05 聖女と騎士
「リ……リチャード様……? な、なんでこんなところに?」
有り得ない有り得ない!
こんなに人で溢れている街の中で、エリザベスを的確に見つけ出すなんて。
「偶然だね。それとも愛の力かな」
爽やかさ100点の笑顔で言われた。
いや、無理があるだろう。
城にいるはずの姫が脱走しているんだ。
変装をして、ただの町娘に化けたつもりだったのに。
それを的確に見つけ出して――それを『偶然』と呼ぶなんて。
え? ……これってゲームの強制力とかじゃないよね。
冷や汗がダラダラと流れる。
「こんなところにいたら危ないよ。ねぇどこに行こうとしていたの?」
リチャードは甘い言葉を囁きながら、私の手に口づけを落とした。
相変わらずの爽やかさ。……いまは胡散臭いとしか思えない。
私は回答に困った。
今は絶対にヒロインに会いに行っちゃ駄目だ。
リチャードとヒロインが出会ってしまう。
つまりエリザベス拷問エンドに直行してしまう。
それだけは絶対に避けなければいけない。
「ま……マカロンを買いに……」
「姫様がわざわざ?」
「どうしても自分で買いに行きたかったのよ」
「嘘が下手だなぁ……エリザベスは」
クスリと笑われる。
……最悪だ。
もう家に帰りたい。
「君の行く先に付き添うよ。エリザベスの騎士としてね」
「……あの……いえ、いいです……もう家に帰るので」
「マカロンも買わずに?」
あぁ……だめだ。
逃げれない。
私は渋々マカロンを買って、リチャードと一緒に城へ戻ることになった。
こんな予定じゃなかったのに。
「……なんで、私が街にいるってわかったんですか?」
「言っただろう? 愛の力だって」
胡散臭さ満点なセリフが返ってきた。
やっぱり自殺未遂をして修道院に行くのが無難なのか。
でもなるべく平穏に過ごしたい。
できればクソ男から逃げるために婚約破棄もしたい。
落ち込んでちゃ駄目だ。
次の手段を考えないと。
◆
「ルーカスお兄様! 聖女を見つけました!」
私はまたもノーノックで兄の書斎に入り込んだ。
「そんな報せは来てないが?」
「私が見つけたんです! 今からその子の住所を教えるので、該当する少女を教会で調べてください!」
「……ふむ。どうやって調べたんだ?」
ルーカスお兄様は顎に手を置いて、首を傾げた。
「夢で見たんです! とてもリアルな夢でした。きっと本当のことですわ!」
「夢見の予言か……まぁヒントになるなら調べてみよう。エリザベスは本気のようだしな」
そう言ってルーカスお兄様は、また私の頭を撫でてくれた。
「あとお兄様、一つお願いがあるのですが……」
「なんだ? 言ってみろ」
「リチャードを暫く城に入れないでください」
リチャードが頻繁に城に出入りしたら、ヒロインとのイベントが進行してしまうかもしれない。
リチャードルートに入られたら、エリザベス拷問コース。そんなのはまっぴらごめんだ。
「……喧嘩でもしたのか?」
「そんな感じです」
私はほんわかした答えでルーカスお兄様を誤魔化した。
「まぁいい。それならリチャードの出入りを禁止しよう。だけどあまり婚約者を放置するなよ」
「はい。わかっております」
ゲームは主人公がルーカスお兄様に出会うところから始まる。
私が聖女に会いに行けないなら、こっちから呼べばいい。
そしてヒロインを誘導してリチャードルートを回避する。
ただ、私とリチャードが結婚してからも、彼がハニートラップを続けるなら……つまり不倫をするのなら、そんな男は願い下げだ。
そのまま私はクズ男のリチャードと結婚せずに修道院でセカンドライフを送る。
そして今度こそ私だけを愛してくれる人と出会うんだ!
◆
ヒロインの少女ーー名前はアリア。
金色の髪に、宝石のように美しい蒼い瞳を持つ少女。
私の話を聞いてくれた兄は、すぐにアリアの家に向かった。そして教会にて彼女は『聖女』と認定された。
「わ、私が聖女ですか?!」
教会で聖女と認められた瞬間、アリアはとても驚いていた。
その後、話はとんとん拍子に進み、平民だったアリアは聖女として城に匿われることになった。
『聖女』が見つかった。
この情報は暫く秘匿しなければならない。
聖女の力は他国にとって、喉から手が出るほど欲しくなるものなのだから。
平民である彼女が王子である兄と結婚することができるのか。答えはイエスである。
周期的に聖女が生まれるタイミングだったため、兄に婚約者はいない。
聖女を婚約者とするのが兄の使命だ。
そして結婚して、やっと王子が『聖女』と結ばれたと明かされるのだ。
それがルーカスお兄様ルート。
このルートならエリザベスはアリアの友人として恋のサポートができる。
城に住むことになったアリアは、おどおどしていて不安そうな表情を浮かべていた。だから私は、自分から彼女に声をかけた。
「アリア。私はエリザベス。わからないことや知りたいことがあったら、いつでも言ってね。ルーカスお兄様のこととかルーカスお兄様のこととか」
これからアリアを私の手元に置くことができる。
「ふふ。エリザベス様はルーカス殿下のことが大好きなのですね」
金色の髪を揺らして、アリアは優しく微笑んだ。
すごい。神々しい。キラキラしてる。
さすが聖女。ザ・ヒロインといったところだ。
私は友人として、アリアと親睦を深めた。
ゲームストーリーはもう始まっている。
共通ルートの半分は過ぎただろうか。そろそろリチャードとアリアが出会う時期だ。
本音を言えば、あまり会わせたくない。
あんな女の敵のような男に、アリアを攻略させたくない。
それくらい私とアリアは仲良しになっていた。
でも……こればっかりは仕方がない。
「アリア。これから私の婚約者が来るんだけど、聖女ってことは絶対に内緒にしてね。彼は他国の人間だから……。国宝である『聖女』の存在は内密にしないといけないの」
「わかりました。エリザベス様の婚約者様ですか。きっと素敵な方なのでしょうね」
ーーいいえ、女の敵です。
という言葉をぐっと飲み込んだ。
そうして、私は2週間ぶりにリチャードと出会うことになった。
馬車に乗って、やってきたリチャードを私とアリアで迎え入れた。
「あぁ、やっと会えた。ずっと体調が悪かったんだってね。側にいれなくて辛かったよ」
リチャードは、真っ白な薔薇の花束を持って現れた。
やっぱり爽やかスマイル。
あぁ、はいはい。側にいない間、どんな女と付き合ってたんでしょうね。
「リチャード様、紹介したい子がいるの。アリアという私の親友ですわ」
「あ……アリアと申します。最近エリザベス様と仲良くしていただいております。エリザベス様のご婚約者様と聞いていましたが……」
アリアの頬が赤く染まる。
え――ちょっ……。
「……素敵な方ですね」
アリアの瞳はキラキラと輝いていた。
こんな瞳を、アリアは兄に見せたことがない。
こんな……こんな、恋する乙女のような……。
「はじめまして。素敵なお嬢様ですね」
そう言って、リチャードはアリアの手の甲にキスを落とした。
お、お兄様、なんとかして!!!!
このままだったらリチャードルートに入ってしまうわ!