第13話(その2)
「社長――、あそこまで言われる必要なかでしょ、だいたい小火で終わったとやけん」
会議の後、年長の作業員がそう嘆いた。確かに進水前、下請け向けに1時間の説明会があった。だがそんな短時間で習得出来るほど、現場の作業要領は容易いものではなかった。
「まあ、そう言うな。小火で済んで、良かったとさ」
社長はそう言って、作業員を慰めた。
ただそうは言っても、ようやく集めた8名の溶接工。その内の3名を現場から外さねばならない。社長は胸の内で悔しさを噛み殺すようにして、工作部の建屋を離れた。
工作部の部長は、何かと言えば「既定の作業要領を守れ」と言うが、実際の現場では本工自体が守っていない。高々4本のサポートアングルを溶接する場合、実質トーチを燃やすのは数分に過ぎない。それが3人で4本であれば、1時間も掛からずに仕上がる。
だがその為に当該甲板の上の甲板に上がり、事前に燃え易いものがないかを点検し、もし何かあれば撤去しろと言っても、重工は決してその時数まで面倒見る気はないのである。
「もう今日は上がって良かけん、これで一杯飲んで帰らんね……」
そう言って社長は、後ポケットから二つ折の財布を出した。
そしておもむろに財布から万札を出す、
その手が一瞬震えた。
だがすぐ手を振ると、作業員を帰したのだった。
(それにしてもあの部長……、なんとかせんと、いかんばい……)
早退する3人を見送りながら、社長はそんなことを考えていた。
このまま3人を遊ばす訳には行かない。
重工に出入り禁止を喰らって、すぐに他の現場が見つかる訳ではない。
(やっぱり、なんとかせんといかん)と、頭を抱えるのだった。
下請けの男3人は、重工を出たその足で長崎駅近くの角打ちへ寄った。時間はまだ午後の3時過ぎ、酒屋の中のカウンターで焼酎のコップ酒を呷っては、話は小火のことだった。
「あれは付け火じゃなかと?」
「いや、まさか……」
と、そんな話に年長の男が割り込んだ。
「いや、前にもあったとさ。一ヶ月前に、同じようなアングルの付け替えで……」
そんな彼の低い声に、若手は思わず耳を傾けた。
「そうですか……、でも前って、いつですか」
「うん、大きな声では言えんばってん……」
と、他に客はいないのに、ヒソヒソ話になっていく。
年長の男の話では、サポートアングルの溶接で段ボールや図面が燃えたと言う。
「誰がやったとですか?」
「どっかの下請けらしかけど、詳しいことは分からん……」
「だいたいがですね、あげん細かアングル、たいていデッキに直で溶接すっとでしょ?」
「そうさねえ……。ばってんデッキが薄かけん、裏面の温度が700度を超えるらしか」
年長だけに色々情報ソースがあるのだろう、いかにも見て来たような話を続けた。
(つづく)