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彼女たちは「思い出」と呼ばれる異世界に住んでいる

これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。

砂埃を帯びた風が、音の海をすり抜けてゆく。

夕暮れ色に染まったコーチェラの会場は、まだ夜の幕が降りきらないまま、

無数の光とざわめきをその懐に抱いていた。


レイジとマタサブロウは、チケットを切るゲートを抜けながら、

胸の奥にそっと忍ばせた決意を確かめ合った。


——今日こそ、想いを伝える。

互いの母へ。

互いが最も信じる相手へ。


二人の横を、優と涼子が並んで歩く。

肩にかかるライトの色が揺らぎ、

二人の横顔に淡い影を落としていた。


「わぁ……すごいね」

優がつぶやくと、

涼子は少女のように微笑み、目を細めた。


「こんなに人が集まるのね……。ふふ、息が詰まりそう」


母たちの笑みを見るだけで、レイジとマタサブロウの胸は

少しだけ熱くなる。

自分が守りたいと思う光は、こんなにも儚く、

それなのに世界よりも強い。


やがて、音楽がさらに高まり、

人々の歓声が波のように押し寄せる。


「じゃあ……少しだけ、別行動しようか?」

マタサブロウが提案すると、

優が軽やかに頷いた。


「そうね。せっかくだし、色んなステージを見たいわ」


涼子もまた、微笑んでレイジに視線を向ける。

「あなたたちも、楽しんできなさい?」


その言葉が、レイジの胸をひどく締めつけた。

——告げなければ。

この手で掴まなければ、何ひとつ始まらない。


二組は人の波の中に溶けるように分かれていった。


***


レイジは、涼子を人混みの途切れた場所まで誘った。

優しい風が吹き、遠くから低いベースの音が震えて届く。


「涼子さん……あの……話したいことが——」


そのときだった。


夜空が割れた。


一瞬の静寂。

次いで、星を砕くような炸裂音。

金と白の光が夜を満たし、

天上から降る花のように散っていく。


花火——。


涼子は、肩を震わせた。


「……あぁ……こんな時期に……花火なんて……」


こぼれるように言う声が、

どこか遠い記憶をたぐり寄せていた。


レイジは気づいた。

その横顔には、涙がひと筋……

落ちまいとして、必死に留まっていた。


「……マコト……」

涼子の唇がそっと開き、

その名を呼んだ。


亡き夫の名。


レイジの胸に、

刃物のような痛みが走る。


——僕じゃ、届かないんだ。

——まだ、あなたを笑顔にできるほどの人間じゃない。


告白の言葉は、喉の奥で静かに消えた。


***


同じ頃。


マタサブロウもまた、

優の横に立って空を見上げていた。


花火の光が優の頬を照らし、

その瞳にきらきらとした水を浮かべる。


「……綺麗……ね……」

優の声は、どこか震えていた。


「ユキチ……あなたがいたら……」

その名を口にした瞬間、

優の肩は小さく沈んだ。


マタサブロウは拳を握りしめた。


——僕では……

——僕なんかでは、あなたの悲しみを拭えないのか。


胸の奥で、

何かが静かに砕け散る音がした。


優は涙を乱暴に拭い、

いつもの明るい声を作り直そうとする。


「ごめんね、変なところ見せちゃって。ほら、行きましょ?」


その笑顔があまりにも強がりで、

あまりにも優しくて、

マタサブロウは言葉を喉につまらせた。


「……うん」


それだけを返すことが、精一杯だった。


***


夜が深まり、四人は再び合流した。

誰も何も言わないまま、

ただ花火の残光だけが、それぞれの胸に残っていた。


レイジとマタサブロウは、

互いの視線を交わす。


——言えなかった。

——まだ、言える資格がなかった。


胸の奥に沈む問いは同じだった。


「僕は……あなたを幸せにできる存在じゃないのか?」


そしてその痛みだけが、

静かに四人を夜の底へ沈めていくのだった。

このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードはすぐにアップロードします。

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