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New Dawn, New Days  作者: 天川降雪
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オンウェル神殿の談話室

 オンウェル神殿の談話室では三人の男が卓に着いていた。神隷騎士団のグリムとクリスピン、そして紫紺の法衣を身にまとったモローという壮年の司教。

 大きな掃き出し窓から昼下がりの陽が射し込んでいる。談話室の壁一面を占めるモザイク画がそれを反射し、するどい光の棘をあちらこちらにとばした。石英、吠瑠璃、琥珀、翡翠、瑪瑙、螺鈿──さまざまな色と形のタイルによって描かれる壁画だった。モチーフはオーリア正教会の聖典にあるユエニ神が人々に神託を下す一場面だ。

 クリスピンは自分の正面にある絢爛な宗教画を冷ややかな目で見つめた。度を超した冗費。そう思えてならなかった。とはいえ露骨に嫌悪を表に出すことはしない。この場で彼はいちばんの末席だった。

「神の時代は終わった──」

 モローが言った。

「神官王は脳を患っておるのかもしれん。正気ではないのだ。早急になんとかせねば」

 その司教の言葉を受け、グリムが深く肯く。

「さよう。そのために今日はきた」

「ご用向きは?」

「南方の有力者たちをまとめるのに手間取っている。根回しにカネが必要だ」

「卿がここへ姿を見せるときはいつもそうだ。言っておきますが、神殿の金庫からは無限にカネがわいてくるのではありませんよ」

「だが信仰心はちがうだろう。人の心のなかから、いくらでもわいて出てくる。それがすばらしい。結果、大陸中の信者が蜜蜂のようにここへ寄進しにくるのだからな」

 あけすけなグリムにモローはため息をついてみせる。

「どのていど必要なのです?」

「二億オリオンあれば足りよう」

「法外な……」

「国をひとつひっくり返そうというのだぞ、それくらいなんだ」

 モローが卓に肘をつき、ぐっと身を乗り出した。彼はそうして声をひそめると、

「蜂起の決行はいつ?」

「近いとだけ言っておく」

「帳簿はごまかしてありますが、いずれ監査が行われます。なんとかそのときまでに。あと、わたしの身の安全を確約していただきたい」

「それは会合の日に話そう」

「例の場所で?」

「そうだ」

 言い放ち、グリムが席を立った。クリスピンもあわててそれに倣う。

 部屋を去ろうとするふたりをモローが不安げに見ていた。グリムはその彼を振り返り、

「後日、騎士団から使いの者をよこす。それまでに用意しておけ」

 談話室をあとにしたグリムとクリスピンは、目立たぬように神殿の裏手から外へ出た。

 オンウェル神殿は高い囲壁に護られている。要塞じみた作りなのは、オーリア正教会の総本山であり、神官王が居住する場所ゆえである。いまグリムたちが歩む柱廊からは神殿を彩る裏庭が見渡せた。修道士だろう粗末な野良着姿の者たちが、草花の世話をしている。庭の通路に沿って植えられる楓の葉が黄色く色づいていた。初秋の日射しに芝生の緑が映え、まぶしい。

 ここは世間と石壁で隔絶された別世界だ。クリスピンは先ほどの談話室で見たモザイク画を思い出した。

「オンウェル神殿の奥へは初めて入りました。なんというか、まるで宮殿のようだ」

「俗物がカネと権力を持つとこうなる。よい見本だ」

 とグリム。

「はい。実際、目にして痛感しました。オーリアの腐敗はやはり深刻です」

「聖職者はどいつもペテン師だ。良識を毛ほども顧みん。カネ儲けを自分たちの特権だと思っている。あげくに悪事を問いただされると、神だなんだと喚き散らす。便利な逃げ道だ」

「われらは、その貪官汚吏を打倒する……」

 クリスピンのは固い声だった。並んで歩く彼をグリムが横目でちらりと見る。

「気後れしたか?」

「いえ、腐った果実が地に落ちるのは自明です」

「そうだな。大義名分はこちらにある」

「変革に血が流れるのは常です。肝心なのは、権力を手にしてからどう扱うかでしょう」

「ウィリアム、おまえは賢い。だからわたしも目をかけたのだ」

 グリムはクリスピンの肩に手を置くと、目を細めてそう言った。

 神殿の裏門にはふたりが乗ってきた箱馬車を駐めてあった。が、そこにいるはずの御者として連れてきた若い騎士の姿が見えない。

「ノアは?」

 グリムが訊いた。するとクリスピンは狼狽してあたりを見回しながら、

「さあ……」

「あのばか、どこをほっつき歩いておるのだ」


シリアス調な短編小説などを。

不定期の更新となります。

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作者がとてもよろこびます。

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