09 拷問イベント2
「……聖女、聖女、聖女……?」
聖女はアリアだ。
まだリチャードにはそこまで明かされてないのか。
自白剤が身体中に回り切る前に、ちゃんと言わないと!
「聖女のことなんて言わないわっ」
「言わないということは知ってるんだね」
――くっ!
つい言ってしまった。
「じゃあエリザベス。聖女は誰なんだい?」
「言わないったら言わない……っ! 聖女についてはウチの国家秘密よ。他国の人に……密偵なんてしてる人に言いたくないんだからっ!」
言えないじゃなくて、言わない。
嘘をつけないから私は本音で語る。
「密偵……? なんでエリザベスは僕のことをそう言うんだ?」
「知ってるからよ。あんたが密偵ってことも、ハニートラップで色んな女を口説いて、はたまた拷問まで平気でする最低野郎って、私は全部知ってるんだから!」
自白剤の効果なのだろうか。
全部口に出してしまう。
「――そんなことまで知ってたんだね。嬉しいなぁ。エリザベスにとって俺は眼中にない唯の許嫁だと思ってたんだけど、ちゃんと俺のことを知っててくれたんだ」
リチャードは一切否定をしなかった。
認めやがった。
それにしてもリチャードの思惑がよくわからない。
聖女を探しているのはわかった。
けど、エリザベスの写真が一面に貼られているこの部屋はなんなんだ⁈
もしかして、テスト前とかに『打倒!歴史!』とか書いて壁に貼って意気込むように、『打倒エリザベス!』と意気込む用の部屋なんだろうか。
「どうせ聖女を見つけたら、私との婚約を解消して、聖女の方に行っちゃうんでしょ。私のことを眼中に収めてないのはあんたの方よ!」
聖女のことを知ったら裏切るくせに。
私たちの婚約は紙切れだけの存在だ。いつでも破いてしまえる。
「言いたいことは沢山あるけど、一つずつ解決していこうか。時間はたくさんあるからね」
リチャードはそう言って、いつも通りの爽やかな笑顔を浮かべた。
時間――
そうだ! 寝ていたから時間がわからなくなっていたけれど、もう結構な時間が経過したんじゃないだろうか。
アンナに影武者をしてもらうのにも限界がある。
けれど部屋の中に時計はなかった。
しかもこの部屋、窓もない。
蝋燭が揺れている。この部屋の光は吹いて消えるほど儚いものだった。
これじゃあ、現在の時間が全くわからない。
朝なのか、まだ夜なのか……。
「殿下にはちゃんと伝えてるよ。婚約者を暫くお借りしますって。だから時間は気にしなくて良い」
「――……」
――あの馬鹿兄貴!!!
リチャードが婚約者だから「良し」と安直に許可を出したのだろう。
「じゃあ質問を変えようか。最近城内に住んでいるあの子――えっと名前は……あぁそうだ、アリアだ。彼女が聖女なんじゃないの?」
「それは――」
気づいてる。リチャードは見抜いてる。
唐突に城に住まうことになった食客のアリア。しかも聖女が現れるとされるこの時期に、唐突に住まうことになった女の子。
「イエスかノーで答えられるよね?」
私は顔を背けた。
「ねぇ、エリザベス」
吐息が耳元に当たる。
くそぉ。無駄にイケボめ……。
「おかしいなぁ。自白剤が足りないのかな? もっと入れないと駄目かな。あんまり入れすぎると廃人になっちゃうけど」
――脅されている。
確かに自白剤の大量摂取は脳に影響を及ぼす。
たくさん使われたら廃人になる可能性は高い。
私はまだみくびっていた。目の前にいる笑顔のリチャードが、いつも通りのリチャードだと。
優しく花を贈ってくれる誠実な一面もあるのだと。
違う。
この人の本性はやっぱり鬼畜の拷問狂いなんだ。
聖女の情報を聞き出せればエリザベスは用済み。それなら廃人になろうと構わないのだろう。優しさなんて欠片もない。
『愛してる』という言葉はやっぱり嘘だったんだ。
涙が溢れてくる。
目元を拭いたいけど、腕を動かせられない。
「あぁ……泣いちゃったかぁ」
リチャードはそう言って、指先で私の涙を拭ってくれた。
「怖い? エリザベス。 それならちゃんと言葉にしてよ。聖女はアリアなんだね」
私は目の前にいる悪魔が恐ろしくて、声が出せなかった。
だから、首を縦に振ってしまった。
「そっか。やっぱりあの子が聖女なんだ」
「秘密……ちゃんと話したからっ……! お、お願い。ここでのことは誰にも言わないからぁ、聖女のアリアと結婚してよぉ。私は邪魔しないから。ちゃんと婚約も破棄するから……お願いっ、お願い……解放して……」
私は涙声で縋るような言葉を吐いた。
「そっかそっか。エリザベスは俺が聖女と結婚すると思ってるんだね」
「だってそうでしょ? 聖女を手に入れるのが貴方の目的なんでしょ?」
「まぁ、そうだね。聖女が欲しかったのは事実だ。でも、それは任務で俺の私情とは関係ないんだ」
「私情……?」
恐る恐る尋ねてみる。
「そうだね。さっきからずっと気になってる。どうしてエリザベスは俺と婚約解消がしたいのかな?」
「それは……アリアがいるから……」
「聖女は関係ないよ。俺には君が『俺から逃げようとしている』ようにしか見えない。
実際そうですし。
婚約者をこんな椅子に縛りつける人なんて、全く持って信用できない。
早く城に帰りたい。
まず城に帰ったらお兄様にドロップキックを喰らわそう。
でも……私は城に帰れるんだろうか……?
「うーん。なんだかエリザベスは怯えているみたいだし、ちょっとおまじないをしようか」
そう言って、彼は私の目元に布を当ててきた。
目元が塞がれて、何も見えなくなる。
真っ暗闇の中、耳元にザラリとした生暖かい何かが触れた。
吐息が混じっている。耳たぶを舐められている!?
「ちょっ……やぁっ……!」
うなじに何かが触れる。彼の手だと気づく。
びくんっと身体が反射的に動いた。
次は何をされるのか、まったくわからない。
彼の行動が予想つかない。
もしかして鞭とか持ってるのかもしれないし、追加の自白剤を作っているのかもしれない。
でもやたらと身体に触れてくる。
「……あぁ、やっぱり敏感な身体だね。眠っているときに確認したけど……その時もたくさん反応してくれたし……」
――眠っていたときに何しやがったー!?!?
そうだ。私は無防備に眠ってしまっていたのだった。
彼の前で。しかもベッドの上で。
「な、何をしたのよ……」
「さぁ……何をしたでしょう。ヒントは……そうだなぁ、いやらしいことだよ」
――本当に何しやがったー!!!!
確認ってなんだ?
私は眠っている間に、彼に何を確認されたの?
「……エリザベスは今までの俺のことを知っていて、軽蔑せずに接してくれていたんだね。こんなに汚れた俺に」
足に柔らかいものが触れる。唇……だろうか。
「優しい君の本性を見れて、俺は今すごく機嫌が良いんだ」
「機嫌がいいなら拘束を解いてよっ!」
「嫌がっているエリザベスを見ていたいから、解放してあげない」
「そんなに……そんなに私を嫌ってるの!? 私が何をしたっていうのよ!」
私は声をあげる。早くアリアとくっつけばいいのに。
聖女について、私はもう答えを吐いた。用済みなのに、なんでこんなに追い打ちをかけてくるのか……。
そんなに嫌われることをした?
「……やっぱり勘違いしてるようだね、エリザベスは」
リチャードの吐息を近くに感じる。
……その瞬間、唇に触れられた。
「好きだよ。エリザベス。心から君のことを愛している」
甘い言葉だった。
エリザベスにもう話すことなんてない。
なのに、彼は気を持たせる言葉を吐く。
「……私は……私は……」
自白剤と甘い言葉のせいで頭が回らない。
なんて答えたらいいんだろう。
あぁ、本当のことを言えばいいんだ。
私はリチャードのことを好き。
だけど――
「……貴方を信用できない」
『愛している』なんて言葉は信じない。
お願いだから、この境界線を超えないでほしい。
境界線を超えられたら、私はきっと本気でリチャードのことを好きになってしまう。
そしてまた傷つくのが目に見える。
お願い。もう私に近づかないで。
10話で終わる予定だったのですが、拷問イベントが終わらない……