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14 まもりたいもの

 けれどある日から、突然エリザベスからの交流が途切れてしまった。


 俺は友人であるルーカスに、エリザベスのことを聞いてみた。

 彼とはいつもチェスをしている。


「最近、妹が聖女について探し回っているらしいんだ」

「『聖女』ねぇ……。確か聖女がいれば『恵みと繁栄』をもたらしてくれるんでしょう?」


 俺とルーカスは、チェス上ではいつも対等であった。

 だから政治的な話以外も、チェス上では交わすことができた。


「やたらと『お兄様は聖女と結ばれるべき』だとうるさいんだ。俺はまだ結婚する気はないのに」

「もう良い歳なのだから、そろそろ婚約者くらい決めたほうがいいんじゃない?」


「――お前と俺は同い年だろう。俺は愛のない結婚はしたくない。お前だってエリザベスに好意がないわけじゃないんだろう」


「エリザベスには好意しかないよ」


 俺はチェックメイトを仕掛けた。


「……うっ……そうきたか。いつから読み間違えてたんだ?」

「最初の一手目からだよ」


 エリザベスと俺を引き合わせた時から、詰んでいた。


 彼女と出会わせなければ、俺はエリザベスという光を見つけられなかっただろう。

 エリザベスがいなければ、俺はきっと狂っていた。

 彼女がいるから、俺は正気を保っていられた。


 他の女なんていらない。

 彼女だけでいい。

……いや、違う。彼女だけが良い。


 エリザベスの真紅の瞳の中に映るのは、俺だけでいい。


 俺は彼女に宝石を贈った。ルビーのネックレスと真珠のピアスを。

 彼女は喜んで付けてくれた。

 それが何なのか疑いもせずに。


 魔具は宝石の形をとっているものが多い。

 真珠のピアスは、位置を探る機能のついた魔具。


 ルビーのネックレスは彼女の元にいつでも飛べる用の空間魔法が施された魔具。

 エリザベスは基本的に城の中で行動をしていた。

 たまにお付きの従者を連れて、市街を歩むこともあった。


 けれど、ある日から不審な行動が増えた。

 お供もつけずに、街に出ていた。

 俺は空間移動の魔石を使って、彼女のところへ移動した。


「リ……リチャード様……? な、なんでこんなところに?」

 驚いた表情。

 服はドレスじゃなく、町娘が着ているような平凡なものになっていた。


「こんなところにいたら危ないよ。ねぇどこに行こうとしていたの?」

「……マカロンを買いに」


 嘘だ。

 彼女が俺に嘘をついた。そのことを俺は許せなかった。

 純粋だった彼女が、変わりつつある。


『聖女』という存在をエリザベスは探している。

 それはルーカスが言っていた。

 まさか自分で探しにいくとは思わなかった。


 お人形のような存在だった彼女に、意思が宿ったのだと、俺は感じた。



「リチャード様、紹介したい子がいるの。アリアという私の親友ですわ」

 彼女が紹介してくれた少女は、金色の髪に、青い瞳を持った少女だった。エリザベスは親友と紹介してくれたけれど。

『聖女』を探していたエリザベス。

 いいタイミングで現れた食客。


 彼女が『聖女』だとすぐにわかった。


「リチャード様は本当に素敵な人ですね。エリザベス様が羨ましいです」

 アリアは頬を赤らめながらそう言った。

 俺に気があるのは見え見えだった。


『アリア嬢も素敵ですよ。貴方と結ばれる男性が羨ましい』

 こんな甘い言葉を囁やけば、どんな女もころりと堕ちる。


――あぁ、また汚れていく。


『聖女を娶れ』という兄と、『聖女に無関心』な友人。


 エリザベスは病に伏せて、俺の前に顔を出さなくなってきていた。

 アリアと近づく度に、エリザベスと距離が空いていく。

 ……俺が嘘を吐くたびに、彼女は離れていく。


 今まで行ってきたことの報いだと思った。


「……私、本当は……本当は……エリザベス様には申し訳ないのですが、貴方をお慕いしております。好きなんです。優しい笑みも、甘い声も、すべてが好きです」


 エリザベスが病気で寝込むことが増えた時、アリアから告白の言葉を囁かれた。


「……俺も貴方を好ましく思っております。花のように美しいアリア。――禁断の想いだとはわかっております。エリザベスには申し訳ないけれど……俺は貴方を愛しています」


 魔石の力で、エリザベスがすぐ近くにいることがわかった。

 だから俺は――


「なんて……言うと思った?」


 俺の前にいたアリア嬢は、愕然とした表情を浮かべていた。


「君は聖女としてここに招かれたんだろう?」


「え、えぇ、そうですわ。でも聖女なんて大したものじゃないんです。私はただの女で……」


「そうだね。君はただの女だ。俺はエリザベスしかいらない。君が聖女だとしても、俺には必要ない」


 扉の向こうにいるであろう彼女に聞こえるように、俺はハッキリと断った。



「――なーんで仮面舞踏会なんかに行くのかな。俺の婚約者は……」


 今までエリザベスは社交界に出ることが少なかった。

 病弱という体裁にしているけれど、本当はシスコンである彼女の兄が、妹を大衆の場に出したがらなかったからだ。

 だからエリザベスはすぐに壁の花になってしまっていた。


 他の男に声をかけられる前に、俺は彼女に声をかけた。

 振り返った瞬間に絶望的な表情を浮かべていたのには、少し笑ってしまった。

 仮面をつけていても、一瞬で俺に気づいてくれたことを――俺は心から嬉しく思っていた。


『残念でした。もう私は乙女じゃないわ。明日には父様に話して、貴方との婚約を解消してもらう予定よ。貴方にとってもいい話でしょう?』


 エリザベスは勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「あぁ、そうなんだ」


 嘘だとすぐにわかった。

 だって彼女は城から出ることがほとんどないから、そういう機会は全くないだろう。


 けれど次に彼女から飛び出した卑猥な言葉は、温室育ちの彼女から発せされる言葉だと思えなかった。


 もしかして好きな男が現れたのだろうか。

 その男とーー城に訪れた誰かと交わったのだろうか。


 俺の、俺だけのエリザベスが。


 どうか嘘であってほしい。

 綺麗な彼女を汚すのは俺の役目だ。


 エリザベスがいるから今の俺がいるのに。



 彼女を眠らせて、俺の寝室に連れ込んだ。

 一面に飾られているエリザベスの写真。この部屋で女を口説いたことは一度もない。

 真っさらなシーツの上にいる彼女の白い肌に魔具を当てる。

 処女かどうか、すぐわかった。

 彼女は処女のままだった。


 あぁ、虚勢だったのか。

 俺は心から安堵した。


 でも、彼女は俺を拒んだ。

 そしてなぜか俺が密偵であることを知っていた。

 更に婚約破棄を望んでいた。


 俺じゃない違う男と結婚するつもりなのだろうか。

ーーそんなの許さない。


 俺が汚れているから、彼女は拒んだのだろうか。

 でも俺にはもう救いがない。

 エリザベスがいない世界なんていらない。


 気づけば俺はエリザベスの首に手をかけていた。

 このまま力を入れたらエリザベスは簡単に絶命してしまう。意識のないまま、眠ったまま。

 俺の手はもう汚れている。

 今更救われるわけがない。


 最初から壊れていた世界なんだ。

 エリザベスを。俺の唯一を。

 もう、全部壊してしまおうーー


「……リチャード」


 彼女が寝言で俺の名前を呼んだ。


 ……あぁ。


「だめだ……」


 彼女が生きてくれているおかげで、俺は今日まで生きていられたんだ。


 視界が滲む。

 俺が死ぬのならわかる。でも彼女には関係ない。これは全部俺だけの問題なんだ。

 俺はやっぱりエリザベスを殺せない。

 心からエリザベスを愛しているんだ。


 だから汚れていないなら穢してしまおう。

 悪い子にはお仕置きをしないといけない。

 彼女をどん底まで落として、俺だけを見るように調教しよう。


 エリザベスを愛している。

 心の奥底から、彼女を想っている。


 同じくらい想ってほしいなんて、おこがましいことは望んでいない。



「一回死んでこい!」


 彼女から殴られた時はとても驚いた。

 さっきまで俺はエリザベスを拷問していた。

 それなのにエリザベスは俺に畏怖するどころか、強気で接してきた。


 嬉しかった。

 彼女が俺を見てくれたと気づいたから。

 俺が俺を嫌いなことにも。


 俺は、一瞬、エリザベスを殺そうとしてしまった。

 そんな自分を好きになれるわけなんてない。


 だから俺は自分が映ってしまった写真は塗りつぶしたり切り抜いたりしていた。

 そんな俺の卑屈さも彼女は見つけ出してくれた。


 俺はエリザベスを太陽のようだと想っていることを伝えた。

 彼女は闇の世界に生きてきた俺にとって、遠い遠い存在なんだ。


「それなら、貴方が月になれば良いわ」


 エリザベスからの回答は、天からの差し伸べられた一筋の糸だった。


「月は太陽の光を反射して輝くの。私が貴方を照らしてあげるから、自分のことを嫌いになんてならないで」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、一気に想いが込み上げてきた。

 良い歳こいた大人の男が泣き出しそうになってしまった。


 そうか。

 俺はエリザベスのそばにいていいんだ。


 彼女に照らされていていいんだ。


 彼女を守るために磨いた剣術。


 もし世界中が敵に回ったとしても、俺はエリザベスの味方でいよう。俺だけの太陽のそばに。


ーーあぁ、やっぱり。

 俺は彼女に出会った時に、もう詰んでいた。


 エリザベスは俺が唯一『まもりたいもの』だ。


次回ラストです。

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