第9話「携帯魔力タンク」
「ま…………魔力、譲渡?」
ライトが知らないはずもない。
魔法使いの汎用スキル──『魔力譲渡』だ。
こいつは魔法使い同士に限り適用されるスキルで、自分の持っている魔力を他人に、文字通り譲渡できるというもの。
もっとも、属性や個人特性により変換率が変わるため、100%の譲渡ができるわけではない。
せいぜい、良くて50%……。
相性が悪ければ10%程度の変換率という効率の悪い魔力の回復手段だ。
これも、魔力の多いライトだからこそ、多用していたスキルでもあった。
だからこそ、わかる。
だからこそ感じた──。
歩く松明、寄生専門、魔力タンク要員──。
散々言われてきたのだ。
だからこそ……。
(ま、まさか。こ、これって……)
震える手で、タンクに手を掛けようと、
『『『グルァァァァァァアアアアアアアアア!!』』』
ッッ!
「──ちぃぃい!」
気づいたときには、周囲が闇に落ちようとしていた。
どうやら、タイムリミット!
だが、ギリギリのところで魔力が回復したライトの、間髪いれない魔法行使!
すかさず「聖光」をぶちかますと、群がっていたアンデッドが怯む!
「はは! そう簡単に終わってたまるかぁぁあ!」
……ガシャ!!
片手に魔力を宿しつつ、携帯魔力タンクを背負ったライト。
フワッ──♪
途端に体に漲る魔力の奔流!
(す、すげぇ、回復量……!)
予想以上だ。
使用した魔力が常時回復していくのを感じたライトは、思いっきり勢いをつけて一歩を踏み出すと、「聖光」で空間を薙ぎ払いながらアンデッドの間を駆け抜ける!
「どけぇぇ!」
──ダンッ!!
(……アグニール! 囮だと思って油断したな?!)
──俺を甘く見るなよ!!
「コレを捨てていったのがお前のミスだ!」
俺がここでくたばると思ったら、大間違いだ!
これでも、【光】属性の熟練度はLv9。魔力が回復するなら、やり方はあるんだ……!!
──おぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!
「タンクごと、熨斗をつけて返してやるぜ、アグニール!!」
全方位に魔法を乱射するライト。
たとえ攻撃力がなくとも、一時的にアンデッドを祓うくらいならできる!
おかげさまで魔力をケチる必要もないし……最初っから、出力全開だぁ!!
「うりゃぁっぁあああ!」
連射! 乱射! 照射!!
『ロォォォオオオオオ!!』
『『『ミギャャァァアアアァ!!』』』
そうとも。
倒せないなら、道から退かせばいい!
たかがLv 5程度の魔法『聖光』と侮るなよ!
──低Lv帯の魔法だからこそッ!
「回復さえすりゃ、何発でも撃てるんだよぉお!」
起死回生の一手。
敵を圧倒し、このダンジョンから脱出するためのたった一つの手段。
「行くぞぉぉぉぉおおお!」
うらぁっぁああああ!
──再びアンデッドを忌避する清浄なる光がBOSS部屋で煌々と輝く「聖光」。
そして、その中心にはライト。
「──おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
もはや無尽蔵とも思える魔力をもって、ダンジョン最奥のBOSS部屋全体を清浄なる光で覆っていき、安全圏を広げながら、光で押しつぶすように1000体のアンデッドを圧迫していくライト!
アンデッドどもは堪らず、光から逃れようとする!
だが、もちろん攻撃力は0!!!
まったくの「0」!!
……なので、ビビらせる程度の効果しかないが、それでも今は十分!
端から、こんな魔法で倒せるなんて思ってない!
狙いは──……。
「そこだぁッッ!」
ほんのわずかな切れ間をみつけると、巨大な棺の縁に足をかけると、だんッ!! と思いっきり助走をつけてジャンプ!
携帯魔力タンクはかなりの重量だが──ライトとて伊達に長年のあいだ雑用専門をやってはいない! これしきの重量、耐えれなくてどうする!
「うるぁぁあああ!!」
気合とともにタンクを背負ったままの衝撃を殺すように前方受け身を取るライト。
ドン!! ゴロゴロゴロゴロ───! スタッ!
「しぃッ」
更には、群がるアンデッド尻目に素早く立ち上がり、駆ける! 駆ける!!
「おおおおおおおおおおおお!」
自身よりも格上だらけのアンデットだが、その群れの中を一気に駆け抜けるライト!
……だが、そこに!!
『ロォォォオオオオオオオオオ!!!!!!』
「来たな……」
───リッチ!
「やっぱ、BOSSにはホーリーライトくらいのコケ脅し効かねぇよな!?」
ライトの放つ聖光をうっとうしそうにしながらも、それをものともせずに立ちはだかるリッチ。
ライトがこの場を切り抜けようと看破するや否や、
無数の禍々しいオーラを放つ「切断魔法」をはなち、ライトの体を両断しようとする!
『ルロォオ───!』
ダダダダダダダダ!!!
「ひ!」
無数の魔法陣が中空に浮かび、そこから黒い刃が連弩の如く発射されていく!!
その一つ一つは鏃ではなく、まるで刀のように細く長く───……。
「う、うわぁああああ!!」
這うように躱すライトの頭上スレスレを、リッチの魔法が掠めていき、
外れたそれが次々に他のアンデッドを消し飛ばしていくも、奴の魔法は止まらない!!
『ロォォォォオオオオ?!』
そして、怒りの形相を浮かべるリッチが手下のアンデッドを巻き込みながら、退路を断つように放たれた魔法をぶっ放す!!
すさまじい魔力量!!
スローモーションのように歪む視界のなか、
「こなくそぉぉぉおお!!」
『ロォォオ!?』
間一髪──ホーリーライトを薙刀のように照射し、リッチを光で薙ぐライト!!
そのため、顔を覆ったリッチの魔法が、軌道逸れて無茶苦茶に空間を薙ぎ払う!
「うわ! うわ! あ、あぶねぇぇえ!」
かろうじて躱すライトだが、
リッチの魔法が、まるでライトの光魔法に対抗するかの様に空間を薙ぎ払う!!
「──ぐああッ……!」
その一撃が、ついにライトに命中!
ブシュ!! っと、切断魔法がライトの体を直撃し、あろうことか胴体が上下に分かれる!
「ぐぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!」
直撃だ。
そして、見る見るうちに魔法で引き裂かれた胴体がブチブチと──……。
『コカカカカカカ──♪』
勝利を確信したリッチがニヤァと顔を歪めたのだが──刹那、その両断された体がグニャア……! と形を失って蜃気楼のように霧散する。
『コカ──ッ?!』
「はは……ブラフに決まってんだろ!!」
光魔法Lv3蜃気楼!!
『ロォォオ?!』
「遅いッ!」
いつの間にか、棺の一つに身を潜めていたライト。
誰も気づかなかったのも無理はない。その体が霧のようにぼんやりと透けて見える!
これも、もちろん光属性魔法!
……光魔法Lv7光学迷彩!!
「──さっきのは幻。……本命はこっちだぁぁぁああ!」
ホーリーライトの連射で目をくらましたすきに、蜃気楼でダミーを作ったライト。
ダメ押しに、光学迷彩で姿を晦まし、リッチの死角に潜り込んでいたのだ!
『ロァァァアアアアア?!?!』
……それもこれも、この一手のため!
こいつを倒し、このダンジョンを制圧するため!
……万年底辺の冒険者ライトが本気でこのダンジョンを突破するのだ!!
「たりゃぁぁぁぁあああああああ!!」
バキィ!! と、マナ・グールの頭を踏み台にして、飛び上がると、
BOSS部屋で、真正面からの一人奇襲作戦!
「食らえ!! ゼロ距離──……」
バチバチバチッ……!
携帯魔力タンクから補充される潤沢な魔力をすべて右手に込めると──まるで、闇を握りつぶさんばかりにリッチに向かってぇぇえ……。
「ホーーーーーーーリーーー…………」
───ライトぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!
……カッ!!
超・至近距離で、
超・指向性を絞ったホーリーライト!
さらには熟練度Lv9の精度で出力を上げて、練りに練った全力発射ッッッ!
『ロォァァァァアアアアアアォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ?!』
これにはさすがのリッチも絶叫する!!
至近距離で浴びせられた清浄なる光に、顔をのけぞらせ、手で覆いながら態勢を崩したリッチ。
そして、
その瞬間を見逃さずに、中空を浮いていたリッチにつかみかかるライトは、そのまま体重をかけて、一気にダメ押し!
──くたばれ、ミイラ野郎!
「っらぁぁぁああああああああああああ!!」
ダメ押し中のダメ押し!!
全体重を乗せ、
タンクの重量プラス、
中空からの高さと、
BOSS部屋の硬い床と、
「───俺の拳とぉぉおお」
ホーリーライト付の右ストレートをぉぉお!!!
……──ブチかます!!
「らぁ!!!!」
『ロぉおッ?!』
その瞬間、
BOSS部屋全体に響き渡らんばかりの大音声!!
ドッッッカーーーーーーーーン!!!
「どうだぁ!」
くい打ちでも仕掛けたような轟音が響き、積もり積もった埃が濛々と舞い上がる!
だが、まだまだぁぁぁあああ!!
そのままぁぁあ、リッチを地面に縫い付けたまま、顔面に突き刺すつもりでぇぇえええ、
「───はぁあああああああああああああ!」
魔力充填、最大!!
ゼロ距離中のゼロ距離ッ!
連射速度────超、高速!!
文字通り、目に焼き付けてやるぁぁぁあ!
「──……ホーリーライトォォォオオオオ!」
か~ら~のーーーー……!!
「聖光聖光聖光聖光聖光!
聖 聖 聖 聖 聖 聖 聖 聖 聖 聖 聖 聖 光光光光光光光光光光光光ぉぉぉおおおお!!」
『ロォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ?!』
思わず叫ぶリッチ!
まさか、まさかのゼロ距離からのアンデッド除けの清浄なる光を浴びせられたのだ!!
どーだぁぁぁぁああ!!
「……そして、トドメぇぇえ!!!」
キュィィィイン……!
ライトの手に宿る魔力の奔流──……そいつを、
「ホーーーーーリーーーーーーーーーーライトーーーーーーーーーー!!」
ピカァ──!!
顔面に開いた穴から清浄なる光を吹き出すリッチ!!
これで効かないなんてあるはずがない!!
「あああああああああああ──────!!」
ダメ押しとばかりに息が切れるまで「聖光」をぶち込み、肩で息をする。
はぁ、はぁ、はぁ……!
……みたかッッ!!
渾身の力を込めた一撃の威力!!
「みた──
ポーン♪
『──【光】属性の熟練度UPしました!』
ぶは!!
「おいおい……。は、ははは。このタイミングかよ。……おせぇよ、レベルアップ──」
格上相手に、長時間にわたり魔法をぶちかましたんだレベルアップしてもおかしくはないが、まさか、トドメを指した直後にレベルアップとはな。
額の汗をぬぐったライトであったが、直後──……。
「ふぅ、まぁいい。ご褒美みたいなもんだと思えば──」
ズルリ……。
「ッ!!……ん、んな!! ま、まだ動けるのか?!」
やっぱ、ゼロ距離でも攻撃力0はゼロか──!
地面に突っ伏し身動きしなかったリッチが、ヨロリと起き上がったかと思うと、BOSS部屋全体が脈動するような咆哮をはなつ!!
『ロォァァァアアアアアア!!』
ビリビリビリ……!!
「つぅぅぅ……!」
耳奥がしびれるような亡者の叫び!
さらに、ライトの体を払いのけるようにして、リッチの魔力の波動が部屋全体を駆け抜けたかと思えば、ボコボコと沸き立つ地面!
「こ、これは……やばい!」
慌ててリッチから離れたライト。
それを追うようにして、ズドンッズドンッズドンッ! と、逆ギロチンのように、猛烈な勢いで地中からせりあがる漆黒の杭が放たれる!!
「なにぃッッ!」
無詠唱の死霊魔法──……無差別全方位攻撃?!
は、速い……!
鋭い──!
か、躱せない──────……ブシュウウ!!
「ぐ、」
ぐぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
すさまじい激痛とともに杭に打ちあげられたライト。
あらゆる方向から打ち込まれた漆黒の杭が、ライトの肉ごと背負っていた携帯魔力タンクの表面を削り、バリィィン! と破砕音を立てると、負い紐ごと引き千切り、転がっていく。
「くッ……! け、携帯魔力タンクが」
ガラン、ガランガラ~ン!
──……それ以上に、あまりの衝撃と痛みで息が、つまるッッ!
「……かはぁ!」
──そうかよ。
まだ負けてねぇってか?
「……上等じゃんよ」
ドクドクと血を流しながらライトが立ち上がる。
負けてねぇのはこっちも同じだ。
光属性、舐めんなよ……!
「こっちはよぉぉぉぉお!! 熟練度が最高値に達したッつーーーーの!」
それもたった今なぁぁあ!
これが最後の一撃!!
これが起死回生の一手!!
ご都合主義とでも何とでもいえ!!
最後の最後で、
光属性、Lv10!!
「震えて眠れ!!────ミイラ野郎!!」
光属性Lv10──────発動ぉぉぉぉぉおおおおおおお!!