第13話「小火、それとも不審火?」(その1)
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2025年 新春 船木千滉
「かっ、火事だ――!」
と、甲板全体がざわつき、作業員の怒声や走りまわる足音が飛びかう中、第4甲板から黒煙がもくもくと吹きあがった。
2002(平成14)年7月5日金曜日のことだった。
進水後岸壁に横付けされた客船は年内の試運転を目指して、今まさに突貫の艤装工事中だった。常に千人以上の作業員が乗船し、溶接の火花を飛ばしていた。
午前12時前、作業員が昼食に下船すべく通行口へ向かう。その1人が第4番甲板の通路に満ちる煙に声をあげた。そこは客室区画で、居並ぶ部屋のひとつから煙が出ていた。
「火事だ」の声に反応した作業員が、通路にあった消火器を持って走り、他の1人も別の消火器を持って駆けた。2人は部屋へ入るなり直ちに薬剤を噴射。その結果、小火は大事に至らず、部屋の中に置いてあった防熱材の一部を焦がしただけで済んだ。
すぐに他の作業員が通行口に走り、構内電話で事務所に通報。それを受けた工作部の特別保全班が直ちに臨場し、事故現場の検証と発生時の状況を確認した。
火事の原因は、当該甲板の直下で行われた溶接だと分かった。それは第3甲板の居室で、天井下の空調ダクトが配置変えになり、そのサポートアングルの付けかえ工事だった。
作業は協力会社の仕事で、一連の作業は基本的な規定要領を完全に無視したものだった。
その日の午後、飽の浦の事務所で行われた会議で、工作部の部長が声を張り上げた。
「いったい、何をやっとるとか――。お前ら、謝って済むと思うな!」
部長の声が響くたび、社長は拳を握り締めた。
その内心、切られる恐怖と自社の不甲斐なさへの苛立ちが交錯していた。会議は特別保全班・通称『特保班』5名に、火事を消した作業員3名。そして協力事業所の社長と作業員3名。会議は部長の詰問で始まった。
「だいたい作業要領を無視して、直上のデッキも点検せずに、なんばしよっとか――」
この部長、機装課長から昇格して2年、五十歳になったばかり。陰で『鬼』と呼ばれる強面である。
協力事業所の方は、社長と言ってもあくまで下請け。初手から抗うことも叶わない。もしも切られたら会社も潰れかねないだけに、平身低頭であった。
「問題を起こした作業員3名は、向こう1ヶ月の現場臨場を禁じる」
しこたま怒鳴った部長は、そう言って会議を締め括った。
だがその一言で3人の仕事が消えた。
お陰で時給1,500円の安値で請けた仕事で、百万円近い売上が消えてしまう。
だいたい作業要領を守れと言うが、急にサポートアングルをつけてくれと頼んで来たのは重工の方である。それを、タイトな請負工程から無理して溶接工を送ったのだった。
(つづく)