇的行為は拒否します!とにかくっ!腰を抱くなっ!!」
「ふふ。細いなあ、壊れちゃうかな」
「じゃあ、もっと成長するまで待ってよ!」
「骨格はもう変わらないよ。大丈夫、大切にするから。ね?」
ね?じゃないわよ!
「どうして私が嫌がってるのに無視するんですか!」
「君も私の要求を無視してるから同じだよ?」
ああ言えばこう言う……。
「まだデビュタント前です」
「そんなの誤差だ」
「まだ結婚すらしていないわ!」
「何があろうと私が娶るから問題はないし」
「……そんなにもヤリたいの?」
性欲を抑えるのってそんなにも難しい?私の気持ちを無視して体だけ求めるのも平気だなんて酷い。
「アリアネルだから抱きたい。アリアネルだから閉じ込めたい。全部全部アリアネルだから。泣いても笑っても怒っても。それは全部アリアネルだ」
「……私の意思は?」
「?見せてくれる感情の全部が君だろう?なら問題ない」
「あるっ、あるわよ!私は嫌だって言ってるじゃないっ!何故私の心を置き去りにするのっ!このエロ馬鹿殿下っ!!」
もう、涙が出そうだわ。なぜ嬉しそうなの。
「だってこんなに怒る君は初めてだ。だからすごく嬉しい」
「……私を大切にしてくれないの?」
「言っただろう?笑顔も泣き顔も困り顔も。君のありとあらゆる全てのものが欲しいんだ。どんなアリアネルも見逃したくない。それくらい大好きだよ」
「……もうヤダ~っ、どうしてそんな捻くれた重い執着なの?!普通に仲良く幸せに生きましょうよ!」
なんで?私がおかしいの?優しく思いやりのある関係を築きたい、ただそれだけなのに。
「足りないな。それでは友人や家族と同じだろう」
「だって家族になるのでしょう?同じで何が悪いのよ」
「違うな。君は私の半身だ。だから全てを共有して当然なんだよ。だって元は一つなのだから」
近い近いっ!というか、いつからあなたと元が一つになったの。考えがいちいち怖くて泣きそう。
「ちょっ、匂いを嗅がないでっ」
「どうしてキスマークを隠してるの?」
「恥ずかしいからに決まっているでしょう。というか、いい加減私の言うことを聞いてくださいよ」
「君は聞いてくれないのに?」
……何故私が悪いみたいに言うの。
婚約者だからってこんなにも密着してるのは絶対におかしいわ。
「じゃあさ。歩み寄りをしようか」
歩み寄り?
「君の意見は、気持ちや心を無視しないでほしい。それでいい?」
「……はい」
「ということは、私の気持ちや心も無視してはいけないよね?」
「え」
「まず、婚約破棄も解消も有り得ない。そんなことを許すくらいなら、最初からシャパトなんか利用しない」
……何故堂々と言い切るのよ。
「そして君だってこんな時期になって、私から逃げるのは不可能だと本当は分かっているはずだ。
だってそもそも、理由が無いだろう?
まさか私が君を押し倒したから。とでも言う気かい?そんなのは少し窘められて終わりだよ」
……きらい。こんな世界、大っ嫌い!
「それに。君は私が嫌いじゃないだろ?」
「……私に優しくない殿下は嫌いよ」
「じゃあ、私は伴侶になる君に偽りの姿を見せ続けるべきなのかな。妻にくらいは本当の姿で接したいと思う私は我儘だと思う?」
どうして?なぜそんな意地悪な言い方をするの?
「……ああ。やっぱり泣き顔も可愛い」
逃げられなくて、言い合いにも負けて、悔しくてたまらない。悔しさが涙になったのに……そんな私を嬉しそうに見つめるあなたに殺意すら湧いてしまう。
「……私を無視するな」
「してない。全部を受け止めてる。君の全部を愛してるだけだよ。だから歩み寄りって言っているでしょう?」
「……どう歩み寄るの」
「君から触れてよ、アリアネル」
…………………は?
「だって私は君に触れたい。でも君は気持ちを無視した触れ合いはされたくない。それなら君の意思で私に触れればいい」
「私は触れたいって言ってないわよ?!」
「そこは歩み寄ってよ」
「あなたにばかり得があるわ!」
「なんで?思うように触れることができないのに。はっきり言って不満だよ」
え?そうなの?おかしくない?婚約破棄の話はどこに消えたの。その辺りの歩み寄りは?……いや、これは中間は無いわね。でも……えぇ?
「……手を繋ぐくらいなら?」
「そんなの幼児でもできる。論外だ」
は?というかすでに抱き締められたままですが。もうこれでOKなのでは。
「あ。この状況は君を捕獲しているだけだし、私からの行為だからノーカウントで」
「え、ズルい!もう、なんでそんなにも必死なの?いっそ王室御用達の娼婦でも呼べばいいじゃないっ!」
「………ほう?」
あ。失敗したかも。
「君は何を聞いていたの?私は君だから抱きたいと言ったはずだ。分からないなら1週間くらいかけてその体に教え込むけど?」
「ごめんなさい、分かりましたっ!」
イヤ──ッ!監禁だけは勘弁してくださいっ!
でも……、本当に私の事が好きなの?これで?さっぱり意味が分からないわ。
「どうして?今まではそんなに病んでなかったじゃない」
そうよ。今まではずっと優しかったわ。それなのにどうしてヤンデレになってしまったの。
今までの優しい殿下に戻って欲しいっ!
「どうして、ね。何度も警告したけど」
「警告?」
「ジェイドやジャスパーとの距離が近過ぎる。あれは家族である前に未婚の男性だと再三注意したよね」
………………ん?
「でも、お二人とも婚約者がいらっしゃいます」
「私の婚約者は婚約破棄を目論んでいるが?」
うん、確かに。……え?
「私の不貞を疑って?」
「君の心変わりは疑っている」
「え、酷いっ!」
「私の本心を知ってダッシュで逃げようとしているよね」
だってそれはエッチなことを強要しようとするからっ!
「君は随分と可愛らしい夢の国で生きているようだが、愛なんてもっとドロドロでぐちゃぐちゃで厭らしいことも含んでいるよ。キラキラした甘いものだけじゃない」
……だって。今世も前世?も恋愛なんて未経験者。
ただ、男尊女卑は許せないし、16歳は淫行条例に引っ掛かる案件で、レイプは婚約者であっても犯罪なの。
だってそういうものを思い出してしまったのよ。そうしたら耐えられないんだものっ!
「私は今すぐ君を妻にしても罪にはならない」
「……ひどい……」
「それでもずっと我慢していただろう?
君が、『もし、子が出来なければ側妃を持っても責めませんから』なんて、下らないことを言うまではね」
あら?言ったかしら、そんなこと。
「私の愛はどうやら言葉だけでは伝わらないようだ。それなら体に分からせるしかないだろう?」
………思い出した。
側妃を持つ可能性を教えられたことがショックで、でも、それがあなたとの結婚なのだと、まるで悲劇のヒロインのように涙を堪えてお伝えしてしまったわ。
「王太子妃教育で習ったんです。妃が三年間孕むことができなければ、側妃を娶ることになると」
「まずは五年までは引き延ばすし、どうしても側妃を娶るなら、シリンジで精液だけを提供する。絶対に抱かない。というか勃たない。性交は無理だ」
「はっ?」
「いっそジェイドの子を養子にするか、なんなら継承権を放棄すればいい」
「ありえないっ!」
「そうでなければ、精霊の怒りが爆発する。シャパトを甘く見たら……死ぬよ?」
「ぴゃっ?!」
え?抜け道とかあるんじゃないの?本当にガチの呪いなの?!
「君に抜け道ありの縛りなど用意するはずがないだろう。だから君は観念して私に抱かれたらいい」
「うそっ!」
「試してみる?側妃が死ぬかどうか」
「ダメダメダメッ!」
「そもそも精霊の祝福があるから君は孕みやすいと思うよ。まあ、暫くは二人だけで楽しもうか」
……死んだ。ウッキウキだわ、この人。
どうやらヤンデレを生み出したのは私みたいです。
「私を抱きたいなら、ちゃんと愛の告白をしてくださいよ」
「愛してるよ、アリアネル。だから私のモノになって」
「……痛いことしないで」
「媚薬を使っていいのなら」
「ヤダ怖いっ!快楽堕ちなんて最低よっ!」
「そうだね。昨日から君の発言がおかしい理由をまず話そうか?」
ひえっ!悪魔の微笑みだわっ!
「……黙秘します」
「初体験は青姦がいいのかい?確かに今日は暖かくていいかもね」
「いや─────っっっ!!!」
それから。私が殿下に敵うはずは無く、前世?の話からゲームや小説への転生疑惑まですべて白状させられた。
「へえ、異世界転生。面白いな。あと、その知識はどう考えても国に役立てられるね。
フフッ、王宮に行こう。陛下にも伝えなくちゃ」
完っ全にアウト!死亡確定でございますっ!
「優しくしてくださいっ!監禁は嫌なのぉ!」
えぐえぐと泣きながら訴えるも、殿下はご機嫌だ。
「殿下って誰のことかなぁ」
「サフィア様!もう、サフィの意地悪っ!」
「まだ君から触れてもらえてないし」
「……キス、したら優しくしてくれる?」
もう後はない。これしか私には手はないんです!
「うん、して?」
「口を開けないで!」
なんでディープ待ちなの!
「私の妻は初心だな」
チュッと口付けられる。
「ちょっ、私から」
キスするはずでしょう、と続くはずの言葉はすべてサフィに食べられてしまった。
……くるしい。お口の中がサフィでいっぱいだ。
ゾクゾクするし、クラクラするし、悔しくて舌を噛みちぎってやりたいのになぜかできない。
「くるしっ、」
ようやく解放してくれたと思ったら、今度は軽くキスをされる。順番がおかしいと思う。
「どう?気持ち悪い?」
「……悪くはない、けど好き勝手されるのは不愉快だわ」
「ふふっ、ほら。私の事が好きなくせに」
「……イケメン無罪」
そうよ。顔が狡い。そのお綺麗なお顔を蕩けさせながら口付けるなんて卑怯よ。醜男なら今度こそ目潰ししているのに。
「まだ怖い?」
「……デビュタントは出たいの。夢だったんだから」
「どんな夢?」
「…サフィに相応しい淑女になって、エスコートしてもらうの。皆が羨ましそうに眺めてくるくらい素敵なカップルになりたかった」
悔しいわ。ヤンデレ変態王子だと分かったはずなのに、犯罪者なんか嫌いだと思ったはずなのに!
「……かわいい。可愛い可愛い可愛い!あ~、食べたいな、ちょっとだけ味見してもいい?」
「前世の記憶で、エロ事のちょっとだけは信じてはいけないって。必ずペロリと食べられて骨までしゃぶり尽くされるって知ってる」
「う~ん、否定できない。ひと月くらい篭りたい」
「やだ。アイツらヤリまくりだって言われるもの。恥ずかしくて死んじゃうわ」
「……君のそんな姿を想像する輩は消し去るから任せてくれ」
本気の顔で殺人予告はやめて。
ヤンデレが過ぎるのよ。
「そんなことする人は本気で嫌いになるから」
「ようするに、昨日の嫌いは嘘ってことだよね」
「……犯罪者は本当に嫌いだから」
サフィが嬉しそうに私の頬に口付けてくる。もう、抵抗するのも馬鹿らしくなってきた。
「一昨日までの無邪気な君も可愛らしかったけど、今の君はもっといいね」
「……愛してなかったみたいだって言ったくせに」
「私を否定するからね。同じ気持ちのお返しだよ」
サフィは本当に優しさが足りないと思う。
「ねえ。私は優しい人が好きよ」
「私は君が好きだよ」
噛み合わないなぁ。こんなおかしな人なのに、どうして嫌いになれないのかしら。
◇◇◇
「サフィアよ、アリアネル嬢を下ろしてあげなさい」
陛下ありがとうございます、今まで誰も止めてくれなかったんですぅっ!
結局遠乗りは延期に。陛下に謁見するためにと王宮に連れてこられました。
「この期に及んで逃亡を企てているので仕方がありません。そうだよね?アリアネル」
だって!陛下に異世界の事なんかお話ししたら、このまま監禁されて知識を搾取されるような怖い未来が見えちゃったんですもの!
というか知識と処女と自由を奪われる気しかしません。
だから逃げる方法を考えていただけなのに!
馬車の中でも膝から下ろして貰えず、暴れたらキスをされ、これ以上抵抗するなら服を剥ぐと言われ……
脅すなんて酷い。でも本当にドレスを脱がされそうで怖かった。
……ちょっとお胸を触られたもん。
服の上からだけど酷い。あんまり大きくないから嫌だったのに。
「ほら。アリアネルも認めております」
「……いい加減にしないと嫌われるぞ?」
「嫌いだと涙目で睨まれるのは大変可愛らしかったですよ」
「アリアネル嬢、こんな息子で申し訳ない。だが君しか無理なんだ。これからもどうかよろしく頼む」
狡いわ!そんなふうに頭を下げるだなんて!
「そんな、私なんてっ」
「煽てているわけでも、騙そうとしているわけでもない。紛れもない事実だから!
いや、我が息子ながら本当に恐ろしい。君以外と結婚なんて考えたら、私はあっという間に王冠を奪われて蟄居に追い込まれそうだよ……」
え、もしかして陛下を脅したの?
「アリアネルは私と結婚するからそんな未来は訪れませんよ」
何をしたの、陛下が怯えるって怖すぎるわ。
「陛下に朗報です。アリアネルは聖女でした」
「なに?!」
「え」
聖女って何。いつからそんなモノになってしまったの?
「異世界の知識持ちです。それもかなり先の時代ですね。聞いた限り、文明がかなり進歩しています。
ね?これでアリアネル以外必要ないと分かってもらえますね?」
「…………とっくに諦めているさ」
「ああ、あと。アリアネルの教育係を替えてください。側妃を持たせることを諦めていない愚か者のようです。私は必要ないから説明もするなと言っておいたはずなのに、側妃の必要性などを教育したようです。
教える立場だからと、私よりも上だと勘違いしているようだ。そんな阿呆は迷惑なだけです」
「……分かった」
本来なら私には教えない予定だったのね。
でも、それもどうなの?
「けど、子どもは必要でしょう?先生は間違えていないわ」
「間違えているよ。私の隣は君だけだ。それ以外を据えようだなんて許さない。それならば王位継承権を放棄するだけだ」
「……私なんてそんなに大した人間じゃないけど」
そこまで望まれる理由が分からないわ。
「それを決めるのは私だよ。それに、精霊の祝福の光の強さを見ただろう?」
「光の強さ?」
確かにめっちゃ光ってたけど。あれが普通じゃないの?
「アリアネル嬢。王族の婚約式でもあそこまでの輝きは私が見た中では初めてのことだ」
「え」
「それが君が聖女だからなのか、サフィアの執着のせいなのかは分からないがな」
「……執着で変わるものなんですか?」
「精霊は純粋な思いを応援するんだ。君との誓いを真剣に祈ったサフィアの思いが強いというか重いというか……まあ、そういうこともあり得るかもしれん」
精霊様、執着の後押しはしたら駄目ですよ?!
「というわけでアリアネルは今日から王宮で暮らしますから」
「えっ!聞いてません!」
「今聞いたでしょ」
「サフィア、いくら何でも急過ぎるぞ」
「だって聖女ですよ。彼女の世界には一発で国を滅ぼすほどの威力の兵器もあるようです。野放しにできません」
……嘘、本当にこのまま監禁?幽閉コースなの?
そんな兵器の作り方なんか全く分からないのに!?
「という理由を付けて手元に置きたいだけだろう」
「いや、本当にね。可哀想だとは思いますが彼女の身の安全のためですから。今日から私の部屋でしっかりと守ります」
「なんで?!結婚前に同室なんて!」
(下拵えが必要だよね?痛いの嫌なんでしょう?)
…………怖い呪文を囁かれました。
「どっちもヤダっ!」
「だ~め」
「なんで?!何のために思い出したの!エロ殿下に鉄槌は?!」
「ふふっ、そんなのは私と結ばれるために思い出したに決まっているだろう?」
「いや────っっっ!!!」
◇◇◇
「あの……どうしてこんなに念入りに?」
お風呂にムダ毛処理にマッサージ。パックも終えてお肌がトゥルトゥルでございます。
「うふふっ♡」
意味ありげに笑うだけなのが怖い。
ナイトウェアが透け透けだったらどうしようかと思いましたが、肌触りの良い、首元まで小さなボタンが連なる貞淑なデザインでホッとしました。
「では、おやすみなさいませ」
丁寧にお辞儀をして侍女達は出て行ってしまいます。
「……ベッドが一つしかありませんが?」
分かってる。だってサフィの寝室だもの。
押し倒されて逃げ出したはずのお部屋に、こうも早く戻されるなんて……。
ガチャ
「ひっ!」
ドアの開く音に飛び上がってしまいました。
「酷いな。まるでお化けでも出たみたいじゃないか」
どちらかというと殺人鬼が来た気分です!
「さて、寝ようか」
「……どこでかな」
「私の腕の中でしょう」
違う!ベッドよりも最悪な答えが来た!
「あの……やっぱり結婚前に同衾するのはよろしくないと思うの」
「そうかな。気にしているのは君だけだと思うよ?」
コテン、と可愛く首を傾げないで。
「もう、どうしてそんなに執着するの?あの日、ほんの少しお話しただけでしょう?あんな子供を気に入ったなら幼女趣味だと思うのに、抱きたい理由が分からないわ」
ロリコンじゃないの?ただの変態?
「お馬鹿なアリアネル。理由なんてただ好きだから一択だよ。
君は子猫を見つけたら何か理由を付けるの?
ただ可愛い可愛いと大はしゃぎして撫で回すだろう?
そして、何とか家で飼ってもいい理由を見付けて手元に置こうとするはずだ。
そのときの君は、野良猫生活よりも、たくさんの愛情を注いでお世話をしてあげる自分のところに来ることが子猫にとって幸福であるに決まっていると考えるだろう。
そうして、子猫が嫌がろうとも家で飼うためだといって丁寧に洗って乾かし、思う存分可愛がるんだ。
ね、同じでしょう?そういうことだよ」
……やる。私なら必ずやっちゃうヤツだ。
え、私って誘拐監禁しちゃう酷い人なの?良かれと思っていたのは自己満足?でもでも、猫ちゃんは最初は警戒してたけど、そのうちとっても懐いてくれて……
「だから私も同じだ。可愛い君を連れ帰っていい理由を見付けた。だからこうして綺麗に洗って今から撫で回すんだよ。早く懐いてね、アリアネル」
「いやいやいや、私は人間だよ?!」
「同じ生き物だよ。ん~、可愛いなあ」
チュッ、チュッと頭に、頬にと口付けてくる。
「待って待って!私の気持ちは?!」
「私の顔。好きでしょう?」
「……好きだけど」
「優しい私も好きだよね」
「……うん、すき」
「ほら、キスしよう」
「、んっ」
最初は触れるだけ。次第にキスが深くなる。でも、ゆっくりと。優しいキス。
「かぁわいい。蕩けてる。気持ちいね?」
「ん、きもちぃ…」
優しく体を撫でられる。困ったことに不快じゃない。
「最後まではしないよ。ちゃ~んと優しく溶かしてあげるね♡」
そして、彼はプレゼントを開ける子供のような顔で、ゆっくりと1つずつボタンを外していく。
「やっ、見ないで!……小さいもん」
「ん?サイズなら知ってるよ。可愛いよね。ほら、フニフニ。綺麗な形だ」
「はにゃ?!」
もっ、揉まれた!
「じゃあ、いただきまーす」
「ぎゃ────っっっ!!!」
何で流されてたの?!駄目なやつじゃん!イケメンの優しい囁きの威力は絶大だった!!
そこからはもう……ありとあらゆる恥辱の限りを味わいました。
……ええ。約束通り最後まではしていない。
意味があるかは分からないレベルで美味しく頂かれてしまったけれど、ちゃんと処女のままだ。
「このまま初夜まで育て上げるのも楽しそうだね」
え、初夜までこれを続けるの?
「……まさかずっと?」
「大丈夫。ちゃんと部屋からは出してあげるよ。一緒に公務をしよう」
「えっ?!」
「ついでに女性の立場の改革をしようか」
「……いいの?」
「もちろん。まずは君が初めて公務に参加する王太子妃になればいい。前世の記憶は私にだけ教えて。いきなりそこまで女性の地位を上げるのは難しいけど、少しずつ手を付けていこう」
……やだ、格好いい♡
「ね?私の事が好きになっただろう?だから後でご褒美をちょうだいね」
……やだ、最低。
それによく考えたら、一緒に公務って昼も夜も一緒にいるってことよね?
それは24時間あなたの隣から放さないということでは?ある意味監禁よりも辛い気がするのだけど!
「ふふっ、睨んできて可愛いなあ。ね、少し噛んでもいい?ちょっと泣かせたいな」
「やだやだ、痛いのやだ!」
「痛気持ちいいを目指そうか」
「嫌だよ?!ちょっと!服を捲らないで!」
「痛くなければいい?」
「うんうんっ!痛くなければ何でもいいか…ら…?……あれ?」
「よかった。了承してくれて」
「やんっ、違うの~~っ!」
ねぇ!前世の記憶よ、もっと頑張って!
お願いだから、この執着重めのヤンデレエロ王子に鉄槌を!鉄槌をお願いしますっ!!
【end】