03 歪んだ感情
リチャード視点です。
女は情報の種だ。
屈強な男を倒して情報を聞き出そうとするよりも、女に甘い言葉を囁くほうが楽に落とせる。
騙すことにはもう慣れた。
両親からもらった美貌に、笑顔、そして囁やけばどんな女でも落とすことができた。
キスだけで落ちる女もいれば、体を重ねるだけで情報を吐く女もいる。
『愛しているよ』
これは魔法の言葉だ。
たったこれだけで人を騙せるんだから。
――
「リチャード様っ! 私との婚約はいつになるのですか?」
今日の女は、税を横領している貴族の娘だった。
たった一回、身体を重ねただけで横領のことをツラツラと吐いてくれたから、もう用はない。
けれど俺に好意があると思っているのか、腕にしがみついてくる。
「ねぇ、リチャード様、愛しているわ」
甘えた声、涙ぐんだ瞳。全てがどうでもいい。
「俺はもう愛していないけどね」
「え……」
あと数時間後、彼女の家は収賄で抑えられる。
これで任務は終わりだ。
「君は素直に全部話してくれたからね。手がかからなくてすんだよ。よかったね。両親は横領で捕まるだけだ。君が横領のことを吐かなかったら、拷問で脅さないといけなかったよ」
「ご、拷問……? それに横領って……あ、あなた……」
「さようなら。名前は、えっとなんだっけ」
「あ……あぁああ……」
どこぞの令嬢は、がくっと膝を落として絶望した。
任務が終わって、俺は満足していた。
拷問まで行うのはとても面倒だ。
たまに女には情報を隠す家もいる。そういう家からは情報を吐き出させるのは拷問が手っ取り早い
こうして俺は女を騙して、密偵としての任務をこなしていた。
――
「……エリザベスから連絡がないなぁ」
毎週文通を交わしていたが、ここ二ヶ月彼女からの返信がない。
エリザベスとは幼い頃に婚約を結んだだけの関係。
彼女と結婚すれば、彼女の国が手に入る。
ただ……エリザベスはただのお飾りの姫君だ。
何度かカマをかけてみたけれど、国に関しての情報を吐き出すことはなかった。
勉学はしているらしく、情勢に関しての一般知識や教養は妃教育として身につけている。けれど国の弱みや貴族関係の交流などには疎いようだ。
「それか、わざと口に出していないのかもしれないなぁ」
彼女は聡い。
勘がいいというか。もしかするとわかっていて言葉に出していないだけかもしれない。
今、俺が欲しい情報は彼女の国、リウォード国にいる『聖女』の情報だ。
『聖女』は50年に一度の周期で、必ずリウォード国に現れる。
聖女は恵みをもたらす。
枯れた土地に雨を振らせたり、万物の声を聞き、あらゆる災害から国を守ることができる。そんな稀有な存在だ。
喉から手が出るほど欲しがっている者は多い。
だからこそ聖女の情報は秘匿されている。
他の国に盗られないように――
エリザベスと結婚すれば、王家と交友ができる。
そこから聖女の情報を引き出すのが俺の役目だ。
――
宰相の第二子として生まれた俺は、兄の影として動くことが多かった。
兄は国のために栄光を。そして俺は汚れ役を。
エリザベスとの結婚も、情報を聞き出すためだけのもの。
それだけのために幼い頃から婚約をさせられた。
結婚して『聖女』の情報を掴み、聖女を奪えば、エリザベスとの結婚はほぼ用無しになる。
婚約まであと少しだ。
今更婚約破棄されたら、今までの苦労が全部泡になってしまう。
毎週交わしていた手紙だったが、突然エリザベスから返信が来なくなった。
なにか事情があるのか探ってみようと思ったが、あまり関わりすぎてボロを出すわけにはいかない。
手紙が来なくなって二ヶ月目。
流石にまずいと思った俺は、彼女の住む城に足を運んだ。
「手紙の返事をくれなかったのは、どうしてなのかな?」
「……書く余裕がなかったの。ずっと寝たきりだったから」
目線が合わない。嘘だ。
体調が悪いといっているが、血色は良いし、病に伏せている様子ではない。
「悲しいなぁ。俺達はもうすぐ夫婦になるんだから、弱みも全部吐き出してほしい」
エリザベスはぐっと黙り込んだ。耳が赤く染まっている。
自国のためのスパイが俺の使命だけど――
「エリザベス。愛してるよ」
エリザベスのストレートの艶やかな漆黒の髪。真っ赤な瞳に、白い肌。
そして、誰よりも何よりも心が純粋な彼女。
そんな彼女を堕落させたい。誰にも彼女を渡したくない。
彼女は俺にとって唯一、心から愛していると言える存在だ。
大事にしたいという気持ちと、堕落させたいという気持ちがせめぎ合う。
――キレイなものほど壊してやりたい。
この任務は必ず果たしてみせる。