3章 最終決戦―其々の想い―
1
一昨日のガールズコレクションは生中継されており、置き去りにされたテレビカメラによって地獄の住人、十二支、八部衆の存在、そして会話が視聴者によって知れ渡った。いや視聴者だけではない、会場の人々、昨日の事を取り上げたマスコミ、SNSで広く世界に知れ渡る事となった。世界は闇に包まれていた。空は終わらない日食で暗く、学校も店も臨時休業、俺達は其々の家で思い思いの行動をしていた。
俺は家の庭から外に出て、夜の様な街を彷徨いながら一昨日の事を思い出していた。
「クソ、俺はシエルに騙されただけだったのか? 俺達は友達じゃ・・・・・・なかったっていうのかよ。一緒に涅槃市に遊びに行った事もお前が好きなティラミスを奢ってやった時の少し緩んだ顔も全て幻だったのか」
「文人くん・・・・・・」
「クソ、殺してやる! シエルを・・・・・・八部衆を。其れが俺達の使命だ」
「待ちなさい」
俺が憎悪に苛まれ、吠えている時に声と共に会場の入り口から歩いてくる音が聞こえた。俺達は其の方を向く。やがて声の主が現れた。
「何しに来たんスか、先生」
俺は苛立ちながら聞いた。声の主は俺の担任の仏師田先生だった。
「君達が十二支か。うん、強い力を感じるよ」
「何しに来たのかって聞いてんスよ先生!」
「まったく十二支の頭が情けない。私は話をしに来たんだ」
「話?」
俺は当惑し、他のみんなは黙って耳を傾けた。
「まず私は仏の力と記憶を宿した者。十二支と八部衆の事を知り、平和を願う者だ」
俺含めみんなが驚いていた。其れをよそに先生は続ける。
「さっき猿石君は八部衆を倒す事が使命と言った。つまり十二支は正義で八部衆は悪という事になる。だが果たしてそう言い切れるのか」
「どういう事スか? 馬鹿な俺にも分かるように説明して下さい」
「抑々善と悪は誰が決めた? 法か? 其れとも大衆か? 其れは立場によって変わるものだ。つまり君達と同じように八部衆にも時を経てでも貫きたい想いが、正義があるかもしれないということだ。だから何も問わず、ただ自身の正義から外れているからという理由だけで悪と決めつけ殺す事は間違いだ。だから最後の戦いの前に考えて欲しい、正義とは、八部衆と十二支が何故共鳴するのか、十二支の真の使命とは」
(あの後先生は其のまま帰って行ったっけ。確かに冷静に考えてみると少し引っかかる。何故シエルはあの時、『我らを止めてみよ』と言ったのか。殺す、倒すじゃなくて『止める』)
俺は考えながら歩いていて、ふと電話をしようと思い、電話をした。
「もしもし文人くん、どうしたの?」
「小兎、悪いけど今日の十八時に河川敷まで来てくれないか」
「いいよ、其れじゃ十八時に」
「よ、ゴメンな急に呼び出して。ていうか誘っといてあれだけど、よく兄貴に見つからずにここまで来れたよな」
「ふふ、何年お兄ちゃんの妹やってると思ってるの」
「そうか・・・・・・」
「何か話したい事があるんでしょ?」
「ああ、俺は馬鹿なりにあれから色々考えた。シエルは友達、戦いたくない、だけど戦わなければならない十二支として。でもあいつの言った『止めてみよ』が引っかかる――だから俺は友達が誤った道を進まないようにあいつの事を受け止め、止める為に戦おうと思う」
彼女はただ黙って俺の独白を聞いていた。
「ゴメンな、でもどうしても誰かに俺の想いを聞いて欲しくて」
「うん、いいの。あなたがあなたでいられるならあたしは、幾ら話に付き合わされても危険に巻き込まれても構わない」
静かにそして強く言う彼女、だけど其の面は穏やかだった。
「ありがとう話して良かった・・・・・・」
(そういえば何故小兎だけに話したんだ? そういえば何時もあいつは辛い時、楽しい時、俺の傍に居てくれた。そしてあいつの無邪気な笑顔。まるで陽だまりの様な温かさを・・・・・・温もりをくれる)
暫し沈黙しながら二人で川を眺めた。
「そういえばこの河川敷に来ると思い出すなぁ、夏祭りに見た花火、不貞腐れた顔」
「なあ、小兎。あの日のお笑いライブのチケット、あれは・・・・・・」
「知ってた」
「え?」
「何かの映画の半券だったんでしょ? あの日待ってる時に何処かのおじさんが来てね、文人くんの席に座ろうとしたから声を掛けたら其のおじさんが首を傾げて整理券なんて配布してないって言ってたの」
「じゃあ俺の嘘を知りつつライブを・・・・・・はは俺格好悪いな」
「そんな事無いよ・・・・・・あの日だってあたしが寂しそうにしてたから嘘吐いて好きです。夏祭りよりも前、きっと小学校の頃にバスケの練習に付き合ってくれた時からずっと・・・・・・想ってた」
「小兎」
俺は涙を流す彼女を抱きしめた。そして
「小兎・・・・・・いい?」
「・・・・・・うん」
子供と言える程幼くも、大人と言える程しっかりもしていない俺達は一つ大人の階段を上った。キスの正解を知らない俺達は、ただぎこちなくも優しく何度も唇を重ねた。十月に入り寒くなった夜、温め合った俺はもう何も怖くはなかった。
2
「集まったな、お前ら」
昨日小兎と別れ家に帰り自分の部屋の中で、仲間達にレインで『明日の六時に芯愛高校のグラウンドに集合』とメッセージを一斉送信した。すると今日の零時には仲間全員から返信があった。そして集めた仲間達の表情を見るに、みんなあのメッセージから全てを悟り覚悟を決めてきた様だ。
「竜也さん、どうしたんスか? 其の怪我」
「何でもない、気にすんな」
俺は竜也さんに体中の痣について聞くが、彼は素っ気無く返した。
「そうスか・・・・・・じゃ、気を取り直して、まず奴らの場所を教えてくれ小兎、京也」
俺は二人に敵の居場所の特定を頼む。
「お前らマップアプリを起動し、画面を上にして俺達に向けてくれ」
京也はそう指示した。俺達は言われた通り起動してスマホを向けた。其れから二人は俺達のスマホに手を翳すと念を送った。するとマップに幾つもの点が表示された。
「これが敵の居場所なんだな、小兎」
「そうだよ、文人くん。そして運動公園に色濃く表示されている点の一つはシエル」
俺の質問に小兎は答えた。
「龍の場所は何処だ」
「摩睺羅伽は何処に居ますか」
「羅刹の居場所を教えて欲しい」
竜也さん、羊、鏡先輩が其々二人に尋ねた。すると二人は其々の質問に答え、場所を教えた。
「時間が無い、さっそく向かうぞ」
「あ、待ってください」
鏡先輩が出陣を促し向かおうとしたところを羊が制した。
「皆さん、これを受け取って下さい」
「何だこれ?」
羊が俺達に渡した虹色の小玉を陽太は手の中で転がしながら、聞く。
「其れはタピオカに僕の力を込めたもの。死にそうな程の傷を負ったとしても食せば一瞬で回復してくれます」
「胡桃君、ありがとう。では行くぞ君達」
「ちょっと待って・・・・・・」
「今度は何だ?」
鏡先輩を今度は美紅が制した。
「美紅?」
俺はそう呟いた。
「あ、あのこれ受け取って下さい!」
美紅は赤面しながら三日月と剣と羽が刻まれた指輪を先輩に渡した。
「あ、ありがとう・・・・・・烏帽子さん」
「後、この戦いが終わったら、わ、私と・・・・・・デートして下さい!」
「な! デートだと⁉ し、しかし俺は君の事をよく知らない・・・・・・」
「行ってあげて下さい、素直になれねぇこいつが勇気を出して言ったんスから。其れとも先輩はこいつに恥をかかせますか?」
「いや、こんな経験はした事が無かったから・・・・・・ああ、了承した」
「この勢いで俺も言っちゃいます。俺、昨日から小兎とカップルになりました」
「文人くん、わざわざ今言わなくても・・・・・・」
「そうだよな。でもケジメとして今言わなきゃと思ってな」
「文人・・・・・・そうか。ショックはあるけど、隠さずに言ってくれた、私は悲しいけど嬉しいです。好きになった人は関係を有耶無耶にする人じゃなかったから。おめでとう小兎、さよならあなたへの想い」
「テメェ、この猿野郎!」
「すまねぇ京也、お前との約束破っちまった」
「・・・・・・この戦いが終わったら一発だけ殴らせろ」
京也は俺の胸倉を掴んだ手を離し、俺に背を向け呟いた。
「ああ、其れじゃ行こうぜ」
「了解、リーダー!」
俺の号令に仲間達はそう返し各々力を解放しながら散って行った。
3
「猛虎正拳突き」
「天使の羽ばたき!」
「グギャー」
「ここで俺達はお別れだ。俺はあの向こうで待つ奴に会いに行く」
「ええ、どうか無事で兵頭さん」
「ありがとう、君も無事で烏帽子さん」
俺は烏帽子さんと涅槃市に来ていた。そして地獄の住人を倒しながら目的地まで共闘した。やがて俺の目的地である繁華街の近くまで来た所で別れ、俺は繁華街をただマップが示す場所まで走り、着いた場所はキャバレーの様だった。俺は意を決して中に入った。すると中は暗く人気が無い。
「よ、三虎クン。ひっさしぶり~」
「乾闥婆・・・・・・お前だったのか」
奥のソファーから手を上げて俺に声を掛けたのは乾闥婆だった。
「乾闥婆、お前は何故この世界を壊そうとする」
「ふ、世界の破壊か・・・・・・俺の理念は人々を魅了し人心掌握する事。世界を破壊しなくとも人々を虜に出来れば俺は満足なんだ。だから本心としてはずっと店をやっていたかったんだけどな~」
「人々を魅了し人心掌握して何を企んでいる?」
「単純に魅了された人の顔を見るのが好きだし、人心掌握すれば争いの火種も無くなり世界は一つになるだろう?」
「だが、怪しい香水や非人道的な客商売をして貫く事ではない。人々を魅了させるのは心。楽しませたい、良くしたいという熱い気持ちだ。其れが人の心を掴み、やがて中心に居る者が発し、皆動き出すんだ」
「分かんないな、そういうの。考えるのは君を殺した後にしよう」
「やっぱりやるしかないか・・・・・・ならとことんやってやるぜ!」
奴は立ち上がって俺を見据える。俺は構えた。
「さて俺達がやり合うのにここは殺風景極まりない。そこでだ」
奴が指を鳴らすと照明が付き、ステージにダンサーと歌手、ミュージシャンが現れると、ジャズの音色が奏でられた。
「うん、やっぱこん位じゃねぇと盛り上がらん。ふぅ~、いくぜ!」
奴は咥え煙草で手を交差したり解いたりしながら足を前後左右に出すようにステップを踏み始めた。
「其の動き、カポエイラか」
「ノンノン、一緒にするなよ。俺のこれはブレイクダンスを実戦用にしたものだ。だいたいカポエイラのステップはこうだろ?」
奴は一旦別のステップを踏み始め、直ぐに元のステップに戻った。
「猛虎正拳突き」
「おっと」
奴は俺の衝撃波を飛ばす技に対し体勢を下げて躱すと同時に、床に背中や肩をつけながら回転し、開脚した足で胸や顎を蹴り上げていく。
「ぐは・・・・・・く、猛虎地爪撃!」
「霞ちゃんを倒した技か・・・・・・なら少し本気を出すか」
奴はそう言うと体勢を戻し懐から別の煙草を出し、爪から火を点け、吸い始めた。
「ふん!」
奴はそう発すると俺の技による衝撃波を手で受け止め、耐え抜いた。
「馬鹿な!」
「教えてやる、俺は吸った煙草によって様々な力を得る事が出来る。今の攻撃はさすがに市販の煙草では止められなかっただろうね・・・・・・しかし今吸っているのは俺が密かに人間界と地獄の成分をブレンドして作った煙草、効能は力を1stギアまで上げる事」
そう言う奴の左手の甲に『乾』の赤い字が反転して浮かんでいる。
(強い、だが奴の手さえ封じ込められれば勝機はある筈)
「うお~、猛虎地爪撃!」
「なるほど、手を封じればパワームーブが使えなくなると踏んだか。なら勿体無いけど2ndギアだな」
奴はまた別の煙草に火を点け吸い始めた。そしてヘッドスピンをしながらこちらに向かってきた。やがて俺の技が奴にぶつかった。しかし無傷で俺の衝撃波を押し返すように向かってきた。奴の攻撃を避けようと横に移動してみるが方向を変えて俺に向かってくる。俺はガードするが其の蹴りは捌く事も防ぎきる事も出来ず、吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ背中を強く打った。
「イエーイ!」
奴は俺を吹っ飛ばした後に体勢を戻すとポーズを決めた。
「ぐふ、ならば」
俺は奴に向かって真っ直ぐ走って行った。すると奴は溜息をつくと其の場でヘッドスピンをした。
「うわ」
俺は腕を交差しながら突っ込んだが弾き飛ばされた。
「あのさ、やる気ある?」
「あんまし舐めてんじゃねぇぞ」
俺は弾き飛ばされる覚悟で全身の闘気を集めながら突っ込んでいた。そして弾き飛ばされた頃合いには全身の闘気は集まっていた。奴との距離は約5m、俺は吹っ飛ばされながら構えた。
「この距離ならどうかな? 闘気白虎波動!」
俺は渾身の技を放った。奴は空間から鼓を出すと打ち、衝撃波を放つが白虎は其の衝撃波と鼓、奴を喰らっていった。やがて白虎が消えると鼓は灰となり、奴の体から煙が出ていた。しかし奴は衣服がボロボロになってはいるが、傷は軽い火傷位だった。
「あ~あ、この服気に入ってたのに・・・・・・」
「お前・・・・・・」
「さすがに其の技に対応するには3rdギアか・・・・・・」
奴はまた新たな煙草を吸い始めた。
「この技でもダメだっていうのかよ」
「しょうがないよね。どんだけ生きてきたと思ってんのって感じ」
「くっ」
「さて楽しいショーも終わりだ。喰らえ、煙気炎」
奴は両手から炎を出し、放った。俺は絶望して足が動かぬまま腕を交差してガードする。だが其の威力に意識が徐々に遠のいていく。
(俺はここまでなのか・・・・・・すまねぇみんな、すまねぇ文人)
(・・・・・・我が手を取れ)
「誰だ俺に呼び掛けるのは」
(我は十二支の寅也)
「そうかお前か・・・・・・其れで俺に何の用だ?」
(我ら力を授け、没した者は本来命ある者と関わってはならぬ。だがお前はまだ我の真の力を使っていない。其れを伝えたくて同調した魂を通じ、一度だけお前に語り掛けたのだ)
「真の力?」
(使え、諦めるな。我の後継よ)
「あ~あ、幻聴まで聞いて可哀想に。楽にしてやるよ」
奴の声が微かに聞こえ、炎は勢いを増した。俺は直立不動となり無心のまま炎に包まれた。
「ふ~、もういいだろう。奴の体は骨も残っていまいってあれ?」
俺は炎の中、無我の境地に達した事で真の力の使い方を理解した。俺はまず全身を闘気で包み炎から身を守り、炎が消えたところで闘気を消した。猛虎其の物に変わる為に。
「へ~、やるじゃん。何したんだよ」
「シカトかよ。何かしゃべ・・・・・・」
「白虎闘衣、ぬぉー‼」
俺は闘気を一気に解放した。
「3rdギアとなったこの俺が怯えているだと、ありえん」
「ギギギガガガ・・・・・・ふぅ、なんとか衝動に呑まれず制御出来た」
俺は猛虎になった事による破壊衝動をなんとか抑え制御し、白虎闘衣・獣人の様を完成させた。光が反射し、鏡の様になって転がっている机に映っている俺は、四肢に鋭い爪と白銀の鎧を纏った姿となっていた。
「ふ、ふ~ん格好良いじゃん。でも俺も強くなってるんだぜ? 喰らえヘッドスピン」
「猛虎正拳突き」
俺は屈んで奴の胴目掛け打ち込んだ。
「今更そんな攻撃? 避けるまでもないわ」
奴は其のまま突っ込んできた。しかし俺の放った衝撃波で奴は吹っ飛ばされた。
「ぐは、馬鹿な雑魚に使うような技だぞ。何故俺が吹っ飛ばされる?」
俺はこの姿になった瞬間に、これがどんな力を持ったものか最初から知っていたかのように理解していた。白虎闘衣は肉体強化する技、腕力、防御力、速さが上がり猛虎正拳突きの様な拳圧を衝撃波として飛ばす技の威力を上げる事が出来る。しかし闘気白虎波動のような自身の闘気を飛ばす様な肉体の強さと関係の無い技の威力を上げる事は出来ない。
「今の技でこれ程の威力となれば白虎を召喚するあの技の威力もとんでもない事になってそうだ・・・・・・いいぜ、見せてやる俺の全力」
奴はまた別の煙草に火を点けた。すると奴の体はすさまじいオーラを放ち、赤黒い肌と銀色の髪、伸びた犬歯、瞳が赤く白目が黒くなった鬼神の様な姿となった。
「これぞ俺の最終形態であるFINALギアだ」
「これで互いに奥の手は無し。正真正銘真っ向勝負だ。いくぜ!」
「来な、俺の本気に絶望するがいい、現在の十二支の寅よ!」
奴はそう言うと走りながら俺との距離を詰めてきた。
「猛虎正拳突き!」
「ふん」
俺は猛虎正拳突きを使ったが、奴は側転をして躱しながら近付く。
「猛虎正拳突き!」
「捉えた」
奴は俺の技を側転で悉く躱して、また躱したと思ったらそこから脚に炎を纏わせバク転をして俺の頭部に脚を振り下ろした。
「ぐは」
防御力が上がっているとはいえダメージを負い、脳震盪を起こした。奴は反動を利用して飛び上がり空中で体勢を立て直すと、俺の正面でステップを踏み始めた。俺は正拳突きや前蹴りを見舞うが、奴は腹這いになると上下にうねうね跳ねる様に動き俺が動揺した瞬間に倒立、開脚して片足で蹴りを見舞った。俺は咄嗟に首を後ろに引くがそこから両手を重ねて回って胸に蹴りを浴びせ続けた。そしてまた体勢を戻した。
「ぐっ」
「どうよ、ワームからの倒立からの2000は」
(手を狙うのは無理だ。ならば一か八か賭けに出るしかねぇ)
「猛虎正拳突き!」
「学習しないね。そんなの、へい」
奴は側転して躱して向かってくる。俺は構わず技を繰り出し続けた。
「はい、二発目ド~ン」
奴はまた側転からバク転のコンボを打ってきた。狙い通りに。
「うおー!」
俺は奴の両足が頭部に当たる前に受け止めた。
「やるじゃん。でも俺は人間じゃないからこの体勢から掴んだ手諸共君を持ち上げて、上下に一回転して叩きつける事も出来るんだよ」
「舐めんなよ!」
俺は奴の引っ張る力に抗って踏み止まった。そして奴の両足を片手で持った。
「はあはあ・・・・・・これで逃げらんねぇぞ」
「離せ‼」
「喰らえ猛虎正拳突き‼」
俺は片手で奴の背中にゼロ距離で打ち込みまくった。
「がは、舐めんな。俺は八部衆の乾闥婆なんだ」
握力の無くなってきた手から抜け出し、奴が逆さになりながら俺の方を向き、奴の手に特大の炎が集まっている。俺は四つん這いになり集中する。其れと同時に俺の頭部を包んでいる牙の生えた兜が前にスライドして閉じていく。其の姿はきっと不恰好だが白虎に見えているだろう。
「白虎闘衣・猛虎の様!」
「シネ、煙気炎!」
「うおー」
俺は炎の中に飛び込み突進していく。やがて少しずつだが奴の懐に近付き懐に潜り込めた。其れからは本能のまま爪で胸を切り裂き、片足に噛み付き床に放り投げて胸に突進した。そして獣人の様に戻った。
「人心掌握する・・・・・・其の為に負けられねぇんだよ」
「猛虎双爪」
俺は奴が技を放つ前に両爪に力を溜めて其の胸を両爪で十字を描く様に切り裂いた。
「人々を魅了する心ってどうしたら手に入るんだよ・・・・・・教えろよ」
奴はそう零して大の字になって倒れた。俺は其の顔を見つめた。
「はあはあ、ここね。あの八部衆が居る場所は」
兵頭さんと別れた後、マップに沿って辿り着いた場所は劇場だった。私は入り口から入って行き、客席と廊下を隔てる重い扉を開けた。
「さあ出てきなさい」
「勇ましいですね、烏帽子美紅さん」
「榊刈亜くん・・・・・・あんたの目的は何?」
「私の目的? 目的というよりも行動理念ですね。私は人間が嫌いだ、醜く汚い。そんな人間を消す事が自分の正義であり、其れを貫く事を理念として行動しています」
「悲しくて小さいわね」
「ふふ、まあ確かにあなたの仲間の京也君に、私のマネージャー兼側近の三鷹をあのガールズコレクションの会場の廊下で殺されたのは悲しいですが、小さいとはどういう意味ですか?」
「あんたが今までにどんな経験をしてきたか知らないけど、スケールが小さいのよ。人間はあんたが見た人だけが全部じゃないわ」
「たかが十年と少し生きた小娘が知った口を利きおって。私は貴様よりも多くの人間を見てきた、封印される前から芸能界に入ってからの今に至るまでな。其の中で見た人間は誰もが平気で人を欺き、裏切り、狡い手を使って成り上がっていた。欺いた者は別の誰かに欺かれ、誰かに欺かれた者は他の誰かを欺いて成り上がる。其れが人間ではないか、貴様とて芸能界でそんな輩を何人も見てきたであろう」
「ええ、そうね。私も芸歴は短いけど、どんな手を使ってでも成り上がろうとする人達を一杯見てきたわ。だけどね、其れが全てじゃない。私には支えてくれる人達がいるわ、マネージャーにスタッフ、友達、両親。芸能人とか関係無しに私を一人の同級生として接してくれた友達には『友達になってくれてありがとう』なんて恥ずかしくて言えないけれど感謝してる。誰にも言ってないけど私はあの日、大事な人の居るこの日常を守る為に戦うと決めたのだから。あんたは人間の汚い部分しか見ようとせず、良い部分を見ようとしなかった愚か者よ、私よりも長く生きてる癖になんて悲しい奴なのよ」
「おのれ愚弄するか。ならば其の体私の業火で灰燼に帰してくれる」
「来なさい、あんたの正義打ち砕いて跪かせてあげるわ」
私達は構えた。私は舞台に近付きつつ幾千の羽を出して距離を詰める。奴もまた幾千の紅い羽を出した。そして羽は鶴の形に変わった。
「躱せるか、いけ炎羽鶴」
「天使流星!」
奴の鶴を一羽ずつ潰していくが、潰すので精一杯で攻撃を当てられない。とはいえ奴も様子見だった様で余裕の笑みを浮かべている。
「この程度?」
「そんな訳は無いでしょう、少し遊んだだけです。今からが私の本気だ! 完全体となる、其の姿目に焼き付けて死ねぇ!」
奴は全身を炎で纏い気を放出した。私は舞台まで数mの所で熱風に吹き飛ばされた。私は幾千の羽を後ろに集めクッションを作り衝撃を受け止めた。そして私が思わず閉じた目を開けると、奴の首筋に『迦』の赤い字が反転して浮かび、金色と紅の混じった大きな翼を生やして、全身を翼と同じ色の羽毛で包んだ鳥人の様な姿になっていた。
「(何この威圧感)でも負けるかぁ!」
私は走りながら幾千の羽を出し技を出した。
「天使の羽ばたき!」
「ふん」
「きゃあ」
私の飛ばした羽を奴は翼の羽ばたきで吹き飛ばした。私は堪える事に必死で、吹き飛ばされた羽は次々燃え尽きていった。
「こんなものか」
「なら、天使の戯れ」
私は天使の戯れを使ったが大きな翼で防御されて届かない。今度は幾千の羽を出し、私は天使流星の光線を一点に集めて放った。
「これならどう」
「朱雀の咆哮」
奴は翼から炎を手に集め放ち掻き消した。
「そんな・・・・・・」
「そろそろ終いにするか」
奴はそう呟くと全身を炎で包んだ。
「え」
「喰らえ鳳凰の陣!」
奴はそう叫ぶと私に突っ込んできた。私は咄嗟に羽で壁を作るが突破され、突進されたまま入り口の重い扉に叩きつけられた。頑丈な扉はやがて崩れ私は仰向けに倒れた。直撃はしたがぎりぎり羽で鎧を編んで体に纏ったのでダメージを幾らか軽減し意識は保てている。奴は直ぐに舞台に飛んで戻っていった。
「な、何よ私は負ける訳にはいかないの・・・・・・いかないの‼」
私は立ち上がりそう吠えた。すると私の周りを黒い羽が漂い始めた。
「ははは、これは傑作だ。自分の力に呑みこまれ負の力が目覚めてやがる。黒い羽に鋭い四肢の爪、狂気の面、なんて醜い姿なんだ」
「うるさい、私は負けない、奴を殺してでも勝つんだ‼」
「私の正義の力で浄化してやろう、朱雀の咆哮」
「あー」
奴に向かって飛ばした黒い羽が燃え尽きていく。そして私の体も。
(私は負けたのか、其れにしてもこの黒い羽は何だったんだろう? 其れにしても悔しい。ただ・・・・・・悔しい)
(気持ちをしっかり保つのです)
(誰? 私の声に似てるけど)
(私は十二支の酉。同調した魂を通して呼び掛けています。其れよりもあなたは今新たな力を目覚めさせようとしています)
(新たな力?)
(そう、まず黒い羽はあなたが焦りや憎しみといった負の感情に苛まれた事で現れたもの。しかし其れは悪い事では無いのです。其の感情を制御なさい、そして其の負の感情と同じ位守りたいという想いを溢れさせなさい、其の正と負の感情が丁度同じになった時、さらなる力が覚醒します。頑張りなさい、あと少しです)
(私は守る、其の為に勝つ。だけど奴に人間を信じさせる為にも奴を憎んではいけない。・・・・・・私は奴のプライドをへし折って勝つ‼)
「・・・・・・ん、何だあの光は⁉」
「はぁー」
「私の技を打ち消した、いや何だあの姿は⁉ 白と黒の翼を片翼ずつ生やし、頭部にティアラ、四肢の爪が消えて全身から神々しいオーラを放っている」
「これが私の新たな姿、真説白鳥の湖」
「其れがどうした炎羽鶴達、奴を焼き払え」
「何処を狙っているの?」
「馬鹿な、今私の鶴共が貴様を焼き払って・・・・・・」
奴が驚くのもしょうがなかった。なぜなら焼き払った筈の私が舞台に上がって奴の左隣りに立っているからだ。じつは奴は私の羽の集合したものを私だと思って攻撃していたのだ。
「貴様、何をした?」
「あんたが鶴達を出した瞬間に幻を見せたの。其れが私の技、オディールの眩惑」
「はは、だが距離を詰め継ぎたな。死ね、朱雀の咆哮!」
「オデットの純潔、天使の戯れ!」
「はは、苦し紛れか・・・・・・な、馬鹿な、ぐわぁ」
私の天使の戯れは奴の炎を巻き込み、其の体に襲い掛かった。
「ぐ、威力が多少上がったとはいえ私の炎が負ける訳が・・・・・・」
「教えてあげるわ、私が天使の戯れを使う前に使った技、オデットの純潔は相手の心に働きかけ無意識に力を加減させる技なの。其れで抑えられた朱雀の咆哮を私の威力の上がった天使の戯れが巻き込み、あんたに襲い掛かったって訳」
「おのれ・・・・・・おのれ。ならば最大出力のこの技で一瞬にして息の根を止めてくれるわ。幾ら無意識に加減しても破れまい」
奴はそう言うと白目を剥き凄まじい程の炎で全身を包んでいく。其の熱量に劇場が自然発火していく。オデット、オディールの技は目が合わないと使えない為、最大奥義を使う事にした。
「はぁー」
私は片脚を爪先立ちにして其の場で勢い良く回転する。
「かー、いくぞ。喰らえ、鳳凰の陣‼」
「白鳥達の舞踏会‼」
奴の炎の舞と私の風の舞、互いの舞がぶつかる。そして勢いに負けた互いの羽が羽吹雪となって飛んでいく。
「ぬう」
「はぁ」
「ぬう、私は負けん。正義の為に負けられんのだ!」
「はぁ、負けない。待ってる人の為、負けられないんだ!」
「おおう私の炎が飲み込まれ・・・・・・ぐわ」
「さあ、フィナーレよ」
私はピルエットによる竜巻に奴の炎諸共、其の体を巻き込んで竜巻を真上へと飛ばした。其の竜巻は天井を超え、金、紅、白、黒の羽と共に天高く舞い上がっていった。やがて奴が空から降ってきて舞台を突き抜け、下の床にクレーターを作った。
「ば、馬鹿な私の正義が・・・・・・こんな小娘に・・・・・・」
「壊すよりも守る方が何倍も力を使う、其れだけ守る方が強いっていう事をよく覚えておきなさい」
私は奴に捨て台詞を吐いて舞台から降りた。
「羊毛爆発」
「兎月脚・流星群」
僕は小兎さんと目的地の森に向かっていた。
「羊くんすごいね、あの技。雑魚を一掃してる」
「ありがとうございます・・・・・・小兎さんの技も強いです」
「うふ、ありがとう」
僕の羊毛爆発は羊毛を空中に漂わせ、開いた拳を閉じたら爆発する攻撃技。雑魚を片付ける程には訳無い技である。僕達が雑魚を片付けていきながら神社に着き、鳥居を潜った時
「待っていたわ、十二支」
境内で声を掛けてきたのは鬼羅だった。其の横に国修鬼、後ろに阿国がいる。
「僕達がお前達を倒してやるんだ!」
「そう、あたし達がね」
「二人の言う通り、あなた達にはここで死んで貰う」
二つの青竜刀を持ってボブヘアで空いた口から八重歯を覗かせるハイテンションな国修鬼と、薙刀を持ちトップをお団子にして自信に満ちた表情で見つめてくる鬼羅、其の二人の女の子を従えて両腕を下げて親指を隠して両拳を握りしめた夜会巻きで無表情な阿国が立ちはだかった。
「羊くん、ここは私に任せてあなたは其の先へ」
僕は彼女の言う通り神社を抜けた先の森へ向かおうと、彼女らの脇を通り抜けようとした。すると、
「先には行かせないよ」
鬼羅、国修鬼の得物と阿国のコインが僕に襲い掛かってきた。
「脱兎! からの卯月脚・西昴! さあ、今の内に」
「はい」
僕はただひたすら走った。長い獣道も上り坂も。そして森の先にスペースがあり、そこに居る奴の目の前に辿り着いた。
「やっと二人きりで話せるね、摩睺羅伽」
神主が着るような装束を着て、長い髪を組紐で軽く後ろで縛った、女の子の様な顔の奴は、僕の声を聞いて正座からゆっくり立ち上がった。
「君・・・・・・・は?」
「僕は胡桃羊。君の事は九月に入った頃に僕を襲ってきた君の側近だった御霊から聞いてる」
「御霊・・・・・・うう」
「ごめん・・・・・・あの時は必死で加減も分からなかったから、彼を殺してしまった。けど彼の最期の言葉を聞いて君を助けたいと思ったんだ」
「御霊の最期の言葉?」
「君は争いの無い世界、そして動物達が平和に暮らせる世界を作る為に頑張っているんだってね。争いは嫌い、でも昔に友達を殺した自然を壊した奴を許せない。其の仇討と自身の理念のジレンマを抱えて戦う事を自分だけ生き残ったという罪の償いだと思ってる」
「うん、そうだよ」
「だけどね、もう苦しまなくて良いんだ御霊は『あの方の重荷を下ろしてやって欲しい』と言って僕に想いを託した。僕は君の力になりたい、友達になりたいんだ」
「君は僕の大事な友を殺した・・・・・・そんな奴の言う事なんて聞くもんか、この偽善者め!」
「確かに偽善に見えるかも知れないね、僕は君の大切な人を殺したのだから・・・・・・でも苦しみながら生きる事を罰だなんて思わないで!」
「・・・・・・人間の所為で動物達は住処を失ったり、いなくなったりする。争いだって今も無くならないじゃないか」
「大丈夫、何時か無くなる日が来るよ。世界の国々が法の力で争いを抑制したり自然保護や動物達を守る運動をしたりして少しずつだけど、世界は良い方向に向かっている。人間はね、反省出来る生き物なんだ。だからもう少しだけこの世界の事を信じてあげて」
「でも僕は・・・・・・この世界を壊す為に戦おうと天と約束した。天は僕の仲間だ、だから其の理想を叶える為にも戦わなきゃいけないんだ」
「僕も戦うのは嫌い、でも僕は友達が間違った方向に行く事を見過ごせない、だから君を止める為に戦う。羊毛鈍器!」
僕は手から虹色の大きなハンマーを出すと、横にして奴の脇腹目掛けてスイングした。しかし、
「精霊の壁」
彼はそう呟き精霊達の魂を集め壁にして防御した。そんな彼の左目には『摩』の赤い字が反転して浮かんでいる。
「ああ、蝕喰・・・・・・。怨霊怨縛波!」
「羊毛壁!」
彼が何の変哲も無い木の棒を振ると、数多の死霊達が僕に襲い掛かってきた。僕は慌てて壁を作り防御した。
「君の力も貸して・・・・・・コンチェルト」
彼が両手の手の平を僕に向かって翳すとすさまじい空気圧が発生し、僕に襲い掛かってきた。
「く、羊毛風船‼」
僕は咄嗟に下がりながら技を使って防いだ。
「今の技、美嗚羅の」
僕は動揺し、そう漏らした。
「そう、僕は亡者の魂を取り込み、其の者の技を使ったり、其の魂を木の葉等に憑依させる事で操ったり出来るんだ」
僕はひとまず空中に羊毛を漂わせた。彼は木の葉を二枚撒いた。
「君達・・・・・・頼むよ」
彼がそう呟くと二枚の木の葉に其々ワインレッドのスーツの美男子と豪華なドレスの美女の幻が重なり、僕に向かってきた。
「羊毛結界‼」
僕はすかさず全方向を包む防壁で、双剣とダイヤモンドの様に見える拳を防御した。
「今度は僕も行く、雷麒剣二刀流」
彼は二本の木の棒で防壁に攻撃した。其れは光に包まれた雷の剣。
「くっ、こうなったら羊毛空蝉!」
「いけぇ・・・・・・やった」
「はあはあ・・・・・・残念其れは身代りでした」
彼が僕の羊毛結界を突破し、身代りを攻撃している隙に後ろに回り込み、周りに数多の羊毛を漂わせた。
「これは・・・・・・」
「羊毛爆発」
爆風が彼を襲う。
「この程度じゃ倒せないよ」
彼は全身に軽い火傷を負った状態でそう言った。
「分かってる。次はこれだ、御霊を倒した技、羊毛雨!」
僕は彼の真上に数多の硬化させ、重くなった羊毛を浮かせ、一気に落下させた。しかし、
「精霊の結界」
彼はそう発して全身を包む防壁を張り防御した。
「これで終わりかい? なら本気を出す。みんな僕に力を」
彼がそう発すると周りに数多の魂が現れ彼の体に入っていく。
「僕は亡者達の魂を取り込むことで肉体を強化する事が出来るんだ」
「どうしたら・・・・・・」
「蝕喰、美嗚羅、羽吏敦・・・・・・みんな僕に力を・・・・・・精霊弾!」
すかさず羊毛壁で防御するが、突破され僕に攻撃が直撃した。
「丈夫だね・・・・・・」
「うう、どうしたらいいんだ‼」
僕は羊慰抱波で自身を回復しながらそう叫んだ。
(お困りの様ね、後継くん)
(あなたは?)
(あたし? あたしは十二支の未。魂通して話し掛けてんの)
(はあ・・・・・・)
(まあ、あんたを強くする技を色々教えてあげる事は出来るけど・・・・・・多分今あんたが求めてるものとは違うんだよね? だから一つ助言を)
(助言? 何ですか?)
(其れはね、あんたの想いを強く信じる事。あんたは慈愛に溢れた人よ、だから同じ力を持ってる筈なのに、あたしと全然違って防御や回復の技ばかり強くて攻撃は弱い。大丈夫あんたならあいつとの戦いを終わらせられるわ、其れじゃ頑張ってね~)
「強く信じる。僕は君を止めたい・・・・・・君を、助けたい」
「おお、彼の体からすごい光が・・・・・・何が起こるんだ」
「ふぅ、羊の王子様」
「な、なんだ薄ピンク色の羊の角が生えただけじゃないか、驚かして。今度こそ回復出来ぬように即死させる、みんな、お願い!」
彼はさっきよりも多くの亡者を呼び出した。そしてまた魂を弾丸にして飛ばす精霊弾を撃ってきた。
「羊慰壁」
僕はそう言い、薄茶色の壁を作った。
「どうだ、これで終わりだ・・・・・・え?」
彼は驚いていた。無理も無かった。彼の攻撃は全て壁に当たると消えていったからだ。
「どうして?」
「教えてあげる。僕の羊慰壁は攻撃を防ぐのではなく、無力化する壁。たとえ雷麒剣二刀流でも壁に触れたらただの木の棒に戻るよ」
「コンチェルト!」」
「羊慰波動」
「空気圧が消えていく・・・・・・うわ、なんだ? 何ともない」
「君のコンチェルトにぶつけた羊慰波動もまた無力化の技。だけどこれは相手に当たってもダメージを与えられない」
「戦う気はあるの?」
「無いよ」
「でもこっちにはある」
彼はまた数多の木の葉を撒いて魂を憑依させ、戦おうとしていた。
「もう止めよう・・・・・・摩睺羅伽。羊慰雨」
僕は薄茶色の大きな球を空中に飛ばし、程好い高さで破裂させた。
「なんだ、憑依させた魂が消えていき、僕も力が抜けてきた」
僕のこの技は癒しの波動を封じ込めた球を打ち上げ破裂させ、波動の雨を降らせ、其の中に居る者の戦意や力を奪う技。
「弱い僕じゃ君には勝てない、でも戦いを終わらせる事は出来る」
「でも僕は天と約束したんだ! 天と・・・・・・」
「大丈夫、僕の仲間が世界を壊すのを止めるよう説得してくれている。だから・・・・・・もう何も苦しまなくていい、戦わなくていいんだ」
「・・・・・・信用出来るのか?」
「じゃあ、これから一緒に確認しに行こう。肩貸すよ、摩睺羅伽」
「あ、ありがとう・・・・・・未、いや羊。僕の・・・・・・友達」
「どうしたの? お姉さん、僕達はまだまだいくよ!」
「あたし達の力の前に防戦一方じゃない」
「二人とも、休む暇も無く追い詰めろ」
「はあはあ、炎の薙刀、氷の青竜刀、風の弾丸・・・・・・」
あたしは羊くんを逃がした後、三対一の状況の中、なんとか頑張っていた。前方の二人の攻撃を避けつつどっちか一人を攻撃しようとしたら、もう一人が向かってき、後方の阿国は指弾で攻撃してくる。阿国を攻撃しに行っても、背後から二人が襲ってくる。現状、二人の攻撃を避けながら指弾を蹴りで弾くという状況で、体力的に長期戦は不利だと感じている。
「このままだとジリ貧ね、なら」
あたしは三人に囲まれる感じで間に入った。
「何、あたし達に敵わないと思って観念したの?」
「そうよ、あたしの負けだわ」
あたしはそう言ってみせる。阿国はそれを冷静に見ている。
「やった~、僕達の勝ち。其れじゃ遠慮なく一気にいこうよ鬼羅」
「そうね、じゃあせーのでやりましょう」
「せーの」
「なんちゃって」
「うわ、いったー。もう何やってんだよ、鬼羅!」
「国修鬼こそ危ないじゃない!」
あたしは絶妙なタイミングで飛び上がり、二人を同士討ちにして阿国が下から撃ってきた指弾を弾きながら神社の屋根に飛び移った。そして屋根から飛び降りると森の方向へ進み、狭い獣道を後ろ向きに歩いた。すると国修鬼を先頭にして一列になって追い掛けてきた。国修鬼は同士討ちになった時に、鬼羅の薙刀の刃が脇腹に刺さったようで少しよろめいている。
「こんな所通って、さっき逃がした奴に助けを求めようとしても無駄だからね。僕達がここで倒してやる」
国修鬼の目が血走っている。これはいけると感じた。
「喰らえ!」
「もう少し考える必要があったね、国修鬼、鬼羅。はぁ!」
あたしは双剣を躱しながら屈み左足を軸足に一回転しながら右足で国修鬼の両足を払って横に浮かせたら、回転しながら軸足で立ち上がり、右脚の横蹴りで国修鬼の腹を勢い良く蹴り飛ばした。国修鬼は後ろの鬼羅にぶつかり一緒に吹っ飛び、其の二人を阿国が受け止め、道にできた靴の後を辿っていくと神社の後ろの壁で踏み止まっていた。
「何やってんのよ、国修鬼」
「あいつの所為だよ、鬼羅」
「二人共好い加減に・・・・・・不味い。離れろ、国修鬼!」
「この機を逃す訳にはいかない。兎月脚・無間西昴!」
あたしは一瞬で上段、中段、下段の蹴りを左足で幾万と喰らわした。其の勢いのまま三人は神社の壁を突き抜け境内まで吹っ飛んだ。あたしも直ぐにできた道を通り抜け、三人の方へ向かった。そこには気絶した国修鬼が倒れていた。
「やるじゃんあんた、でもあたしは倒せないわ」
鬼羅は薙刀を振るって、阿国は指弾を撃ってくる。あたしは指弾を弾き、薙刀を避け、阿国が指弾を撃てないよう鬼羅と阿国が一直線に並ぶように動きながら鬼羅の目の前で立ち止まった。
「どう、鬼羅。これだけ近くに居たら其の長物は振るえない」
「おのれ」
「兎月脚・無間東昴!」
あたしは鬼羅に右足で西昴と同じように蹴りを放つ。しかし両手で得物を持って防ぐので途中、宙返りしながら蹴る技であるサマーソルトキックで得物を空中に飛ばしてから続きを喰らわした。そして鬼羅も気絶して後ろに倒れた。
「残るはあなたね」
「ふん、好い気になるな、私の指弾を弾くので精一杯じゃないか」
「確かに、でも遠距離攻撃が出来るのはあなただけじゃないよ」
あたしはそう言って片足を引き、体を横にすると構えた。
「何をする気か知らんが受けてみろ」
「兎月脚・流星群」
あたしは阿国の指弾を弾くと、西昴のように蹴りを放った。阿国からは10m程離れた距離からだ。でも問題は無い。この技は球の様になった衝撃波を蹴りと共に撃つ技だからだ。
「ぐ、な、見えない弾が私を襲う・・・・・・指弾で捌ききれない・・・・・・がは」
捌ききれなかった球が阿国に命中し、やがて阿国の体に無数のバレーボールでも当てられた様な痕ができて、阿国もよろよろし始めた。
「あたしの勝ちね。もう世界を壊すのは止めて降参して」
「まさか本当の姿を見せる時が来るとは――おいお前達起きろ」
阿国は指弾を気絶した二人に撃ち込んだ。すると二人がよろめきながら立ち上がった。
「もうあなた達には戦う力は残ってないわ」
「勝手に決めるな・・・・・・卯。私達、いや私の本気を舐めるな‼ 融合」
阿国が叫び、三人は背中を重ねた。すると三人の傷が治っていき、三人は合体し、一人いや一神となった。
「これぞ私の真の姿。八部衆阿修羅よ」
阿国だった者は三つの顔に六本の腕を持ち、胸に『阿』の赤い字が反転して浮かんでいる真の姿となった。
(ただ三人が融合しただけじゃない、今の方が明らかに三人を相手にして戦うよりも手強いと分かる)
「私は差別や偏見のある世界の破壊を成し遂げてみせる。あの方の為に」
「あの方って、天の事?」
「そうだ。あの方は遥か昔、生まれながら溢れる破壊衝動、殺意に苛まれ苦しんでいた私の殺意を止め、抑え方を教えてくれた。あの方が今も当時の理念を持って行動するならば、是が非でも叶えたいと考えている。其れが私の全てだ‼」
「天に恋、しているの?」
「馬鹿な⁉ ただ恩を感じ、傍に居たいだけだ」
「恋してるんだね」
「私は恋なんて・・・・・・したことない」
「愛しい人の為なら何でも出来るっていう気持ちは分かるよ? でも何でもしちゃダメな場合もあるの。好きな人が間違った方向へ行かないように支えてあげるのも其の人を想えばこその行動」
「お前に何が分かる!」
「分かるよ、だってあたしも彼氏がいるからあなたの気持ちが分かる。そして其の彼氏はきっとあなたの想い人を救う為に戦っている」
「・・・・・・私はあの方の望みを叶えたいんだ、其の為にお前を殺す‼」
(文人くんもきっとシエルを止める為に頑張っているよね。だったらあたしも頑張らなきゃ、あのお兄ちゃんとも分かり合えたあなたの姿を見てきたあたしだもん、きっと出来る・・・・・・必ず!)
「阿修羅、あなたが間違った道を進むのを止める為に戦う!」
「やってみろ」
あたしは彼女との距離を詰めて
「いけぇ。打打打打打打打・・・・・・‼」
兎月脚・無間西昴を浴びせるが、六本の腕で悉く受け止められた。
「そこまでだ」
彼女の腕の一本に左脚を掴まれてしまった。振り解こうとしても解けない。
「武器はカモフラージュ・・・・・・いくぞ返しだ、無間地獄突き」
彼女は左右に生えている腕一本ずつで、防御する為に交差した腕を掴み開かせて、肩や腹、胸等を残りの一本ずつ残った氷の腕、風の腕、炎の腕で突き続けた。もうこのまま殺されると感じたが、徐々に体を支えている片足が疲れてきて遂にバランスを崩した。すると彼女も少し上体が引っ張られて少し前のめりになった。あたしは其の一瞬で疲れた片足でサマーソルトキックを放ち、彼女の顎を蹴り上げた。其の瞬間掴まれた腕の力が弱まり解け、一回転後、あたしは後ろに下がった。
「舐めた真似を」
「はあはあ・・・・・・・兎月鈴・・・・・・・危なかった」
あたしは体を回復させる技の兎月鈴で、少し体を回復させながら彼女を見据える。彼女は怒りと蔑みの合わさった様な表情をしている。
「畳みかけてやる。修羅三面弾!」
「と、兎月脚・流星群」
彼女の腕から放たれる炎氷風の3種の弾丸をひたすら衝撃波で掻き消すが、ダメージで目が霞んで狙いが上手く定められなくなった。そして弾丸は次々とあたしに命中しあたしは前のめりに倒れた。
(あたしには無理なのかな・・・・・・)
(お姉ちゃんだらしないな、其れでも僕の後継なの?)
(あたしの心の声? でも後継って・・・・・・)
(僕は魂の同調を通して話している十二支の卯。ていうか其れより寝るのは早いでしょ? いいから立って、僕の力使って、詠んでみて)
(幻聴でも何でもいい、今の状況を好転出来るなら)
「夜もすがら 卯の影映す 名月を 彼も見てると 想い膨らむ」
あたしはよろめきながら立ち上がると静かに詠んでみた。すると体が光に包まれ力が漲る感じがした。そしてまもなく光の渦が止んだ。
「これがあたしの新たな力、兎月ノ命」
「多少、見た目が変わったようだが・・・・・・其の大きく垂れたうさ耳と額の赤い二つの斑点と、四肢の薄ピンクのファーが何の役に立つ」
「うん? 極・脱兎!」
「何?」
あたしは彼女の修羅三面弾を全て避けきった。其れは脱兎よりも素早くなれる極・脱兎を使ったからだけではなかった。彼女の心の声が聴こえ、何をどうするかも分かったからだ。
「もう多分あなたの攻撃は当たらないよ、降参した方が良い」
「ふん、舐めるな。これはどうだ!」
(修羅三面波動・・・・・・さっきの三種の攻撃を波動にして放つ技ね。狙いはそこで、避けて反撃するには・・・・・・こうか)
「喰らえ、修羅三面波動!」
「兎月脚・一等星」
あたしは波動が放たれる前に飛び上がると、さっきよりも強い衝撃波の球を一発正面の顔目掛け撃ち込むと、空中で仰向けになり、波動がぎりぎり躱せる位の絶妙なタイミングで地面に背中から倒れた。背中を強く打つと思ったが四肢のファーがクッションとなり背中は痛めなかった。
「チッ」
(球を中心の二本の腕から放つ風の弾で掻き消し、残りの腕であたしに波動攻撃か・・・・・・其れじゃ躱せそうだね)
あたしは直ぐに立ち上がると波動攻撃を避けながら彼女に向かって走っていく。
「油断したな、これならどうだ」
彼女は球を片付けると瞬時にあたしの方を向き、目の前で風の波動を放ってきた。しかし其の声も聴こえていたので、当たる直前にスライディングして右脚の脛を蹴った。
「ぎゃあ」
あたしはさらに反動を付けずに後転倒立をして顎を蹴り上げ、彼女の正面に立った。
「お、おのれ・・・・・・おのれ!」
「もう止めようよ」
「うるさい・・・・・・うるさい‼」
彼女は逆上して炎、氷、風で其々作った薙刀、双剣、トンファー二つを出すと無茶苦茶に振り回してきた。あたしは其れを躱しながら片足を引っ掛けてバランスを崩し、兎月脚・無間西昴を見舞った。そして大人しくなった位で止めた。彼女は白目を剥きながらも立っていた。
「だからもう止めようよ」
「うるさい、うるさい・・・・・・グルルル、コロス、ハカイスル‼」
彼女は急に雰囲気が変わると無茶苦茶に襲ってきた。心の声もただ『破壊する』と『殺す』の二言しか聴こえない。しかし動きは単調な為、見切る事は出来た。
(これがきっと殺意と破壊衝動なんだ。だったら)
「お願い、目を覚まして! この衝動に負けないで! あなたは抑え方を教わったんでしょ? そんな姿、愛しい人に見せて良いの?」
「ガガガ・・・・・・かぁー。はあはあ、う」
彼女は力を振り絞り衝動を抑えた。そして前のめりに倒れた。あたしには好きな人に恥ずかしいところを見せたくないという女性の意地に見えた。そしてあたしはしゃがむと奴の背中に手を翳した。
「おい、俺の足を引っ張んなよ」
「善処します」
俺は鏡とかいう奴と行動を共にし、雑魚を片付けていた。そんな中、
「やあ」
「少年?」
夜叉が話し掛けてきて、鏡が驚いている。
「おい鏡、悪いがあいつは俺の獲物だ。邪魔したら殺す」
「良いですよ、俺もこの先で待っている奴と戦わなければいけないのでね。ここでお別れです」
「じゃあね~、羅刹とよろしく・・・・・・さて」
鏡が走り去り、俺は夜叉と見慣れた河川敷に二人きりになった。
「よお、夜叉。テメェの弟子が会いに来てやったぜ」
「京也、やっぱ笑って寝て暮らせる世界の創造を邪魔する気かい」
「ああ、世界を壊してまで作るって事なら邪魔するしかねぇ」
「そうかい・・・・・・なら僕を邪魔出来る位強くなったか見てやるよ。元師匠最後の稽古だ!」
俺と夜叉は後ろに下がった。
「まずはこいつらだ・・・・・・そして妖魔合身」
奴は魔方陣から五体の悪堕人を呼び出し合体させ、一体の魔物を作った。俺も魔方陣から頼れる仲間を呼び出した。
「驚いた? 僕は二体以上の生物を一体に合体させる事が出来るんだ。前に美嗚羅と羽吏敦を合体させたのも僕なんだ、すごいでしょ」
そう自慢する奴の舌には、『夜』の赤い字が反転して浮かんでいる。
「ふん、向かい討て! ケルベロス、フェンリル、オルトロス」
魔物は力こそ強いが、知能が低く、三匹にあっという間に倒された。
「じゃあ十体・・・・・・やれ!」
次の魔物もあっという間に倒された。今度は百体を合体させたが炎の息吹のケルベロスと氷の息吹のフェンリル、毒の牙、爪、息吹のオルトロスのチームワークによって倒された。
「クソ、何で? どうして僕の下僕が負けるんだ・・・・・・次は更に・・・・・・」
「何体合体させても同じだ。心も通ってない、下僕なんて呼んでいる奴じゃ俺の仲間達を倒す事は出来ねぇよ。(まあ・・・・・・あいつのおかげで其れに気付いて強くなれたんだけどな)」
「クソ!」
「今度はテメェ自ら来いよ」
「言うじゃん。だったら其の仲間諸共相手してやるよ」
奴はそう言うと構えもせず宙に浮き始めた。しかし無防備に見えて隙は感じない。俺は仲間を横一列に並べて一斉攻撃しようと考えた。一瞬の間ができ、風が俺達の体を撫でていく音だけが聞こえる。
「喰らえ‼」
一斉に三体の息吹を見舞った。奴との距離も30m程でいけると思った。しかし攻撃は奴に当たる手前で止まっている。まるで見えない壁によって弾かれている様に。
「く、お前ら突っ込め」
俺は仲間達にそう指示し、突っ込んでいったが、奴が手を翳すと三匹は手前で弾かれて倒れた。
「まだだ」
奴が片手を翳し挙げると三匹は宙に浮き、四肢をバタつかせている。
「喰らえ、空間殺法」
奴は素早く空中を移動し、三匹に擦れ違いざまに斬る様な手刀を何発も浴びせると元の位置に戻り、三匹を地面に落とした。
「何だ、今の攻撃は」
「驚いたかい。僕は空間を操る力と念動力や瞬間移動、空中浮遊が使えるのさ」
俺が振り返ると後ろに立っていた。どうやら奴は瞬間移動してきたようだ。俺は構えるが奴は俺を宙に浮かせてもう片方の手を手刀の様な形にしたら手首を素早く動かした。俺は其の動きの通り宙で斬られている様なダメージを受けた。やがて地面に叩きつけられた。
「いやぁ、遠くからでも空間を使って相手を斬る事は出来るけど、一人相手にしか使えないんだよね。だから多数には僕自ら動いて手刀で斬る空間殺法を使うしかないんだよね、疲れるから嫌だけど」
奴は飄々と言って俺を見下ろす。
「舐めんなよ・・・・・・」
俺はよろめきながら立ち上がると月下の仮面舞踏会を喰らわす姿勢をとった。
「めんどくさいな・・・・・・ほら」
「うわ」
奴は俺を宙に浮かせた。
「そらそら」
奴は宙に浮いた俺を上下左右に振り回してみせた。
「へへ、これで君を盾にしたら後ろのお友達も手出し出来ないね。其れに・・・・・・こうすれば」
奴は俺を道具の様に振り回して三匹にぶつけた。
「ギャン」
「いっつ」
「ほらほら、ははは」
「クッソ」
「ふう、さて少し休憩」
奴はそう言うと俺を自分の目の前に浮かせた。どうやら壁にするようだ。すると三匹が突然俺達に向かって走り出した。
「ガウー」
「何するか知らないけど、君達の主人は僕の盾になっているんだよ? 攻撃も出来ないだろう」
「お前ら・・・・・・信じるぜ」
三匹は俺に飛び掛かった。
「はは、裏切りか? いいぞ、やれやれ!」
「なるほど、いいぜ、遠慮せず行け!」
三匹は俺の肩、頭を踏み台にして飛んだ。
「ええ⁉」
「ふん、俺の仲間を舐めるな」
三匹は空中で奴に炎の息吹、氷の息吹、毒の息吹を吐いた。
「ぎゃあ」
奴は断末魔を上げ、三匹は着地し、俺は足から落下した。
「僕を本気で怒らせたな!」
そう発すると奴の額の目が開いた。すると額の目が見つめただけで、手を翳していないのに三匹は宙に浮いた。
「まずはこいつらを君の目の前で殺してやる。死ね!」
奴が手を翳すとバチバチという音と共に三匹は見えない打撃を受けている様に宙で苦しんでいる。
「止めろ! ぐわ」
「あははは」
俺は奴に突っ込んでいくが、念動力で吹き飛ばされる。
「もう良いかな・・・・・・そら」
奴はそう満足げに言うと俺の前に三匹を飛ばした。
「お前ら・・・・・・」
「次は君だ、死ね!」
50m程離れた所から奴が右手を手刀の形にして横一文字に大きく振るのが見えた。
「お前ら、俺から離れろ!」
俺は力一杯叫んだが、仲間達は俺の命令を無視して俺に密着した。
「おや、涙ぐましいね」
仲間達は俺の盾になって奴の空間を斬る技を体に受けて大量の血を流していた。
「馬鹿野郎共。何で逃げなかった、俺の命令だぞ」
「く、くーん」
仲間達は弱々しい声で鳴いた。もう助からないと俺は感じた。俺は悔しさで泣いた。久しぶりの涙だった。
「大丈夫、直ぐにお友達の所に連れてってあげる」
「夜叉よ、テメェは昔の俺だ、慕ってくれる奴の事も考えず、自分の好きな奴以外どうなろうが構わない。だからテメェは麒麟児が殺されようが、前の側近が殺されようが歯牙にもかけないって面してやがった。でも俺はあの馬鹿の所為で目が覚めた。そんなテメェに理想よりも大事なもんがある事を其の体に教えてやる、其れが元側近としての最初で最後の仕事だ」
「へー、生意気だね。僕に指一本触れられない癖に」
「テメェに見せてやるよ。元祖十二支の戌が編み出しながらも使う事が出来なかった力を。狂犬・縛!」
俺は力を高めた。すると体が部分的に光り、重くなるのを感じた。
「はは、手錠に足枷、首輪を付けて何しようってんだい?」
(本当にやるのか? 私も編み出しながら使えなかった其の力を)
(当たり前だ、俺はテメェと違って天才なんだよ)
「いくぜ、狂犬・解! そしてお前らありがとうな・・・・・・これからは俺の力となって生きろ、妖魔合身!」
俺は全身の力を一気に解放した。俺は一瞬気を失いそうになりながら耐え抜き、限界の先の世界を見た気がした。
「何だよ、其の姿。手錠とかが付いてた場所から煙みたいなオーラが出てるし、右腕に巻き付いている鎖の先の三つの大きな口は何?」
「絆が生みだした武器、BOND OF A FANGSだ」
「へえ、死ね! ・・・・・・てあれ?」
「遅い!」
俺は奴が念動力を使う前に奴の懐に潜り込み、一発拳を振るった。
「ぐふ、瞬間移動?」
「違うな、俺は目に留まらない程の速さで動いているだけだ。テメェの技は俺を目で捉えられないと使えない、もう詰みだぜ」
俺は攻撃後、少し距離を取り、奴の目に留まらない速さで動き回った。また奴は思った通りかなりダメージを受けている。奴は近距離で戦う必要が無い為、体の耐久性が低いのだ。
「くぅ、なら・・・・・・オラァ!」
「はは、やっぱり空間に張ったバリアを壊して中に入ってくると思った。そして・・・・・・よし、捉えた」
「頼む、お前ら」
俺は空中で三つの口をけしかけた。
「はは、そんなもん僕の念動力で・・・・・・ってあれ、えいえい、どうして僕の力が効かないんだよ。ぎゃあ」
三本の鎖が奴の体に巻き付き三つの炎、氷、毒の口は其々左肩、右肩、首を噛んでいる。奴は必死に剥がそうとしている。
「こいつらは何があってもテメェを離さない、そういう意思を持っているからな。お前ら持ち堪えてくれ、いくぜ、音波動犬拳よりも強力になった俺の最大奥義、音波動狼拳‼」
俺はそう叫び、左手で奴の胸にすさまじい空気の波動を飛ばした。放った後に鎖を引き、口達を剥がし。奴は白目を剥いたまま膝を突いて虚空を見ていた。俺は其の姿に背を向けた。
「ふん・・・・・・俺も甘くなったもんだぜ」
俺は静かに呟く。
「待ち兼ねたぞ、午」
「羅刹・・・・・・」
俺が辿り着いた場所は、もう何年も誰も住んでいないと思われて、手入れが行き届いていない日本家屋だった。そこに赤い総髪の髪に角を二本生やした、白い面で瞳が赤く白目が黒い羅刹が待っていた。
「何時ぞやは天によって邪魔されたが、今こそ死合おうぞ」
「貴様は何の為に剣を振るう」
「決まっておろう、手練れと死合う為ぞ。より強き者と死合いたい、其れが剣士の本音であろう」
「其れはこんな事をしてでも叶えたい望みか?」
「貴様と死合う事さえ出来れば、我にとって世界を壊す事などどうでも良い。さあ来い、語るには飽いた」
「そうか・・・・・・ならばこちらも疾風迅雷の剣にて参らん」
「――勝負!」
少々の間の後、互いにそう叫んで後ろに下がった。
「(まずは試してみるか)我、貴様に問う。三千世界とは?」
俺は居合の構えをし、奴に問うた。
「ふん、愚問だな。其の解は『仏の手中』」
「正解だ(やはり羅刹は答えられたか。俺の一撃必殺の奥義『大見解』はこの問いに答えられなかった者を、目にも留まらぬ速さで斬り捨てる奥義、だが答えられれば失敗する)」
「そんな簡単な問答をしてくるとは貴様、我を嬲るか!」
奴はそう叫ぶと居合の構えで走ってきた。俺は向かい討ちそして刹那、互いの居合の剣は火花を散らしぶつかり、少々鍔迫り合った後、後ろに互いに跳んだ。
「どうやら互角のようだな、羅刹」
「否、其れは我が真の力を使っておらぬからだ。はぁー、臨・兵・闘・者・皆・陳・裂・在・前!」
奴は九字切りをすると全身の筋肉が発達していき上半身をはだけ、髪は黒髪の乱れ髪、赤黒い肌でさらに伸びた角を持った姿となった。
「すごい気迫だ、けど俺も父上から受け取った家宝、影切に懸けて負ける訳にはいかない。冬馬一刀流奥義雪刃花!」
俺は地面に幾つもの氷の刃を生やし、冬馬一刀流奥義水鏡に繋げて少しずつ移動する。
「ほう、我に同じ手を使おうとは片腹痛い。無双刹刃花!」
「な!」
奴もまた地面に得物を突き刺し、幾つもの刃を生やした。
「見えた・・・・・・そこか!」
「くっ」
俺は振り遅れ力負けし、刀身を重ね合ったまま押し倒された。
「くくく、散華せよ」
奴は血走った目で、刃を押し倒した俺の喉元に近づける。俺は必死に耐える。そんな中、烏帽子さんの顔が浮かび、俺は彼女から貰った指輪を付けた左手で奴の刀の刃を握り、血塗れの左手でこう思った。
(俺はまだ死ねない)
と、すると左手の指輪が光と共に刀へと変化した。
「何、刀が二本⁉」
「いやぁ!」
「ぬわ」
俺は二本の刀で奴を押し返し、立ち上がった。
(ありがとう・・・・・・烏帽子さん)
変化した刀は柄が羽毛に覆われ、鍔には三日月が描かれた氷の刀だった。俺はこの刀を『深翼』と今名付けた。
(俺の後継、冬馬よ)
(後継? 元祖十二支の午か)
(そうだ、そして貴様は俺の能力である武器を生み出す能力を持っている。其の能力は金属を自分が創造した武器にする力だ)
(其れだけではないだろう? 俺はどうすれば強くなれる?)
(流石だ、だが互角に戦える力量になるだけ・・・・・・いや、より強くなれるかもしれん。貴様も九字切りをせよ。但し一つの文字につき、一つ守りたいものを思い浮かべよ、そうすれば奴を超えられる)
俺は深呼吸し、気持ちを整えた。
「臨(家族)・兵(友)・闘(仲間)・者(街の人)・皆(世界)・陳(正義)・裂(志)・在(未来)・前(烏帽子さん)!」
俺が唱えた時、体が光り輝いた。
「ほう、貴様も我の様に鬼へと変わるか・・・・・・良かろう死合おうぞ」
「ふう、清らかな気分だ。これが俺の力、不動慈愛明王」
「む、鬼に堕ちておらぬ・・・・・・この半端者が失望させおって」
俺はふと氷の刃に映る自分の姿を見た。赤い羽織と鉢巻を身に付け、後ろには臨、兵、闘、者、皆、陳、裂、在、前の文字の玉が曼荼羅の様に回りながら浮かんでいる。
「いくぞ、冬馬二刀流奥義凍刃花想」
「洒落臭いわ!」
奴は周りを斬りながら俺の本体を探す。俺のこの技は雪刃花を強力にしただけ、そして其の先にある氷人形も奴は気付いていた。だが、
はあはあ、何だ? 我の体の動きが悪く・・・・・・羽?」
奴の体に羽が当たると其れはシャーベット状の氷に変わり、奴の体を凍らしていく。これは深翼の能力で氷の羽を雪の様に降らせる事が出来る。これは刀を振らなくても何か深翼を使う技であれば可能なのである。
「たあ!」
「こんなもので我は止められぬぞ!」
奴は氷を払い、俺の二刀流を受け止めた。しかし舞った羽でまた凍り付いていく。
「投了の宣告だ、最早貴様に俺を倒す手は無い」
「其れはどうかな?」
奴は俺の二刀の刃を無理矢理横から素手で握った。
「な!」
「これで戦況は逆転した・・・・・・ぬぉ!」
奴は持っている刀で無防備となった俺の胴を横一文字に払い、30m程離れた。
「ぐわ」
「はあはあ・・・・・・貴様に勝つ為なら手の一本などくれてやる」
俺はさっき奴の刃を握った左手に加え、胴も深く斬られ、かなり不味い状況となった。俺は思わず膝を突き、だんだん呼吸するのが辛くなってきた。
(はあはあ・・・・・・今のは不味い、動く事も出来そうにない。これは賭けに出るしかない)
俺は立ち上がった。そして、
「冬馬二刀流奥義凍刃花想‼」
と叫んで幾千の氷の刃を生やした。
「どうやら我の勝ちのようだ、我には其の技の弱点が分かる。其の技は刀を地に刺す事から其の間、刀を振る事が出来ないし、其の場から動けない。仮に刀を引き抜いて氷人形を身代りにしても、やはり氷の刃が消えないようにギリギリで避けることになり、あまり遠くには移動出来ない。ましてかなりの深手を負っている今、氷人形を作る元気も無く其の場から動く事も出来まい」
「捉えた! 何?」
俺は影切を其の場に突き刺して技を継続し、氷の刃に隠れながら奴が影切に近付く瞬間に後ろに回っていた。
「いーや!」
俺は奴が俺に気付いた位のタイミングで刀を握っている右手を逆袈裟に斬り、刀を落とし、奴が振り返って正面を向いたタイミングで最大奥義の剣技を二の太刀として胴に振るった。
「冬馬一刀流最大奥義巡り輪廻‼」
「ぐは・・・・・・何だ、この風景は⁉ 今から昔、我が生まれた瞬間、様々な我の思い出が浮かんでは消えを繰り返すではないか」
俺の最大奥義巡り輪廻は本気で使えば斬った相手に走馬灯、さらには前世まで見せて安らかに殺す奥義だ。奴は今甘い夢を見ながら死んでいくことだろう。
「さらばだ・・・・・・羅刹」
「我よりも強き者に殺される事こそ我が本願。悔いは無い」
「死に向かって振る現在しか知らぬ刀か・・・・・・其れじゃ生きて未来を見る為に振る俺の刀では勝てんな・・・・・・。しょうがない引き返せぬ所まで行く前に戻して・・・・・・や・・・・・・る・・・・・・か」
俺は深翼を指輪に戻してはめ、よろめきながら奴を戻す技を使った。
「冬馬一刀流奥義現世返し‼」
「龍の波動!」
「チャーム・キッス!」
「重力牛圧!」
俺は丹沢さんと蛇喰と涅槃市の外れの方で龍神会と傲血会の構成員、其の他の悪堕人と交戦していた。
「俺はこの先の寺」
「私はどうしましょ」
「蛇喰、お前は埠頭へ行ってくれ、俺は残りの方へ行く」
「分かりました、寛治」
俺達はしばらく共闘し、まず先に蛇喰が別れた。
「其れでは皆さん、無事で」
そう彼女は言って走っていった。次は俺が別れた。
「其れでは丹沢さん、失礼します!」
そう発して目的地に向かった。
「ここが目的地、教会か」
俺はそう呟き閑静な住宅街に在る教会の中に入った。近くの長椅子、祭壇と目を移していく中、祭壇の右横の長椅子に人影が見えた。
「おーい、そこのお前」
俺が其の人影に呼び掛けるとそいつは
「やっぱり来たか、十二支」
と答え立ち上がり歩くと祭壇の前に立った。そいつはガールズコレクションで歌っていた歌手、KINNAこと緊那羅だった。
「お前だったか」
「よろしく、寛治さん。以前美嗚羅と羽吏敦が世話になったようで」
奴は穏やかにそう言った。
「まずお前の目的を聞かせてくれないか?」
「目的・・・・・・其の前にこのステンドグラス綺麗だと思わないか?」
「ステンドグラス?」
俺は奴の思いがけない問い掛けに一瞬戸惑い、祭壇の上のステンドグラスを見た。昇り始めた太陽が水面に反射して、輝いている海の浅瀬で、ロザリオの鎖を咥える天馬の頭を、少女が撫でている絵だった。
「確かに綺麗だな」
俺がそう発して奴を見ると、奴はくすりと笑って俺の方を向いた。
「ああ、とても綺麗だ、人間はこんな美しい作品を生み出す事が出来る。だけど人間はそんな芸術を楽しむ余裕を持ち合わせていない。其れを僕はとても悲しく思う」
「緊那羅・・・・・・お前」
「そうそう、僕の目的だったね。其れは落ち着いて芸術を楽しむ余裕のある世界の創造。其の為に世界を作り変える」
「なるほど、良い目的だ。俺も協力させて貰うよ」
「そうか、君は話せる人で良かった」
「だが今の世界を壊してからどう作り変えるつもりなんだ?」
「其れは・・・・・・まず芸術を楽しめる人間を残し、法も変えて・・・・・・」
「法を変える? どのようにしてどのような法を作る気だ。そして芸術を楽しめる人間の定義とは?」
「各国を束ね一つの国とし、芸術を楽しむ時間を一日に数時間作る事を義務付ける、其れを犯した者には罰則を設けてね。そして芸術を楽しめる人間の定義は一つの作品に対し、僕と同じ解釈の出来る優れたセンスを持つ者だ」
「今の世界では叶えられないのか?」
「ああ、現状は心動かされるかより、知名度を取る奴しかいない」
「そうか・・・・・・つまりお前は世界征服をして、己が好む人間、己に都合が良い法律だけが存在する世界を作りたいだけなのか。横暴だな」
「ち、違う」
「俺も芸術の事はよく分からんが、絵も曲も人其々の解釈があると思う。俺にとって元気が出る曲でも部活仲間にとっては、暑苦しい疲れる曲になっちまうからな。そして芸術は無理矢理鑑賞させるものではないと思う、其れは芸術を楽しむ事にはならない、独り善がりだ」
「僕の理想を独り善がりだと!」
「お前が落ち着いて芸術を楽しむ余裕のある世界を作るという目標には協力してやる。だが自分の理想を押し付けてまで貫く信念なんてありはしない、ありはしなかった」
「影響力のある僕が導いてやらなきゃ、廃れる一方なんだよ」
「其れは力を持っている奴の傲慢だ」
「せっかく話せる奴に会えたと思ったのに・・・・・・残念だ」
奴はそう言うと息を吸い込んだ。其の時右目の下に反転した『緊』の赤い字が浮かんだ。
「来るか」
俺は身構えた。
「天馬舞う夜 一人立つ 天使の声に絆されて・・・・・・」
奴が歌うと其の声がすさまじい空気圧となって襲い掛かってきた。
「ぐ、重力牛二頭斧!」
俺は進化して重力を纏った斧でガードするが、防ぐのがやっとだった。
「どうだい僕の詩、天馬夜天の唱は」
「はは、良い曲だな・・・・・・重力牛圧!」
俺は奴に向かい重力波を放った。重力波は一直線に床にクレーターを作りながら進んでいく。しかし、
「今は君が上手く笑えなくても 僕は君の傍に居るよ 恩返しさせてよ 僕が素直に笑えるようになれたのは 君のおかげだから・・・・・・」
奴はそう歌い空気圧の防壁を作り波動から身を守った。
「効かないな」
「おらー」
俺は重力牛二頭斧を奴に向かって投げた。斧の進行に沿って床にクレーターができていく。しかしまた奴の手前で歌によって防がれる。
「妖しい薔薇のキスを 君に送るよ今直ぐ 夜明けが近付くまで 其の無垢な心を犯して・・・・・・」
「くっ・・・・・・ダメだぐわぁ」
奴はまた新たな曲を歌い、其の天馬夜天の唱よりも強力な歌は俺の斧を打ち破り俺にかなりのダメージを与え、俺は膝から崩れた。
「ふふ、僕のLAWLESS TONGUEに痺れているようだね」
「良い曲を何度もありがとよ、其の曲も体にガンガンきやがるぜ」
「まだ天馬夜天の唱とINNOCENT SMILEとLAWLESS TONGUEの三曲しか聴かせてあげてないのに・・・・・・」
「へ、俺の根性を舐めるなよ、アンコールだ。(と、強がってみても、次喰らったらどうにかなっちまうぜ)」
俺は脚を震わせながら立ち上がり、歯を食い縛って虚勢を張ってみせるが、奴を倒す糸口も見つからず焦っていた。
「そうかい、ならアンコールにお応えしてまたこの曲を送ろう」
奴は息を吸い、歌う準備をしている。
(どうしたら良いんだ)
(オッス、後継)
(あんたは?)
(俺は元祖十二支の丑、魂の同調を通して話し掛けてんだ。其れよか力が欲しいんじゃないか?)
(ああ、そうだ)
(だったら簡単だ、考えるのを止めて真っ直ぐ行け。お前は何時だってそうだったろ)
(そうだった、俺は何時も直球勝負!)
(そうそう、行けー!)
「よっしゃ、直球勝負だ。うおー‼」
俺は力一杯吠えた。すると俺の体が光に包まれていく。
「な、何だ?」
「うおー牛魔王!」
俺は光が止むとそう叫んだ。
「頭部の兜を含め、全身が鎧に包まれている」
「おっしゃー!」
俺は何も考えずに、教会の入り口から奴が立っている祭壇まで走っていった。
「来るな、妖しい薔薇のキスを 君に送るよ今直ぐ 夜明けが近付くまで 其の無垢な心を犯して・・・・・・」
奴は歌うが、俺は意に介さずすさまじい空気圧に突っ込んでいった。
「おおお・・・・・・おっしゃー!」
俺は空気圧の中を少しずつ前に進んでいく。
「ならばこれはどうだ。今は君が上手く笑えなくても 僕は君の傍に居るよ 恩返しさせてよ 僕が素直に笑えるようになれたのは 君のおかげだから・・・・・・」
奴は防壁を張り、俺は突進して次に重力牛二頭斧でその防壁を叩いた。すると少しずつ防壁がヒビ割れていく。奴は途中で歌うのを止め、防壁を消して俺の脇を擦り抜けていった。
「何て馬鹿力だ。けど鈍い君の攻撃を避けるのなんて訳無いよ」
奴はどうやら俺の後ろに回り込んだようだった。
「俺が鈍間だからって逃げられるとは限らないぜ。引力牛二頭斧!」
俺はそう叫び二本の斧を奴に向けると奴が斧に吸い寄せられていく。
「わ、何だ?」
「俺の斧の引力の方が強い、そして重力球!」
俺は斧を重力の斧に変えると、斧を持った片腕を素早く振り回し重力の球を一つ作り、近付いてきた奴にぶつけた。すると奴は球に吸い込まれたまま身動きが出来なくなった。奴は全身吸い込まれ歌う事も出来なくなっている。
「これで決める。うおー牛魔王突進!」
俺は突進しながら重力球を消し、奴の体ごと教会の入り口の扉を吹っ飛ばしながら、先の人気の無い洋館の塀に突っ込んだ。
「野蛮な・・・・・・」
奴はそう漏らして瓦礫に囲まれながら意識を失った。俺は興奮が収まると急に眠くなり、仰向けになった奴に覆い被さる様に倒れた。
「ここが埠頭」
目の前に暗い海が見え、周りを見渡すとあちこちに荷物の入ったコンテナや其れを運ぶフォークリフトが置いてあった。
「ぐへへ、どうもお嬢さん」
「誰?」
私が声のする方を向くと、スキンヘッドで小太りのパイソン柄のスーツの男が大勢の手下と共にコンテナの間から現れた。
「俺は富單那だ、普段は愛善会の三次団体傲血会の会長だがね」
「あなたは何が望み?」
「ただこの世界で暴れ回る事だな。元々この世界を壊す事には反対でね、何が楽しいのやら」
「あなたはこの世界が好き、って事なの?」
「ぐへ、まあ極道の世界は楽しいからな、金さえ有れば何でも買える、良い女も好きなだけ抱ける。世界を壊すよりもよっぽど楽しいぜ」
「其れじゃ戦う必要は無さそうですね」
「其れがそうもいかねぇんだよな・・・・・・俺には龍という腐れ縁、俺らの業界でいう兄弟がいるんだ。奴に誘われて愛善会の門を潜り、其の直系団体の清水組長と盃交わして、今極道として自分の組持って楽しくやらせて貰ってるんで、奴には感謝してる。今奴は邪魔されたくない喧嘩の為に命張ろうとしてんだ。俺は奴が目的を果たすまでお前らと遊ばなきゃならねぇ、其れが奴への恩返しだから。其の為に俺の組の若頭を奴が待っている寺への道に配置し、俺と奴の構成員の指揮を執らせ、十二支の辰以外の十二支が、俺か緊那羅の許へ来るように誘導させたのだから」
「あなた・・・・・・」
「な~に、殺すつもりはねぇよ、勝負が終わるまで大人しくして貰うだけだ。世界がやばくなってきたら、俺も奴も止めには入ってやるから。おら、お前ら遠慮せずやっていいぞ」
「ふふ、あなた達殿方に私が止められるかしら。はぁー♡」
私は毒の霧で周りを覆った。構成員達は次々恍惚な表情を浮かべ、倒れていく。
「あー、これが話に聞くあの嬢ちゃんの技か・・・・・・なるほど。これはやばいな・・・・・・俺も本気を出さなきゃ昇天しそうだ。かぁー!」
彼は吠えると小太りだった体は筋骨隆々になり、体色が青くなり、瞳が赤く白目が黒くなった。其れだけではなく、意識を保っていた。
「嘘⁉」
「やるな嬢ちゃん。だけど霧使うんは嬢ちゃんだけじゃねぇぞ、ぐへへ」
彼はものすごい汗をかいて霧を出した。
「な、何ですか? これ。だんだん気分が悪く・・・・・・なってきた」
酷い頭痛に悪寒、体が重く感じる感覚、私は酷い風邪にかかった様な体調になってきた。
「ぐへへ、俺の霧の中に居る者は病気になるのさ、其れだけじゃないぜ」
彼は30m程の距離を少しずつ詰めてきた。
「チャーム・キッス」
私は毒の唾液を投げキッスと共に飛ばす技を使ったが、避けられた。
「ぐへへ」
「チャーム・シャワー」
私は全身から毒の汗を噴き出し、辺りに撒き散らした。しかし彼は構わず歩いてきて私を抱きしめた。
「捕まえた」
「きゃあ」
彼は私を抱きしめた後、頬を舐めた。すると舐められた部分から血が噴き出してきた。
「驚いたか、俺が舐めた所は痣になり血が止まらなくなるのだ」
「嫌・・・・・・」
「げへへ、今度は右手だ」
「あー」
「次は左手」
「ああ(私の汗だくの体を抱きしめているのに、まるで変化無い。嫌、こんな奴にこれ以上汚されたくない。誰か助けて)」
(ヒャハハ、誰かなんて言ってんじゃねぇよ。オメーが頑張れや)
(あなたは誰ですか?)
(分かんねぇか? 俺様よ、十二支の巳よ!)
(何て事ネ、私の元祖が話し掛けてきた)
(ヒャハハ、其れよりあいつの事ぶっ殺したいだろ?)
(さすがに彼にも何か信念がある、殺す訳には・・・・・・)
(じゃあ、半殺しないし気絶位はさせたいだろ?)
(うん)
(ヒャヒャ任せな、お前を汚す事は俺様を汚す事と同じだからな。まずお前の毒はまったく効いていない訳じゃない、奴は本気を出した事で毒への耐性が強くなって、お前を気絶させるまでの間位なら持ち堪えられるようになっただけだ。いいか、もっと狂気を出せ加虐的な心を剥き出せ。そしたらお前はもっと強くなって毒の力が強まるし、新たな力が目覚める。ただ毒の制御はしろよ、じゃないとあいつ逝っちまうから)
(分かったヨ)
(ヒャヒャヒャ、やっちまえ!)
「げへへ、よし次は首筋だ・・・・・・ん? 何か固い」
「行儀が悪い子はお仕置きですネ」
私は舐められる前に全身の皮膚を蛇の鱗に変え、出血を回避した。
「嬢ちゃん?」
「アーッハハハ!」
私は気が狂った様に笑った。すると、全身に力が漲るのを感じた。
「ま、眩しい。いてぇ!」
「うふふ」
彼は私から手を離し、私から離れた。なぜなら私が両腕を蛇に変え、彼の両腕を蛇の毒の牙で噛んだからだ。彼が離れて直ぐに私は宙に浮かんでいく感覚を感じ、気付くと私は紫の大蛇に腰掛けていた。
「て、テメェ何だ、其の姿は!」
「ふふ、私も驚いているんですよ。あなたが私から離れた後、気付くと体長5m程の紫の大蛇に腰掛けてあなたを2m程上から見下ろしているんですから。おそらくこの子は私の加虐心が大蛇の姿となって具現化したもの。其れに私の手には紫色のお姫様の様なグローブが着けられている。其れに何でしょう、あなたの所為なのかしら? 体が火照って仕方無いんです。これが私の更なる力、ミストレス・プレジャ」
「へ、病気がそこまで進行してるとはな、俺の勝ちだ。そろそろ負けを認めないと死ぬぜ」
「いいえ、負けるのはあなたの方です」
私は大蛇から大量の毒液を吐かせ、私達の作った霧の空間に毒の沼を作った。
「これが何になるんだぁ?」
「ふふ」
「な、何だこれ」
「あなた達、しっかり押さえて下さいね♡」
私は沼から毒液で人型の下僕を作り、彼の両腕を押さえ付けさせた。其れから大蛇から下りて奴の目の前に歩いていった。
「何をする気だ?」
「まずはこれ、この首輪を着けましょう。これは裏側に毒の棘が付いている上に、着けるとどんどん首が閉まっていく仕組みなんですよ。私が考えて生み出しました」
「おい、冗談だろ? 止めろ!」
「うふふ、其の表情滾ってしまいますわ♡」
私は気持ちを昂らせながら怯える彼の首に着けた。
「ぎゃあ・・・・・・」
「さてと、仕上げにこの毒の棘が付いた鞭で昇天させてあげます」
私は鞭でひたすら彼の体を打ちまくった。私は快感に溺れてどうにかなりそうだった。しかし途中で我に返って急いで力を抜いた。沢山の構成員の亡骸がある中、彼は仰向けに倒れていた。私は急いで彼の口に耳を近付けてみると、弱々しいが呼吸をしていた。
「何とか殺さずに済んだ、危なかったです。其れにしても私もかなり水分と血を失いました、正直やばいです」
彼の技は奴が気を失うと解けるようで、私は脱水症状と出血多量で意識が朦朧としている以外体調に変化は無かった。
「これって半分に分けても効果ある? とにかくやってみるです」
私は半分に裂いた其れを彼の口に無理矢理捻じ込み呑ませた。
「覇!」
俺はヤクザ共を片付けていく。
「おいお前、余計な事はしなくていい。どうせ誰も邪魔せん」
「ふん、気付いていたか。俺が富單那の親父の命で構成員を操り、龍の叔父貴とお前の喧嘩の邪魔が入らないようにしていた事を」
「ああ」
俺はそう言って、其の男から離れ、階段を上り寺に辿り着いた。
「ふふ来たネ、竜也」
「テメェは?」
俺は目の前に立つ、残忍な面をした金髪で黒服の男に名を尋ねた。
「俺、八部衆龍の側近兼龍神会若頭飛龍。お前を処分スル」
「何だと、テメェはすっこんでろ!」
「お前如き親父の手を煩わせるまでもナイ、来い!」
「いいだろ、後悔させてやるぜ・・・・・・オラ!」
飛龍は薙刀を上段で振り回しながら一定の距離を保っている。距離を詰めようにも隙が無い。下手に詰めれば直ぐに対応出来る間合いから八つ裂きにされるだろう。俺達は一定の距離を保ち、反時計回りに円を描く様に歩き回りながら出方を探る。
「ふふ来ないなら、こちらから行くゾ! いやぁ!」
飛龍は急に距離を詰め、刃を振り下ろしてきた。俺はバックステップで避けるが、直ぐに前に出て次の突きに繋げて俺の心臓を突いた。しかし俺の龍の鱗の固さで刃は心臓には届かなかった。すかさず俺は薙刀の棒の部分を左手で掴み奴を引き寄せようとするが、飛龍は直ぐに手を離し、後方に下がり10m程の距離ができた。
「チッ」
俺は薙刀を地面に捨てて構えた。
「さすがに小手先の技は通じん。こっからが勝負ヨ」
「む、見た事無い構えだ」
飛龍は腰を落として左脚を曲げて前に出し、掌を見せるように左手を上げ、右手はだらりと下げ不敵な笑みを浮かべながら、じりじりと距離を詰めていく。
「近づかせねぇ、龍の息吹!」
「龍門」
飛龍は俺の龍の波動が進化した技を、壁を作って防御した。
「なるほど、小手先の技は通じんか」
「この技、俺がまだ人間だった頃に使えたら時期ボスは俺だった筈」
「何? お前が元人間だと⁉」
「そうダ、俺は人間だった頃は中国マフィアの幹部ダッタ。俺は部下に紛れ込んでいた敵組織の幹部の息子に仇討された。そして地獄に堕とされ、地獄の住人に転生、其れから親父の側近として働いタ」
「まさか元人間が紛れ込んでいるとはな」
「お喋りはここまでにシヨウ。いくゾ、はいい!」
飛龍は走りながら中段に右手で突きを放ってきた。俺はバックステップで避けると、奴は横を向き俺の顔に同じ手で裏拳を放ってきた。俺はすかさずガードする、しかし腹への横蹴りを喰らってしまった。
「がは、龍の鱗で守られているのにけっこうなダメージ――其れにこの腹を抉られる様な痛みは・・・・・・」
「俺は転生して力が強くなった上に腕や足を武器化出来るようにナッタ、其れで右足の先を槍に変えて蹴った。其れにこれは中国武術を殺人拳に改良した拳法でナ、ただの喧嘩をするつもりなら甘いゼ」
(血までは出なかったか――だが野郎強い)
「テメェ、やるじゃねぇか。だが、もう容赦しねぇ」
「俺に勝つ気か、本当にお前は頭が悪イ」
俺は左右に体を揺らして飛龍の出方を見た。飛龍は掌底で俺の顔面に攻撃をしてきた。俺は上体を反らして躱す。すると飛龍は両腕を後方へ引いて力を溜め、一気に刃となった両手を俺の胸に打ってきた。俺はバックステップで避けようとしたが、飛龍は俺の片足を踏み付け逃げられないようにした。
「くっ」
「死ね!」
俺は咄嗟に膝の力を抜き、其の場にへたり込んだ。すると飛龍の突きはぎりぎり頭上を掠め、避ける事が出来た。
「ふぅ、間一髪」
「何だと!」
「ボクシングに拘ってたら勝てそうになかったんでね、龍人拳!」
俺は飛龍の顎に龍の力が籠った拳でアッパーを喰らわした。
「ぐは」
飛龍は一瞬真上に浮き、直ぐに体勢を整えた。俺も立ち上がり構える。
「こっからが勝負だぜ」
「地獄!(テメェ!) 我不原谅!(許さない!)」
飛龍は足をまた踏んできた。
「おっと」
「これで逃げられない、馬鹿な奴ダ、同じ手に引っ掛りおって」
「馬鹿はどっちかな? 俺はわざと踏ませたんだ、捉える為に」
「ふん、喰らエ! ・・・・・・ゴフ」
俺は飛龍が目を突いてくる前に顎に右フックをぶち込んだ。
「テメェよりも先にこっちが仕掛ければ関係ないね」
飛龍は脳震盪を起こしふらふらしている。
「いくぜ、ボクサー崩れのパンチのフルコース・・・・・・全部乗せだ!」
俺は飛龍の顎に両手でフックを交互にぶち込んだ。そしてダッキングで懐に潜り、腹に交互にボディブローのラッシュをかまし、最後に右手を引き、力を溜めて右ストレートを腹に見舞い飛龍を吹っ飛ばした。飛龍は灯籠を突き抜け、イチョウの木々にぶつかり動かなくなった。
「うぐ・・・・・・そこで大人しくしてて貰おうか」
俺はそう言い残し、本堂へ向かおうとする。
「我还没死!(死ねぇ!)」
「させん」
「地獄! 嬉戲地・・・・・・(テメェ! ふざけやがって・・・・・・)」
「龍殺しの弾か・・・・・・。危なかったな」
「テメェはさっき階段の前に居た・・・・・・俺を助けたのか?」
「勘違いするな、俺は叔父貴とお前の喧嘩を邪魔する火種を潰しただけだ。こいつがお前に向かって銃をぶっ放したから俺が防壁を作り、奴の眉間に反射させたんだ。龍殺しの弾は奴にも効くから即死だろう」
確かに飛龍は右手に銃を握ったまま眉間に弾痕を残して絶命していた。
「理由はどうであれありがとう、じゃあな」
俺は其の男にそう伝えると本堂へ入った。中に入ると大きな仏像と仏具が並んでおり、仏像の下で龍が酒を飲みながら胡坐をかいていた。
「飛龍まで退けてワシの許まで辿り着くとはのう、やっぱあんたはワシが認めた男で間違い無かったわ」
「龍、久しいな。さあ、喧嘩を始めようぜ!」
「ま、ちょっと待てや・・・・・・あんたと喧嘩するんに恰好の場所が在るんや、ちょっと付いて来てくれへん?」
俺はそう言う奴に付いていった。そして辿り着いた場所は壁に曼荼羅や阿弥陀如来の絵が掛けられた部屋だった。
「ここでやりたいってか」
「せや。ワシの理念である強い奴と最高の喧嘩をするのに相応しい場所や」
「テメェは仮に俺を倒したらどうする気なんだ? 世界を壊す事にも興味は無さそうだし」
「そんなもん、後で考えたらええ。其れじゃ始めましょか竜也はん。ワシはあの時に海皇が来て邪魔された時、『チッ、せっかく最高の喧嘩出来るところやったのにこのボケ』って、思ったわ。それからずっとこの日が来るのを待っとったんや」
「いいぜ、来な!」
「ほな、行くでぇ。がっかりさせんなや‼」
俺達は後ろに下がって距離をとった。
「龍の息吹!」
「ぬお」
奴は両手で受け止め、掻き消した。奴は両手に少し火傷を負ったようだった。
「流石や、ほんならワシも遠慮無くいかせて貰います」
奴はそう言うと右手を高く上げてみせる。
「何をする気だ・・・・・・」
「なあ、竜也はん、一つ言っとくわ。あんたの龍とワシの龍は力が全然ちゃう。あんたのは自身がドラゴンになるだけの力。ワシの力は龍其の物」
「どういう意味だ?」
「今、教えたる」
そう言う奴の右手の掌に雷が落ちた。しかし其の雷は奴の右手で光を放ち続けている。雷はずっと部屋に落ち続けている。
「いくで、龍神・雷衝波!」
「飛龍、技借りっぞ。俺流龍門」
奴の右手から放たれる雷が、俺の龍の息吹に使う力を防壁にしたものに当たる。俺はなんとか防ぎきった。
「なんとか防ぎきった・・・・・・雪? 雨? 何だこの暴風は?」
「気付いたようやなぁ。せや、ワシの龍の力、其れは天気を操り、其の雷や風等を自身の技として使う事が出来る力や」
「何ぃ」
「次はこれや」
奴は両手を上げ、左手に雪、右手に雨を集めた。俺は龍門を張る。
「いくで、龍神・氷陣波! 龍神・水流波!」
「くぅ」
なんとか堪えているが力がどんどん吸い込まれていきそうだ。
「そろそろ波状攻撃も止めにしよか。こっからはステゴロや」
奴は攻撃を止めると両手を上げた。すると今度は左手に雷と雨、右手に風と雪が集まっていく。俺は直ぐにまた龍門を張る。
「いくで!」
奴はそう言い、俺に近付き、
「雷水風氷・龍神双拳!」
そう叫び俺の龍門を殴り続けた。すると龍門がヒビ割れていき、割られてしまった。俺は直ぐにバックステップで回避を試みるが、奴は接近し腹に両手で突きを放った。俺は瞬時に腹をガードした。しかし、
「がはぁ・・・・・・」
ガードしただけで全身を引き裂かれる様な痛みを感じ、意識が一瞬飛んだ。だがなんとか耐え抜いた。しかし其の場に立ってはいられなくなり、其の場にへたり込んだ。
「なんや? もう終わりかい。もっとワシを楽しませてくれや」
「はは、そんな訳・・・・・・無いだろ・・・・・・」
俺は膝を震わせながら立ち上がった。
「おう、そうやないと困るわ」
「・・・・・・やっぱ、テメェを倒すにはこれしかねぇようだな」
「何や、何をする気なん?」
「喜べ、もっと面白くしてやる。(使うぜ、辰)ぬおー!」
俺は溢れ出る力を解放した。俺はこの力を仲間と集合する前に元祖十二支の辰から魂を通じ、話し掛けられた時に教わった、奴に勝つにはこれしかないと。そして自分のものにする為に集合時間まで修行した。これは闘争心を剥き出しにして力を込める事で俺を龍人に変え、圧倒的な力を得る事が出来るが、其の力をコントロールするには闘争心の中に高貴さ、心の余裕を持たなければならない。其れで初めて完成させる事が出来る。俺は徹夜で頑張り完成する事が出来た。其の為に自分の体を引掻いたり、木々に頭をぶつけたりして苦しい目に会って戦う前から傷だらけになってしまったが、ものにする事は出来た。
「おお、なんやすごい力を感じるわ。このワシが震えとる」
「ふぅ、これぞ俺の新たな姿、逆鱗」
「龍の角と翼、爪、鱗を持った龍人やな、見た目は。せやけどそのオーラ、そして後ろでワシを睨む大きなドラゴンから力を感じるわ」
奴は後ろに下がり、30m程の距離を取ると、両手に風、雷、雪、雨を集めた。
逆鱗は俺を龍人に変え、ドラゴンの顔と翼を背後に、腕を俺の横に具現化する力だ。ドラゴンは俺の意志で色んな事が出来る。
「まずは様子見や、龍神・雷水撃、龍神・風氷波!」
「龍王門」
俺はドラゴンの両腕で身を守り、攻撃を防いだ。
「やるのぅ」
「今度は俺の番だ。喰らえ、龍王の息吹!」
「ぐ・・・・・・はぁ!」
奴は両腕で防ぎ、気合と共にドラゴンの強烈な息吹を掻き消した。
「流石や。ワシも真の姿になるしかないか・・・・・・いくで」
奴はそう言うと体の光と共にどんどん体が大きくなり、緑の体色に二本の角と、髭、片方の腕に球を持った二本の腕と二本の足を持つ想像上の姿の通りの姿になった。スーツやシャツは奴の体に合わせて伸びているようだ。そして俺らは奴が巨大化した事によって、部屋の天井が無くなり、壁も崩れ、半分外に居るような感じになった。
「驚いた、其れがテメェの真の姿か」
「そういうこっちゃ。ほな、いくで!」
奴は天気をさらに激しくした。暴風も雹も落雷も豪雨も全て俺に襲い掛かり、俺の体力を削っていく。
「龍王の息吹!」
「洒落臭いわボケ、本物の息吹はこうじゃ龍神の息吹!」
天気の攻撃はドラゴンの両腕でガードし、息吹を見舞ったが、奴の息吹も強烈で俺の息吹が圧し負けてしまった。俺はドラゴンの翼でガードしたが、其の翼はボロボロになってしまった。
「まだ足りないのか・・・・・・」
「絶望か? せやけどワシを真の姿にしたのは大したもんや、落ち込まんでええ。まあ、少し物足りない感はあんねんけどしゃあない」
「待てよ、まだ・・・・・・終わってねぇぞ」
「ほう、ほんなら奥の手でもあるんやろな?」
「ふん、やっぱり俺はボクサーだ、拳使わなきゃ限界がある。だからガードに使ってた腕も攻撃に使う、多少の痛みはもうどうでもいい」
俺は構えて奴に突っ込んだ。奴は自分を守るように天気を操る。
「ぐふ・・・・・・このガキ!」
「大きくなって的も大きくなったんだよ」
俺は龍人の舞で素早く動いて落雷を避けながら、奴の顔面にドラゴンの腕でストレートを放っては奴を囲んで円を描く様に移動する。俺は其のパターンを何度も繰り返す。すると奴は飛び上がり、天気の攻撃と龍神の息吹を放ってきた。俺は其れを避け続けた。やがて奴は雷を一直線の道を作る様に落とし続け、俺に向かって突進してきた。俺はドラゴンの腕で其れを受け止めて奴を放り投げた。
「やるのぅ・・・・・・せやけどだいぶダメージ受けとんのやろ? ワシには分かる、空元気なんがな」
「はぁはぁ・・・・・・うるせぇ」
「ワシも其れなりにダメージは受けた、せやからこれで終いにしたる。喰らえや、龍神の息吹!」
(どうやらテメェは気付かなかったようだな、俺がストレート打ち込みながらてめぇの周りを円で囲むように移動していた本当の理由を)
俺は奴の周りにオーラで作った龍の種を蒔いた。俺の切り札にして最大奥義を発動させる為に。
「喰らえ、覇龍演舞陣‼」
俺は最大奥義を発動させた。これは龍の種を餌に本物の龍を召喚し、其の龍達の中心に居る奴を襲わせる技だ。これは数多の龍を召喚する為の莫大な力と其れらを統べる事の出来る程の支配力がなければ使えない。俺は一か八かの賭けに出たのだ。
なんや、黄龍に青龍、黒龍、白龍、火龍に水龍まで何の用や」
「我も居るぞ」
「おどれは応龍⁉」
「我ら主の為、汝を裁く。滅びよ緑龍」
「ぐわぁ・・・・・・龍達のボケが・・・・・・」
「くっ・・・・・・うわぁ」
奴は龍達に巻き付かれ、息吹や火龍の体の炎に焼かれて俺は奴の息吹を諸に喰らった。やがて息吹は止み、龍達も帰った後、俺達はうつ伏せに倒れた。体に地面と直接触れている感覚があるので衝撃で上半身の衣服が吹き飛んだのだろう。まあ奴も半裸になっているが。俺は逆鱗が解けて何時もの姿に戻ってしまった。奴も元の姿に戻っている。
「やってくれますやんか・・・・・・今のはゲホ・・・・・・効いたで」
「はぁはぁ」
「もう互いに力は残って無い。ほんなら後はステゴロで片、付けようや」
「はぁはぁ・・・・・・望むところだ」
「うぉー‼」
俺達は同時にそう叫び、腕と足で上体を起こし、膝を震わせながら立ち上がると、半裸のまま互いに躓きそうになりながら走り距離を詰めていく。そして互いに至近距離まで近付くとインファイトで殴り合った。最早スウェーもダッキングもガードも無く、ただ互いに死力を尽して殴り合った。十二支、八部衆、人間、地獄の住人、そんなものは関係無いただの男同士の真剣勝負。立っていた者が勝者という戦いである。
「うぉー、龍!」
「死に曝せ、竜也!」
俺が右フックを当てたらすかさず奴がボディブローを打ち込み、其のボディブローを喰らったら直ぐにアッパーを奴の顎に打ち込む。時には奴の左ストレートに合わせてクロスカウンターで右フックを打ち込み、クロスカウンターの返しに直ぐに俺の顎に右フックを打ち込む状況もあった。俺達はどれだけの時間其れを繰り返したか分からない。
「喰らえ竜也!」
「うおー!」
奴が俺の鼻と口の間位の場所に右ストレートを打ち込む。しかし当たる前に俺の右ボディブローが奴の腹を捉えた。奴のストレートは狙った場所を軽く押す様な勢いで止まった。すると奴は左腕で俺の肩に手を回し、
「おどれの拳なんて・・・・・・効かん・・・・・・のぅ・・・・・・」
と零す様に発すると奴はうつ伏せに倒れた。肩に回していた腕は倒れる勢いで肩を滑りながら、俺に向かって手を伸ばす様な恰好で地面に触れた。奴の背中に彫られた昇り緑龍の持つ球に、赤い字で反転して浮かぶ『龍』が、徐々に消えていく。奴は目を見開きながらも口角を上げて満足そうな面で倒れていた。俺はそんな奴の口の中に片手を押し込んだ。
「ここがシエルの居る場所」
「猿石くん、上を見て。シエルくんが最上階から遠くを眺めてる」
「猿さん、まさかここに来てビビってんの?」
「いや、まさか運動公園のサッカーコートが在った場所にこんな城、しかも天守しかない城が建つとは思わなくて、ちょっと驚いちった」
「頼むぜ猿さん、曲がりなりにも俺らの頭なんだから」
「ああ、分かってる。じゃ、いっちょ乗り込みますか」
「そうはさせん」
「俺達が許さん」
城の前に二つの声と共に地采と海皇が魔方陣から現れた。
「天様に会いたくば、某を倒してから行くが良い」
地采が言う。
「俺もな」
海皇も重ねて発す。
「さて、地采は私が相手するわ。陽太、海皇は任せたわよ」
「任せな」
「お前ら・・・・・・ありがとう」
猿石くんは奴らの脇を通ろうとしていた。
「行かせん」
海皇はそう言い、掴み掛ろうとし、地采も掴み掛ろうとしていたが、奴らは動きが止まってしまった。どうやら真・緊箍呪によって動きを封じられてしまったみたいだった。そして彼が城の中に入って暫くしてから動き出した。
「クソ、取り逃がした」
海皇が悔しがっている。
「しょうがない、後を追うぞ」
地采が後を追おうとしている。すると
「おい雑魚共、俺らの事忘れてねぇ?」
と、陽太がそう言う。
「雑魚? 某達の事か?」
「そうだよ。あ~あ、せっかく気合入ってたのに俺の相手は側近の雑魚かよ、つまんねぇ」
「貴様、其の言葉万死に値する。某が消してやる!」
「お、やる気かい。だけど俺の相手は海皇、テメェだ」
「ふん、俺も舐められたもんだぜ。相手がこんなクソチビとはな」
「其れじゃ、いくわよ!」
私達は互いの相手と対峙した。
「地采、あなたは何故戦うの?」
「知れた事、全ては天様の為だ。某はあの方の命なら何でもする所存だからな。其の為に貴様達を監視する為に田頭として恋想園に潜り込んだ」
「右に同じ、俺も天様の為なら何でも出来る。刑事として監視、情報を操作する事もな」
「猪群石散弾!」
私は地面に転がっている数多の小石を浮かすと、銃弾の様に奴に飛ばした。奴は両手を上げながら避けているが、多少は命中しダメージを与えている。
「はぁはぁ」
私は疲労の声を漏らす奴に、猪群石散弾を撃ちながら組み付く。
「側近といっても大したことないじゃない」
「其れはどうかな?」
「え・・・・・・体がヒリヒリする、其れに目や喉も痛い」
「くくく、某はただ逃げ回っていた訳ではないのさ、水蒸気を大気に漂わせ雲を作り、そこに窒素を加え、酸性雨を発生させた。某は平気だが、貴様には痛いだろ?」
「くっ」
私は組み付きながら苦しんでいる。向こうでは陽太が分身を出し、海皇と戦っている。
「ハイドロショットガン」
「分身達よ守れ」
「くくく」
「はぁ、まさかテメェがサイボーグだったとはな」
「くくく、そうさ俺の右目は義眼で相手の心拍数等を測る事が出来る。両指からは水の銃弾を撃てるし、指から出る水の水圧で色んなものを切断する事も出来る。他にも機能はたくさんあるぜ」
「だが俺の窮鼠幻影陣の分身を舐めるなよ、お前ら奴に組み付け!」
「こんなもんが何になる。一体目撃破、二体、三体、四体・・・・・・」
「はぁはぁ」
「十九体目、ん? 何時の間に?」
「二十体目は行けたようだな。よし、自爆!」
「何? ぎゃあ」
「ふん、俺の分身は強力になってな、俺の命令に対し、其々意志を持ちながら実行する。そして其の分身は電気其の物で、組み付かれたまま自爆されれば高圧電流がテメェに流れるぜ」
「ぐわぁ」
「ほら、もっといくぜ。窮鼠幻影陣!」
「はぁ、なるほどな、なら」
「何だ? 首が真上に飛んでいきやがった」
「これなら何処に分身が居ようと丸分かりだ。そしてハイドロレーザー」
「く、くそ、地面と平行になる様に両肩を上げて、放水砲を撃ちながら体を高速回転させやがった。これじゃ俺も避けなきゃいけねぇし、分身も虚を衝けない」
「あっちの彼も手間取っているようだな」
「いっつ」
「このまま一酸化炭素を吸わせて殺してやる」
「・・・・・・其の前に」
「何をする」
「あんたが地獄行きだよ。猪岩石落とし!」
私は奴の背後に回って組み付き、奴を抱えたまま後ろにブリッジし、奴の脳天を地面に勢い良く叩きつけ地面にクレーターを作った。そして直ぐに奴から離れ10m程距離をとった。其れは奴の作った雲は奴から半径5m程の為、酸性雨の影響を受けず、遠距離攻撃の出来る十分な距離だからだ。
「く・・・・・・このクソ人間がぁ」
「さあ、降伏しなさい」
私は頭部から血を流してふらついている奴に、降伏を勧告した。
「電光石火!」
「無駄だ。其の程度の速さなら俺の義眼で捉えられる」
「俺のさらに速くなる技、電光石火をも捉えるとはな。だけど捉えられても其の動きに対処出来るかどうかは別の話だぜ、このようにな」
「何をする」
「分身じゃ近付けないから、俺自ら来ました。鉄鼠雷爪処刑」
「ぐわ、俺の胸を雷の爪で引き裂きやがった」
「まだまだ、怒鼠通雷処刑」
「へへ、俺の怒鼠通雷処刑は怒鼠通電処刑が進化した技だし、俺の分身の自爆による痛みよりも強い筈だぜ」
「クソ・・・・・・」
「お、首を繋げて何だ? 降参すんのか? (月子も優勢のようだな)」
「そうはいくものか!」
奴はそう叫び、走り出した。
「猪群石散弾」
「はぁはぁ」
奴は私の散弾を浴びながらも両手を前に出しながら、四方八方を走り回っている。
「無理よ、そんなに傷だらけでは逃げられないわ」
奴は血まみれになりながらも走り続けた。そして急に止まった。
「これでいい、逃げられないのは貴様の方だ。某から半径10mの所まで結界を張った」
「其れが何になるというの?」
「直ぐに分かる・・・・・・はぁー」
奴は周りに何か気体を発しているようだ。
「何のつもりか知らないけど、あんたも結界中でしか動けない。このまま終わらせてあげるわ、ストーンショ・・・・・・ゴホッ息が苦しい」
私は急に息苦しさや吐き気、眩暈を感じ始めた。
「酸素中毒を知ってるか? 生物は酸素を吸う事で呼吸をし、生きる事が出来る事から酸素は生物にとって必要不可欠だ。だがな、空気中の酸素濃度が髙過ぎると生物にとっては有害となり、生きる事が出来なくなるのさ」
「ゴホッ、体が痙攣し始めたし、意識が・・・・・・やばい」
「このまま死ね」
「俺は体が殆ど機械だ、だからこんな事も出来るんだよ」
「何だ、奴の体が変形していく」
「アルティメットウェポン。全身を兵器へと変えたこの姿は完全無敵。さあ、鼠狩りだ」
「指と同時に、腕から出てきたマシンガン、其れに膝や胸、口からも放水砲って、テメェの体はどうなってんだ⁉」
「俺の兵器は全て体のコアと繋がっている。其のコアから作られた水のエネルギーはコアのエネルギー供与装置から其々の兵器のエネルギー需要装置にBluetoothのデータ通信の様に転送される。だから仮に首と体を分離しても首から放水砲を撃つ事も出来るんだぜ」
「でも俺の速さには対応出来ないんだろ?」
「舐めるなよ・・・・・・そこだミサイル発射!」
「馬鹿な、俺の分身達が奴の背中から飛んできたミサイルで一体残らず倒されていく。其れに俺の動きが水泡によって制限されている」
「俺の脳に組み込まれたコンピュータは優秀でな、俺がさっき上空で得た情報を基にお前と分身達の行動を予測し、対応策を考えてくれるんだぜ。俺はただ、首を真上に上げてた訳じゃなかったのさ」
「く、クソ」
「分身も出来ないよな、隙無く攻撃してたら陣も張れないもんな。さて・・・・・・計算終了、ミサイル発射!」
「おっと」
「ハイドロカンセントレイティッドファイア」
「ぐはぁ・・・・・・・うぐ」
「避けながら近付いてくるお前の次の位置を予測して、ミサイルを目の前で落ちるように撃ち、怯ませ、一気に水を集中砲火して木々にぶつけてやったぜ」
「背中を強く打ったし、体中が強く殴られた様に痛い。くっ」
「おっと、分身させねぇよ」
「はぁはぁ・・・・・・参ったな、クソ・・・・・・」
「私の目の前に恋想園の子達が見える・・・・・・」
「幻覚を見始めたか」
「私は子供達が安心して遊べる場所を守る為に、目の前の敵に勝たなきゃいけない。其の為にもっと丈夫な体が、命其の物を守る鎧が欲しい!」
「守りたい今ができた。毎日が地獄だった日常を変えて本当の強さが何かを気付かせてくれた人、隣で戦っている大切な人が居るこの世界を守りたい。其の為に俺はもっと速く走れる足が、奴の計算を超える程の直感が欲しい!」
(欲しいかい、オイラの後継)
(とうとう幻聴まで聞こえるようになったのね」
(いやいや、オイラはお前さんの魂を通じて話し掛けとるんだよ。お前さん今丈夫な鎧が欲しいと願ったろ?)
(はい)
(ならばこの星の大地、海、空を自分の一部だと思い意識を集中し、イメージしてみ? そしたら望む力を得られるから。頑張れよ)
「分かったわ、元祖十二支の亥」
私は薄れゆく意識の中、イメージした。
「分かったぜ、元祖十二支の子。俺はイメージする、速く走れる俺を、俺が奴の計算を上回る行動をして奴が焦る面を」
「そろそろ終わりかな・・・・・・もう某が何もせずとも死ぬだろう」
「何か戯言を言って鬱陶しいし、止めを刺してやるか――放水砲」
「な、何だ? 亥の体が光り始めた」
「こっちもだぜ、地采。放水砲を集中砲火しようとしたら急に」
「体調の悪さが消えていく・・・・・・其れに体が温かい。これが地母神」
私は体が楽になっていく感覚と共に、大地に護られている様な安心感を持った。そしてこれが私の新しい力だと感じた。
「体中のトライバル模様にマスクを被って羽の鎧を纏って、ずいぶん強そうだな」
「この羽もマスクも大地の力の体現。美紅ちゃんの本物の羽とは違うけど、あんたの技から私の命を守ってくれる究極の防具。決着を付けましょう、向こうの陽太も新たな姿となって決着を付けそうだし」
「雷鼠機械装甲。何だろう、今はてめぇのコンピュータでも計算出来ないアイデアが浮かびそうだぜ」
「ふん、全身機械化して、俺の真似をすれば勝てると思ったか? 馬鹿め、そんなもんで俺に勝てるものか!」
「其れを今証明してやる。いくぜ、月子も決着を付けそうだしよ」
「く、酸性雨を喰らえ!」
「はぁー」
奴は結界全体を覆う雲を作り、酸性雨を降らせる。だが今は何の痛みも感じない。どんな環境だろうと命を守ってくれるこの鎧のおかげで奴に突進する事が出来る。そして奴に組み付き飛び上がった。
「く、離せ」
「空中、猪究極脳天杭打ち!」
私は地熱を帯びて強力になった空中、猪究極脳天杭打ちを見舞った。其の技は地面にクレーターを作り、奴の体を大地の熱で焼いた。
「かは・・・・・・ふふ・・・・・・」
「分身はもういらない、電光石火を超えた技、雷鼠音速移動!」
「むむ、俺の目で捉えられない。だが攻撃地点は限られるから直ぐにお前の位置が割り出せるんだよ。ミサイル発射!」
「こんなもん屁でもねぇ。喰らえ、怒鼠雷光砲集中砲火!」
「ぎゃあ、馬鹿な。動きを止める為のミサイルにわざと当たるなど考えられん」
「俺は捻くれもんよ、だからてめぇの計算ではありえない事をしたくなるのさ。移動中に全身の大砲にエネルギーを充電して撃つなど予想外だろ」
「おのれ、ならばこちらもお前の計算外の行動をしてやろう」
「何だ何をする気だ?」
「こうするのさ」
「チッ」
「狙い通り、亥に向けて銃口を向けたら庇う為、銃口の前に現れたな。死ね、マキシマムハイドロカンセントレイティッドファイア!」
「ふん」
「な、消えた」
「俺も考えたよ。そしたらあの結界は月子から身を守る為じゃなく、彼女を自分から逃がさないように張っていると思った、其れは地采の作戦で奴の能力と関係あるんだろう。だけどテメェが其の作戦を邪魔するような事するとは思えなかった、だから彼女を庇う振りをして銃口の前に出て、テメェを油断させ技を使わせ、雷鼠音速移動で後ろに回ったんだよ」
「俺の計算を上回って・・・・・・」
「喰らえ、怒鼠公開雷光砲集中砲火極刑!」
「ああアアAhAhAhAh・・・・・・」
「ふん、ショートしたか」
「ふふ・・・・・・」
「何が可笑しいの?」
「某が、何の為に貴様の攻撃を受ける前に雲を払ったと思う? 其れは某諸共貴様を道連れにする為さ」
「何だって?」
「水素ガスの条件は満たした・・・・・・某と共に散れ、水素爆発‼」
「くっ」
ドカンという音と共に私と地采の体が爆風に包まれる。
「月子ー‼」
「はぁはぁ・・・・・・結界も吹き飛ぶなんてすごい威力ね」
「な、何故だぁ! 何故某も貴様も生きている⁉」
「其れは私があんたに組み付いたまま、亥救命固めを使ったからよ。この技は体を密着させている間は、相手の命を守ってくれるオーラで包む事の出来る技なの」
「某の奥の手も潰えた、殺せ」
奴は観念した様子で打ちひしがれていた。
「・・・・・・何で自爆しようと思ったの?」
「某は、天様の望みを叶えてあげたい、其れはそこで倒れている海皇も同じだが。あのオーロラが出た日に某らは、地獄の門が微かに開いたタイミングでこの世界に戻ってきた。当初あの方は差別や偏見のあるこの世界の破壊及び、己を封印した十二支の抹殺を目的として動いておられた。しかし、あの方が申やこの世界の者と交流していくにつれ、かつての様な情念が薄れているように感じ、何を考えているのか分からなくなった。そこであの時、某に出来る事はあの方の悲願であろう十二支の抹殺の手助けとして、其の内の一人を某の身と引き換えに消す事だと思ったのだ」
「あんたは天の本心を知りたいんじゃないの?」
「ああ、そしてもしも苦しんでいるなら助けたい」
「決まりね。ちょっと陽太~、あれ半分に裂いて杉浦さんに呑ませてあげなさいよ」
「はぁ、しょうがねぇな。こいつ首取れるからちゃんと回復するか心配なんだけどな」
陽太は気を失っている杉浦さんに半分に裂いたあれを呑ませた。
「何をしている」
「はいあんたもこれを呑むの、田頭さん。そんで一緒にシエルくんの所へ行くの」
私は田頭さんに半分に裂いたあれを呑ませると田頭さんに肩を貸して、杉浦さんに肩を貸している陽太と共に城の中へと入った。
「はぁはぁ」
俺は息を切らしながら城の最上階へと階段をひたすら上り、辿り着いた。そこにベランダの様な所から遠くを眺めている奴が居た。
「よ、シエル。城のベランダみたいな所で何見てたんだ?」
「お前がベランダと抜かすこの場所は、高欄付き廻縁という場所だ、覚えよ。そして我は懐かしんでいたのだ、この城から見える景色を通して思い出を。この城はかつて十二支との戦いで封印される前に、この地中に眠らせた、我ら八部衆が根城として構えた城であるからな」
「其れが覚醒と共に地中から出てきたと」
「ふふ、既に夜明けと共に我らの力を送った。地獄の門はもう我が手を加えずとも、もうじき完全に開く、世界の崩壊が始まるのだ」
奴はこちらに体を向け、興奮して言った。
初めからみんなで一斉にお前に襲い掛かれば、間に合ったのか?」
「能わず、我はお前の目と今日の子の刻の正刻、即ち零時から今まで同期させお前と視点を共有し、お前が仲間と六時に合流し、我らを討伐しに来る事を知った。だから我らは力を集め、お前達が集まる一時間前に地獄の門開放の儀式を終わらせた。後は地獄の門が安定するまで我が観る必要があったが、もう安定期に入った故、問題無い」
「そうか・・・・・・其れでお前の目的は果たせるのか?」
「ああ、我の目的である差別や偏見のある世界の破壊は成就する」
「何故・・・・・・そんな目的を?」
「我は異人也。故に人間達は我が幼き頃より自分達とは違うと差別、迫害した。我がただ共に遊びたいと願っても皆、我が何か災いを招くと決め付け、話を聞かずに我の許から離れていった。どうせこの世界に居場所が無いというならばと思い、我に協力する仲間を集め、八部衆を結成し、世界を破壊しようと考えたのだ」
「そうか・・・・・・でもなシエル、差別や偏見なんてものは人同士でもあるんだぜ、俺も経験したからさ、多分永遠に無くならないもんなんだろうな。だからお前の言い分も理解出来る。だけどこの世界は其だけだったか? お前、本当は気付いてるんじゃねぇか?」
「何を問うか」
「俺はようシエル、ある意味お前達に感謝してる。お前達が地獄の門から出てきたおかげで俺は力に目覚め、戦っていく内に色んな人と出会えたし、自分の弱さにも向き合えた。また、この世界や人同士の絆を知る事も出来た。そして気付かされたよ、人も世界も諦められる程、俺は其の両方をよく知っている訳じゃねぇと」
「ほう・・・・・・其れで」
「お前、本当はこの世界の事、気に入り始めてるんじゃねぇか?」
「我が? 何故?」
「お前によくティラミス奢ったっけ、尚と智にお前の事を紹介した事もあったな、恋想園にお前を呼んで手伝わせたり、ティラミスを餌に涅槃市に買い物に連れてったり、寛治んとこの陸上部員に誘われてラーメンも食べたな」
「其れが・・・・・・何だ!」
「お前はそんな誘いや好物を奢った時、少し口元が緩んだり、迷惑そうな面したり、不機嫌そうな面してたりしただろ? あれがお前の本当の顔に思えて仕方ねぇんだ。其れにお前に戦いの巻き添えを出さないように避難誘導をした時もお前は言った通り行った、この世界は差別や偏見しか持たない世界、そういう人間しか居ない世界だと思っていたなら、隠れて殺す事も出来た筈だ。でもお前が避難させた人間は誰一人消えてはいなかった」
「だ・・・・・・黙れ」
「お前は信じ始めたのさ、この世界は思っている程腐っていないと」
「黙れぇ‼」
奴は数多の光球を放つが、全て俺を外し後ろから壁が壊れる音が聞こえた。
「仮に我がそう考え始めたとしても、お前らに封印された怨みは晴らさねばならぬ」
「おい、好い加減分かってんだろうが。お前がどれ位の間封印されてたか知らねぇが、俺達はお前の知っている十二支じゃねぇ、啀み合う必要はねぇんだ。だから関係を白紙に戻して、改めて友達になる事も出来る。短い間だったけどお前の相棒として一緒にいたのに、お前は其れでも俺が憎いか?」
「くぅ」
もう好い加減止めようぜ、お前にはもう・・・・・・」
「止めろ、言うなぁ‼」
「戦う理由は・・・・・・」
「止めろ、我から目的を奪うな‼ 其れを奪われたら我は何の為に戦えばいいか分からなくなる、生きる目的が無くなる・・・・・・」
「そんな事、必死になって生きれば見つかるさ。其れより地獄の住人達を止めて、地獄の門を閉じる方法を教えてくれ」
「断る、我は世界を破壊する。そして十二支を根絶やしにする」
「お前、まだそんな事言って・・・・・・」
「我は目的を果たす、其の為にお前を殺す!」
「しょうがねぇ、やってやるよ。でも後悔は無しだぜ」
「ふん、後悔なんて・・・・・・遥か昔に忘れたわ」
「じゃ、いくぜ、シエル・・・・・・相棒‼」
「はぁ―‼」
奴の背後に高欄付き廻縁がある状態で、俺達は20m程の距離を取り、一直線に並んで対峙した。
「筋斗雲よ、俺と一つとなり、今真の姿とならん」
「ふふ・・・・・・久しいな」
「金剛猿槍斉天大聖の様・闘神!」
体を包む光と共に俺は筋斗雲と融合、金色の鎧と籠手、脛当て、靴を身に付けた。そして其の靴には羽が付いており、空を走る事が出来る。これらの姿の変化を自分で確認せずとも分かった。俺は今日、みんなに会うまでの時間、仮眠を取った。其の夢の中で元祖十二支の申が現れ、この姿と力の事を教えてくれた。そいつは言った。『この力を解放するには、逆境にも負けない、揺るがない強い意志を持つ事だが、今のお前なら大丈夫だろう。頑張れ後継、胸の想いを信じな』と。そして俺は奴と距離を詰める為に突っ込んだ。
「其の姿で再び我に歯向かうか・・・・・・申よ」
奴は片手を突き出し、五つの魔方陣を出すと、其々から炎、風、水、雷、マグマを俺に向かって放出した。奴の額には反転した『天』の赤い字が浮かんでいる。俺は奴の技を、さらに進化した得物の閻帝・金剛猿槍を縦に回しながら防御し、一歩ずつ前に進んでいった。
「分かり合う為に喧嘩は大事・・・・・・だよな」
「我にはお前達と馴れ合う道理など、ありはしない! はぁ!」
奴は魔方陣を解き俺に突っ込み、得物に光の剣を打ち付けてきた。
「うおー! 閻帝・金剛猿槍煉獄無間葬」
俺は得物を両手で持ち、押し返すと反撃した。しかし、見えない壁によって阻まれた。
「天守空間壁」
奴はそう発した。
(何か来る)
俺はそう察して得物を縦に回すと、見えない斬撃と大きな衝撃が襲い掛かってきた。回している得物から薄ら見える景色から見ると、奴は片手で魔方陣による攻撃、もう一方の手は手刀の形にして素早く動かしていた。
「っしゃぁ! 喰らえ、シエル‼」
俺は防御を止め、攻撃を受けながら炎帝玉が進化した閻帝玉を一つ出し、奴に向かって蹴った。
「ぐ・・・・・・がはぁ」
玉は全ての攻撃を浴びながらも真っ直ぐに進み、止められると高を括っていた奴の腹に命中し、高欄付き廻縁まで吹っ飛ばした。
「おのれ、天守空間壁が一瞬遅れた・・・・・・。だが、これで勝ったと思うなよ!」
奴は空へと昇って行く。俺は高欄付き廻縁まで走り、上を見上げると、奴は屋根の中央に立っていた。 俺も空を飛び、近くまで上った。
「もう後戻りは出来んのだ、我の真の姿を見せてやろう。ぬぉー‼」
奴は力を込めると光に包まれ変身していく。鬼の様な角を生やし、瞳が赤く染まり、背中に黒き羽衣を纏い、首には勾玉、そして全身に白銀の炎を揺らめかせた姿となった。
「確かに強そうだ・・・・・・でも、俺はお前の為に負けられないんだ!」
俺は奴に向かって閻帝・金剛猿槍煉獄無間葬を放った。しかし奴は片手で眩い光と力が込められた壁を作りガードしている。
「最早効かん。我の天地創造壁は、今のお前でも破る事能わず」
「うおー!」
「効かんと言っているだろう!」
「うおー・・・・・・」
奴はもう片方の手で光の光線を俺の腹に当て、吹っ飛ばした。俺は其のまま吹っ飛ばされ光線が切れたところで地面へと背中から落っこちた。
「いてぇ、ここは何処だ?」
そこは何処かの林の中で、俺は奴の居る城からかなり飛ばされたようだった。俺は急いで起き上がろうとするが、出来なかった。おそらく鎧を纏ってはいるが、全身のダメージが大きすぎた所為だろう。
「クソ、ふざけるな俺の体、さっさと立ち上がりやがれ。俺は相棒を受け止め、あいつが遥か昔にできた目的という、心を縛る呪いを解いてやらなきゃいけねぇんだよ」
(羊慰抱波)
「何だ? 今頭に羊の技の名前が浮かんだ。もしかして羊慰抱波」
俺は体に両手を翳した。すると俺の体はどんどん回復し、なんとか起き上がって立ち上がる事が出来た。
「何だ? 今度はスマホを見ていなくても、あいつの位置が分かる、音、臭いがする」
俺は其の方向へと飛んでいった。
「逝ったか申よ・・・・・・これで成就するんだな・・・・・・これで・・・・・・」
「待てや!」
俺は呟いている奴に向かって叫ぶと、屋根の端に下りた。
「馬鹿な、遥か遠くまで飛ばし、起き上がれない程のダメージを与えた筈だぞ。何故戻って来れる⁉」
「其れはきっと仲間のおかげだろうな・・・・・・。なあ、シエル、俺にはまだ使っていない技があるんだ」
「ほー、其れが何だというんだ」
「この技の名は『猿真似』。記憶にある奴の技をほぼ完璧に真似して使う技だ。お前に遥か彼方まで吹っ飛ばされるまで俺はこの技が嫌いだった、友達すら満足に信じられなかった俺が使うのは、何だか其の技の持ち主を侮辱している様に思えてな。でも今はこの技の本当の力が分かる、これは信頼する仲間の力を借りて、志を貫く技だ。今、俺はこの技自体を鎧として具現化し、其れを纏った姿となる、これはお前も元祖十二支の申も、きっと見た事の無い姿だ」
「我も知らんだと」
「いくぜ、はぁ!」
俺は俺に関わった全ての人の顔を思い浮かべ、力を解放した。
「体の防具が純白になっただけに思えるが・・・・・・其れが勿体付けたお前の新たな姿か?」
「闘戦勝仏。そうだ、何色にも染まる鎧、これが俺の新たな姿」
俺は今、自分の志以外は頭に浮かんでおらず、澄んだ気分だった。
「ならばこれを受けてみろ」
奴は魔方陣と空間斬撃の攻撃をしてきた。
「いくぜ、羊。羊毛壁」
俺は指で宙に『羊』と書くと羊毛壁を張った。其れは何時も見ている壁よりも強力だった。
「ぬぅ」
「美紅、頼む。天使流星!」
壁を張りながら片手で宙に『美』と書き、数多の羽を壁の横から漂わせ、羽の光線を奴の攻撃の外側から体に当たるように一点に集めて放った。
「小癪な」
奴はそう言い放つと攻撃を止め、天地創造壁を張った。
「ここからが俺の繋ぐ力の真骨頂だ。竜也さん、力借ります」
俺は羽と壁を消し、宙に『竜』と書いた。そして其の力を得物に集めた。
「何だ?」
「喰らえ、火竜槍波!」
槍を突き出し放たれた炎が龍の形となり、奴の壁に襲い掛かった。
「まだまだ、京也との合体技。ハウリング・ファイヤードライブ!」
宙に『京』と書き、複数の閻帝玉に空気圧を纏わせ、蹴った。
「さらに三虎さんとの合体技、闘気紅虎波動!」
『三』と宙に書き、闘気を集め、正拳突きをした。すると炎の虎が奴の壁に喰らい付いた。
「ば、馬鹿な我の天地創造壁が・・・・・・ぐわぁー」
奴の壁は崩壊し、様々な形となった炎が奴に襲い掛かる。
「おのれ・・・・・・我にここまでの傷を・・・・・・」
「おら!」
「は!」
俺は奴が煙を出しながら、俯いて立っている隙に突っ込んで槍を向けたが奴が頭を上げた瞬間に光の剣で受け止められた。
「惜しかったなぁ」
「ぬぬ・・・・・・我は負けん。人間でない我らには、この目的を果たす以外に道は無い、我らはこの世界では所詮、悪なのだからぁ!」
「俺の担任が言っていた、善と悪は表裏一体、立場によって変わるものだって。ならば方向が違うだけで貫きたい正義があったお前は、少なくとも悪ではねぇ。其れに何が道は無いだ、逃げてるだけじゃねぇか。目の前の道が嫌なら新しく作れば良い、其れは人間以外でも出来る事だろうがぁ!」
「お前に途中で自分が何をしたいか分からなくなり、苦しみ葛藤し、其れでもずっと持っていた目的を果たす事だけが、自分が存在して良い理由だと信じて突き進んできた俺の気持ちが、分かるものかぁ!」
「誰かがお前の存在理由をそう決めたか? 俺はお前を受け止め、相棒として止めさせる為にここに居る。お前の迷い、痛み、全部受け止めてやる、だからもう過去に拘らずに未来を見ろ!」
俺達は槍と剣をぶつけ合いながら対話した。そして奴の剣を弾いた。
「俺を受け止めると言いながら壊すのか? 其の槍で俺の体を」
剣を弾き、槍を構える俺に奴が吐いた。
「ああ、壊すさ。だが壊すのはお前の体じゃない、壊すのは呪いの様な、他の道を考えさせないように戒める心の鎖だけだぁ! 喰らえ、閻帝・金剛猿槍煉獄無間慰抱掃!」
「ぐわぁ・・・・・・」
俺は宙に『羊』と書き、其の癒しの力を金剛猿槍に込めて奴に打ち込んだ。奴は体中に穴を作って後ろに倒れこんだ。やがて体の穴は塞がって元に戻っていったが気絶している。
「はぁはぁ・・・・・・羊のくれたこれ、半分に裂いても効果あるよな」
俺はよろめいた体で奴に近付き、半分に裂いたタピオカを奴の口に放り込み何とか呑ませ、自分も食した。本調子とまではいかないが、体の傷が癒え、力が回復していくのを感じる。
4
「は!」
「よう、気が付いたかシエル」
体感時間で一時間程気絶していた奴が、目覚めて起き上がった。
「俺は・・・・・・生きてるのか。・・・・・・何故殺さなかった?」
「俺はお前を止める為に戦ったんだ、殺す為じゃない。其れよりどうだ? 今の気分は?」
「何だか心が軽い、お前と戦う前までのモヤモヤした気持ちが消えている」
「そうか、羊の癒しの力を纏わせたおかげで、お前の苦しみを焼き切る事が出来たんだな。正直、大丈夫だと思って使ったけど、穴だらけの体が元に戻るまでは殺してしまってないか心配だったが、成功して良かった」
「文人、礼は言っておく。だが、俺の目的、俺の道、俺の存在して良い理由はやっぱり俺自身で決めたい、この世界を旅していく中で見つけたい」
「そうか・・・・・・分かった」
隣に座る奴の面は出会った頃よりも少しだけ、生き生きとしている様に思えた。俺はそんな奴の面を横目で見て微笑ましく感じた。
「其の為に、俺は自分のした事の後始末をしなければならない」
「何をする気だ?」
「もうほぼ開いてしまった地獄の門を再び閉じる。俺だけが門の開閉を操作出来る。夜叉は地獄の住人を召喚する程度で、門の開閉までは出来ないから。門を開けた時も八部衆の力を俺に集中させ、開いたのだから。過去に拘ってこの世界を壊そうとした俺に出来る事はこれしか残っていない。はぁ!」
奴は両手を地獄の門に向けて上げ、閉じる為に力を送った。
「お前だけ無理するな、俺も力を送る」
俺は奴に残っている力を送り続けた。
「ダメだ、足りん。地獄の門が完全に開くのを止められん」
「クソ」
「足りない分は俺の命を使ってでも満たしてみせる」
「馬鹿、止めろ、シエル」
「はぁ‼」
奴が命を使おうとした時、
「何や、二人でおもろい事してますやんか。ワシも混ぜてや」
下から龍の声が聞こえてくると同時にたくさんの力が奴に送られてきた。俺が屋根から下を覗くと肩を組み合っている俺の仲間達と奴の仲間達が片手ずつ上げて奴に力を送っているのが見えた。
「お前ら、どうしてここに?」
「猿クン、俺達は君がうちの頭にやった事と同じ事を死闘した相手からされたのさ、本当に甘いよね~」
乾闥婆がそう吐いている。
「でも僕もみんなも君の友達に命がけで説得されて、この世界に希望を持った。だから」
摩睺羅伽がそう発している。
「この世界を壊さない為に私達が来たのだ。卯の話を信じれば、きっと天も地獄の門を閉じる為に力を送ると思ったからな」
阿修羅かもしれない者がそう述べる。
「因みに猿石よ、地獄の住人は涅槃市含め全て片付けた」
鏡先輩がそう報告する。
「聞いたかシエル。みんな来てくれたぞ、この世界を守る為に」
「ああ、ありがとう。皆の力、確かに受け取った‼」
奴は集めた力を一気に放出した。すると門は見る見る閉じていく。
「やったぞ、閉じていってるぞ」
「ああ」
俺と奴が感動している中、三つの影が門の中へ入っていった。
「地采、海皇、何地獄の門の中へ入ってるんだ。悪ふざけなら大概に・・・・・・」
「鏡慈、テメェも好い加減に・・・・・・」
奴に続き、富單那も叫ぶ。
「天様、某は海皇らと共に内側からこの門を閉めます。そして二度と開かないように門の守護をします」
「な、何言ってんだ、俺はそんな事頼んでないぞ。地采、海皇、命令だ、下りてこい」
「天様、何言ってんですか? 誰かが守護しないと何処の誰かも分からん地獄の住人が、仏滅の日に門の僅かな隙間から下りてきてこの世界を壊すかもしれないじゃないですか。だから其れを防ぐ為に俺らがこんな事を永遠に起こさないようにするんです。分かって下さい」
「地采、海皇・・・・・・」
「さよならです、天様。どうか其方の世界で楽しく生きて下さい」
「二人共・・・・・・ありがとう」
「今までありがとうございました、親父」
「鏡慈」
「防壁や反射する壁を出す位しか能の無い俺を、傲血会の若頭として親父の右腕として置いて頂いて嬉しかったです」
「俺もお前が若頭で良かった」
「其れでは親父、龍の叔父貴御達者で」
「ああ、其れじゃあな」
「おおきにやで・・・・・・鏡慈」
三人は其々の主、親交のある者と最後の別れの挨拶をして、地獄の門と共に姿を消した。下のヤクザ二人は空を見上げて思い出を振り返っているようで、奴は必死に寂しさを堪えている感じだった。
「みんなの所へ行こう?」
俺は優しく奴に声を掛けて手を差し伸べた。奴は其の手を握り俺達はゆっくりと一緒に屋根から地面に下りた。
「俺はこれからどうすれば良いんだ・・・・・・」
奴が呟いた。
「そうだね、僕達の正体もこの世界の人間は知った訳だからもう、人間の振りも出来ないし、建物もけっこう壊しちゃったしなぁ」
夜叉も合わせてぼやく。
「私達の居場所はもう何処にも無いって事か・・・・・・」
迦楼羅もそう嘆いた。
「あ~あ、人間になれればなぁ~」
乾闥婆が宙を見ながらそう呟くと、
「其の願い、叶えてあげましょう」
遠くから声が聞こえ、暗闇から仏師田先生が現れた。
「マジで!」
乾闥婆が叫ぶ。
「ええ、嘘は言いません。さらにこの世界からこれまでのあなた達の起こした事件と十二支の力の事とあなた達が異人であったという記憶の抹消、損壊した建物の復興も合わせて行います」
「先生、どういう事っスか? 奴らを人間にするって。其れに損壊した建物の事や、俺達の力の事まで、一体何故そんな事をするんスか?」
俺は胸にある疑問を先生に問い掛けた。
「これは私が、いや仏が遥か昔より背負ってきた罪への償いなのです。今思えば人と違うというだけで迫害されていたあなた達、そして天に何故手を差し伸べ、力になってやれなかったのか、話を聞いて其の苦しみを分かち合おうと思えなかったのかと、ずっと悔やんでいました。そして私は元祖十二支と八部衆が、互いの守るもの、正義の為に争う事を止める事が出来ませんでした。私は八部衆を救う為に君達、今の十二支を利用したと言ってもいい、其れは事実だ」
先生は思い詰めた面をして俺達に述べ、続ける。
「私を許してくれとは言わない、ただ私に出来る事は私の持つ力の全てを使って君達が争った痕跡、君達を異様なものに見る視線が、君達が夢を叶える妨げにならないように記憶を操作する事、八部衆や其の盟友の皆が自分の夢を、目的を見つけて自由に生きる事を、人間にする事で叶えるぐらいだから・・・・・・」
「先生・・・・・・」
俺は呟いた。
「無論、君達八部衆達が人間になる事を望めばですが・・・・・・」
先生は八部衆のみんなに提案した。
「ワシは頼みたい。ワシにはヤクザとして、まだ叶えとらん夢があるんや。おどれらも人間の振りして生きて、したい事ができたやろ?」
龍が大声を発しながら周りを見回した。すると他の八部衆や其の盟友が徐々に頷き始めた。俺の隣でずっと抜け殻みたいになっている奴を除いて。
「天、おどれはどないすんのや!」
「俺は・・・・・・」
「なれよ、人間に」
「文人」
「そりゃ、人間は異人に比べて短命だろうし、生きる事は楽じゃねぇけど、弱い存在の人間になる事で見えるものもあるし、育む事の大切さを知る事も出来る。其れに海皇はお前が楽しく生きる事を望んでいた、あれは生まれ変わって旅をし、この世界の色んな顔を見ていく中で、紆余曲折しながらお前だけの道を、笑って歩んで欲しいという事なんだと思う」
「海皇・・・・・・地采・・・・・・分かった。俺、いや我ともあろう者が友達の想いを汲み取れずに意気消沈なんて、八部衆頭として情けない。良かろう、我も人間にしてくれ」
奴も活き活きとした目で先生に頼んだ。
「了解。私の仏の記憶と力を全て燃やし願いを叶えよ、はぁ―‼」
先生は両手を高く上げ叫ぶと、すさまじい力を発した。すると日食して暗いままの空は徐々に明るくなり、城は地中に沈んでいき、倒れていた木々は戻っていった。八部衆達も一瞬光に包まれ、やがて光が消えた。阿修羅と思われる者は3人に分かれた。
「はぁはぁ・・・・・・もうじき私も平凡な人間になってしまうだろう、仏の記憶と力を全て焼却したから。だから微かに記憶がある内に仏として最期に十二支、八部衆達よ、本当にすまなかった。そして十二支よ、よく八部衆達を救ってくれた、君達が十二支で良かった・・・・・・」
「先生!」
先生は膝を突いて気を失った。俺達は先生に駆け寄った。
「先生、しっかりしろ!」
「猿石君、みんな、其れに見知らない人達や芸能人の榊刈亜さんとKINNAさんまでここに居る。あれ、私は何をする為にここに来たんだ? ・・・・・・ん? ここに居る人全員、昔から知ってる大切な誰かで、私はここに大事な何かを置いてきた様な気がする。何だろう、とても寂しいな・・・・・・」
先生はそう寂しげに呟いた。俺達は其れを聞き、先生と共に正午の太陽を見上げた。其の太陽はとても明るく輝き、暖かく、エネルギーに満ちていた。まるで産声を上げたばかりの赤ん坊の様で。俺達は其の光に照らされ空の向こうに、其々にしか見えない何かを見ていた。