第25話「金策」
「ちょ、ちょぉぉ! ど、どこでこんな素材を!」
のわぁっぁあ!
「び、び、び、びっくりしたー!! なんだよ急に寄ってくるなよ!」
年齢不詳、見た目もよくわからんローブのお化けがぬぅうっと近づいてくるのだ。びっくりするわーい!!
……っていうか、うわッ! 煙、煙ッ!
「げほげほ! ちょ、タバコやめろよ!」
「タバコぉぉお?! そんなことどうでもいいから──」
げーほげほげほ!
こっちには子供がいるんだから、やめい!!
「どうでもよくねぇよ!──ったく、『死霊王の寝所』からだよ!! あそこの最下層──BOSS部屋で手に入れたんだよ」
「……はぁっぁああ?!」
お前ごときが、
「BOSS部屋ぁあ?……それって、リッチのことじゃないだろうね?!」
そーだよ……!
「あ、あはははははは! こりゃ傑作だ! おいおい、寝言は寝てからいえよ。アンタみたいな光属性の魔法使いが行けるわけないだろう?」
あーっはっはっは!
「ち。どいつもこいつも……! 寝言じゃねッつーの! 同行クエストだよ。どっかのアホなパーティについていって──! それだけ言や、分かんだろ?」
む。
ぴたりと、止まる店員。
「ほう。……そうだったね。お前さんは、確か寄生専門だったか──なるほど、おこぼれを預かったってわけか、なるほどなるほど」
……寄生専門ちゃうわ!
失礼な奴だなー。
「ふ~む……それなら納得いったよ。まさかまさか、単身アンタが、リッチの階層を突破して、その手下を回収してきたなんてふかしを扱いてるのかともったよ」
「ふかしじゃねーが、まー……だいたいあってるよ」
ルート的には逆だがな。
リッチ部屋に置き去りにされて、レーザーを乱射して、少女一人とともに、ほぼ単身で帰還した────。
かっ! 言っててバカバカしくなる話だな。
しかし、ライトがそう思うくらいだ。当然──。
「かぁ~ぺッ!! つくならもう少しマシな嘘つくんだな! でっきるわけねーだろ、お前さんごときにぃ。だいたい、あそこにはリッチがいたろ? あの恐ろしいアンデッドがさー」
「いたな」
痰をするりと躱しながらライトはあのBOSS部屋を思い出す。
リッチどころか1000体のアンデッドがいた、あの絶望を──。
「かっ! ほーれみろ、それが嘘だというんだよ!!」
いや、嘘ちゃうし?
蒸発したし?
…………っていうか、よく知ってるな──。
アグニールは古代文献がどうのっていってなかったか??
「ふん。知ってるやつは知ってる話さ」
「あっそ」
……どうやら、錬金術師やら、そっち系界隈では有名なダンジョンらしい。
「だが、まぁ──ここだけの話にしとくれよ」
それだけいうと、またタバコを燻らせる。
ぷかー。
「……つまり、それだけ厳しいダンジョンってこった。帰還者なんて数えるほど……。ましてや倒して帰ってくるなんざ不可能さ。……リッチってのはそれだけの相手なんだよ?」
ぷかりぷかり。
煙の輪っかがいくつも宙に浮いている。
それを「ほわー」とボケーっとした顔で眺めるヤミー。
どうにかすると、掴んで口に運んだりしてる。……最近思うのだが、この子、天然だよね?
「ふん。わかったら、嘘ついたと認めるんだね」
全く信用していない声。
たしかに、店員いわく、リッチはべらぼうに強くて、かつてSランクも討伐に挑んで返り討ちにあったらしいが──。
「……かもな」
ふん!
「なにが、「かもな──」だ。冗談も休み休みいいな!! だいたい、そこから帰還したっていうんなら、見ただろ? 奴の持ってる杖とそのローブをさぁ! ありゃ、アーティファクトだって噂だ──持っていない時点で嘘ってこった」
嘘じゃねーよ。
まったく……。
「……杖は奪われちまったよ────……って、ローブ?」
ローブって、なんのことだ??
たしか──杖がどうのとか、古代文献にどうのとかって、アグニールは言ってなかったか?
……むしろ、ローブってなんだよ。
「ローブはローブさね。リッチの纏う、魔力のこもった一品さね」
はぁ?
そんなもんあったっけ──……………………あ? え?
かび臭い、それを見下ろすライト。
ヤミーも同じ装備だけど──……え?
……もしかして、これぇ??
「ん~。なんだい、なんだい」
「いや、持ってるっちゃ持ってるな──」
加工しちゃったけど。
ライトが全身を見下ろし、ヤミーもついでに見る。
重厚なつくりのそれ──。
うん、リッチが着てるっていうか──たしかに、リッチの棺から回収したな……。
「そうさ、ローブと杖さね。……リッチの杖を魔力の発射装置とするなら、ローブは増幅器──。酒で言やぁわかりやすいかねぇ」
店員曰く。
例えば、樽で例えるなら杖が栓で、
ローブが樽ってな具合らしい……つまり、二つで一つ……。
「……あーそうそう、ちょうど、お前さんが着ているよう、な。って……な、な────なぁぁあ?」
うわ!
だから、煙!!
近い近い近い!!
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁああああああああ! ちょ、ちょ、お、おおお、お前さん! そのローブをどこで!!」
「だー!! 煙いから、離れろ!! ったく……! こっちは客だぞ!」
ドンッ
服を脱がされんばかりに顔を寄せる店員を押しのけるライト。
相変わらず、顔の中は真っ暗でよく見えんかったけど、なんかイイ匂いがした……って、え?
コイツ、女──?
一瞬見えた店員の顔。
たしかに、切れ長の目をした────。
「おっと!」
……いや、
「おっと、じゃねーよ! 煙いから離れろ!! っていうか、ローブはどうでもいいから、こっちの換金頼むよ」
「ん、あ、あぁ……。わかったよ」
ぷか~。
何事もなかったように煙を燻らせる店員。
タバコは、やめる気は一切ないようだ。ヤミーがいるってのに、もー。
「……(ったく、まさか、本当にリッチを)」
ブツブツ。
なにやら考え込む店員ではあったが、
ふと顔を上げると、何事もなかったかのように、慎重な手つきで鑑定をはじめる店員であったが──。
ふと、ぽつりと零す。
「な、なぁ、ライトよぉ。……も、もしかしてだが……リッチの持ち物、他に持ってたりしないよね?」
あぁ??
「……そんなの回収してる暇があったと思うか?」
まぁ、持ってるけど。
ここは誤魔化しの一手だ。
「ふん。……そうさな。生きて帰っただけでめっけもんだ。よくもまぁ、あそこから帰って来たもんだ」
「運がよかったのさ」
そう。本当に運だ。
「ふん。お前さんを連れてったパーティってのはよほど強かったんだろうねー」
「まぁな……」
強い、か。
確かに、強いな──。
「まぁいい。……さて、一個あたり、銀貨1枚──」
「よーし、帰るぞ──ヤミー」
ちょわわわぁぁああ!!
「じょ、冗談だよ、冗談! お前さんとの仲だろー」
「知らん、買い叩くような奴に興味はねぇ」
割とマジに。
「ち、わ、わぁぁ~った、わぁ~ったっての。……全部で金貨10枚と銀貨95枚のところ──金貨11枚にしてやるぞ」
「な。なんだと?」
いきなり金貨11枚~?!
「……これでイヤなら、他を当たってくれ。ま、これより高く買うとこはないだろうがね」
お帰りはあっちと出入口を指す店員。
マジでこれ以上出すつもりはないのか、プカリプカリとキセルを燻らせる。
ったく、商売がうまいんだから……。
「……わぁ~った、それで頼む」
「毎度ー♪」
上機嫌で金を差し出す店員。
ライトはライトで見たこともない大金にちょっと手が震える。
平気な顔していたけど、実は金額を聞いて腰が抜けそうになっていた。
……これが買い取り的に高かったかどうかはわからないけど、ドロップ品のほんの僅かな分だけでこれだ。
まだ背嚢にはぎっしり入っている。
なのに、この売り上げ。
わかる?
金貨だよ? 金貨。
ゴクリ──。
燦然と輝くそれに、クラクラとするライト。
残る素材を全部売ればどうなるのか──。
「と、とりあえず飯にするか」
「こくこくこくこく!!」
飯と聞いて目をキラキラさせるヤミーと異なり、ライトの挙動は不審になるのだった。
だって、金貨11枚……ぶつぶつ。
ガランガラ~ン♪
「まいどー」
そうして、頭が金貨一色になったライトが、建付けの悪いドアと、鳴りの悪いドアベルを立てながら店を出ていくのを見送りながら、店員は完全に締まるのを待って独りごちた。
プカー……。
タバコを燻らせながら、店員はローブのフードをパラリと取る。
途端にさらりとこぼれる銀色の髪と、飛び出す笹耳────。
ダークエルフ特有の赤い目をキラリと光らせながらライトが去ったドアを食い入るように見つめた後、
「おいおい…………マジかよ、あいつ──リッチを??」
ポツリと零す……。




