彼らの選択。もう一度見たい
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
──どこまでも白い。
松三郎と玲司は、身体の重さも境界も感じないまま、ただ“存在していた”。
そこには音も、記憶の断片も、時間すらなかった。
「……ここは、どこなんだ……?」
互いの声だけが、かすかな振動として空間に落ちる。
そのときだった。
白の果てに、巨大な影がゆっくりと立ち上がった。
鱗は光を吸い込み、眼は深い琥珀色に沈んでいる。
物語の中だけに存在したはずの──あの“龍”が、城門の内側に閉じ込められた姿そのままで現れた。
「ようこそ。玲司、そして松三郎。」
龍の声は、まるで遠くの地層が反響するような低さで、それでいて温かかった。
「……君は……子守歌の……?」
「そうだ。私は、このスーパーコンピュータに残された“最後のプログラム”。
君たちの両親、ユキチとマコトが未来に託した意志だ。」
龍は背後の城壁をすこし揺らして、ゆっくりと語り始めた。
「君たちには二つの道がある。
一つは──世界を“静寂”へ導く道だ。
君たちが望めば、私は封印を破り、プロジェクト《ニルヴァーナ》を起動できる。
そうすれば、母親たちも、君たち自身も、苦しみという苦しみから解放される。」
城壁には深い裂け目が走っていた。
その裂け目はまるで、彼らの心の傷そのもののように見えた。
「……もう一つは?」
玲司の問いに、龍はわずかに首をかしげた。
「生きることを選ぶ道だ。
痛みを抱え、喪失を抱え、それでも続いていく道。
もしその道を選ぶなら──私は、プロジェクトを破壊する手助けをしよう。
君たちのためではない。
未来のために。」
松三郎が静かに息を吐く。
ふたりの間に沈黙が落ちた。
その沈黙は、地下室より重く、現実よりも透明だった。
「……俺たち、本当にどっちを選ぶべきなんだろうな。」
「わからない。」
玲司は、母の微笑みを思い出すように目を伏せた。
「でも……もう一度、あの笑顔が見たい。苦しくても、報われなくても……あの笑顔だけは、なくしたくない。」
松三郎も小さくうなずく。
「もし、ニルヴァーナが完成したら……母さんたちの笑顔も……全部、消えてしまう。」
龍は静かに目を閉じた。
「答えは、もう君たちの中にある。」
ふたりは同時にうなずいた。
「俺たちが選ぶのは──生きる道だ。」
龍の眼が、柔らかく光った。
城壁が崩れ、龍がゆっくりと外へ歩み出る。
その足取りには、長い封印から解かれた存在の重さがあった。
次の瞬間、ふたりは現実へと引き戻された。
地下室。
スーパーコンピュータの核心。
そして、六人の男たち──ショウヘイ、ミナト、ナガト、オドネル、ジェンキンス、ダン。
龍の声が、頭の奥で響いた。
《準備は整っている。始めよう。》
玲司と松三郎は、龍の導きのもとでコンピュータを操作し、超音波装置を逆起動させた。
標的は「世界」ではなく、六人の思考コア。
微かな振動。
それは“六人の最初の思考”を静かに消し去る合図だった。
男たちの身体が同時にふるえ、そして力なく崩れ落ちた。
彼らの精神は、深い深い眠りへと沈み込んでいった。二度と目覚めることはない。
《……続けるんだ。》
龍が促す。
ふたりは、龍の力を借りて超音波装置を完全に破壊した。
次に、スーパーコンピュータの自己消去プログラムを起動する。
龍の姿は光に変わり、ふたりの視界の中でゆっくりと溶けていった。
《ありがとう……。生きる痛みを選んだ君たちを……誇りに思う。》
すべてが終わった。
仏頭のヘルメットが静かに外れる。
冷たい金属が離れた瞬間、ふたりは大きく息を吸い込んだ。
地下室には、静けさだけが残った。
──生きるという痛みを抱えたまま、ふたりは立ち上がった。
このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードもすぐにアップロードします。




