2章 新学期
1
「今日から新学期だな」
「そうだな、尚、智」
残暑で暑い時分、俺達は朝から教室で他愛も無い会話をしていた。
「そういえば猿、入る部活決めたのかよ?」
「其れがさ、俺部活には入らないことにしたんだ、入ったら色々動けなくなりそうだから」
「なるほど、『務め』の為か。頑張れよ、俺達出来る限りサポートするから」
智がそう頼もしく言った。
「ありがとう、お前ら」
俺は礼をした。
「部活といえば知ってるか猿? 伝説のタイガー&ドラゴンを」
「何だよ、其れ」
「三年の元空手部主将で試合、喧嘩で未だ無敗の兵頭三虎と、同じく三年で一年の時に怪我して退部した元ボクシング部で元中学生ボクシングジュニアチャンピオンの丹沢竜也」
「知らなかったわ」
「兵頭先輩は大柄でピアス、金髪オールバックのヤンキー風で、丹沢先輩も大柄で黒のショートヘアつう見た目のドヤンキー。正直伝説のあの二人なら十二支だとしても驚かねぇけどな」
尚がそう特徴を教えてくれた。
やがてチャイムが鳴り俺達は始業式の為、体育館へ向かった。そして時間となり始業式が始まった。
俺は人の熱気も含めて暑くなった体育館で、去年も聞いたような校長の話を立ちながら聞き流している内に、ふと或る事を思い出した。其れは今もなお、あの時放置したままだった筈の麒麟児の死体について、ローカルニュースでさえ報道が無い事だ。あんなものが有ればニュースになるだろうと俺は其の亡骸を確認しに昨日帰りに神社に寄ったのだが、亡骸はおろか、血痕すら無かった。其の事について考えている内に始業式が終わり、クラスでホームルームが行われた。
「え~、最初に転校生を紹介する、入ってきて」
担任の先生が教壇の前で言った。すると教室に褐色の肌にワンレングスロングのブラウンヘアで妖艶な雰囲気の女の子が入って来た。
「今日からみんなの仲間になる蛇喰ラギーニさんだ。お父様がインドの方で、お母様が日本の方だそうだ。みんな仲良くしてあげてね」
「蛇喰ラギーニです。今日からこちらに転校してきました、よろしくお願いします」
「悪いけど急遽転校が決まったもので席がまだ用意できてないんだわ。だから猿石君ちょっと空き教室から机と椅子取ってきて」
「え、俺っスか? しょうがねぇな・・・・・・」
俺はホームルームを抜け出し空き教室から頼まれた物を持ってきた。
「先生、何処に置けば良いっスか」
「じゃあ窓側の最後列に置いてくれる」
「ウッス」
俺は指定された所に置いて自分の席に座った。
「其れではホームルーム終了、また明日」
午前の内容が終わり各々自分の目的の準備をして教室から散っていく。俺も尚と智を見送り帰ろうとしていた時、
「あなた、お名前は?」
クラスのみんなに席で囲まれて話し掛けられ続けていた転校生が席を立ち、俺に近付き話し掛けてきた。
「猿石文人っス」
「文人、優しくて格好良い・・・・・・私、あなたに一目惚れした。文人、私と付き合って」
彼女の突然の告白に一瞬場が静まり返った。
「ちょっと、蛇喰・・・・・・さん」
俺が戸惑っている中
「ラギーニ」
彼女が艶っぽく言った。
「ラ、ラギーニ、俺達今日初めて会ったばかりじゃん」
「私、ダメ?」
彼女が俺の左腕を自身の胸に当たる位両手で抱えて言う。
「と、とにかく付き合うのはお互いを知るところからだ。だから友達としてなら・・・・・・」
「フレンズからネ? OK。其れじゃ、友好の印、私とレインID交換して」
「お、おう。・・・・・・其れじゃまた明日な」
俺は彼女とID交換を済ますと足早に教室を後にした。そして俺は昼食を食べに食堂へ向かい、其の途中
「あ、いたっ」
擦れ違いざまに誰かにぶつかってしまった。俺は立ち止まり後ろを振り返ると金髪オールバックの強面の大男がこちらを見ていた。
「すいません、急いでて」
俺が謝ると、
「ちゃんと前見ないと危ねぇぞ。もういいから行きな」
と言って去っていった。
(そういえばさっきぶつかった人、もしかして兵頭三虎先輩?)
と食堂で昼食を食べながら考えていた。其の後、まだ帰るには早いのでゲーセンの近くに在るバッティングセンターへと向かった。
入り口前に屯している奴らが気になってはいたが構わず入ってしばらく楽しんだ。そして外に出た時にさっき屯していた奴らが俺の前に立ち塞がった。
「あの、邪魔なんでどいてくんないっスか」
俺が奴らの一人に言うと
「何かさ、俺ら超暇なんだよ、分かる?」
と、気怠そうに返してきた。
「あ、そっスか、俺は暇じゃないんで通してくれます?」
「あ~、やっぱ分かってない。だからさ、俺らの玩具になって欲しい訳、殴れば金が出てくるサンドバックにさ」
そう言ってヤンキー達は俺を囲みながらじりじり距離を狭めてきた。
(面倒臭いな)
俺がそう思って構えると、俺の目の前にもう一人大柄の男が増えた。
「おい」
其の男は低い声で俺の方を向いているヤンキーの一人の右肩を掴み自分の方を向かせて言うと、顔面を強く殴った。
「何だ、テメェ。何しやがる!」
殴られてよろけている奴が其の男を睨みつけて怒鳴っている。他の奴らも同様に睨んでいる。しかし彼は怒号を無視している。
「何だテメェ、こいつの連れか?」
集団の一人が俺を指差しながら聞くと彼は
「知らねぇな。ただ、俺は集団になってカツアゲしたり、リンチしてんの見るとムカついてくんだよ!」
と吠えると奴らを片っ端から拳で伸していった。
(す、すげぇ、そして彼が尚の言う丹沢竜也かもしれない)
俺は驚嘆しつつ、彼の動きを見て一つの可能性を感じた。其れは俺でも全員伸すのに十分位使う奴らを、彼は見た事無い位鮮やかなフットワークと拳だけで二、三分程で終わらせてしまったからだ。
「あの、ありがとうございました。後、間違っていたらすいませんが、もしかして丹沢竜也さんですか?」
俺は思い切って聞いてみたが、彼は無視して去ってしまった。俺は背中を見送ると、翌日に尚と智に意見を仰ぐ事にして真っ直ぐ家に帰ると適当に家で過ごして今日を終わらせた。
「なるほど、そんな事が」
俺は朝礼前に昨日の出来事を二人に伝え、智が頬杖をついて言った。
「其れなら確かめてみるか、兵頭先輩に」
尚が提案してきた。
「俺何処に居るか知らねぇよ? 大体あの人が兵頭先輩か分からんし」
俺が訴えるように言うと、
「兵頭先輩は多分、三年の教室に居るから放課後直ぐ行って確かめてみな。丹沢先輩は兵頭先輩と違ってガチのヤンキーで学校に来てるかさえ分からんけど、兵頭先輩って丹沢先輩と知り合いだって聞いた事あるから其れも含めて会って聞いてみな」
「分かった、ありがとう智」
俺は礼を言った。
「ねえ、何の話してたの? 文人」
ラギーニが席に座っている俺の後ろから抱きつき耳元で囁くように言った。其の時、鼻孔を擽る様な甘い香りがした。
「ラギーニ、別に何でも無い、ここだけの話だから」
俺がたじろぎながら言うと、
「お~猿、転校して次の日からもう其の子口説き落としたんかよ。このプレイボーイ」
尚が囃し立てる。そして周りの視線が俺に向く。気の所為か小兎が面白くなさそうな面をしている。
「そんなんじゃねぇよ、昨日友達になったんだよ。ラギーニももうチャイム鳴るから離れて」
俺は尚に向かって反論した後、彼女の方を向き、そう言った。
「文人、私の事嫌い?」
彼女は腕を離しながらそう言って、濡れた様な瞳でじっと見てくる。
「き、嫌いじゃねぇよ、ただ人前でベタベタするのはちょっと・・・・・・俺達友達なわけだしよ」
「おー、大和撫子が好き? 私とは違うタイプネ。ですが、嫌われてない。そうだ明日デートしましょう、返事は後でレイン下さい」
彼女が席に戻るや否やチャイムが鳴った。
「其れではホームルーム終了、来週から本格的に授業だ。頑張れよ」
午前の内容が終わり各自の目的の為、教室から散っていく。俺も荷物をまとめて三年の教室に突撃した。すると目の前に居た男が、
「おい貴様、廊下を走るな」
と呼び止めた。
「あ、すいませんス」
俺が謝ると眼鏡を掛けた其の長身の男は、脇を通り去って行った。
「猿、何あの生徒会長に叱られる事してんだよ」
「あ、尚に智」
「いや、ちょっと面白そうだから猿を尾行しちゃいました」
「俺もちょっとどんな人か気になってな」
「お前ら・・・・・・よし、行くか」
俺達は三年の教室を探し回り、三年五組にて昨日擦れ違った人を発見。だが、丁度帰ろうとしているので教室の前の入り口で呼び止め、
「兵頭先輩ですか?」
と俺は尋ねた。
「ああ、そうだが。お前は昨日の」
「はい、二年の猿石文人です」
「俺に何か用か?」
「ちょっと話がしたくて、今時間あります?」
「ああ」
「其れじゃ、食堂に行きましょう」
「じゃ、俺らは伝説のタイガーに会えたし部活行くわ」
「ああ、またな尚、智」
俺は親友達と別れて兵頭先輩と食堂へ向かった。そして互いに昼食を買ってきて、相変わらず盛況の食堂でなんとか確保した席に着いた。
「で、話とは」
「はい、先輩なら丹沢先輩の事を知っていると聞きまして。というのも昨日、ゲーセンの横のバッティングセンターでヤンキー達に絡まれたんですが、そこに黒髪で大柄の高校生がボクシングのような動きで片っ端から伸してくれました。礼は言えたのですが、其の人が丹沢先輩という確証が無かったので先輩に判断して欲しくて」
「間違いなく丹沢だ」
「何処に居るとか場所、分かります?」
「・・・・・・場所を変えるぞ、猿石」
「は、はい」
俺は兵頭先輩にゲームセンターに連れて行かれる。
「クソ、やっぱ二位か」
「あの、何してんスか」
「見て分かるだろう、パンチングゲームやってんだよ。やっぱ竜也には敵わねぇな」
「えー! この『TATU』と『MITORA』って⁉」
「ああ、俺と竜也の事だよ」
俺が驚いていると
「あー、悪い。じゃ、話出来る所へ行こう」
彼は俺を連れて昨日俺が行ったバッティングセンターに入り、中にあるベンチに二人して腰掛けた。中は其れなりに賑わっていた。
「あの~」
「場所ははっきりとは分からねぇ。だが奴は週に一回は必ずここに来るんだ。ここは俺達のお気に入りの思い出の場所だから」
俺が彼の方を向きながらピンとこないでいると、俺の顔を横目に、
「少し昔話をしていいか?」
と聞いて話し始めた。
「俺はこんな見た目をしていながら昔から怖がりで臆病だった。ま、虫や怪談が苦手なのは今もなんだけどな」
彼は豪快に笑い、続けた。
「小学生高学年の時にたまたま来たこの場所で、俺は竜也に出会ったんだ。当時から喧嘩っ早いあいつは俺を見るなりガンつけてるって思ったのか、殴り掛かってきたけどな。まあそんなつもりは無いと言ったら謝ってくれてそんで俺達は握手をして友達になったんだ。そんで何度か一緒に遊んでいた或る日、この場所で当時中学生だった俺はヤンキー達にカツアゲをされた。後から来たあいつは俺の傷ついた顔を見るや其の場で得意げになっているカツアゲしたヤンキー達に向かい、フルボッコにした。あいつは顔面を傷だらけにして奪われた金を全て取り返してくれた。其の時思った『もっと強くならなければ、あいつと同じ位』と、しかしあいつの喧嘩を見てて同じボクシングでは追い付けないと思った。そして俺は今に至るまで空手をやり続けた。何時かあいつと肩を並べられる自分になれると信じて。信じる事で昔よりも身も心も強くなれた。あいつとギクシャクしだしたのはあいつが高校一年の時に怪我して其れがきっかけで退部してからだ。俺は元気付けようとしたが、どんどん荒んでいくあいつは俺を跳ね除けるばかりで何時しか疎遠になってしまった。立ち直らせたいのに」
「丹沢先輩の連絡先分かります?」
「変わってなければだが、何で?」
「今から呼ぶんスよ、ここへ」
「何の為に?」
「分かり合う為っス、両先輩まだ何もぶつけ合ってないんスよ」
「だけど何を話せば、そして来てくれるか・・・・・・」
「三虎さん、大丈夫です。会うだけで後は心身が動いてくれる、まあ、来なかったら俺が探し回って意地でも連れて来るだけですがね」
「文人・・・・・・」
三虎さんは電話を掛けたが、電話が切れた。しかし、数時間後に折り返しの電話がきて河川敷の芝生で待っていると言ってきたらしい。丁度十六時を過ぎたあたりだったが、俺達は急いで向かった。そして丹沢さんが居た。
「何の用だ」
「昨日こいつを助けてくれた礼と、二年ぶりに話がしたくてな」
「そいつは俺の気紛れで助けたに過ぎんし、お前と話す事なんて何も・・・・・・ねぇよ。話が其れだけならもう俺に関わるな」
「・・・・・・だったら、喧嘩しようぜ」
「あん?」
「お互いどうやら口下手らしい、けど拳を交えればきっと伝わるものがある筈。正直つまんねぇんじゃねぇのか? まともに喧嘩出来る相手がいないとさ。其れ俺が今日からなってやるよ」
「あ? お前が俺に敵う訳ねぇだろう? 時間の無駄だ」
「学校に進級出来る程度しか来ないお前は知らねぇだけで、俺は学校の伝説の男の一人なんだよ、お前と同格のなぁ!」
「お前と俺が同格? は、いいぜ、掛かってこいや!」
二人は構えると少しずつ距離を狭めていく。三虎さんの正拳突きや外回し蹴りを丹沢さんがバックステップで避けながら直ぐにダッキングで懐へ潜り込んでボディにジャブとストレートのコンビネーションを打つところで三虎さんが拳をガードしたり捌いたりしてダメージを最小限にしている。この戦いは互角だった。だが数十分とやりあっていく内にお互いの体はボロボロになっていった。
「やるじゃねぇか・・・・・・竜也」
「テメェもな・・・・・・三虎」
そして二人がよろめき合った瞬間、
「喰らえ!」
互いに吠えながら三虎さんは鈎突きを、丹沢さんは右フックを互いの左頬に喰らわした。其の瞬間二人の体が光に包まれた。そして三虎さんの右手の甲には『寅』の赤い字が浮かび、丹沢さんの背中からは赤い光が出ていた。まだやるのかと思ったが、二人は其の場にへたり込み、向かい合ったまま話し始めた。
「何時の間にか・・・・・・強くなっていたんだな、お前」
「ああ、お前を見上げて守られてばかりの自分を変えたくて、あの日からずっと頑張ったんだ、お前の親友だって胸張って言えるように」
「お前は大したもんだよ、あの日から自分の壁を越えて空手部の主将にまでなるほど頑張ったんだから。其れに比べ俺は、拳を壊してもうプロのボクシングのチャンプになる夢が消えてからは、空しくなって自棄になって喧嘩に明け暮れるクズになっちまった。お前は必死に立ち直らせようとしてくれたけど、輝いているお前に空っぽな俺を見せたくなくて取り合おうとしなかった、本当にすまなかった」
「もういいよ、やっと戻れたんだから俺達。其れにプロになれなくたってトレーナーとして関われば、お前のボクシングは終わらねぇ。今度はまだ鈍ってない其の圧倒的な強さを誰かに教えてやんな」
俺は二人の雪解けを三虎さんの後ろで眺めていた。すると、
「そういえば文人、さっきこいつと喧嘩している最中に俺とこいつの体が光ったんだけど、あれ何?」
「あ~、其れ俺も気になってた。お前、説明しろよ」
二人とも俺の顔を見ながら聞いてきた。俺がざっくりと説明をしていると遠くから二人組の男女が話しながら近付いてくるのを感じた。やがて顔がはっきり分かると、一人は以前乾闥婆と一緒にいた霞だった。
「十二支が三人、これは殺し甲斐があるなぁ。死ねや!」
「蝕喰、先走り過ぎ、殺すのは私が話をしてからになさい」
「何の用スか、霞」
俺が尋ねると、
「用? 其れはあなた達が私達の仕事の邪魔をしたからです」
俺が考えていると、
「以前、涅槃市で部下の雲母と迦楼羅様の側近を一人殺しましたね?」
俺は京也が殺した孔雀という奴とキャバ嬢風の女の事を思い出した。
「あの時、私達が作った特別な香水を孔雀経由で迦楼羅様に宣伝して頂きたいという話をしていたのですよ。あの方は芸能人なので」
「其れで腹いせに俺達を殺そうという事スか?」
「いえ、そうではありませんわ。私は仲間へお誘いに来たのです」
「どういう事スか?」
「簡単な事です。あなた達をこのまま野放しにすると不愉快にもまた仕事の邪魔をされる、ならば其れなりに腕が立つと思われるあなた達をいっそ仲間にした方が良いかと思いまして。もちろん仲間として動いて頂ければ学生には高すぎる程の報酬をお約束しますわ」
「う~ん、其れは魅力的スね・・・・・・ですがお断りします」
「そうですか、残念です。ならばこれ以上の邪魔は目障りなので、ここで始末します。よろしいですね?」
「そうか、俺ら死ぬんスか・・・・・・じゃあ死ぬ前に教えてくれないスか? 霧人がやっている店は何処に在るんスか? 名前は?」
「涅槃市の繁華街でFAIRY MISTという店をやっています。これでもう思い残すことは無いですね? 其れでは良い死出の旅へ」
霞の答えを聞くと同時に互いに後ろに下がり構えた。
「待てよ」
龍虎は同時にそう言うと立ち上がり、奴らに対峙した。
「俺はあっちの猫背で危ない目をしている方とやる、お前は女を」
「女を殴るのは趣味じゃねぇが、場合が場合だ。しょうがねぇか」
「文人、つまりさっきのお前の説明通りだとこういう奴らを倒していくのが俺らの使命なんだろ?」
丹沢さんが俺をちらっと見ながら言う。
「そうですけど。え、大丈夫なんスか二人共」
「当たり前だ、俺ら伝説のタイガー&ドラゴンだぜ。だろ、三虎」
「ああ、先輩の勇姿しっかり見ときな、いくぞ!」
三虎さんがそう言うと、龍虎は其々の相手へ向かっていった。
「ヒヒ、お前が最初の犠牲者か、良い声聞かせろや!」
「そっくり返すぜ、猫背野郎。来い、フルボッコにしてやるよ」
「悪く思うな、仕掛けたのはそっちだ。情けだ、顔だけは殴らない」
「優しいのね、けど本気でも私には勝てない。さよなら紳士な方」
戦いが始まった。蝕喰は亡霊の様に不規則にゆらゆらと素早く動き回り禍々しいオーラを纏ったナイフを丹沢さんに向ける。丹沢さんは其れを避けながらカウンターでコンビネーションを打とうと機会を窺っている。三虎さんは手刀、正拳突きを打つが腕で悉くガードされる。だが霞の返しのビンタは喰らわず腕で捌いていく。
「速いな」
「堅いな」
ヒャヒャヒャ、俺の怨霊を纏ったナイフ怨恨剣で死ね死ね‼」
「私は全身をダイヤモンドの様に硬化させる攻守一対の能力者よ」
「クソ、喰らえ」
「ヒャヒャヒャ、何処狙ってんの~」
「クソ」
丹沢さんは左ボディブローを放ったが、捉えたのは残像だった。
「俺の拳が効かない?」
「今、何かされました?」
三虎さんは腹に正拳突きを打つが、効いていない様だった。
「丹沢さん、後ろ!」
「何?」
「ヒャヒャヒャ、死ね!」
「生身でよく頑張りました。ですが、これで最期です」
蝕喰が瞬時に丹沢さんの背後に回り、背中を横に切り裂き、霞がドレスで高く飛び、三虎さんに右拳を突き付けて特攻した。
「丹沢さん、三虎さん!」
俺は思わず最悪の状況を想像したが、二人は無事だった。彼らの体には其々呪印が浮かんでいた。切られて破けた制服には無傷の背中と『辰』、突き付けられた拳を受け止めた男の右手の甲には『寅』。
「其れじゃ、そろそろ本気でいくか、竜也」
「ふん、言われるまでもねぇ」
「何故俺の剣が皮膚で止まる?」
「龍の鱗の硬度を舐めるな。いくぞ、龍の舞!」
竜也さんはそう言うと腰を落とし、素早く動き始めた。
「死ね死ね死ね!」
「おせぇよ」
蝕喰は素早く動き、背後へ回ってナイフを突き刺そうとしたが、体を右に90度捻って後ろに下がって躱してカウンターでボディへ左フックを喰らわした。
「グギャー」
奴は一瞬で膝から崩れ落ちた。
「どうした、まだやんのか」
「クソが・・・・・・死ねや、怨霊怨縛波!」
「龍の波動!」
「チクショウ・・・・・・」
剣を振り、放たれた死霊達を丹沢さんの両手から放たれた衝撃波が飲み込み、これを喰らった奴は全身を焼かれ絶命した。
「馬鹿な、私のこの拳を受け止めるなんて・・・・・・」
「そんな事より右手、見なよ」
「え? ああ⁉」
丹沢さんが終わった頃、三虎さんが霞に自分の右拳を見るように促し、霞は促されるまま見ると、驚愕していた。霞の右拳が砕けていたのであった。
「悪いけど・・・・・・こっちも終わらせる」
そう言うと突きや手刀、蹴りを浴びせに掛かった。霞は受け止めるが、どんどん体にヒビが入っていく。
「く、なら離れればいい事。これで喰らわない」
霞は後ろへ勢い良く飛んだ。
「やっぱ女を殺るのは後味が悪い・・・・・・猛虎地爪撃!」
三虎さんはそう呟き、地面を突くと衝撃波と共に地面が複数の方向に一直線に割れていき、避けきれなかった霞の体を襲う。
「乾闥婆・・・・・・様」
霞はそう発して体が縦に真っ二つになった。そして其の二つの半身は其のまま後ろに倒れた。
「やったな、竜也」
「ふん、当然だ」
二人はハイタッチをした。
「す、すげぇ」
俺が驚嘆している内に、パトカーが来て、一人の男が降りてきた。
「刑事の杉浦ってもんだ。地域住民の通報で来たんだが、お前らドッキリ動画を撮影するにしても勘違いする様な事はしちゃいけない。罰として、これはうちで押収する。お前たちは真っ直ぐ帰りなさい」
そう言い残すと遺体を運び込みパトカーに乗って行ってしまった。
「ビビった、三虎含め俺らネンショへ送られるのかと思ったぜ」
「ああ、俺らは異人と分かっているが、傍から見れば殺人だしな」
二人が口々に漏らす。
「この空気で言うのもなんスけど、仲間になって下さい」
「良いぜ、仲直りのきっかけを作ってくれた借りがあるからな」
「文人だっけ、お前の名前。俺もいいぜ、立ち直れるきっかけ、新たな夢をくれたお前らの為に協力してやる」
俺達はレインのIDを交換し合うと三つの左拳を最後に合わせて、各々の家路へ向かった。俺は帰り道、ラギーニにデートの返事をした。
「あ~あ、霞ちゃん、死んだか。十二支怖いなぁ~、まあとりあえずうちの側近殺された事であいつの組にも影響あるし連絡しとくか。あ、もしもし龍神会の方ですか? 俺、其方の親父と仲良くさせて貰ってる渡瀬剣いうもんなんですけど、ちょっとうちのクラブのオーナー殺されてみかじめ料が減りそうなんですわ、そこんとこお伝え下さい。其れでは」
2
秋晴れの土曜日、十三時に涅槃駅で待ち合わせて俺達は十八時位まで水族館や、ショッピングアーケード等を巡ってデートを満喫した。
「そろそろ帰るか、ラギーニ」
「も、もう少し一緒にいたい・・・・・・そう、私の家に来て」
「でも、急に行ってお邪魔なんじゃ・・・・・・」
「いいから来て」
「お、おい」
俺はラギーニに手を引かれ電車を乗り降りし、連れられるまま歩いた。
「何処まで行くんだよ」
「もう直ぐ私の家・・・・・・着いた」
「え!」
俺は驚いた。連れてこられた場所はタワーマンションだったからだ。
「私の家、ここの五階」
俺は彼女の後を追い、緊張しながらエレベーターに乗り、彼女の家に入った。中は暗くて人気が無かった。
「お邪魔します」
「文人、私の部屋へ行こう」
彼女に案内されカーテンから日の光が漏れた甘いお香の香りのする薄暗い部屋へ行き、ベッドに座るよう言われ、一緒に座った。
「あの、ラギーニ」
「私、もう文人への気持ち抑えられない」
彼女はそう言うと俺をベッドに押し倒し俺に馬乗りになった。
「ちょ、ラギーニ何?」
「文人大好き、ずっと私と一緒にいて!」
彼女は隠し持っていたナイフを俺の喉目掛け振り下ろしてきた。俺は咄嗟に偶然頭の下にあった枕を両手で抜き、ナイフに突き刺す事で身を守ると、其のまま枕を持って起き上がりながら彼女を押した。彼女はベッドから落ちて尻餅をついた。
「キャ」
「はあはあ・・・・・・何でこんな事を」
「・・・・・・私、好きな人ができると殺したくなっちゃうの、好きが溢れ過ぎて。其れに殺せば何時までも私の傍に居てくれるでしょ?」
「何を言ってる、其れに彼氏が堪ったもんじゃない」
「其れでか、彼氏ができても別れられたり、其の事がきっかけで其の場所に居られなくなって転校したりしたし、警察を呼ばれた事もあった」
「両親は・・・・・・居ないみたいだけど、たまたま?」
「ううん、だいたい両親揃うのも稀だし、仕事で家に帰ってくるの何時も遅いの。パパは貿易会社、ママも証券会社が忙しいみたい」
「お前、俺を刺す前に『ずっと一緒にいて』って、言ってたけど、もしかして寂しいんじゃないのか?」
「寂しい、今日もあなたと別れたら一人で夕飯を食べる。先週も・・・・・・そうだった」
「・・・・・・なあ、ラギーニってラーメン好きか?」
「え、塩味なら・・・・・・」
「よし、決まり。ラーメンを一緒に食べに行こう、後ちょっと待ってくれよ」
俺はそう言うと、レインに一斉送信で或るメッセージを送った。
「じゃあ、二十時になったら行こう。俺の行きつけのラーメン屋へ」
俺達はしばらくデートの延長という形でラーメン屋に二十時に着くように散歩をした。
「さて、どれくらい集まったかな? オッス!」
俺は引き戸を引いて中に入って挨拶した。すると中には尚や智の他に京也を除いた仲間の十二支が全員来ていた。
「其の子、ひょっとして猿さんの彼女? 猿さんに勿体ねぇ」
「馬鹿言ってんじゃないよ、ほら猿石くんに謝りな、陽太」
「はいはい、すいませんしたー。これでいいだろ、月子」
「うん、よろしい。其れで彼女さんなの?」
「ただの友達ですよ。てか、何俺の顔真剣に見てるんだ、小兎」
俺は最近カップルになったらしい二人の怒涛のやり取りに面食らいながら弁明し、ふと視界に入った小兎が何か言いたげな面をしているので尋ねた。
「べ、別に何でもない。其れより急にラーメン食べようってレイン送ってきてどうしたの?」
小兎が赤面しつつ返し、俺のレインの意図を聞いてきた。
「いや、ただこのラギーニがあまり誰かと食事をした事が無いって言うから来られそうな奴に連絡して、彼女を囲んで一緒に夕食を食べようと思ったんだ。ついでにもし良かったら、彼女と仲良くしてやって欲しい、転校したてだし、友達も少ないからさ」
俺がそう説明と頼み事をすると、みんな喜んで承諾してくれた。其れから俺達は賑やかに食事をした。途中、彼女が小兎の方に行き、耳元で何か囁くと、小兎が赤面するという場面もあった。そしてこの会をお開きとして俺と彼女を残してみんな家路へと向かった。
「小兎に何を言ったんだ?」
「何にも、ただ宣戦布告をしただけです」
「そうか・・・・・・ま、そんな訳だから寂しい時は俺達を呼べよ。殺しちゃったら話とかも出来なくなるから、寂しい気持ちは変わらないと思うし、もうそういう事は止めよう、な」
「こんな私でもあなたの恋人になれますか?」
「ちょっと、今は分からない。嫌いではないんだけど、ただ自分でも自分の気持ちが分からなくて・・・・・・」
「分かった、私あなたに振り向いて貰えるように頑張ります」
「あ、ああ・・・・・・うわ、何だよ?」
「じゃあね♡」
彼女は耳元で囁き俺の右頬にキスをすると、家路に向かって行った。俺は一瞬呆然して立ち止まる。そして一呼吸すると家路に向かった。道中、目の前の男が歩きだし俺と横一列になると、話し掛けてきた。
「知らぬ間に仲間が増えたな、文人」
「シエル⁉ 何だよ、ラーメン食べたかったなら呼んだのに」
俺達は其のまま立ち止まって話を続けた。
「ラーメンはどうでもいい。・・・・・・まもなく十二支が揃う。馬を纏う剣士、妖艶な蛇、輝きを放つ鳥とはもう、お前は出会っている」
シエルはそう発すると擦れ違って行った。
「何、一体誰なんだ!」
俺は振り返るが姿は消えていた。俺はただシエルの言葉の意味を考えると電灯で薄ぼんやりとした夜の街の中、家に帰った。
シエルの意味深な言葉を聞いてから一週間余りが経ち、学校を出るのが十五時過ぎになる日程に慣れてきた月曜日、午前は普通に授業を受けて午後から後期生徒会役員の紹介で全校集会があった。俺は上の空で参加していた。其の中で前生徒会長から新生徒会長への挨拶で、
「俺の跡に相応しい者になったと思っている、頑張ってくれ」
「ありがとうございます。剣道部元主将で文武両道な鏡冬馬先輩に負けないようにこの学校に貢献したいと思います」
と言うところがあった。其の挨拶を聞いて俺は
(剣道部、カガミトウマ、出会った事がある、もしかして)
何か分からないがはっとした。そして放課後俺はこの時の閃きが勘違いかを確かめる為、三年の教室へと向かう事にした。
やがて放課後になり、俺は三年の教室に向かった。だが鏡先輩と会う事は無かった。
「何やってんだ? 文人」
「あ、三虎さん。じつは鏡先輩に会いに来たんスけど何処に居るか分からなくて。三虎さん知らないっスか?」
「あ~鏡な、あいつなら隣の教室だけどもう居ないぞ。あいつ部活と生徒会を引退してからは真っ直ぐ塾に向かってるらしいから」
「え!」
「塾の場所は分からんが、昼休みは図書室に居るらしいから明日会ってみれば良いんじゃねぇかな」
「あ、分かりました。あざーっす」
俺は三虎さんに礼を言うと学校を後にして帰ろうと玄関に行くと
「オッス、ラギーニ、今帰り?」
「そう、亜美とつかさと話し込んで今帰るところです」
ラギーニに会った。どうやらあの二人と友達になったらしい。
「文人、一緒に帰ろう」
「いいけど、やっぱベタベタすんのは止めて貰っていいかな」
彼女が俺の腰に手を回し上目遣いで聞いてくるので、其れをやんわり振り解きつつそう言った。
「シャイですね。分かりました、学校ではもうやりません」
「いや、外でも勘弁して下さい」
「うふふ」
俺達は並び、帰路を歩いていた。すると途中大勢の男達に囲まれた。
「何でしょうか?」
俺は其の強面の男達に向かって聞くと其の中の一人が
「おう、龍の能力者は何処におるか教えんかい」
「さあ、何の事ですかね。(こいつ、何で十二支の事を知ってるんだ)」
「しらばくれてんじゃねぇぞコラ! テメェ、俺らの事舐めとんのか」
「おう、そこまでにしとけや」
「幻龍の兄貴」
大勢の男達が縦に二手に分かれて、幻龍と呼ばれた龍の刺繍の入ったスーツを着た男に道を作った。
「あなたは」
「俺、龍神会で若頭補佐をやっとる、幻龍いいます。あんたが猿石さんですね、まあ否定してももう調べはついとるんすわ」
「で、ヤクザのあなたが何故竜也さんを探してるんですか?」
「其れはうちの親父が会いたい言うとるからですわ、あんたらがこの前二人の側近を殺した事に興味持ったそうで」
「俺が仲間の居場所を教えると思います?」
「ほなしゃあないなぁ、行方は他のお友達に聞くとして、おい!」
奴が号令すると周りの構成員が構えた。
「安心せいや、俺らヤクザやけど俺含め人間やないから殺しても捕まらん。ま、側近の俺を殺せるもんなら殺してみろや」
「やるしかねぇか、ラギーニ逃げろ」
「おい、やれや、まとめてぶち殺したれや!」
俺と男達が距離を狭めようとしている時、彼女がすっと前に出て
「みんな男性ですよね、文人? だったら私にまかせて」
「ラギーニ下がれって」
「ノー、下がるのはあなたです、文人。巻き添えを喰らわないよう出来るだけ遠くへ」
彼女の、後ろから垣間見える不敵な笑みと謎の妖しいオーラに力を感じ、俺は徐々に彼女から離れた。
「嬢ちゃん一人で俺らの相手とはずいぶん舐められたもんや」
「幻龍の兄貴、この女殺さず捕らえて俺らで楽しみましょうや」
「はぁ~、こんなに大勢の男達に囲まれて滾ってしまいますわ♡」
「ゲヘ・・・・・・へ」
俺が遠くから見ていると彼女が光に包まれ、彼女の周りを紫の霧が立ち込めた。そして彼女に突っ込んだ男達が次々倒れていく。
「はぁ~♡」
「何やワレ、何したんや」
「あ~ん♡」
「このアマ、死ねや!」
奴は半人半龍の姿となり、翼で飛びながら向かって行くが突如、彼女の前で立ち止まりぼっとしている。
「おやすみなさい」
彼女はそう言うと奴の顔を両手で持って、口にキスをすると奴は崩れる様にうつ伏せに倒れた。
「もう、来てもいいよ、文人」
「ラギーニ、これは一体・・・・・・」
私、最近この力に目覚めたの。能力は毒、力を解放したら体液が全て毒に変わる、其れで幻龍に口移しで毒を飲ませた」
「なるほど、だけど何故俺になるべく離れるように言ったんだ?」
「この力は相手が男性なら何人でも仕留められるものなの。汗等の体液で霧を作り、其の中に居る相手に甘い幻を見せて仕留める。だけどこの力は無差別に効果があるから、文人も危ないと思って」
「嬉しいよ、お前も十二支だったなんて」
「十二支? 何ですか」
俺は毎度のように仲間の事も含め説明をした。
「なるほど、私が力を使うとき舌に『巳』の赤い字が浮かんでいたのは其の印だったんですね。けど嬉しいです、文人の力になれる」
「これからもよろしくな、ラギーニ」
「はい、小兎よりも力になってみせる」
俺は彼女を彼女の自宅まで送ると、家へと向かった。
「親父、幻龍が殺された、連れの構成員諸共ネ」
「そうか、飛龍。やっぱごっついのう、十二支は。せやけどワシが興味あるんは、竜也とかいうガキや。はようどっちが強いかやってみたいのう、龍神会会長藤原龍児として。いや、八部衆の龍として」
3
「そうだが君は」
翌日の昼休み、俺は図書室で勉強している鏡先輩を見つけ話し掛けると俺の方に顔を向けてそう言った。
「二年の猿石文人っス」
「其れで猿石くん、俺に何か用か?」
「あの・・・・・・今、お話しても大丈夫っスか?」
「すまないが、授業の予習に塾の宿題とする事が多くて暇が無い」
「そうっスか・・・・・・」
「もういいか?」
「は、はい・・・・・・あの、何時お話し出来ますか?」
「悪いが君に構っている時間が無いんだ、今のこの時間さえ惜しい」
彼はそう言うと、再び自分の世界に入っていった。俺は黙って其の場を後にした。けれど、俺は諦めなかった。話を聞いて貰うまで何度だって、何日だって彼の許へ向かおうと決めて自分のクラスに帰り、いつも通り過ごして家に帰った。
あれから数日間、放課後になると図書室や三年の教室へと足を運んだ。そして或る日の放課後、
「しつこいぞ、貴様!」
「すいません、だけど中々俺の話を聞いてくれないから」
「だから何度も言っているだろう、俺には時間が無いんだ」
「よ、文人。何してんだ?」
「あ、三虎さん。竜也さんも学校来てたんスか」
「まあな」
「で、何してたんだ」
「鏡先輩に聞きたい事があって、ここ数日会いに来てるんスけど中々取り合ってくれなくて」
「なあ、鏡、可愛い後輩の話くらい聞いてやれよ」
「兵頭、俺はお前とは違い暇では無い。これから塾だからな」
「そうかい。なあ文人、今から俺達はFAIRY MISTに殴り込みに行こうと思っているんだが――お前も来るか?」
「行きますけど、何故ですか? 三虎さん」
「どうも陽太の学校で噂になっているらしい、客が十八歳未満と知りつつ入店させるホストクラブが在ると。さらに一度行った女は必ずハマって異常な目付きをしてまた入店する。金が払えなくなった女は誰であろうと関係無く何らかの方法で金を作らせるらしい。俺は其れがFAIRY MISTだと思って、やるなら早い方が良いと思ったんでな」
「なるほど・・・・・・じゃあ行きますか」
俺達が現場に向かおうとしたところ、
「ちょっと待て」
彼に呼び止められ、俺達は彼の方を向いて立ち止まった。
「貴様ら、後輩連れて本当にホストクラブに行く気か」
「まあ、そうなるな」
三虎さんが答えると、
「痴れ者共が、何をするつもりか知らんが許される事では無い。其れに其のホストクラブについても警察に任せればいいだろう」
「これは警察で手に負える案件じゃないんだ、俺達にしか出来ない事なんでな。第一鏡、お前に止められる理由も無い」
「分かった、俺も行こう。其の場所に関する案件は俺の生徒会長任期終了間近の頃に密かに相談されていた事でもある。塾は休む」
そうして俺達は行くと譲らない彼を連れてFAIRY MISTの中へと入った。
「お客様、未成年の入店はご遠慮しております」
「おい、霧人に伝えろ、十二支の寅と龍と申が会いに来たとな」
竜也さんが応対したボーイに言うと、
「どうやら俺を指名のようだね」
という声と共に霧人が二階からあいつを連れて降りてきた。
「オーナー、あいつら」
「ああ、そうだよ。そしてまずは――皆さん大変申し訳ありませんが店の方で問題が発生しまして急遽本日は閉店とさせて頂きます。すいませんが、また後日のお越しをキャスト共々お待ちしております」
霧人が店内でそうアナウンスして客を全て帰した。
「まさかあんたも居たとはな」
「よー久しぶり、猿クン。ここに来たって事はやっぱりアレ」
「そう、喧嘩だよ。まあ気合入ってるのは俺だけじゃねぇけどな」
「どうもあなたがこの店のオーナー様ですね」
「そうですが、あなたは?」
「私はこちらの愚か者共と同じ学校で生徒会長を務めておりました鏡と申します。こちらの店に関する噂が事実か確認したく参りました」
「ああ、女の子を食い物にしているという件ですか、事実です」
「ならばこれは違法だ、警察を呼びます」
「警察? ははは」
「何が可笑しいというのですか?」
「だってこれは人間には解決出来ない事ですし、其れに・・・・・・はは」
「貴様!」
「まあまあ鏡、後は俺達に任せて後ろに下がってな。さあ、ドンパチしましょうか皆さん」
「な、兵頭⁉」
「頑張れやお前ら、俺は二階で見てるから」
乾闥婆は二階に上がり、俺達は彼を遠く離すと、戦いを始めた。
「先輩方は雑魚を一掃して下さい、俺はあいつに借りがある」
「ああ、了解」
龍虎は同時にそう答えて各々店内で暴れた。三虎さんの全身の闘気を集めて白き虎の姿にしたものを正拳突きと共に相手にぶつける新技、闘気白虎波動、竜也さんの龍の波動で雑魚は全て消え失せた。俺は霧人に、進化して炎を纏った技、炎帝・金剛猿槍煉獄無間葬を見舞った。すると奴のガードした双剣の刃がヒビ割れていき、やがて刃が砕け攻撃が届いた。
「ぐわ」
奴の全身は見るに堪えない程にボロボロになった。
「これはちょっと不味いか――おい霧人、本気、出していいぞ」
乾闥婆が二階から奴に声を掛けた。其の声を聞くや奴は少し口角を上げると四つん這いになりながら俺に背を向け店の奥に入っていった。やがて奴は俺の目の前に大量の赤ワインのボトルを転がしながら戻ってきた。そして奴は其れらをいきなり一気飲みしていく。すると奴の傷が治っていき突然立ち上がった。其の姿は欲堕人に似ているが桁違いのオーラだった。
「マスター、こいつら全員俺の好きにしていいっスね?」
「いいぜ」
「ヒャヒャ、血を吸い尽くしてから灰にして殺してやる。楽しみ~」
「驚いたろう? 霧人はな、赤ワインを飲むと本当の姿に戻るんだよ。気性の荒い西洋でいうヴァンパイアに」
俺達は攻撃を試みるが攻撃を喰らいながら反撃してきたり、多数の蝙蝠に分裂して攻撃したり、分裂する事で攻撃を避けたり、龍虎の波動攻撃もスピードも上がった奴の腕を弾け飛ばすのが精一杯でしかも負った傷も失った腕も直ぐに回復したりして厄介だった。
「俺は早く血が飲みたい、だけどテメェらはちょっと面倒だから先に丸腰のテメェの血を頂くぜ」
奴は分裂し、俺達の脇を擦り抜け彼の方へ向かっていった。
(チッ、ここから攻撃すると鏡先輩に当ってしまう・・・・・・そうだ)
「鏡先輩、受け取って下さい。そして其の刀で堪えている内に俺らがそっちへ突っ込みます」
俺は咄嗟に拾った鞘に収まっている刀を投げると、彼の許へ走っていった。
「死ね!」
奴は合体して彼に襲い掛かるが、奴は肩を掴んだまま動きを止めた。
「『一寸先は闇』か、まさか生きている内に非科学的な事象に遭遇しようとはな」
受け取った刀を持ち居合で奴の胴を払った彼の体を光が包み、其の首筋には『午』の赤い字が浮かんでいた。
「貴様ら、話はこの悪鬼を仕留めてから聞くとしよう」
呆気にとられている俺達を一瞥すると立ち上がって奴と対峙した。
「な、何故回復しない⁉」
奴は慌てている。其れを見ながら冷静に、
「どうやら俺の剣は水、氷を纏っているらしい。其れで貴様の胴の傷口を凍らせた」
と答えると納刀して立ちで居合の構えをした。
「目覚めたての新参者に負けるかよ」
と奴は分裂し彼に襲い掛かる。彼は一瞬抜刀してまた納刀すると静かに通り過ぎるのを待った。其の体には複数の傷ができていた。
「どうだ」
奴はそう吐きながら合体していく。
「笑止、貴様気付かぬか」
「え、ぐわ」
合体した奴の体には手首と足首の先が無かった。
「俺の抜刀術でそこに当たる部分の分身を切り裂いた」
「分身して襲えば先に死ぬのはテメェだ」
「我、貴様に問う。三千世界とは?」
「は? 知らねぇな」
「其の答えは・・・・・・」
彼は奴に分身する隙も与えず胴を切り裂いた。切り口は凍っており、血も出なかった。
「仏の手の上に在り」
「おお、すごいね。うちの側近がこうもあっさりやられるなんて」
「乾闥婆、どうやらお前の負けみたいだ。降参して降りてこいよ」
「猿クン、俺はまだ終われないんで、ドロンさせて貰うぜ」
「待てや!」
二階を走って逃げていく乾闥婆に向かって三虎さんが吠え、闘気白虎波動を放つがぎりぎり躱された。そして上からガラスが割れる音がした。どうやら事務所の窓を割って外へ出たようだ。俺達は力を抜いた。
「さて貴様ら、知っている事を全て話して貰おう」
彼は俺達に詰め寄ってきた。俺は全てを説明した。彼は驚いた表情を時折見せるが、直ぐに真顔となり全てを理解した様だった。
「あの鏡先輩、仲間になって貰えないっスか」
「話は分かった。だが断る」
「え、何故」
「この世界を救う事は俺達にとって大事な使命だ、其れは分かっているが俺には他にも使命がある。俺は常に何でも一番にならなければならない、みんなの期待に応えエリートになる使命がある、父上も爺様もそうだったから。其れ故に遊ぶ時間も誰かと過ごす時間も削ってでも努力しなければならない、きっとこれからの戦いも其の妨げになるだろう。だから力を貸す事は出来ない、すまない」
俺はそう言って傷ついた体で帰ろうとする彼を呼び止め
「今うちの回復役を呼ぶので、ちょっと待ってて下さい」
と言って羊に連絡をした。暫くして羊が到着し、俺達の傷を癒してくれた。彼は羊に軽く礼をして少し悲しい顔をして帰っていった。俺達も瓦礫と化した店を背にして帰った。道中で視界に入った三日月は刃の様に細く鋭いが、其の光芒は何処か弱々しく見えた。
「どうした冬馬、今日は心ここに非ずといった感じじゃな」
「すみません爺様、何でもございません」
「のう、冬馬。今日のお前の太刀筋を見るに、何かあったのか? 帰ってからもずっと覇気が無い」
「本当に何でもございません」
「お前もワシらのようにならねばならぬ、余計な考えは無用じゃ」
「はい、分かっております。引き続きご指導お願いします」
翌日の朝礼前の教室で、俺はどうしたら一緒に戦ってくれるのかを考えながら途方に暮れてぼっとしていると、朝礼が始まった。
「今日も一名欠席と」
担任が何時ものように出席を取っていると教室の後ろの扉が開き、端整な顔立ちに金髪ロングでスタイルの良い女の子が入ってきた。
「ちょっと遅れましたけど、私欠席じゃありません」
「あ、烏帽子さんおはよう。よし、今日は久しぶりに全員出席だ」
彼女が入ってくるや俺や一部の者を除いて教室がざわめいている。
「やっぱりうちの学校に通ってたんだ」
「本物の烏帽子美紅さんだ」
「はい、みんな静かに!」
担任の一声で朝礼の間は静かになった。其れから午前中ずっと彼女は人に囲まれていた。そして昼食時、俺は彼女が人に囲まれている中に割って入って話し掛けてみた。
「とりぼうしさんだっけ、よろしく」
「『えぼし』って読むのよ、お馬鹿さん」
「(気が強いな)ゴメンゴメン」
「あ、あんたどっかで見たような」
「うん? あ、其のキーホルダー! お前もしかしてずっと前に涅槃駅の駅前で其れ落としたのを拾ってやったのに礼も言わなかった女か!」
「あの時は悪かったわよ、急いでたんだから。でも私の私物に触れたんだから、こ、光栄に思いなさいよね」
「お前、何もんだよ。姫かアイドルか何か?」
「そうだよ、猿。この人は今人気のカリスマティーンモデルで最近は女優業もやってる烏帽子美紅さんっていってあんた如きが気軽に話せるような人じゃないわけ、まったく何時の間に知り合ったんだよ」
亜美が俺に語気を強めて言ってきた。周りの女達もみんな俺を睨んでいる。俺は溜息の一つをして自分の席に戻っていった。
「猿、お前潜りかよ。まあそんな反応してんのもう二人居るけど」
尚はそう漏らした。どうも小兎とラギーニもよく知らないようだ。そうしている内に休み時間が終わり午後の授業、あっという間に放課後となった。俺は一目散に教室を出て鏡先輩が居るであろう三年の教室に向かおうとすると、
「文人、たまには一緒に帰る」
ラギーニが俺の腕を掴んできた。
「ラギーニ、悪いけど急いでんだ。十二支に関係する事で三年の教室に行かなきゃなんねぇ」
「文人最近全然構ってくれない、私寂しい」
「文人くん、多分其の先輩はもう居ないと思うよ」
小兎が話し掛けてきた。
「え、何故分かるんだ?」
「私も力が上がっているの、一度目覚めた十二支のオーラなら探知出来る。けれど、この学校に私の知らない十二支のオーラは感じない、きっともう帰ったのよ」
「そうか・・・・・・」
「じゃあ、デート出来るネ」
「ちょ、待て」
「蛇喰さん、あたしも混ぜて貰っていい? 今は其々小説を持ち寄る為の準備期間という事で文芸部は休みなの。だから時間もあるしあたしもたまには文人くんと遊びたいと思って」
「ふふ、さすが小兎ライバルです。いいですよ、ラギーニって呼んでくれたらネ」
「ありがとう、ラギーニ」
「勝手に決めやがって・・・・・・いいよ、俺を好きに連れ回しやがれ」
俺は二人と共にゲーセンやらカフェやらに連れ回されプリントシール機で写真を撮らされたり、レディースの服屋に連れてかれたりして疲れた。何より二人のパワーがすごかった。ラギーニは何時も通りな感じだが、小兎はやたら押しが強かった。何がそうさせたのだろうか。また、放課後デートというものをした事が無いし向こうにリードされるようなデートは初めてで戸惑ってばかりだったが、男同士で行かないような所に行けたし正直楽しかった。
日も暮れ始め俺達も解散しようとした時、目の前にシエルが現れた。
「シエル、お前から姿を現すとは珍しいな」
「文人、冬馬が危ない」
「・・・・・・シエル、場所を教えろ。直ぐに羊を連れて行く」
「彼の家の横の道場だ、付いてこい。だが羊は来れない、彼は三虎と竜也と一緒にいる、八部衆の龍に呼び出されたようだ」
「羊がダメとなると回復出来る奴が」
「あたしなら出来るよ、羊くん程じゃないけど少しは傷を癒せる」
「小兎・・・・・・頼むぜ。よし、シエル案内しろ」
俺達はシエルに連れられて大きな屋敷の横の道場に着いた。そして入り口の扉を開けて、目にしたのは後ろで浅手だが傷を負っている老人とあの時、夜叉と一緒に居た虚無僧、そして虚無僧の剣を凍気で纏った木刀で受け止めている鏡先輩だった。
「先輩!」
「ふん、霧人を破った剣士とは如何程の者かと思えば期待外れも甚だしい。覇気無き剣士に用は無い、逝ね!」
「は~ん♡」
「ぬ、霧。巳の力か」
「はぁ!」
ラギーニが霧を作り、小兎が後ろから回し蹴りで虚無僧の脇腹を刈り、横に蹴り飛ばした。虚無僧は横の壁にぶつかる前に踏み止まった。
「大丈夫ですか? 先輩」
「ありがとう猿石、大事は無い」
「シエル、怪我しているお爺さんを頼む」
「分かった」
シエルは了解し怪我をした老人の手を取り連れて行こうとしている。
「ふん、子供騙しの幻影など明鏡止水の心の我には通じぬ。ぬん」
ラギーニの霧が剣圧で吹き飛ばされた。
「ダメだ、ラギーニの技も効かない」
「覇気が無い、か。敵の言う通りだ。俺は捨て置けぬ君達、爺様達、其々からの使命から一つを選べず迷っている。こんな半端者では誰も守れず何も貫けず、結局何も果たせんのだろうな・・・・・・」
「危ないシエル、先輩!」
俺は彼らへと振り下ろされた刃を、両手で横に持った得物で受け止めた。そしてこう言った。
「何故一つの道だけを選ぶ必要があるんスか? どちらも先輩には大事なものなんでしょ? ならどちらも通せば良いじゃ・・・・・・ないっスか」
「何を簡単に!」
「冬馬」
彼が俺に食って掛かったところに傷を負った老人が彼に呼び掛けた。
「はい、爺様」
「冬馬よ、昨日ワシが言った事を覚えているか?」
「はい、ですが余計な考えに苛まれて未だ道を迷っている次第です」
「冬馬よ、ワシは己を捨ててただ使命を全うしろと言いたかった訳ではない。ワシはお前に、課した使命に縛られず多くの人と出会い、もっと多くの経験をし、視野を広げよと伝えたかったのじゃ」
「爺様」
「冬馬よ、よく聞け。ワシもお前の父も一人だけの力でエリートになれた訳ではない、机上では得られぬ経験や様々な人との出会いによってワシらはエリートとなりえたのじゃ」
「机上では得られぬ経験、出会い・・・・・・」
「そうじゃ、エリートとは優れた能力と人を動かすカリスマを持つ者、一人の力がどれだけ優れていても結局人と協力出来なければ意味が無い。だからもっと多くの経験を積め、きっと今ワシらを助けてくれている少年達との使命を果たす事もお前にとって大事な事じゃ」
「ならば俺は両方の道を選んで良いのですか?」
「無論、真のエリートは何時の時代も前例の無き事をしてきた。貫け、己の信ずるものを」
「文人くん」
「文人」
二人が奴に向かって走ってくる。
「ふん、猪口才な」
奴はそう発すると残像を残しながら流れるように動き二人の胴を払った。彼女らの腹部から血が出ていた。
「お前!」
「どういうつもりか知らぬが、まあ良かろう。後、二人か」
「待て」
俺が激昂し奴が落ち着いた口調で呟いている中、後ろから彼の声が聞こえる。そして彼が俺の前に出た。
「世話を掛けたな、だがもう大丈夫だ」
彼は俺の方をちらっと見て優しく言うと、奴の方を向いて構えた。
「そんなに死に急ぐか、ならば先に涅槃に送ってくれようぞ」
「喝!」
「ぬ」
彼の叫びで走り寄ってきた奴の足が止まった。
「迷いは晴れた、最早俺に斬れぬ者はいない」
「ほう、其の言葉、誠か否か我が見定めてやろう」
奴は再び彼に其の俊足で向かってくる。彼は得物を地に突き刺し
「冬馬一刀流奥義雪刃花!」
と叫ぶと地が凍りつき幾つもの氷の刃が生えてきた。
「この程度では足止めにもならん、逝ね」
奴は全て避けて対峙するものを切り裂いた。すると切り裂かれたものはシャーベット状の氷に変わり奴の体に纏わり付き凍り付かせた。奴が彼だと思って切り裂いたものは彼が作った氷人形で、彼は生えてくる幾つもの氷の刃に隠れて人形と入れ替わったのだ。
「冬馬一刀流奥義水鏡だ。この技は氷人形を作り、其れを攻撃した者を凍り付かせる」
彼は奴の後ろからそう言いながら奴の目の前まで歩いてきた。
「これでさらばだ」
彼が得物を上段に構え奴の面に向かって振り下ろした。すると、
「臨・兵・闘・者・皆・陳・裂・在・前!」
と奴は唱え氷を弾き飛ばすと、後ろに飛んだ。其の時刃が掠めたのか編笠が縦に少し裂けた。
「貴様と死合うのはまたの機会だ、今は退かせて貰う御免」
「貴様、八部衆の誰だ」
彼は逃げ行く奴に問いた。すると奴は編笠を捨てると、
「仮に以蔵と名乗っていたが貴様になら名乗っても良かろう。我が本当の名は羅刹、八部衆の夜叉の盟友よ」
奴はそう去り際に答え足早に去っていった。俺達は奴を追うよりも、怪我した者の治癒を優先するべきだと考え、二人の許へ駆け寄った。そして俺は二人に傷の状態を尋ねると、二人は痛みを訴えてはいるが、思っていた程傷は深くなく普通にしゃべる事が出来た。
「良かった。しかし何故奴は二人を殺さなかったのだ? 奴らにとって十二支は邪魔でしかない筈」
「奴が手加減したという事っスか? でも何の為に」
俺は先輩とそう言い合っていると、
「あの、あたし斬られる瞬間に一瞬、八部衆の音が聴こえたの、でも直ぐに消えた。ありえないと思うけどあたし達もしかして・・・・・・」
「其れでは俺は去る、文人さらばだ」
「あ、ああ分かった。サンキューなシエル」
シエルはいきなりそう発して消えた。
「ともかく今は傷を治す事が先だ、頼むぜ小兎」
俺は彼女に声を掛けたが返事が無い。
「小兎? おいどうした小兎」
「あ、ごめんなさい・・・・・・ねえ文人くん、シエルって前からあんな雰囲気だったっけ?」
「は? 何言ってんだ、そうだろう」
「そ、そうだよね。ゴメン変な事言って、気が昂ってるのかな」
彼女はそう言った後、怪我の治療を開始し、みんな元気になった。
「さて、今度こそ仲間になってくれますよね? 鏡先輩」
「無論だ、道を教えてくれた恩に報いる為、共に戦うと誓う」
「其れじゃレインのID交換を・・・・・・」
「すまない、俺はレインをやっていなくてだな」
「マジっスか! じゃあまずスマホを起動して、レインのアプリを入れて下さい。そんで入れたら・・・・・・」
「・・・・・・はいじゃあこれでID交換終了っス」
「すまないな、手数を掛けてしまった」
気にしないで下さい、じゃあまた学校で」
「ああ、学校で」
俺達は彼の家を後にして其々家路へと向かった。
「俺らこんな場所に呼び出して一体何の用だ、八部衆の龍」
俺は指定された場所で黒のスパイキーショートヘアで無精髭の黒と白のストライブのセットアップの椅子に座った男に問い掛けた。
「怖いなぁ竜也はんは。そんなに喧嘩腰にならんでええですやん。ワシはただあんたに一目おうてみたかっただけですねん。あ、因みに指定したこの場所、あんたの連れの三虎はんが殺した女がオーナーしとった店でね、霧人がオーナーしとった店を含めてワシの組のシノギやったんやけど、あんたらの所為でのうなって本当最悪ですわ」
「そんで俺らに其の落とし前を付けろと?」
「はは三虎はん、ワシはそんな小さい男ちゃうで? 弱いもんが強いもんに負けた、ただ其れだけや。其れよりどうや、せっかくこうして会えたんや一緒に酒でも飲まへんか?」
「俺らは未成年だ」
「三虎はん、いいやないか少し位。お、これなんかええな」
俺は奴の持っていたボトルを拳で叩き割った。
「竜也」
「こいつ!」
「ええて、抑えろや」
奴は、俺を睨みながら自身の懐に手を突っ込んだ男を宥めた。
「俺は短気なんだ、さっさとやるなら掛かってこい」
「ふふ、ええ目や・・・・・・あんたと会うんは今日が初めましてやのにそんな気がせえへん。まるで互いの龍が因縁を覚えとるようや・・・・・・。ワシは強い奴と最高の喧嘩をしたい、竜也はん、ワシはあんたを評価しとるけど実際に自分の目で見んと実力が分からん。そこでや、おい」
「うっす」
「ひえ、僕怖いです」
羊が怯えている。
「ここに居る構成員で腕試しや、十二支の龍に喧嘩する価値あるか試させて貰うわ。よしおどれら遠慮はいらん、殺す気でいったれ!」
「三虎、テメェは手を出すな」
俺は三虎を制して雑魚共を片っ端から伸していった。
「流石やな、ほな本番といきますか」
奴は立ち上がり構えた。俺も構え、ぶつかろうとした時、
「おい、お前らここで何をしている」
杉浦とかいう刑事が現れた。
「親父、車用意したネ」
「おう、分かったわ。直ぐ行くで」
「待て、逃げるな」
「悪いな、今回はここまでや。次は最高の喧嘩、しような」
俺は奴の車が遠ざかって行くのをただ茫然と見ていた。そして
「三人共無事か? ここで何があったか知らんが、災難だったな」
異人である筈の奴が人間の刑事如きが現れた瞬間、突然逃げた理由を考えながら、廃墟のクラブの入り口から月を見つめていた。
4
羅刹の襲撃事件から一週間が経った。其の間は学校にマスコミが押し掛けて学校の生徒、職員は落ち着かない日々が続いていた。当時、様々なSNS、新聞、テレビでも其の話で持ち切りだった。中でも鏡先輩は毎日のように学校、そして家に帰ってもマスコミの対応に追われていたという。これはあの家の家族全員が先輩と同様な目に合ったらしい。どうやらエリートの豪邸襲撃はマスコミには美味しいネタらしく其の事をレインにて聞いた。やがて犯人が特定されなかったり、事件について、家族のみんなの証言が荒唐無稽な話に思えたりしたせいか、マスコミは徐々に姿を消し、今は変わらない日常に戻った。
今日も何事も無くかったるい授業を受けて放課後となった。俺は帰り支度をして教室を出ようとしていると、
「ちょっと」
「あ、お前は・・・・・・なんて名前だっけ? 鴉帽子じゃなくて」
「えぼしよ。もういい、美紅でいいわ」
「えと、美紅。俺に何か用? てかお前今日学校来てたんだ」
「午前はモデルの仕事で来れなかったから午後の最後だけ来たの。あんたどうせ今暇でしょう? 今からちょっと付き合いなさい」
「勝手に人を暇人扱いすんな、俺だってこれからやる事あるわ」
「何よ、言ってみなさい」
「ゲーセンとか漫画の新刊出てないかチェックしに本屋とか・・・・・・」
「ふ~ん、じゃあ暇って事ね。行きましょう」
「ちょ、おい」
俺は美紅に手を引かれ玄関に差し掛かった時
「猿石」
「あ、鏡先輩」
俺は先輩と顔を合わせた。
「今帰りか?」
「そうなんス、先輩は塾ですか?」
「ああ、でも最近は勉強の息抜きに色んなものを調べ始めた。すると毎日驚いてばかりだ、そして色んなものを知る度に己の世界の狭さを痛感させられる。今度時間を作ってゲーセンに行ってみようと思う」
「其れは良いっスね」
「猿石、遊ぶ事も大事だが、勉強する事も忘れずにな、では」
「お疲れっした」
「ねえ、さっきの人知り合い?」
「ああ、鏡先輩は元生徒会長で頭良くて剣道が得意な、俺の仲間だ」
「ふ~ん、じゃあ行くわよ」
「お、おう」
俺達は下駄箱で靴を履き換え街に繰り出した。そして街に出ると俺達の周りがざわめいて俺達を誰もが見る。
「あのさ、変装みたいな事しないの? 芸能人だろ、お前」
「私そういう『自分芸能人です』みたいな事するの嫌いなの」
「あっそ」
(俺、傍から見たら彼氏に見えてっかな? ならもっと『俺の彼女カリスマモデルなんスけど』みたいな余裕のある感じ出した方が良いか)
「あんた何いきなり変な顔してんの? キモい」
「うっせ! (こっちとら一杯一杯なんだよ)」
「じゃあ、まずゲーセンに行くわよ」
「お、おう」
俺達はゲーセンに向かった。彼女は俺をここに連れてきた癖に俺の後ろで俺が遊んでいるのを見ているだけだった。俺はクレーンゲームでぬいぐるみを取って彼女にやった。其の後は本屋に行ったがまた見ているだけ、最後に運動公園に寄ってベンチに座った。
「なあ、お前今日何がしたかったの?」
「別に」
「何で俺を誘ったの?」
「別に」
夕暮れ時になり十月の初旬とはいえ肌寒くなってきた。そんな中暫し無言が続く。
「・・・・・・普通の高校生がする事に興味があったから、今日やってみようと思って、そんで私の事、特別扱いしないあんたを誘ったの」
「え?」
「私、人気モデルで最近は女優もやってる売れっ子じゃん? だから仕事が忙しくて中々学校に来れないし、来たらやっぱ芸能人だからみんな好奇な目で私を見る」
「そりゃ、クラスに芸能人が居たらそうだろう」
「私は正直芸能関係の仕事をしているだけで、みんなと変わらないと思ってる。でもみんなは私を一つ上の人間だと思って見上げる形で接してくる、本当はただの女子高生としてみんなと同じ目線で接して欲しいのに。だけど私性格が不器用だからつい素直になれなくて『この私が』みたいな事言っちゃう。これじゃ何時までも変わらないよね」
「よし、明日はお前の事知らなかった女子二人連れて四人で遊ぶ」
「は? なんであんたに勝手に決められなきゃいけないのよ」
「何だ、明日お前空いてないのか?」
「空いてるけど行くとは言ってないじゃない」
「今日の仕返し、よし決まり、明日楽しみにしてろよ、じゃあな」
「ちょ、ちょっと」
俺は彼女を置いて、スマホで連絡を取りながら家に帰った。
翌日の放課後、教室の人混みに俺は突っ込んで行った。
「ちょっとゴメンね、俺も美紅ちゃんと話したいんだけど」
「何だよ猿石、俺らが話してるんだから後でな」
「いや~、ゴメンゴメン・・・・・・ゴメン!」
俺は美紅の手を取り、教室を勢い良く出て玄関に向かって走った。
「あ、待て猿石!」
「ちょっといきなり何なのよ」
「いいからとにかく走れ美紅!」
俺達は急いで靴を履き換えて、其のまま公園まで全力疾走した。
「はあはあ・・・・・・二人とも待たせたな。美紅も・・・・・・走らせて悪い」
俺は息を弾ませながら、先に公園に待たせていた小兎とラギーニに声を掛けつつ、同じく息を弾ませている美紅にも声を掛けた。
「まったく・・・・・・急すぎてびっくり・・・・・・したわよ」
彼女はそう返した。
「私達を呼んだのは、新しい女を紹介する為ネ? 文人」
ラギーニは静かにそう言い、小兎は俺の顔を見ようとしない。
「そんなんじゃねぇよ。ただこいつが高校生っぽい事をしたいって言うけど、俺じゃ女の子が行きそうな場所が分かんねぇから、お前らに案内してやって欲しくて」
「其れは分かったけど・・・・・・何であたし達なの?」
「なんかこいつ普通の女子高生として接して欲しいんだと。其れでこいつの事あんまよく知らなそうなお前らに助力を・・・・・・」
「・・・・・・烏帽子さん、行きたい場所ってある?」
「ま、任せるわよ」
「其れなら涅槃市のカフェに行こうよ、ラギーニもいい?」
「OKです」
「其れじゃ俺はこれで・・・・・・」
「待って、文人も行く」
「いや、俺の役目は群衆から引き離すまでだから・・・・・・っておい」
俺は強引にラギーニに腕を引っ張られ、女子達に付き合う事になった。カフェやら服屋やらカラオケやらに連れ回されている間内心、
(おいおい、この流れ二回目だよ・・・・・・)
と思った。俺達が涅槃市のショッピングモール近くに差し掛かった時、彼女がふと
「ねぇ、あんたって何貰ったら嬉しい?」
と俺に聞いてきた。
「え、何々? 俺に何かくれんの? お前もしかして俺の事・・・・・・」
「か、勘違いしないでよね。別にあんたに何かあげる訳じゃないから。ただ、男の人って何貰ったら喜ぶのかなって」
「(先輩の為ね)そうだな・・・・・・刀のキーホルダーで良いんじゃね?」
「は? あんた、真面目に言ってる?」
「当たり前じゃ~ん、男は刀好きだし。さらに言うとあの人はきっと何を貰っても喜ぶよ、冷たく見えるけど本当は優しい人だから」
「そう・・・・・・」
美紅が少し照れた表情を見せてそう言った。
「文人なら何?」
「え、俺? 俺は・・・・・・」
ラギーニが悪戯半分という具合で聞き、小兎が俺を見つめている。
「俺は何だろう? ただ俺も何を貰っても嬉しい。だけど、本当に欲しいものはきっと温もり・・・・・・自分でも意味は分からねぇけど・・・・・・」
「なるほど、難しいですね、文人の喜ぶものは」
「俺の事はどうでもいいじゃん。さあショッピングしようぜ」
俺は三人にそう呼びかけて放課後の時間を楽しんだ。そして電車で俺達の街に帰ってきた頃には十八時を過ぎていた。
「良いもの買えて良かったな、美紅」
「ま、まあね。あんたのおかげだしありがとう」
「へ、礼には及ばねぇよ。後、俺の名前は『あんた』じゃないぜ? 俺は文人、そしてラギーニと小兎だ。さてレインIDの交換するか」
「え、何であんた達とそんな事しなきゃいけないのよ」
「俺は友達や仲間になった奴とは必ず連絡先を交換する。俺も二人もお前を友達だと思ってるんだけど、お前はちげぇの?」
「・・・・・・違わないわよ。さっさとこの私にレインID教えなさい!」
(ふ、まったく)
俺はそう思いながら彼女とレインIDを交換した。
「じゃあ今日はもう遅いし解散! あ、そうそう、俺達お前がクラスに馴染めるように話振ったりフォローしたりして協力するから」
「え!」
「うん、約束するよ美紅ちゃん」
「文人の頼みなら仕方ないですね」
「じゃあな」
俺達が駅から其々の家路に就こうとした時、
「待って」
彼女が呼び止めた。
「何?」
俺が振り返って言うと、
「これ十月の中旬に行われる私が出演するガールズコレクションのチケット、あんた達にあげるわ。要らなかったら捨てて」
「二枚ある? 美紅ちゃん。お兄ちゃん其の頃に急遽帰ってくるの」
「俺も色んな奴に配りたいから多めに貰うぜ」
俺達はチケットを受け取って其のまま家路に就いた。
翌日から俺達は彼女が馴染めるように話を振ったり、素直になれない彼女をフォローした。すると最初は見上げるだけのクラスメート達が徐々に同じ目線で話をするようになった。彼女も最初は無愛想な感じだったが徐々に笑顔が見え、遠目で見ても打ち解けたように思えた。
そしてあっという間に彼女がガールズコレクションに出演する日になった。
「いや~、みんな来てくれて嬉しいよ。京也も後で来んだろ? 小兎」
「うん、急いで向かってるけど最後位しか見れなそうなんだって」
「まあ、来てくれるだけいいさ。お、始まるぜ」
俺がそう発するとショーが始まった。煌びやかなファッションに身を包んだ美女達が俺達の目の前でポーズを決めて去っていく。其の中に美紅もいて、ステージに立つ彼女は、俺達が知ってる彼女とは別人のように見えた。やがてラストにスペシャルゲストとしてセミプロながら中性的な容姿と其の美声で人気らしいKINNAと最近人気らしいビジュアル系な容姿の若手男性俳優の榊刈亜が登場し会場を沸かした。
「皆さん盛り上がってますか?」
「きゃ~」
刈亜のコールに盛り上がる会場、其の様子を見てKINNAは
「皆さんが楽しまれて何よりです。ここはきっと落ち着いて芸術を楽しめる場所なのでしょう。だから・・・・・・が・・・・・・しい」
最後だけよく聞こえなかったがそう発すると、ステージに見覚えある二人の男が現れた。其れに会場全体がざわつき、俺達は殺気立った。
「皆様初めまして、そしてさよなら」
美嗚羅と羽吏敦が客席に向かって技を繰り出した。
「羊毛風船‼」
羊が攻撃を吸収して被害は無かったが、其の状況に会場がパニックを起こして皆我先に出口に向かう。ステージの二人も袖へ消えた。
(来い、シエル)
「こんな場所に俺を呼ぶとはな文人、任せろ」
俺達はシエルや尚達、避難誘導班に分けた仲間が避難誘導を終わらせるまで凌ぐ為に、奴らと対した。ステージの二人やモデル達をスタッフ達が関係者用の通路から避難させている声が奥から聞こえる。其の中から京也の唸る声も聞こえる。彼も何かと戦っている様だった。
「久しぶりですね」
「美嗚羅、しぶとい奴め。だがお前じゃ今の俺達は消せないぜ」
「羽吏敦、援護を」
羽吏敦が空気の壁で自身と奴を囲み、奴はフルートで地獄の住人達をひたすら召喚した。俺達は雑魚の一掃、そして度々壁を擦り抜けて飛んでくる空気圧を払う状態が続いた。そんな中スタッフが誰かを引き止める声が響く中、こっちに走ってくる音が聞こえてきた。
「や、止めろ、あんた達。今日を無茶苦茶にするな」
彼女が声を震わせてそう発してステージに現れた。
「ふ、そんなに身を震わせてお嬢様、私達に何を意見なさいます?」
美嗚羅が彼女にそう尋ねた。
「美紅、何しに来たんだ、早く戻れ」
「嫌、私にとって今日は大切な友達と好・・・・・・な・・・・・・とが来てくれる大事なイベントだったの。其れを壊すなんて絶対許せない!」
「――このお嬢様の立ち位置は良いですね、一直線だ」
「美嗚羅、何をする気だ」
「こうするのですよ、シンフォニー」
「お前!」
「こうすればそこのお嬢様諸共奥に居る方々もまとめて消せる」
「チッ、ファイヤードライブシュート」
「龍の波動」
「ふ、馬鹿め。下僕よ」
俺達の技は盾にされた下僕によって阻まれ、奴の技が彼女へ向かう。
「美紅!」
「怖くない怖くない・・・・・・怖く・・・・・・ない‼」
彼女がそう唱えるように呟くと同時に奴の技が彼女に当たる。其の瞬間、彼女の体を白く大きな翼が包んだ。
「天使・・・・・・」
俺は思わず言葉を漏らした。
やがて翼が開くと光に包まれ左足から赤い光を出す彼女が現れた。
「あなたも十二支だったとは・・・・・・羽吏敦合体攻撃です」
奴は羽吏敦にそう言う。羽吏敦は壁を解き、彼女の方を向き構えた。彼女は数多の羽を空中に漂わせた。其の目には闘志が宿っていた。
「死になさい、シンフォニア!」
奴らは同時に叫び、技を出した。奴の手から発せられる音と羽吏敦の声が合わさった空気圧の技が、彼女に向かう。しかし彼女は漂う羽で壁を作り攻撃を防いだ。奴らは驚きを隠せないでいる。
「美紅、そいつらはお前に任せていいか?」
「当たり前でしょ、誰に言ってるのよ」
彼女はそう言うと再び羽を空中に漂わせた。今度は羽が光を発し
「天使流星!」
彼女がそう発すると数多の羽から光線が放たれ奴らに向かう。奴らもさっきの技で応戦する。力は五分五分だった。
「何の、まだまだ」
彼女はさらに羽を出し、光線を一点に集めて放った。すると奴らが圧され始めて攻撃が奴らに命中した。
「な、ありえない。どうすれば・・・・・・な、何だ?」
奴はそう言うや、羽吏敦と融合し、三つの複眼の魔人になった。
「喰らえ!」
魔人は全身から空気圧を発して彼女に攻撃する。
「天使の戯れ」
彼女は羽を集めると竜巻を巻き起こし魔人の空気圧にぶつける。すると竜巻は空気圧を吸収し、魔人に襲い掛かった。
「かは、おのれ! 欲堕人達よ、奴らを抹殺しろ!」
「残念だったな」
俺は魔人に言った。俺達は敵が彼女に攻撃する事に集中して、欲堕人達を呼び出さなくなったタイミングで既に雑魚達を全滅させていた。
「文人、避難は完了したぞ」
「こちらもOKです」
一般口、関係者口の避難誘導を其々頼んだシエルと羊が俺に呼び掛け、京也以外の十二支が場に揃った。
「観念しな」
「猿石だったな・・・・・・まだ終わらん。俺もどうなるか分からぬ奥の手でお前達全てを消し去るまでだ」
魔人はそう言うと体全体を膨らませ、力を集めている。自身の放つ音を何十倍にもして放つ為に。
「させるか!」
「猿・・・・・・石よ、もう遅いくたばれデビルプレイズレクイエム!」
「テメェら、そいつから離れろ!」
「これは何だ? なぜ俺は閉じ込められている」
俺達はこの時、まず何に反応するべきだったのだろう。京也がボロボロになりながら俺達に向かって叫ぶ声、叫び声の後、空気圧と共に半透明の球の中に閉じ込められ狼狽する魔人、強い力を手から発するシエル。
「危ないところだったな、お前達」
「シエル?」
俺は声を漏らす。そしてシエルが開いた手を拳骨にすると球は小さくなっていき、魔人は球の中で圧死してやがて球と共に消えた。
「シエルすごいな、頼りになるぜ。なあ、みんな」
俺がみんなに呼び掛けると小兎が青ざめている。そして京也が
「馬鹿野郎、そいつは八部衆の天だ」
「な、何言っちゃってんの京也。そんな訳ないじゃん」
「いいえ、お兄ちゃんの言う通りよ。彼からは八部衆の音がする」
「小兎まで・・・・・・なあ、シエル失礼だよな。お前を悪人扱いしてさ」
「卯と戌は耳と鼻が利く。もう欺く事は出来まい」
「シエル・・・・・・」
「我こそ八部衆の頭、天也。そして田頭、杉浦もう結構だ」
シエルがそう発すると田頭さんにあの刑事、他がステージに現れた。
「は!」
「田頭さん、そしてあの刑事」
俺はシエルに跪く二人を見てさらに訳が分からなくなった。
「十二支共よ、改めてメンバーを紹介しよう。まず頭の我、天」
「側近田頭改め、地采」
「杉浦改め、海皇」
「八部衆、龍」
「龍の腐れ縁、富單那」
「乾闥婆で~す」
「緊那羅」
「迦楼羅」
「夜叉、よろしく」
「夜叉の盟友、羅刹」
「あたし鬼羅」
「僕は国修鬼」
「私は阿国。鬼羅と国修鬼と私の三体で八部衆、阿修羅」
「僕は八部衆、摩睺羅伽」
「嘘だろ、シエル・・・・・・嘘だと言ってくれ」
「ああ、ほぼ嘘である。我が呪術師の末裔というのも青魂石のおかげで八部衆と対する事が出来るというのも。実際はただのガラス玉だ」
「お前は俺達が戦い易いように一般人の避難誘導をしてくれた」
「まさかあの日、お前の前に欲堕人と我が現れた事が偶然だったと思っているのか?」
「な、何」
「我は知っていたのだ。お前が十二支の一人だという事もそして残りの十二支が誰かも。だからお前達を目覚めさせる為に刺客を送った。そして十二支の状況、我らの仲間の行動を見張らせる二体の監視役を潜り込ませたのだ。時に死体の隠蔽、時に情報操作もして貰った」
「二つ聞きたい、貴様らの目的が十二支全員の死なら何故多勢で襲い、一人ずつ殺さなかった? そして何故目覚めるまで生かした?」
鏡先輩が毅然とシエルに尋ねる。
「十二支を亡き者にする為には宿主の体と完全に融合する必要があった。十二支は覚醒して初めて完全に融合する。だが不完全な覚醒では其の肉体を壊しても宿った十二支は新たな主の肉体へと移り逃がしてしまう。しかし完全に融合したら宿主が自然に死なない限り逃げる事は出来なくなる。其れでようやく十二支の魂を未来永劫葬り去る事が出来る。だから卯を目覚めさせる為にお前の緊箍呪を無効化したり、羅刹の剣で卯と巳が胴を払われた時も薄く壁を張ってダメージを軽減させたりしたのだ。そしてお前達が覚醒する事を待つ理由はもう一つある。其れはお前達と我らは言わば光と闇、お前達が覚醒する事で我らも本当の力を取り戻す事が出来るのだ。覚醒の条件は十二支全員の力の目覚め、其れも其の場に全ての十二支が居なければならない」
「シエル・・・・・・クソ、ファイヤードライブシュート!」
「ふん」
シエルは俺の技を打ち消しながらも俺に向かう程の波動を放った。
「羊毛壁!」
羊は俺の前に壁を出したが、其の壁も破壊され俺は波動を喰らった。だが威力もかなり殺されており、うずくまる位で済んだ。
「二日後の仏滅、我らは簡易的にしか開けなかった地獄の門を開く為動き出す。十二支よ世界を救いたければ我らを止めてみよ」
そう吐いて八部衆の一派は姿を消した。静まり返る会場、置き去りにされたままありのままを映すテレビカメラ、俺はただ疲弊した。