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New Dawn, New Days  作者: 天川降雪
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か細い新月が夜空に

 か細い新月が夜空に昇っている。改革派の会合が行われるのは、いつも夜闇が濃い晩だ。

 夜の深まった時刻。オンウェル神殿を中心に、家々が寄り添い形成されたラクスフェルドの街には、灯火がちらほらとしか見えない。そのとある区画。汚水の匂いが漂う細い路地に人の気配があった。

 ノアとクリスピンである。暗がりにまぎれたふたりはマントを羽織り、どちらも背後にある貧相な小家の壁にもたれている。この夜は、会合場所となる空き家の裏口を見張るのが彼らの役割だった。

 路地の遠くで小さな光が揺れた。

「きたぞ」

 とノア。

 角灯を携えた誰かが、ふたりのほうへやってくる。

 ノアは近づいてくるのが何者か見極めようと闇に目を凝らした。厚地の外套を身につけた、おそらく男。フードを下ろしているので顔はよく見えなかった。しきりに背後を気にしつつ、足早に歩を進めている。

 男が間近まできたときクリスピンが声をかけた。

「こんばんは。お急ぎですか」

「いや、べつに急いでませんよ」

 その符丁で相手が会合に参加する者だとわかった。

 男がフードを背に垂らして顔を見せた。モローだった。オーリア正教会の造反者。

 クリスピンが裏口の扉を開けた。モローはそそくさとなかへ入りかける。が、ふと足を止め、彼はクリスピンに目をやると、

「見た顔だな」

「先日、そちらへグリム隊長が出向いた際、随伴しておりました」

「ああ──」

 モローはすぐに思い出したようだ。

「ちゃんと見張っていろよ。いつ旧派の連中が踏み込んできてもおかしくはないんだからな」

 ふたりへ横柄に言うと、モローは家のなかへ姿を消した。

「誰だ?」

 ノアが閉じられた扉を顎でしゃくり、クリスピンに訊いた。

「正教会の金庫番だ。この前グリムと神殿へいったとき、おれも会った」

「じゃあ、あいつがおれたちの活動資金を流しているのか」

「ああ、食えん男だな。こちらにせいぜい恩を売って、いずれ興る新政権の上層に収まる腹づもりだろう」

「なるほど。利口なやつだ」

 それを聞いてクリスピンは鼻を鳴らした。

「どうかな。日和見で裏切るようなやつを信用できるか。マントバーンはあいつを利用したあと、使い捨てにする気なのかも」

「いやな話だ……」

 と、吐き捨てるようにノア。

「そんなこと言ってられるか。おれたちも、もうこの叛乱に片足を突っ込んでるんだぞ」

「だからなんだ」

「裏切りは許されない。制裁がいやなら忠心を示すほかないってことだ」

「ばか言え。おれは相手が誰だろうと、へつらって尻尾を振るなんていやだね」

「自信過剰なガキの台詞だな。少しは大人になれよ、ノア」

 意固地なノアへクリスピンがからかう口調で言う。

 ノアは口を閉ざした。幻滅だ。彼は変革などに興味はなかった。もちろん騎士団の内輪揉めにも。騎士になってからノアが求めていたのは、危険をくぐり抜ける日々だ。悪党を蹴散らし、周囲から賞賛される。しかし現実に直面したいま、それはあまりに幼稚な妄想に思えた。

 会合の参加者はモローで最後だった。改革派の中心となるのは十名足らずで、それらがさきほどから家のなかで議論を交わしている。

 会合がはじまってからずっと、クリスピンは裏窓の鎧戸へ顔をくっつけるようにして内の様子を窺っていた。あきれ顔のノアがそれを咎める。

「出歯亀みたいなマネはやめろ。みっともない」

「覗いてない。盗み聞きしているだけだ」

 とクリスピン。さらに彼は真面目な顔をノアへ向けて、

「これはおれの仕事でもある。内偵だよ」

「内偵?」

「グリムからおおせつかった。内部に不穏分子がいないか、秘密裏に探れとな。執拗に反対意見を唱える者がいれば、行動を監視して洗いざらい調べなきゃならん」

「同胞を売って点数稼ぎか。そいつはけっこうだ」

「同胞とは限らんぞ。マグナスレーベンの密偵がわが国へ入り込んでいるという噂もあるしな」

 マグナスレーベン帝国は神聖王国オーリアのずっと北に位置する大国だった。四海八挻に侵略の手をのばさんとする列強で、国としての規模はオーリアと比較にならない。大陸の北方ほぼすべてを版図としており、地図を見ると南方の一国であるオーリアは、険しい山脈をはさんで巨大な帝国に押し潰されそうに描かれている。

「帝国が、どうして無益無害なこの国を気にするんだ?」

 ノアは頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。

「さあな。叛乱の兆しをどこからか嗅ぎつけたか。実際にそれが起こって現体制が崩壊すれば、オーリア国内はしばらく混乱する」

「その機に乗じて攻め込んでくると?」

「可能性はある」

「ハイランドの山脈を越えて南に軍勢を送るのは無理だ。いままでもそうだったじゃないか」

「たしかにな。しかしオーリア正教会の動静は、帝国にとっても見過ごせない関心事だろう」

「あの無窮帝国が? 宗教のなにを恐れるっていうんだ」

「目には見えない思想。信仰は厄介だよ。人の心を動かすからな。中央集権を敷いている帝国で民衆が従属心ではなく、自らの意思を強く持てば、それはまぎれもない脅威だ。統制に乱れが生じる。マグナスレーベンにもユエニ神の信者は多い。知らなかったのか?」

「ああ」

 ノアは少し拗ねたようにそうとだけ言った。お利口なクリスピンに言い負かされた気分だった。

 会合は夜半過ぎに終わった。参加者はひとりずつ、時間をずらして空き家から出ていった。

 そうしてほとんどの者が姿を消したあと、裏口にグリムが現れた。

「ノア、なかへ入るんだ。ウィリアムは帰っていいぞ」

 束の間、顔を見合わせるふたり。クリスピンは言われたとおりにした。

 なんの用事か。下っ端のノアには見当もつかなかった。グリムにつづいて家のなかへ入ると、そこには騎士団長のマントバーンとモローが残っていた。

 マントバーンは四〇歳の坂を越えた騎士団の叩き上げだ。機知に富み人望も篤い。彼が国を憂いで同士を集うと、多くの者が賛同した。騎士団で数少ない、ノアも一目置く男。

「あともう一手だ。そのためにも確たる証拠が必要なのだ」

 卓に着き、指を組んだ両手の上に顎をのせているマントバーンが言った。その反対側ではモローが暗い顔で杯から葡萄酒をちびちび呑んでいる。

 現れたグリムとノアに気づくと、マントバーンがふたりへ空いた椅子に座るよう促した。

「神官王が姦淫に耽っているのは、たしかなのですな?」

 マントバーンの言葉にモローは肯いた。

「商売女と遊ぶていどならまだしも、神官王が神殿に小さな子供を連れ込んで慰み者にしているという噂は、ずっと以前からあったのです」

「幼児犠牲は大罪だ。それを公にすれば民衆を味方につけられる」

「しかし確証はありませんよ。あくまで噂です」

「それは調べてみればわかる。われらのなかで最も神官王に近しいのは、あなただ。なんとか尻尾を摑んでほしい」

 しかしモローは首を横に振った。

「無理です。申したでしょう、いまの神官王は毒杯に怯えて誰とも会おうとしない。唯一、近づけるのはクロエだけだ」

「クロエとは?」

「神官王の御側付きです。オンウェル神殿へ奉公にきている修道女ですよ」

「なるほど。そういうことなら彼女に訊くのが筋だな」

「クロエなら、なにか知っているかもしれません。あれを拐かすのでしたら、わたしも手引きできます。しかるのちに拷問にでもかけて──」

「ちょっと待て。荒事は避けたほうがよいのではないか」

 横から口を挟んだのはグリムだった。話の腰を折られて不興顔となったモローが、その彼へおずおずと目をやる。

「神官王が身近に置く修道女なら、敬虔な信徒なのだろう。拷問にかけたとて、最後まで抵抗して殉教するかもしれない。そうなったら手詰まりだぞ」

 一理ある。グリムの言に、その場の全員が唸った。

「ならば、やはり搦手か。デイモン──」

 マントバーンから急に名を呼ばれ、ノアは脇腹を突かれたように椅子の上で居住まいを正した。

「きみに、やってもらいたいことがある」

「なんでしょう」

「話は聞いていたろう。そのクロエという修道女に近づいて、神官王の秘密を探ってくれ」

 寝耳に水とはこのことだった。

「おれが? いったい、どうやって?」

「手はずはこちらで調える。きみはそれに従うだけでいい」

 とマントバーン。

 戸惑うノアをモローがおもしろそうに眺めていた。彼は品のない笑みを顔に浮かべると、

「やりようはいくらでもあろう。その歳で女の扱い方を知らんわけでもあるまい」

 なら、あんたがやればいい。喉まで出かかった言葉をノアは素知らぬ顔でのみ込む。

「女をたらしこむなら、クリスピンのほうが──」

「いやだめだ。彼の父君は正教会の中央協議会と懇意なのだ。クリスピン自身も神殿内の人間にあるていど顔が知られている。だから、きみにやってもらう」

 マントバーンの厳しい目がノアを見据えた。

 逃げられそうになかった。とんだ貧乏くじだ。ノアは心のなかで頭を抱えた。


ご指摘やご感想などがあれば、お気軽にどうぞ。

作者がとてもよろこびます。

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