第15話(その2)
かつて副所長は本社総務から資材に転籍した。その際、購入品をキロ単価で決めた男である。その彼が、従業員八千人を率いる所長の補佐など、まったく相応しくなかった。
恐らく本社は膨れ上がった団塊世代の花道として、重工長崎の副所長という席を与えたのだろう。だが彼はあくまで本社に向かって仕事をする、歯車のひとつでしかなかった。
『人』と仕事をする渡部所長に対して、彼はやはり『数字』で仕事を捌く男だった。
「失礼します。資材課の視点から、少し補足させていただきたいのですが……」
我慢ならない柿岡は思い切って手を上げた。
その途端、居並ぶ部長陣が柿岡を睨んだ。
「ここは、資材の人間が口を出すところではない――」
それは資材部長だった。
思わぬ反論に柿岡は、(この人もアンチ客船派か)と訝った。
「お言葉を返すようですが、私も1995年当時から客船を担当してきました」
「それはそうかも知れないが、これは現場の管理に関する問題であるし……」
柿岡からすれば、常に渡部の顔色を窺って昇進してきた部長に、ここで反論されるとは思わなかった。その表情を見れば、何か副所長に言い含められている様にさえ思えた。
「柿岡君、言ってみたまえ。例え資材であろうと、防火対策は全部門に関わる」
渡部のその言葉で資材部長は頭を垂れた。一瞬ほっとした表情で後は口を閉ざす。その一言で自分の役目は終わったとでも言いたげに、彼は副所長の方を伺っていた。
「問題は、小火の対策と共に、いかに全社の認識を改めるかに掛かっています」
柿岡がそこまで自分の意見を喋ると、即座に副所長が声を荒げて話を遮った。
「そんな事は、君に言われなくても分かっている――」
それに工作部長が、「その通りです」と合いの手を入れ、厳しい視線を柿岡に向けた。
「ですから、まずは監視の数を増やした上で、防火対策を講じるべきかと――」
「特保部は現有の8名体制で、十分に24時間365日の監視を行っている――」
所長に対しては弱気の工作部長が、酷く顔を赤らめて柿岡に突っかかってきた。
「それは知っています。ただそれでは、絶対数が足らないのではないですか?」
柿岡も負けてはいない。
ただ工作部は、自分達が現場を背負っているという自負がある。だがそれはもはや昭和の悪弊であろう。大型客船を造るには、百害あって一利なしだった。
「居室甲板だけでも8番から15番までで、数にして千数百の部屋があります」
「そんなことは、最初から分かっていることだ」
と、あくまでマウントを取る工作部長。
「待ちなさい――。それで君は、どうやって監視を増やすと言うのだ……」
そう渡部が柿岡に聞く。
その言葉で柿岡も頭を冷やして、話を本論へ戻した。
(つづく)