平手造酒・Ⅲ
〈ビアホール秋も当分人通ふ 涙次〉
【ⅰ】
文・學・隆・せいはテオに、「もう一人の」肝戸がスマホで何を話してゐたのか、情報を齎した。4匹の仔猫たちが、テオに告げ口がましい事を云ふのは、初めての事だつた。テオ「肝戸さん、これはだうした事です?」‐「もう一人の」肝戸、卑劣な事に、普段の肝戸に後始末させるやうに、跡形もなく消えた。
「え、だうなさつたのです?」それは、ふと我に還つた人がよく使ふ言葉で、テオは「可笑しい。云ひ譯をするにも、この云ひ草は」と思つた。その後ろで、丁度所要が終はつてカンテラ事務所にやつて來た、尾崎一蝶齋が見ていた‐
【ⅱ】
尾崎は、話をテオから訊き、「テオくんとこのぼんちたちが、揃つて噓を吐いてゐるとも思へない。しかし、肝戸くんが事情を知らないやうな素振りで話す、それにも譯がありさうだ」‐テオ「さうなんですよ。普通云ひ逃れをしやうとする時に、人はあんな言葉は使はない」‐一蝶齋「もしや、多重人格? そんな筈ないか、はゝ」‐いつもの一蝶齋には見られない、氣弱な發言である。だが、そこに居合はせたカンテラ、じろさん、顔を見合はせた。
【ⅲ】
じろさん「俺、尾崎さんの推測に一票投じたいんだが...」‐カンテラ「俺も同じ。テオの云ふ通り、普通云ひ逃れをしやうとする人間が使ふ言葉とは、違ひ過ぎるよ。肝戸さんが大體そんな大それた計画‐ 平手造酒の亡靈を使つて迄、しやうとしてゐる事‐ が出來るとも思へん」じろ「魔界に片足突つ込んでゐるのだが、それは『もう一つの』人格つて事だな」‐「さうさう」
実際は「片足突つ込んで」どころか、「もう一人の」肝戸は魔界の大立者なのだが、まあ、それは良しとしやう。カンテラたちの総意は、現實に即したものだつた、と、これだけは云へた。
【ⅳ】
「で、平手造酒を使つて(飽くまで假説だが)、『もう一人の』肝戸さんが企んでゐる事つてなんだ?」涙坐ちやんに当たらせるか。但し運轉手はじろさんだが。
涙坐、透明の躰には大分慣れた。全裸にならないといけないのがネックだつたのだが...。これで魔界の狀況が手に取るやうに分かる、のは、彼女の誇りと云へた。「早速、平手造酒とやら、見て來ました。荒磯さんを人質に取れば、カンテラさんの剣先も鈍るんぢやないかと、そんな目論見みたいです」‐「なんだそんな事か。俺は例へタイムボムくんが人質だらうと、手を拔かず、平手を斬るよ!」
【ⅴ】
さて、それでは肝戸は。じろさんが、「魔魂拔き」を試みた。肝戸の口に拳を突つ込む。巨大な蛾、モルフォ蝶のやうな見事な翅を持つた妖蝶が取れた。普通の人間なら、鱗粉にやられかぶれるところだらうが、じろさんに不可能はない・笑、掌の皮膚を角質化させる事に依り、損害を最小に留めた。
その儘の姿勢、口をあんぐりと開け、じろさんの拳を受け容れた体勢で、肝戸は失神してゐた。こればつかりは、力子には見せられない。じろさんが彼女の中で、惡者になつてしまふ。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈夢で見た歌よその儘蘇れ夢には夢の作法あれども 平手みき〉
【ⅵ】
カンテラとテオは、魔界に急行した。テオは「タイムボムくん、生きてゐてくれ」と心に念じてゐた。
まづは、カンテラvs.平手造酒。平手は思つたよりも、弱腰だつた。自分の死期を見透かしてゐる者の態度だつた。「俺と死合つて何か貴殿に利するところがあるのか?」そんな事まで、云ふ。「えゝいやかましいわ! お前は俺と死合つて、The endなんだよ!」、カンテラが大刀を振り上げると、「ごふ、げふ、げふ、がぼゞ」平手、盛大に吐血した。長年の酒毒が胃か肝臓を蝕んだのだらう。カンテラは、傳・鉄燦を鞘に納め、崩折れる平手に脊を向けた‐
続いてテオvs.鉢形監物。鉢形は「お前さんを俺の講談の主人公にしてあげる。だから、命ばかりは...」‐「お助けしろと。ふん」テオは、テオ・ブレイドを一閃し、鉢形の頸動脈を斬つた。血飛沫。魔界のこの地帯は、大量の血に塗れた。
【ⅶ】
と、云ふ顛末。肝戸には込み入つた話はしなかつた。また、いつか運轉手として復帰出來るだらう。で、報酬。魔界からテオが金庫を一台ガメて來た。荒磯は立ちどころにそのキイ№を云ひ当て、カンテラ一味は、魔界の衆が死藏していた現ナマを手に入れた。國王「あ、それいゝな」‐テオ「タイムボムくんは当分静養だよ。あんな酷い目に遭つたんだから」國王、「分かつた分かつた。でもなるべく早めの復帰を願つてゐるつて、傳へてくれ」‐テオ「ラジャー」
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈目醒めれば明日秋立つ夜更け哉 涙次〉
金庫の事より、『着物の星』だ。第一回めの締め切りも近い。当分、静養どころか、徹夜が續くだらう。「そんな殺生な」by タイムボム荒磯。お仕舞ひ。