02 死にたくないから嘘を吐く
前世の思い出も、最悪なものだった。
大好きだった恋人は、他の女と付き合っていて……私は浮気相手だった。
本気で愛していたのに。私とキスした口で、他の女に愛の言葉を囁いていた。
仕事に追われる日々、彼氏の浮気、自暴自棄になった私は、始発の電車に乗ろうとして――その時、目眩に襲われて――
気づけばこの世界に転生していた。
「男運がないのね、私って……」
前世はクズ男で、今世でもクズ男に騙されるなんて。
「……ダメンズウォーカーすぎだわ」
もう頭がくらくらしていた。
どんどん、とドアをノックしてくるメイドたち。
「姫様、リチャード様がご来訪されています!」
「体調が悪いから会いたくないって言って!」
「もうすでに伝えております! ですが『それなら尚更会わないと』と返されまして。
「と、とりあえず彼を帰して! 私は絶対に会わないから!」
「わかりました……」
メイドたちはそう言って、リチャードの元へと向かった。
……やばい。いつ殺されるんだろう。
きっとリチャードが「愛してる」と囁いていた相手はこのゲームのヒロインだろうか。
ってことはヒロインはリチャードのことを攻略していて……私の人生は、もうすぐ終わりってこと!?
「いや……嫌よ。絶対に殺されてたまるもんですか」
前世が散々だったから、今世では絶対に生き残りたい。
拷問されて殺されるなんて絶対に嫌!
とりあえず生き残る方法を考えないと。
よりにもよって両親がいない日に来るなんて、殺す気マンマンじゃない!
寒気がする。
このままじゃ駄目だ。
国外逃亡しようかしら。どこかの修道院にでも――
でも姫が修道院に行くなんて、許されるわけがない。国をあげての大捜索になる。そうしたら真っ先に目をつけられるのは修道院だろう。
「そうだわ。自殺したように見せかけて、逃げちゃえばいいんだわ」
一国の姫が死ぬとなったら、演出が必要だ。ただ徐々に弱っていく余裕はない。
だから、自殺未遂をする。
そして両親にだけでも、私の本気さを知ってもらう。
きっと私が死ぬよりも、生きる方を選んでくれるはずだ。病死演出をして、なるべく遠い国の修道院に行く。
そうしたらリチャードから逃げられる。
リチャードルートでエリザベスは拷問されて殺されるけど、逃げ切るという展開はなかったはず。
「よし、これで完璧っ」
私はガッツポーズを取った。
その時、背後に気配を感じた。
「――捕まえた」
「ひぇっ!」
背後にいたのはリチャードだった。
唐突に抱きしめられ、私は飛び上がりそうになった。
嘘嘘嘘!?!?!?
「病気だって聞いたから心配したよ。愛しいエリザベス」
愛の言葉を平然と吐くリチャード。
はいはい。
ヒロインにも同じことを言ってるんでしょうね。
でもゲーム内のイケメンボイスで愛の言葉を吐かれると……つい、心が揺らいでしまう。
「手紙の返事をくれなかったのは、どうしてなのかな?」
「……書く余裕がなかったの。ずっと寝たきりだったから」
「そんなに体調が悪いなら、もっと早く教えてくれればよかったのに……」
「リチャードは忙しいでしょう? 騎士団長なんだから。……心配をかけたくなかったの」
必死のいじらしさアピール!
リチャードの顔色を探ってやろう、と顔を上げる。少し悲しそうな顔をした彼がいた。
「悲しいなぁ。俺達はもうすぐ夫婦になるんだから、弱みも全部吐き出してほしい」
うぅ、耳元でイケボが……イケボが……。
騙されたら駄目だ。
リチャードは騙し屋のプロだ。子犬みたいにしょぼんとしているのも、きっと演技に違いない。
「エリザベス。愛してますよ」
髪にキスを落とされる。
私は彼と向き合った。
彼はいつもどおり爽やかな笑みを浮かべていて……。
この優しい彼が私を裏切るなんて――
――前世を思い出せ。
男なんて信用するな。
好きも、愛してるも、いくらでも言える。
だから、私も言い返してやろう。
彼の目を見る。優しい笑みが返ってくる。
駄目だ。目をそらそう。
「……私も、愛しています」
――ズキンと、胸が傷んだ。
嘘だと自分に言い聞かせたけど、やっぱりこれは本心なんだ。
私はこのリチャードのことを、もう愛してしまっている。
だけど、死にたくない。
殺されたくない。
生きたい。
「でも、体調が本当に良くないの。だから……」
「……そっか。わかったよ。じゃあまた明日来るから」
――あ、明日!?
どうしよう。どう断れば良い?
「明日来てもらっても、きっと何もできないわ」
「俺がエリザベスに会いたいんだ」
……うーわー。
すごいグイグイくる。
結局、断れずに次の日もリチャードは来ることになった。
「……裏切るくせに」
自室の窓から、帰っていくリチャードの後ろ姿を見送る。
本当に好きだったんだけどなぁ。
「ヒロインに生まれ変わりたかった……」
次回はリチャード視点です