07 仮面舞踏会
「あはは~どんな拷問を受けるのかしら~」
寝起きは最悪だった。
椅子に縛り付けられて、水を落とされていく拷問。
電気椅子にくくりつけられて、死なない程度の電気を流され続ける拷問。
逆さ吊りにされたまま、何度も鞭を打たれ続ける拷問。
そんなのがエンドレスで流れる夢を見た。
「……いや、もう冗談を言っていられないわ」
アリアがリチャードに告白してしまった。リチャードがそれを受けたってことは、もう個別ルートに入ってしまっているのだろう。あと数日でエリザベスの拷問が始まってしまう。
なんとかして逃げ切らないといけない。
まず情報をもう一度整理しよう。
なぜエリザベスはリチャードから拷問を受けるのか……。
それはアリアに嫌がらせをしていたとか、そんな理由じゃない。
何かの秘密を吐かされるために拷問されるんだ。
ただゲームではその内容が省略されていた。
エリザベスは何らかの情報を引き出されるために拷問され、死亡。その後、アリアとリチャードは幸せになり、ハッピーエンド。ちゃんちゃん。
「――って、ちゃんちゃんじゃないわよ!」
修道院に入るのは最終手段だ。
リチャードが欲しがる情報は何なのだろうか。
それは本当に情報なのだろうか。
国に纏わる情報? それなら私に聞いても無意味だ。
いつか他国に嫁ぐ私に、国の重要機密など明かされているわけがない。
だったらリチャードはエリザベスから「婚約を破棄する」という言質を取るために拷問をするのかもしれない。
うん、その線を一本潰そう。
そのためには……まず婚約破棄するための理由を作ろう。
「姫が婚約破棄をするためには、何をすればいいいか……」
『リチャードが嫌い』なんて子供っぽい理由だけで婚約は破棄できない。
――あぁ、そうだ。
エリザベスが乙女でなければ、婚約解消できるかもしれない。
貴族の婚約で、貞操は大切に扱われる。
特に女性はかならず乙女でなければならない。
だったら――乙女じゃなくなればいい。
そうしたら、婚約破棄の理由が一個作れる。
理由をつけて婚約破棄しないと、どこの修道院に逃げても、リチャードは追いかけてきそうだし……。
この間、偶然出会った街でのこと。
あれは本当に偶然だったのだろうか。
私は城下を歩き回ったりしない。
城下に行くときは必ずお供の騎士をつけて馬車で向かう。
一人で城から抜け出したのは初めてだったのに、リチャードは私を偶然見つけてきた。
怪しすぎる。
ちゃんと『貴方を愛していません』という証拠を作っておきたい。
正直愛していない人に抱かれるなんて嫌だ。
だけど死ぬよりも全然良い。
ということで、私はまたアンナに影武者を頼んで『仮面舞踏会』へ足を運ぶことにした。
◆
『仮面舞踏会』は貴族しか出入りすることができない。
私が今から向かう場所は、最低でも伯爵以上の者しか参加はできない。
そして仮面を付け、正体を隠すことが出来る。
仮面舞踏会で禁忌とされているのは、相手の素性を探ること。
自分が一国の姫であると明かす必要はない。
だから姫であっても参加できる。
仮面舞踏会は貴族の遊び場。
ダンスはもちろん、ギャンブルや一晩の関係を結んだりする、乱れた遊び場所である。
仮面は宝石がゴテゴテとついた蝶形のものだった。
――うわぁ。悪趣味。
私はイヤイヤ仮面をつけて、舞踏会へ足を踏み入れた。
「美しいレディ、どうか話をしませんか?」
と、男性から話しかけられた。
相手も同じゴテゴテとした蝶形の仮面をつけている。
参加して30分。……私は来たことを後悔した。
私のコミュ力が皆無だったことを思い知った。
たじたじとした言葉しか返すことができなかった。ちゃんとした会話ができなかった。
思えば前世の社畜時代はパソコンとにらめっこしていたし、城の中では私が会話する前に、誰かが話題を提供してくれていた。
あとは家族などと日常会話をするくらい。
異性を喜ばす言葉を思いつかなかった。
だから話も続かず、つまらない女と判断されて、せっかく話しかけてくれた男性は遠くへいってしまった。
そして気づいた時にはもう遅い。私は壁の花になってしまっていた。
「……はぁ。最悪だわ……」
人混みから離れる。部屋の端には食事やデザートがたくさん盛られた机があった。
食事はパーティーの飾りとしてつけられている。
だから手をつける者はいない。
だけど壁の花でいるくらいなら、食事でも食べていよう。
私はケーキとタルトを更に盛り付けて食べた。
「おいしい……」
ケーキはショートケーキ。生クリームはあっさりめで、上に乗っている苺は飴細工のように甘い。
タルトはチョコレートだったけれど、これもまた美味しい。
濃厚なカカオが口に広がる。ちょっとビターなところが点数高い。
「甘いのとビターなの……最高の組み合わせだわ」
頬を抑えて、美味しさを堪能していた時、背後に誰かの気配を感じた。
「レディ、一緒に踊りませんか?」
「は、はい喜んで――」
私は急いで振り返った。やっと誘いがかかった。
この男性を逃さないで、ちゃんと相手を褒めたり、気があるふりをしてベッドまで連れていけたら大成功だ。
と――思っていた。
話しかけてくれた男性の姿を見るまでは。
私は動揺して皿とフォークを落としてしまった。
話しかけてくれた男性は栗色の髪で高い身長の人だった。
そして低音のかっこいい声。
仮面をしていても、はっきりとわかった。
「……リチャード」
私は彼の名を呟いてしまった。
――なんでこんなところにいるの!?!?
「おや、ここでは名前の詮索をしてはいけないんだけどなぁ……」
「な、なんでこんなところに……」
私は動揺して、一歩下がってしまった。
「偶然だねぇ。ねぇ、どうしてこんなところにいるのかな? 愛しいレディ」
私は悪趣味なマスクをつけているけれど、リチャードは私の正体に気づいている。
なんでこんなところで遭遇するの!?
しばらく思考停止したけれど、このままだと拷問ルート!
よし、しらばっくれよう。
「……こほん。申し訳ございません。私の知り合いかと思ったのですが、別人でしたようですね。では、私は別の方とダンスをする予定ですので」
とドレスの端を持ってお辞儀をして、その場からダッシュで逃げようとしたーーけれど腕をがっつりと掴まれてしまった。
私の細い腕を覆うほど、彼の手は大きかった。
「どこに逃げようとしているのかな。まだ答えをもらっていないんだけれど、どうしてこんなところにいるんだい?」
気づいてる。絶対に。
もう名前を言ってしまったけれど、しらばっくれ続けよう。
「――私の知り合いに似ているお方。私は貴族の遊びに興味があるだけですわ。ここには何度も足を運んでおりますの。……では今度は私が質問をしますが、貴方はどうしてここにいるのですか?」
何度も足を運んでいるというのは勿論嘘だ。
だけど、エリザベスは実は遊んでいるという嘘を捏造したくて口にした。
そうするとリチャードは仮面越しでもわかるくらい爽やかな笑みを浮かべて――
「俺もよくここに足を運んでいるからわかるんだけれど、君を見かけたことは一度もなかったなぁ」
――よく足を運んでるんかい!
確かに貴族の令嬢を捕まえてハニートラップにかけるのなら、仮面舞踏会はうってつけの場だ。
アリアとのフラグが立ったリチャードが、こんな仮面舞踏会に足を運ぶなんて思えなかったけど……。
その時、私の腕を掴んでいる手の力が強くなった。
「ねぇ、嘘なら訂正してほしい。君は本当に何度もここへ足を運んでいるの?」
「い……痛い……っ」
腕を振ろうとしたけれど、力が強くてビクとも動かない。
「……ここで立ち話をするのも何だし……個室でじっくり話をしようか。ねぇ、エリザベス?」
全身が粟立つのを覚えた。
冷や汗が止まらない。
――やっぱり誤魔化せなかった!
私は個室に連行された。彼は個室がどこにあるのかを誰にも聞かなかった。
つまり、やっぱりこの仮面舞踏会によく参加していて、場馴れしているのだろう。
……ちょっとまって。
アリアがリチャードルートに入った今、ライバルキャラクターであるエリザベスとリチャードが二人きりになるのは危険すぎる。
彼の歩幅は広くて、私は何度も足が縺れそうになった。
いつものリチャードなら、それに気づいて歩幅を縮めてくれていた。
だけど……今、私の前にいるリチャードはそんな気を配ってくれない。
怒っているのだろうか。
でもリチャードにはもうアリアという存在がいるのだから、エリザベスはもう用済みなはずだ。
個室には大きなベッドと、手入れされた花瓶と花、そして軽食のようなティーセットなどが揃っているところだった。
リチャードと二人っきりになるってことは……もしかしてこれからエリザベス拷問イベント突入――‼??
「り、リチャード? お、お願い。何でもするから、腕を離して」
私は腕を振りほどこうとする。
この部屋に入ってしまったらおしまいだ。
「おや、俺は君にとって知り合いに似ている人物なんじゃなかったのかな?」
「くっ……でも嫌、私は貴方と二人っきりになんてなりたくない!」
「どうしてだい? 最近、エリザベスは俺を避けているよね。やっと二人きりになれると思ったら、こんな場所で。……変な男に目をつけられたら、貞操を失う可能性だってあったんだ」
やっぱりリチャードは怒っている。
最近きちんと話し合う機会はなかった。アリアとリチャードが楽しく話していたから、遠慮して距離を取っていた。
アリアはリチャードを選んだ。
私はこのまま惨めに捨てられる運命。
――それなら、開き直ってみせよう。
「残念でした。もう私は乙女じゃないわ。明日には父様に話して、貴方との婚約を解消してもらう予定よ。貴方にとってもいい話でしょう?」
「あぁ、そうなんだ」
リチャードは私の両腕を掴んで、無理やり私をベッドの上に投げ飛ばした。
「……そっか。じゃあ遠慮することはないよね?」
リチャードはいつもどおり爽やかな笑顔で言った。
そう。いつも通りなのに……。
私にはその笑顔が恐ろしく見えた。
次回、拷問イベントです。