プロジェクト・ニルヴァーナ
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
『子という名の最後の言葉』**
地下室の空気は、まるで静止したかのように重かった。
冷たい金属の匂いと、どこか薬品めいた甘い匂いが、呼吸の隙間にしみ込んでいく。
「……なにを……する気だ……」
震える声で麻紗三郎がつぶやく。
ナガトは答えず、静かに歩み寄ると、銀色に光る注射器を持ち上げた。
「心配しなくてもいい。すぐに終わる。」
その声音は、まるで授業中の教師のように穏やかで、しかし凍えるように無慈悲だった。
ナガトはまず玲司の腕を押さえ、細い針を皮膚に沈める。
透明な液体がゆっくりと体内へ流れ込む。
「……この光景、懐かしいよ。」
玲司の肩に手を置きながら、ナガトはふっと微笑んだ。
「君たちの父親――ユキチとマコト。
あの二人にも、まったく同じように“真実を語る薬”を使った。」
マタサブロの顔が、恐怖にゆがむ。
「やめろ……!」
「彼らは強かった。」
ナガトの声は淡々としていた。
「大量の投与にも耐えてね。
最後まで何も語らなかった。
……ただ、一言だけ。」
ナガトは玲司の頬を覗きこむ。
「“子ども”と。
あれが彼らの最後の言葉だった。」
玲司は唇をかみしめ、涙がこぼれそうになる。
ショウヘイがゆっくりと歩み出た。
埃まみれの超音波送信機を指先で軽く叩く。
「これらは、世界中に配置されている。我々が長年かけて作り上げた装置だ。」
続けて、巨大な黒いスパコンの側面に触れた。
「そしてこれが、“すべてを終わらせる”ための中枢――。
このマシンが一斉に送信機を起動すれば、人類の“最初の思想”は消える。」
ミナトが言葉を継いだ。
「思考も、記憶も、感情も……苦しみの元凶はすべてなくなる。
人はただ“存在する”だけの、穏やかな世界になるんだ。」
まるで救いを語る聖職者のように。
しかしその内容は「死より静かな終わり」だった。
麻紗三郎が震える声で叫ぶ。
「そんなもの……世界じゃない……!」
ミナトは小さく首を振る。
「君たちの父親もそう言った。
だからこそ、彼らは我々から逃げ、コードを盗み、家族を隠した。」
ショウヘイが、昔を懐かしむような調子で言った。
「ユキチとマコトは、家族の存在が追跡されないように、すべての記録を消去しました。 奥さんと子どもを国外へ逃がしたよ。」
ミナトが穏やかに続ける。
「だが……完璧ではなかった。
我々は長い時間をかけて、東大時代の交友関係を一つずつ追い、
転移された資金の痕跡を見つけ、海外の住宅の購入記録を割り出した。」
ナガトの目が細く光った。
「十数年かかったが……ようやく辿り着いた。
君たちこそが、コードの鍵を持つ者だ。」
玲司とマタサブロは、互いを一瞬だけ見つめた。
その瞳には、恐怖と絶望と、そして――薄い怒りの火が宿っていた。
ナガトが再び注射器を持ち上げる。
「では……続きを始めようか。」
地下室の照明が、無機質な白い光で彼らを照らし出した。
――人類の脳を書き換える計画「Nirvana」。
その起動のカウントダウンは、静かに始まりつつあった。
(終わり)
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