4 侍女、クララ。
「焦げないかしら、クララ」
《まだ入れたばかりですし、強火にさえしなければ直ぐには焦げませんよ》
私、料理をした事が無かったのよね。
他の者が代わりに出来る事を習得する必要は無い、と。
だからこそ皇妃として必要とされる事を優先させ、走り回る事も刺繍も料理も、全て後回しにしていた。
勿体無い事をしたわ、あのまま生きられると思っていたから、つい後回しにして。
皇妃として認められたら、少しだけさせて貰えるかも知れない、そう思っていたのよね。
お料理が失敗した、成功した、喜んで貰えた。
そうした話題がとても羨ましかった。
また次も作って欲しい、そう言って貰えたとはにかんでいた令嬢が、とても羨ましかった。
私は注意されるばかりで、我儘を言えなかった。
それに、もう今は、彼に愛されていたとは思えない。
だって、お茶会で改めて周りを良く見ると、婚約者と一緒に居て本当に嬉しそうな子ばかりだったのよ。
以前なら如何にお相手の名と顔を覚え、どの程度かを見極め、より自分を律し相手との付き合い方を再考する。
お茶会はいずれ公務になるのだからと、常に実践と練習をと思っていたのだけれど、まだまだだったのよね。
やっぱり、以前の私も皇妃には相応しく無かったのよ、何をしても愛されなかったのだから。
そして今も、今度こそは愛されるかも知れない、だなんて到底思えない。
私の釈明も何も聞かず、子供と共に無実の罪で殺されたのだから。
けれど、もしかしたら天国用の彼は少し違うかも知れない。
そう期待していたのだけれど。
《僕は、そんなにも愚か者に見えるんだろうか》
その言葉は以前にも聞いた事が有る、来訪者様について私が心配した時に仰られた言葉。
ココでの彼も、結局は変わらないまま。
けれど仕方が無いのよね、彼はとても忙しくしていた、それこそ結婚後もずっと。
私との夜伽も無かった程、彼は疲れているのだ、と。
だからこそ、彼女との事は彼の息抜きにもなるだろう、そう思って彼女をお任せした。
皇帝の使命には子作りも入っている、その事を妨げてはならないから。
そうした事も何もかも、私が不出来な故に王宮内を改善出来なかったせい、だからこそ彼を奪われたのだと。
そう来訪者様に言われてしまったのよね。
奪われた覚えは無いのだけれど、結果的に私が追いやられた時点で、奪われたと同じよね。
彼も、私と子供の命も。
そう言えばどうなったのかしら、後の国は。
誰か知らないかしら、前世、前世の記憶を持つとされる方を探して貰おうかしら。
それとも。
「ねぇ、クララ」
《お嬢様?どうかなさいましたか?》
「クッキーが焼けるまでって暇ね、不思議な事を考えてしまったわ、預言者か占い師に未来を見て欲しいの」
《クッキーを殿下が気に入るかどうか、ですね》
「それも、それともし私が皇妃になったらどうなるか、知りたいの」
私の犠牲で治世が良くなった、とは到底思えない。
あのまま来訪者様の言う通りに動いていたら確かに災害を無事に過ごせたとしても、愛妾に堕ち皇妃を処刑した皇帝の存在を、周辺諸国は見逃さない。
いずれ国は攻め落とされ、分裂。
殿下は、そこまで愚かでは無い筈だったのに。
一体、どうしてしまったのかしら。
『もし候補として残ったなら、殿下は貴女を愛するでしょう。ですが、貴女の思う愛とは違い、非常に歪む可能性は高い』
俺は今、未来を知りたがっているヴィクトリアに、タロットカードを使い占い師の真似事をしている。
「あの、パトリック様、どうして歪むのでしょう?」
『時に人は素直になれない立場、状況に陥る場合が有ります。皇帝ともなれば常に敵味方の判断を必要とする、必死に妻を繋ぎ止めるなど身内にすら見せるべきでは無い、そう諫言に見せ掛け内部分裂を促すだろう者の出現が予測されますし。この死神や愚者のカードが示していますからね』
「成程」
下手な占い師より、俺の方が信頼出来るだろう。
侍女クララがヴィクトリアに提言し、ヴィクトリアから俺に相談が回って来た事で、今までの事を教える機会となったが。
今も、ヴィクトリアに前世の記憶が有るのかは、分からない。
今までのどの道筋とも違い、クッキーすら焼けなかった彼女がクッキーを焼いた、しかもアレにクッキーを渡そうと練習していた際に感じた不安を解消する為にと。
そうした名目で俺が呼ばれ、俺は彼女が焼いたクッキーを食べながら、タロット占いをしている。
彼女の何もかもが未知数過ぎて、正直、全く予測が出来無い。
ただ、前世を思い出している可能性は高い、でなければココまで違う行動を起こす理屈が無い。
『それにしても、本当に不器用ですね』
「本当に不格好よね、ふふふ」
生地が緩過ぎたらしく、焼き版に乗せる際に型崩れしたらしい。
『ですが、味は美味しいですよ』
「でしょう、ちゃんと塩か砂糖か毎回確認してるもの、ふふふふ」
『なら、計量もすべきでは』
「ザックリはしたのよ、けどザックリ過ぎたみたい、ふふふ」
『でしたら、次は上手く作れるかも知れませんね』
「そうね、ふふ」
前世の記憶は有るか。
そう本人に確認する事は容易いが、それが切っ掛けで辛い記憶を思い出させるかも知れない。
なら、尋ねる事は彼女を傷付ける事になる、そして思い出した事で再び同じ道を辿る可能性すら有る。
以前にも、少し似た事は有った。
今までと同じ道筋を辿っていたが、不意に違う行動をした。
セバスが寝取ったフリをし、アレに嫉妬させ手を出させる事は成功したが。
ヴィクトリアが妊娠したものの、結局は不貞を疑い出産前に処刑、セバスがアレに腹の子を見せ皇帝の座から追いやった。
そして周辺諸国の中でも最も穏やかな国に、来訪者ユノ諸共アレを処刑させ、自らも処刑させる事で国の安定を保証させた。
だが結局は更に隣国から攻め入られ、ウチも割譲される事に。
途中までは良いんだが、アイツは直ぐに死のうとするから信用ならない。
尽くすべき者を2人も失ったんだ、その気持ちは分かるが、ヴィクトリアを思うなら。
いや、アレが自覚するかどうかか。
ヴィクトリアのこうした無垢な面にやられるか、やられないか。
それにしても、皇妃候補とならなければ、ココまで子供らしく振る舞えるのか。
いや、コレが本来の姿か、相当に我慢を。
いや我慢はさしてしていなかった、と侍女にも言っているらしいんだ。
となると、やはり記憶が。
『もし、ご自分でも未来が見える様になったなら、何を知りたいですか』
「そうね、殿下のお心かしら。どうして私に執着なさるのか、全く分からないんですもの」
『それなら簡単ですよ、アナタが優秀だからです』
「つまり、愚か者になれば良いのかしら?」
『そこまで嫌ですか、殿下が』
「嫌と言うか、いえ、苦手ね。何を考えているか全く分からないんだもの」
『では、俺はどうでしょう』
「紳士的で優しい、そして正直よね、ふふふ」
『この菓子の見た目ですか、私的に食べるなら俺は気にしませんが、あの方はいずれ最高位となる方。髪の先まで気を付けなければならないからこそ、気に入らないかも知れませんね』
けれど、だからこそヴィクトリアに心を開くべきだった。
だが同志、好敵手としても意識を。
そう意識させられていたとは言えど、皇帝なのだから、だからこそ家臣共に操られないで欲しかったんだが。
いや、大勢が少しずつ流す毒に犯され、半ば隔絶させられていたのは分かる。
分かるが。
いや、俺は何度も繰り返し、所謂年を重ねたと同じ状態となっているんだ。
アレが幼いのでは無く、俺は年を取り過ぎた、経験を重ね過ぎたんだ。
「仮に、もし私が皇妃になってしまい、なのにも関わらずお心を頂けなかったとしたら。私は」
『他国にでも亡命なされば良い、妻に遜るべきでは無いが、妻の機嫌すら伺わないのは人としての資質が問われる。その匙加減自体を放棄したのなら、コチラも放棄すべきです、皇帝の庇護が有ってこその皇妃なんですから』
全てのアレクサンドリアがヴィクトリアを愛していたのかどうかは分からない、けれども全てにおいて、気が有る事は確かだった。
決して無関心では無く、常に侍女とセバスから情報を入れさせ、動向を常に気にはしていた。
だが、それだけだ。
彼女に触れる事すら躊躇い、寝室では眠って起きるだけだ、と。
男色家なのか疑ったが、何度か様々な人間に誘わせたが手を出す事は無かったのだし。
「私が努力を怠った、何かが欠けるだろうとは思わないのですね?」
『このクッキーを見れば、味わえば分かります、アナタは努力家だ』
「もう、嫌だわ、誤解よ。コレは私がしたくてしてる事だもの、そんなのは努力とは言わないわ」
以前も、いや殆ど毎回同じ事を必ず言う。
最初は無理をしているのかと思ったが、彼女は本気だ。
生きて何か出来る事が、何よりも嬉しく楽しいのか、彼女は殆どの事を苦無くこなす。
まぁ、それがアレの気に障るのも分かるがな。
努力を努力と思わず鍛錬するか、もがき苦しみながら鍛錬するか、コレばかりは天性の才能なのだろう。
毎回、アレは何でもかんでも苦しみながら会得しているのだから。
ヴィクトリアに苦労など無い、と。
そこを、アレに今回こそ、分からせられるかも知れない。
今までの殆どはお為ごかしだと聞き流すか、皇妃派として拒絶するか、嫉妬するか。
まだ、今の若い頃なら、変わったヴィクトリアの事なら。
いや、期待はもう止めておこう。
どうせアレは分からない、分かろうとしたくないからこそ理解しようともしない、出来の良い愚者なのだから。
ただ、良い方向へは流したい。
『ズバリ聞くけれど、どうして候補を退きたいんだろうか、最初は乗り気だったろう』
「それは、少し、夢物語の様な事を語らなければ説明が難しいのですが」
『聞こう、俺も夢物語は好きだ』
出来るなら、以前を覚えていたとしても、曖昧でいて欲しいんだが。




