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十二志   作者: 羽黒鷹丸
2/5

1章 夏休み

       1


「文人、朝食! 今日から夏休みだからって遅くまで寝てないで規則正しい生活をしなさい」

 お袋が呼ぶ声で目を覚まし、スマホを見ると午前十時を過ぎていた。俺は一階に下りて朝食を食べ始める。

「昨日あんたどうしたの! 帰ってきてからぼっとした感じだったし、制服のシャツも何であんな破れ方してんの? 血もべったり付いてたし」

 お袋がそう問い質す様に聞いてきた。

(そうかあの後俺、心が軽く現実逃避した様な状態で帰ってきて、夕飯食って、風呂入って寝たんだった)

「何でもねぇよ。シャツも帰る途中何かに引っ掛かって破れたんだよ!」

 お袋に突っ撥ねる様に吐いて、昨日の出来事を思い出した。

「今度から気を付けなさいよ」

 お袋がそう放った。

「あい」

 俺は気の無い返事をして朝食を片付けて家を出た。まだ午前中だというのに十分暑い。俺は昨日の廃工場の様子が気になり、向かうことにした。

 廃工場の前まで来た時、そこに白いフードの男が立っていた。

「来ると思っていた」

 白いフードの男が話し掛けてきた。

「お前は昨日の。俺に何か用?」

 俺はぶっきら棒に言った。

「俺はシエル、お前なんて名前じゃない。其れに用があるのはお前の方だろう? 俺はそう思ってここで待っていた」

 彼は淡々と話す。

「よく分かってんじゃん。シエル、お前に聞きたい事がある」

「話が長くなる。場所を移したい」

「分かった。近くのファミレスで良い?」

「金は無い」

「チッ、奢ってやる」

 話をまとめ、俺達は近くのファミレスに入った。

「其れで聞きたい事とはあの力の事や、欲堕人の事か?」

 彼は俺が奢ったティラミスとコーヒーを飲みながら話を切り出す。

「ああ、お前が知ってる事を全部教えてくれ!」

 俺が頭の中のモヤモヤとしたものをぶつけるように興奮しながら尋ねると、彼は冷静に語り始めた。

「まず、あの力は十二支の申の力だ。何故お前がそんな力を持っているかというと遥か昔、十二支は八部衆と呼ばれる八神を相手に戦い、奴らを地獄へと封印した。いや、其の強大さ故に倒すことが出来なかったのだ。十二支は力尽き、其の力を人間の中に封印することとした。もしも封印が解け、八部衆が蘇っても世界を守れるように。其の危惧が当たったか奴らは遥かなる時間を掛けて力を取り戻し、地獄の封印を解き始めたのだ。そして一昨日の仏滅に其の封印を解き、門を開け、この世界に現れた。あのオーロラは地獄の門を開けた事で発生したものだ。地獄にもランクがあり、四段のピラミッド状になっている。一番上に八部衆、其の下に八部衆一神につき二体の側近がいる。ただ、知能、能力は側近によって違う。其の下に知能は低いが喋ることの出来る悪堕人、最下層に欲堕人が居る。欲堕人と悪堕人は死ぬと空気へと溶けていく。だからお前が昨日殺した欲堕人の亡骸ももう廃工場から消えている。今は被害が出ていないがやがて地獄の門から多くの地獄の住人が現れ、この世界を壊し始めるだろう。其れを止める為に残りの十二支を探し八部衆の野望を止め、地獄の門を閉めなければならない」

「大体分かった。だけど何で俺がそんな面倒な事しなきゃなんねぇの?」

 俺が問い掛けると彼は

「其れは申が十二支の頭だったからだ」

 と、答えた。

「まあそうだったかも知んないけど、違うじゃん昔の事だろ其れ! 俺じゃなくても・・・・・・」

 俺がしどろもどろに言うと

「確かにお前じゃなくとも良いかもしれない。だが、まだ十二支の力が目覚めていない者もいる中、奴らはどんどん手下を地獄から召喚してくるだろう。そうなれば被害は増え、何でもない日常が永遠に来なくなる。力が目覚めたお前が積極的に探せば余り被害を出さずに済むと思ったのだが」

 と、彼は漏らした。

「チッ、わーったよ。やってやるよ。地獄の住人討伐と人探し!」

 俺は渋々快諾した。

「ああ、頼んだ」

「ところで会った時から気になってたんだけど、何でそんな詳しいの?」

 俺は素朴な疑問をぶつけた。

「古文書で読んだからだ。俺はとある呪術師の末裔でね、其の古文書は俺の始祖が十二支と八部衆の戦いを見ながら記述した物なんだ。先代は俺に古文書と、十二支の波動を感知し、地獄の住人と対する事の出来る青魂石の付いた数珠を託して重病で亡くなった」

「なるほど、分かった」

話している内に昼を過ぎた為、ついでにランチセットを二つ頼み、二人で食べると彼と共にファミレスを出た。

「探すっつっても、どうすればいいんだよ」

「俺は十二支の波動を感知出来る。一緒に探してやろう」

「あ、ありがとう。そういえば名前言ってなかったっけ、俺は猿石文人、よろしくな・・・・・・相棒!」

 俺は名乗りつつ『相棒』と調子良く呼び、向こうも『相棒』と呼ぶ事を期待するが「ああ、よろしく文人」と、彼は素っ気無く返した。

「早速だけどちょっと付き合ってくれない? 寄りたい所があんだ」

 俺はそう言うと彼を連れて少し歩いた先にある老舗のスポーツ用品売り場へ足を運んだ。


「ありがとうございました!」

「何を買ったんだ?」

 店の前で待っていた彼は俺に聞いてきた。

「バトントワリング用のバトン」

 俺はそう答えた。

「何故そんな物を?」

 彼が聞くので、

「考えてもみろよ。鉄パイプ持って街歩いたり、学校行ったり出来るわけねぇだろう? これなら何時でも取り出せるし、持ってても変じゃねぇ」

 と食い気味に答えた。そして、

「じゃあ、探し始めますか!」

 と言うと彼と共に学校、運動公園、デパート等あちこち回り、気が付くと夕方になっていた。

「今日はこんなところか、シエル」

「まあ、直ぐに見つかるものでもない」

「あのさ、お前スマホとか持ってる? お前に連絡する時どうすればいいの?」

 俺がそう尋ねると「スマホは持っていない。お前が心の中で呼べば駆けつける。一度目覚めれば離れていても探知出来るからな」

と、彼は淡々と答えた。

「じゃあ、また明日」

「また明日」

 俺達は別れを交わして各々の方向へ歩いて行った。

 俺はせっかくなので何時も走りに行っている運動公園で日課のランニングを済ませようと向かった。

「後200m・・・・・・。はぁはぁ」

 日課のランニングも佳境に迫った時、目の前に走っている人影が見えた。タンクトップにハーフパンツ、短髪の体のどっしりとした尚位の身長の男。

 俺は其の男を追い越した。すると其の男は勢いを上げ俺を追い越した。俺は少しむきになり、そいつを追い越した。そしたらまたそいつは俺を追い越した。そうやって追い越し追い越されを繰り返し、気付けば何時もよりだいぶ多く走ってしまった。

「はぁはぁ・・・・・・。(クソが! 本気で走りやがって・・・・・・)」

 俺は息も絶え絶えになりながら両手を地に着き、地を睨んでいた。

「はぁ~、気持ち良かった。お前なかなかやるじゃねぇか」

 そいつは俺に話し掛けてきた。

「はぁはぁ・・・・・・あ?」

 俺は死にそうな位しんどい状態で声のする方を向き、言葉を吐いた。

「お前との勝負楽しかったぜ。何時もここで走ってんの?」

「いや、もっと暗くなってから走ってる・・・・・・。何時もはな・・・・・・」

「お、そうなんだ。俺は部活帰りにちょっと走ろうと思ってな!」

(別に聞いてねぇよ。声うるせぇな)

「また明日も来んのか?」

「ああ!」

 俺はムカつき半分で答えた。

「そうか。じゃあまた明日勝負しようぜ‼ じゃあな」

 そう言ってそいつは足早に去って行った。

 「何なんだ? あのやたらデカい声でハキハキ喋るあいつは。もう訳が分からん」

 俺は息が整うのを待ってから公園を去った。まだ明るいとはいえ、もう晩飯時になっていた。

「グゲゲ、ニク・・・・・・」

「うるせぇ―‼」

 俺はうつ伏せに倒れた穴だらけの十体の肉人形を背にして、イラつきながら夏でまだ明るい街の中を家に向かって歩いた。

 

        2


 夏休み二日目、俺は今日もシエルと共に十二支探索をしていた。

「こんな暑い中何処に居るのかねぇ。つーかこの街に居るのかねぇ」

「絆で結ばれた関係は引き合うものだ。本人の意志とは関係なくな」

「ちょっとタンマ、尚と智の顔見に行っていい?」

「ああ、構わないがそいつらが十二支の可能性があるのか?」

「そいつは分かんねぇ。ただ、レイン見てても毎日しんどいってぼやいてるし、調子見に行こうと思ってな」

「なるほど、そいつらが十二支の可能性もある。会う価値はありそうだな」

 俺達は言葉をまとめると、学校へ向かった。

 校門から中へ入ると、野球部、陸上部がグラウンドを占拠していた。

「えーっとサッカー部は、居ないつーことは今ピロティか。んでバスケ部は体育館だな」

 俺が通っている芯愛高校は俺が住んでいる無明市に在る高校で、運動部も其れなりに在るため、使用日程によってグラウンドを使う部、ピロティを使う部等が決められている。俺達がピロティに向かおうとした時、横から聞いた事のある大声が聞こえてきた。

「おい、お前!」

 昨日会った黒髪ツーブロックにアップバングの髪型の男の声だった。

「お前、何でうちの高校に来てるんだ?」

 其の男は言った。

「俺もここの生徒だからだよ。今、友達に差し入れついでに顔見に来たんだ」

 俺は返答する。

「あーそうなんか。学年は?」

「二年」

「じゃあタメだな。俺夕方に部活終わるから、もし良かったらそこのベンチで待っててくんねぇか?」

「まあ、良いけど」

 俺は陸上部のそいつと言葉を交わしてシエルとピロティへと歩き始めた。

「文人、奴は誰だ?」

「昨日お前と別れた後に出会ったんだ。名前は知らねぇ」

「あいつから十二支の波動を感じる」

「何、マジか⁉」

 道中、俺は驚きながらシエルとピロティに向かった。


「お疲れ!」

「ああ、お疲れ」

「お疲れ」

 俺はピロティの隅の方で智とレインで連絡して合流した尚、そしてシエルと、持ってきたスポーツドリンクを飲んだ。

「どうよ、調子は?」

 俺が二人に聞くと

「やっぱり一日練習はつれぇよ。あちーし、最近できた彼女ともデート出来ねぇし」

「俺もしんどくはあっけどよ、まあ其れなりに楽しんでっし、部活後に彼女と寄り道すんのも悪くねぇかな」

 尚、智が其々答えた。

「ところで横に居るそいつ誰? お前の友達?」

 尚が聞いてきた。

「ああ、最近できた友達でシエルつーんだ」

 俺がシエルを紹介すると、

「シエルだ。よろしく」

 シエルが尚と智に握手を求めた。

「よろしく」

「よろしく」

 尚と智は其々シエルと握手を交わした。

「シエルお前さ、こんな真夏にフード目深に被って暑くねぇの?」

「ああ、別段暑くない」

 シエルは尚の問いにはっきりと答えた。

「ふ~ん、其れなら別にいいけど」

 尚は気怠そうに言った。

「あのさ、お前らに聞きたいんだけど。陸上部にいる短髪でお前位の身長の男知ってる?」

 俺が二人に尋ねると

「隣のクラスの牛丸寛治の事だろ? 知ってる」

「ああ、牛丸の事ね」

 尚が答えた後に智も思い出したように言った。

「有名な奴なんか?」

 俺は引き続き聞くと、

「まあ有名って程でもねぇけど、度が過ぎる程の熱血野郎でな。大会に向けて張り切って練習するのは良いが、其の熱さを周りにも求めてくるから反感を買っててウザがられて孤立してるって聞いてるぜ」

 尚はそう淡々と述べた。

「俺も隣のクラスの奴から聞いた事があるわ。とんだ熱血野郎だって。部活やってる理由なんて人其々だし自分の意見押し付けんのもどうかと思うわ」

 智も同調する。

「何でそんな事聞くんだ?」

 尚がそう聞いてきた。

「いや、何か気に入られたみたいだし、どんな奴なんかなぁと思って」

「ふ~ん」

 尚と智と話していると、

「おい智樹、休憩終了! 練習始めっぞ」

「尚さん、もう休憩時間終了してます。早く戻って来て下さい」

 二人を呼ぶ声が聞こえる。

「あーじゃあ俺ら練習戻るわ。差し入れありがとうな。お盆の休みにでも四人でどっか遊びに行こうぜ」

「ああ、楽しみにしてる」

 尚と智と別れた俺達は牛丸に指定されたベンチで待ってるのも暑くてしんどいので、学校近くのコンビニで部活が終わる頃合いまで涼むことにした。


「もう十六時過ぎだし、そろそろ終わる頃だろう。行くぞ、シエル」

 シエルに声を掛け、俺達はベンチへ向かった。すると何やら揉めている様だった。

「そんなタイムじゃダメだ。もっと練習しないと。お前らまだ時間ある? 部活延長して練習すっぞ‼ 目指せ、来年のインターハイ出場‼」

「うるせぇ! 俺らは別に全員がお前みてぇにガチでやってる訳じゃねぇんだよ! 陸上がただ好きでやってる奴もいるんだ」

「そうそう、緩く楽しくやれれば良いんだ。お前とやってるとしんどいんだよ」

「お前には付き合ってらんねぇ。行こうぜ」

「おい、待てよお前ら」

 牛丸と他の陸上部員のやりとりをじっと見ていると牛丸と目が合った。

 「・・・・・・よぅ、牛丸」

 「おぅ・・・・・・」、

 牛丸と俺は気まずさを感じつつ挨拶を交わし、ベンチに座った。

「ちょっと席外してくんない? 牛丸と話をしたい」

 俺はシエルに乞うと、

「分かった。何かあったら呼べ」

 シエルは聞き入れると其の場から立ち去った。

「みっともないところ見せちまったな。えーっと」

「猿石文人だ。よろしくー」

「おうよろしく。で、猿石は何で俺の名前知ってんだ?」

「俺の友達に聞いた。まあお前も色々あるんだな」

「俺は熱持ってやんねぇと楽しくねぇと思うし、大会とかも良い成績残せないと思ってて、みんな同じ気持ちだと思ってたから」

 牛丸が気持ちを吐露した。部活が終了し後片付けでガヤガヤとしたグラウンドでも彼の独白は、はっきりと聞こえた。

「まあ、正直お前の声はうるせぇし、暑苦しいと思ってる。だけどお前の真っ直ぐさはそこまで嫌いじゃねぇよ」

 俺が彼の方向を向いて呟く様に其れと無くフォローすると彼が俺の方を向いて少し涙ぐんでいる。

 俺はあんな気の無い態度を取っておきながらそんな事を言うなんて我ながら嘘っぽいとは思ったが、実際面と向かって話してみて純粋過ぎるだけで悪い奴では無いと思ったし、彼に言った事は本当である。

「お前の場合、もっと歩み寄るようにしたら良いんじゃねぇの? 周りのメンバーがどういう気持ちで陸上やってるか聞くとかさ。とにかく一回話し合え! そんでお互いの考えぶつけ合ったら何かが生まれるんじゃねぇ? 何つーの一体感? 仲間意識? よく分かんねぇけど」

 俺はそう続けるとガヤガヤしたグラウンドの方向を向いた。

「ありがとう猿石、俺やってみる! みんなと話し合ってみるよ!」

 彼は立ち上がり、さっきまで浮かない顔をしていたのが嘘の様に晴れ渡った顔で言った。

「変化球投げれないのが俺の良いところだ。直球勝負‼」

 彼が燃えている。

(大丈夫かな? こんがらがらなきゃ良いけど)

 俺は内心、そう思った。

「じゃあ俺ミーティングに行ってくるよ! 部活始まる時と終わる時にあるから」

 彼は俺にそう伝えると、陸上部の集合場所へ走っていった。

 其の時、空に穴が開き、グラウンドの中央位の所に数十体の欲堕人と二、三体の怪物が下りてきた。怪物の方はやけにでかい奴や細い奴、武器みたいな物を持っている奴と様々だ。 

「うわ、何だよこいつら」

「危ない! 逃げろ‼」

 グラウンドに残った野球部員達が叫びながら逃げ出していく。場は混乱していた。

「うわ、何なんだこいつら⁉」

 牛丸は驚きながら場に立ち止まっていた。恐怖で動けなかったのかも知れない。

(シエル!)

 俺は怪物達の方向へ走りながら呼んだ。

「ここに居る」

 シエルが突然横に現れた。

「うわ~! びっくりした! お前来んの早くねぇ?」

「この青魂石は瞬間移動する力もあるからな」

「そうなんだ。てか其れはどうでもいいわ。あの欲堕人と一緒に現れたちょっと違う感じの奴って何なの?」

「あれが悪堕人だ。見た目こそ様々だが欲堕人とそんなに変わらん」

 俺達は欲堕人を倒す役と残った部員を非難させる役とに別れながら話し、俺は間一髪彼に振り下ろされた手を弾き、彼を後ろに下がらせ欲堕人達を片付けていく。

「グオ~、ニク~」

「うわっ、バケモノ! 来んな」

 途中足を挫いて逃げ遅れた陸上部員の方に悪堕人が迫っていた。

「クッソー、邪魔だどけ‼」

 俺は群がる奴らを片付けながらも其の陸上部員の方へ向かうが、距離が縮まらない。

「ケケケ、八つ裂きだ~」

「旨そうな小僧だ」

「久しぶりの殺しだ。楽しもうぜ」

「うわ!」

 陸上部員は転び、奴らが下劣な笑みを浮かべ距離を詰めていく。

「チクショウ、これじゃもう走れなくなっちまうじゃねぇか」

「チッ、何とかしないと」

 俺が焦っていると、

「待て!」

 後ろから声がして彼が俺の横に出た。

「何やってんだ‼ 後ろに下がってろ‼」

 俺が呼び掛けると、彼は、

「俺の・・・・・・仲間に手を出すなぁ‼」

 と叫んだ。其の瞬間彼の体が光に包まれた。そして彼の右腕に『丑』の字が赤く浮かんでいた。

「牛丸、お前!」

 俺は彼の方を向いた。目を剥き、迸るオーラを纏って角を生やし、体色が赤くなった其の姿はまるで鬼の様だった。

「うお~‼」

 彼は雄叫びを上げ、奴らの横からものすごい速さで突っ込んだ。すると奴らはボーリングのピンの如く吹っ飛んだ。

「さあ、今の内に」

 シエルが呆気にとられた其の部員を誘導する。

「テメェ、何してくれんだ。せっかくの楽しい時間をよ‼」

 悪堕人が、持っていた棍棒を振り上げ彼の脳天目掛け振り下ろした。ところが棍棒は、キーンという弾く音と共に彼の角で受け止められた。

「なにぃ!」

 彼は棍棒を奪い取り其の剛腕で棍棒をへし折った。

「何だこいつ、バケモンか⁉」

 奴らは口々に言った。

牛頭斧(ブルアックス)!」

 彼が叫び、右手に光が集まり忽ち巨大な斧の形を形作った。

「うぉ~‼」

 彼は咆哮と共に両手で斧を構え、武器を持っていた悪堕人の脳天へ振り下ろした。其の悪堕人は脳天から股まで割られた薪の如く真っ二つに搔っ捌かれた。

「や・・・・・・野郎、舐めんな!」

 大柄の奴が彼に掴み掛ってきたが、其の手が彼を掴む前に其の巨体は角で挟まれ真上に放り投げられた。

「うわぁ~」

 彼は、情けない声で頭上に落ちていく体に角を突き刺し、頭を振った。其の巨体は角から抜けてグラウンドを転がっていった。どうやら絶命した様だ。

「キッキ~!」

 細い奴は彼に背を向けて其の場から逃げだした。しかし彼は持っている斧をそいつに向かってフリスビーの様に回し投げた。そして斧はそいつの体を横一文字に引き裂いた。斧は校舎に当たる寸前で消えた。

「はぁはぁ」

 彼が息を弾ませながら力を静めた。

「はぁはぁ、お疲れ」

 俺も息を弾ませながら言った。

「これはいったい? そうだ、みんなは!」

「問題無い、みんな避難させた。みんな無事だ」

 彼の問いにシエルが答えた。

「良かった・・・・・・」

 彼が胸を撫で下ろした。

「見事な戦いだった。二人共」

 シエルが労った。

「お前は猿石と一緒にいた・・・・・・?」

「シエルだ」

 シエルが答える。

「これはいったい何なんだ? 俺に何が起きた?」

「其れは十二支の丑の力で、お前は其の力に目覚めたんだ」

 シエルが彼の混乱した声とは対称的に淡々と答える。

「十二支?」

「話が長くなるから簡単にいうとお前は十二支の丑の力を使えて、其の力でさっきみたいな怪物を倒していかなきゃいけねぇの。俺と一緒に」

「信じられないといっても、現実に起きているからな」

 彼は状況を飲み込もうと努めていた。すると遠くから、

「牛丸!」

 彼を呼び走ってくる多くの声が聞こえてきた。

「・・・・・・お前ら」

 彼が漏らすように言った。

「大丈夫だったか牛丸」

「ああ、大丈夫だ」

「其れなら良かった。こいつから聞いた。お前何かすごい力でこいつの事守ってくれたんだろう? ありがとうな」

「あ、あぁ。まあな」

 其の陸上部員と彼は言葉を交わし合った。

「あ、あの・・・・・・さ。すまない! お前らの考えも聞かずに一人突っ走って熱くなって」

 彼は部員達の前で頭を下げた。部員達は顔を見合わせて中心に居た部員が、

「気にすんな。俺達もさっきは強く言い過ぎた」

 と優しく言った。

「そうか、ありがとう」

 彼がそう返す。

「腹減ったしラーメンでも食べに行くか」

 中心にいた部員が発すると、

「牛丸も行こうぜ」

 他の部員がそう言って牛丸を誘った。

「ああ、行こう」

「お前・・・・・・猿石だったよな? お前も行こうぜ」

「え、俺も?」

「後、お前も」

「俺は金が無い」

 部員からの誘いにシエルは答えた。

「其れじゃあいつの分は牛丸の奢りで」

「しょうがねぇ、分かった」

 部員達は肩を組みながら、シエルと俺は其の後ろから付いて行き学校近くのラーメン屋へ向かった。

 彼と部員達は団体席で互いの考えをぶつけ合い、語り合い部活をどうしていくか話し合っていた。シエルと俺はカウンターに並び話し合いを聞いていた。

「そういえば猿石、お前も牛丸と同じ様な事してたじゃん。すげぇな!」

「そうそう、すげぇ」

 部活の話が終わり、さっきのグラウンド襲撃事件の事に話が移る。

「はは、まあね」

「横のお前もそういう事出来んの?」

 部員の一人がシエルに尋ねる。

「俺は出来ない。戦士達のサポートをするだけだ」

「ふ~ん、そうか。けどやっぱりお前らの力の事と、あの怪物の事は秘密にしといた方が良いか?」

「俺は言ってもらっても・・・・・・」

「ああ、頼む」

 俺が言い終わらない内に言葉を遮り彼は秘密にしてくれるよう求めた。

「何でだよ。目立つチャンスじゃん」

 俺が物申すと彼は、

「こういう力は人にひけらかすもんじゃねぇと思うんだ。知る事が余計なトラブルを呼ぶ場合もある。あの怪物の事だって知ればパニックになることは間違いない」

 と強く言い表す。

「・・・・・・確かにな」

 俺は渋々納得した。

 

 会計を済ませ店の外に出ると快晴の夜空に星が出ていた。

「其れじゃ、あの時グラウンドに居た野球部員達には上手く言っておくから」

「今日は楽しかったぜ。また明日から部活頑張ろうぜ。じゃあな」

「じゃあな」

 彼と俺、シエルは去りゆく陸上部員達を見送った。

「・・・・・・猿」

 横に居る彼が呼び掛ける。

「何?」

「俺、お前と話せて良かったよ。お前と話せずあのままだったら陸上部もバラバラで俺も空回りで何もかもダメになるとこだった」

「そうか、これからは周りをよく見ましょう。なんてな」

「ハハハ」 

「へへへ」

 俺達は軽く笑い合った。

「猿、これ俺のレインID。仲間を守る意味でも俺も一緒に戦うぜ」

「へへ、頼りにしてるぜ。寛治」

 俺達三人の体を生暖かい微風が吹き抜けていった。


        3


 寛治が目覚めた日から三日経っていた。俺は其の間シエルと十二支探しに出かけたり、夕べに公園で寛治と話したり、サーフィンやスケボーしに出かけたりした。あれから寛治は部員と仲良くなっているらしい。そして俺は寛治が部活で動けないので今日もシエルと二人で十二支探しをしていた。

「はぁ~、あちぃ~」

 俺が漏らした。更にシエルをちらっと見て、

「シエル、今更だけど俺達がわざわざ十二支探して歩く事はなくねぇか?」

 と発言した。

「どういうことだ?」

「だって絆で結ばれた関係は引き合うんだろう? だったら俺らがわざわざ探し回らなくともふとした瞬間に出会うんじゃねぇかと思ってよ」

「まあ、確かにな」

「つーわけでもうこっちから十二支探すのは終了! シエルたまには一緒に遊ばねぇ?」

「いや遠慮しておく、さらばだ」

 シエルは誘いを断って瞬間移動した。

(たく、何だよ。・・・・・・スケボーでもしに行くか)

 俺は少々不貞腐れながら何時もの運動公園へ向かった。其の道中、両手に荷物を抱えて歩く一人の女の子が見えた。

「大変そうっスね、お嬢さん。俺が片方持ちましょうか?」

 俺が横から声を掛けた。

「ありがとう、じゃあこれを恋想園まで運んで」

 荷物を抱えた濃いブラウンのソバージュヘアの恰幅の良いロザリオを付けた女の子が言う。

「恋想園?」

 俺が尋ねると、

「もう少し行った先の角を曲がった所に在るの。私に付いてきて」

 俺は彼女に付いていき、できて二十年位しか経っていないと思われる恋想園へ足を運んだ。

「あ、お姉ちゃん。こんにちは」

「こんにちは」

 彼女を見つけた子供達が出迎える。其の声に釣られて施設からまた多くの子供達が現れた。

「はいこんにちは」

 彼女は挨拶を返し、子供達の輪の中に入っていった。

「月子ちゃん。何時もありがとうね」

「いえ、好きでやってることですから」

 彼女が園長らしき人と話していた。

 俺がぼっとしていると、

「ほら、ぼっとしてないで荷物持ってきて」

 彼女は振り返りながら明るく言い、子供達と施設の中へ入っていった。俺も荷物を持って後から続いた。

 外は公民館といった印象だったが、玄関から入り、周りをキョロキョロしていると、子供達の大部屋があったり、思春期の子供の為に個人用の部屋があったりリビングらしきものがあったりとシェアハウスの様な印象も持った。

 荷物を指定された場所に置き、俺は子供部屋で子供達が遊んでいるのを遠くで椅子に座りながらぼっと眺めていると、

「びっくりした? ここは恋想園といって児童養護施設なの。私はそこでボランティアやってるの」

 と横から彼女が話し掛けてきた。

「はい、そうっスね。びっくりしました」

 俺がぼんやりした声で言うと、

「君の名前は?」

 彼女が尋ねるので、

「猿石文人、芯愛高校二年っス」

 そう答える。

「芯愛高校の二年生? じゃあ私の後輩だ。私は三年の猪野月子よろしくね」

「よろしくっス、猪野先輩」

「月子でいいよ」

「じゃあ月子さんで」

 二人で話していると、

「おーい、月子お姉ちゃん。遊ぼ!」

 彼女を呼ぶ声が聞こえる。

「は~い」

「いってらっしゃい」

「あんたも来るの」

「え?」

 俺は彼女に手を引っ張られ子供達の輪の中に入って行った。


 時計の針も十七時を過ぎたところで

「じゃあ、俺先に帰ります」

 俺が彼女に挨拶すると

「猿にい、また明日も来る?」

 施設の子供が聞くので、

「気が向いたら」

 と答えると、

「ダ~メ、明日も来なさい。先輩命令!」

 彼女が朗らかにそう言ってきた。

「はぁ、分かりました」

 俺は気圧されながら了承し、施設を後にし、家に帰った。


 翌日、俺は朝から恋想園に行き、子供達と遊んだり、スケボーを教えたりして午前中を過ごした。昼食は彼女が作ってくれた。午後から再び子供達と部屋で遊んでいると、

「どう、楽しい?」

 彼女が尋ねるので、俺は「あ、楽しいっス」と答えた。

「そうか・・・・・・」

 月子さんが嬉しそうに呟く。

「・・・・・・そういえば何で月子さんはここでボランティアしてるんスか?」

「うん、私ね、じつはネグレクトで保護されて小さい頃は施設で育ったんだ。今の両親は小学校高学年の時に出会って私を養子にしてくれた人。だからこの子達みたいな子、ほっとけなくて世話焼いちゃうんだ」

「・・・・・・そうだったんスか」

 俺達は其の後暫し無言だった。

「ねぇ、明日運動公園で隣の市である涅槃市の施設の子と、この施設の子とのサッカーの交流試合があるの。良かったら手伝ってくれない?」

 彼女が頼んできた。

「今回は先輩命令じゃないんスか?」

「うん、無理矢理お願いするのも悪いし」

「分かりました。友達にも呼び掛けて手伝いに行きます」

「うん、ありがとう猿石くん」


「其れじゃまた明日」

 十七時になり、俺は彼女と子供達に別れを言った。

「また明日」

 彼女も返事をして手を振った。帰り道、俺は寛治にレインを送ると、家の前に着く頃に返事がきた。

 寛治:『其れは良い事だな! 俺も協力するよ。明日部活午前だけだから午後から合流する。公園って何時も俺が走ってる公園でいいんだよな?』

 俺:『ああ、其れでいい』

 寛治:『了解。明日またな』

 俺は連絡し終え、何時ものルーティンをして寝た。

 

 翌日、俺は彼女や職員の人達と無理矢理連れてきたシエルと共に午前中から午後からの試合に向けて準備をしていた。

「まったく、なぜ俺がこんな事を」

「まあまあ、いいから」

 俺がシエルを宥める。

「みんなのおかげで準備が早く済んだよ。ありがとう」

 職員の田頭さん他、職員の人達が俺達に労いの言葉を掛ける。

「いやぁ~其れ程でも」

「はん」

 照れる俺と、其れを横目に呆れた声を上げてそっぽを向くシエル。

「試合は午後からだし、其れまで自由にしてて、昼食は職員さんが弁当用意してくれてるし」

 彼女が穏やかに言う。

「よし、スケボーしよ。シエルもやろうぜ」

「俺はいい、俺は時間までそこの木陰で寝てる」

「ふ~ん、そうかい。ま、ご勝手に」

 俺達は昼食まで思い思いの時間を過ごし、昼食を食べ、応援に来た各施設の子供達と選手が揃う頃に寛治も合流し、試合が始まった。

 試合はこちら側の先制点で有利に進むかと思いきや、あっちもパス回しが絶妙でこちら側の選手を攪乱していく。しかし度重なるピンチをGKが間一髪セーブしている為、何とか一点リードのまま前半戦を終えた。

「お疲れ」

 俺達はそう言葉を掛けて、ハーフタイムに選手にタオルとスポーツドリンクを渡した。

「ありがとうお兄ちゃん達」

 選手達は息弾む声でお礼を言い、タオルとスポーツドリンクを受け取ると汗だくの額を拭い、スポーツドリンクを飲んだ。

「どう、試合は?」

 彼女がチームのキャプテンらしい選手に聞くと、

「今のところ勝ってるけど、相手が何か僕達の動きに慣れてきてる感があって、やりづらい」

 と達観した感じで答えた。

「まあ、後半頑張れよ。気持ちで負けちゃダメだからな」

 寛治が熱く選手を激励した。

 ハーフタイムが終わり、選手達がサッカーコートに集まった。審判が試合開始のホイッスルを鳴らそうとした時、空に穴が開き、数十体の欲堕人と十体の悪堕人が選手達から50m位離れた場所から下りてきた。

「きゃあ、怪獣だ」

「うわ」

 子供達が叫ぶ。

「危ないから近づくな‼」

 俺が叫ぶ。

「シエル、職員さん達と一緒に子供達を避難させてくれ!」

「分かった」

 シエルはそう言って職員の人達と共に避難誘導を始めた。

「いくぜ、寛治‼」

「おう‼」

 俺達は力を解放した。

「俺の新たな技見せてやる! 筋斗雲‼」

 俺は持ってきたスケボーに気を込めた。するとスケボーが光に包まれながら浮かび上がった。俺は其れに乗った。

「金剛猿槍斉天大聖の様!」

 俺はそう静かに言い、奴らに疾風の如く突っ込んで行き、数多の欲堕人を薙ぎ倒していった。

「・・・・・・くっ、すごいスピードで移動出来るけど小回りも利かねぇし直ぐには止まれねぇ。これは実戦向きじゃねぇな」

 俺はそう呟いた。寛治も斧で一体ずつ倒していく。するとさっきと同じ場所で立ち止まっている彼女が見えた。

「月子さん、何やってるんだ。早く逃げるんだ‼」

 俺が叫ぶと、

「・・・・・・せっかく子供達が楽しみにしていたのに、ぶち壊して・・・・・・」

「月子・・・・・・さん?」

 俺が漏らすと、

「あんたら、絶対許さない‼」

 彼女の怒号が響くと、その体が光に包まれた。そして顎に『亥』の字が赤く浮かんでいた。

「月子さんも十二支だったんだ」

 俺がそう驚きながら呟くのと同時に彼女は、

「うお~」

 と叫び、奴らの方へ走って行った。そして欲堕人の内の一体を転ばせ、其の体を掴み、

猪地獄車(ジャイアントスイング)!」

 と叫んで彼女の周りの欲堕人を巻き込み投げ飛ばした。すかさず直ぐに悪堕人の一体に、タックルする様に体勢を下げて掴み、

猪爆撃破壊(パワーボム)!」

 と叫んで地面に叩きつけると地面にヒビが入った。

「俺達も行くぞ!」

「あ、あぁ」

 寛治に促され、俺達も欲堕人、悪堕人を倒していく。

「牛丸くん、そいつ掴んでて!」

「あ、はい」

 寛治はそう返事をすると、そいつを羽交い絞めにした。

 彼女は其の姿を確認すると、

「どっせい!」

 と吠えて気合を入れ、

猪空中十字手刀(クロスチョップ)!」

 と叫んで手を十字に組んでそいつ目掛けて飛び込んだ。すると其の悪堕人が弾け飛んだ。そして寛治は月子さんを受け止める。其の瞬間地面にヒビが入った。

「剛腕の寛治だから受け止められたけど、俺だったら間違いなく勢いで吹っ飛んでいた・・・・・・」

 俺は其の破壊力に戦慄した。

「うお~」

 彼女は吠えると最後の一体を持ち上げ、真上に放り投げた。そして自身も高く飛び悪堕人の体を逆さにし、其の頭部を腿で挟み、

「空中、猪脳天杭打ち(パイルドライバー)!」

 と叫び、其のまま真下に落ちてきた。其の時地面にクレーターができた。

「はぁはぁ、どうだ!」

 彼女が天を仰ぎ吠えた。

「す、すげぇ」

 俺は迫力に圧倒された。寛治も同様の感じだった。

「十二支の力の目覚めおめでとう、月子」

 シエルが遠くから向かってきて祝いの言葉を送った。

「十二支ってあの十二支?」

 彼女がシエルに疑問を投げ掛けた。

「そうだ、お前はそこに居る文人や寛治と共に地獄の住人と戦わなければならない」

 シエルがそう伝えると、彼女は少し黙ってから、

「分かったわ。改めてよろしく猿石くん、牛丸くん」

 と俺達に挨拶した。

「はい、よろしくお願いします」

「お願いします」

 俺と寛治は挨拶を返した。

「・・・・・・驚かないんスね」

「まあ、ちょっと驚いたけど目覚めたからにはやらなきゃなって思って」

 俺は彼女に疑問を投げ掛けたが、彼女は爽やかに答えた。

「さあ、みんなを呼んでこよう。シエルくん、みんなは何処に居るの?」

 彼女はそう言って、シエルと並んで子供達を避難させた場所へ歩いて行った。俺と寛治は其の場で待っていた。やがてみんな揃い、一時のざわざわとした空気は残りつつ試合の後半戦が始まった。試合は前半戦の一点リードの状況で凌ごうと守備メインでゲームを進めようとしたが、徐々にピンチを迎え結果、2‐1でこちらのチームが負けた。選手達は握手を交わし、また試合をする事を約束し交流試合は終わった。

「じゃあ、私はみんなを送ってくるから」

「分かりました。お疲れ様っス」

「これ私のレインID、子供達が安心して遊べる場所を守る為、私も頑張るね」

 俺達は彼女が颯爽と歩く姿を見送りながら、其々の目的地へと向かった。

 

        4

 

 気付くと七月も終わりを迎えようとしていた。月子さんが目覚めてから三日間、俺は仲間の許へ出掛けたり、趣味に出掛けたりした。其の中で技を一つ覚えた。そして地獄の住人の出現がローカルニュースで流れ出し、小さく話題になり始めた。

 今日は買い物をしに昼から涅槃市に来ていた。駅を出てビルに囲まれたざわめく街は変わらず喧騒に包まれており、俺はティラミスを餌にして無理矢理呼んだシエルと街の中心を歩いていた。

「人が多いな」

「まあ、大体何時もこんなもんだから」

「そうなのか? そんな事より早く買い物を終わらせろ! 俺はティラミスを食べて早く帰りたい」

「分かってるよ、うるせぇな。ティラミスはちゃんと食わせてやるから俺にしばらく付き合え」

「ふん!」

 俺達は街中を歩きながら会話してファストファッションの店や靴屋、アクセサリー店を見て回り、スマホで検索して出てきた近くに在るカフェに向かって歩いていた。すると前からガラの悪い感じの男が五人肩を揺らしながら歩いてきた。そして俺達の前で立ち止まり、

「ちょっとそこの君たち、金貸して欲しいんだけど。困った時はお互い様でしょ」

 男の中のリーゼントの奴が話し掛けてきた。

「あんたらに貸す金なんて無いんスけど。そこどいてくんないスか?」 

 俺が気怠そうに漏らすと、

「やだね。金貸すまでどかないよん」

 オールバックの奴がおちょくる。

「はぁ・・・・・・・、好い加減にして欲しいわ」

 俺が言うと、

「あぁん? テメェふざけてんのか? 殺すぞ!」

 そう怒鳴って奴らは立ち向かってきた。しかし何度も地獄の住人達と戦ってきた所為か目が慣れ、ただのヤンキー如きでは俺に攻撃を当てる事は出来なかった。俺は躱しつつ蹴りや拳を当てて奴らをあっという間に跪かせた。

「すいませんした!」

 奴らは土下座をして謝った。俺は其の姿を一瞥して奴らの脇を抜けてカフェに向かって歩いていった。 


「クッソ、あいつつえぇ。おい、誰か根角さん呼んでこい」

 

「ティラミスも食ったし、俺は帰る。さらばだ」

 シエルはカフェを出たところで瞬間移動した。

(薄情な奴・・・・・・)

 カフェで一時間程滞在して時計の針は十七時を差していた。俺はカフェを出て駅に向かっていった。

 俺は大通りを歩き、街の中心に辿り着いた時、見慣れた顔と其の中心に赤髪ロングで目付きの悪い小柄な男が立っている。

「またお前らか。邪魔だからどいて」

「テメェ、さっきはよくもやりやがったな! 今度は根角さんが俺達の敵討ってくれるからな。死んだな、オメー」

 顔に痣があるリーゼントの男が下品な笑みを浮かべ言う。

「あんたが俺の手下をやった奴か」

 不敵な笑みを浮かべ、中心に居る男が話し掛けてきた。

「そうだけどお前、誰?」

「俺は霧鐘高校一年、根角陽太。こいつらの兄貴分だよ」

 根角は答えた。

「あんたには恨みはねぇけど、手下の為にもあんたを潰さなきゃいけねぇんだ。悪く思うなよ」

 そう言って、彼は俺から少し離れて構えた。すると彼の体は光を発し彼の額に『子』の字が赤く浮かんでいた。

「お前、能力者だったんだ」

 俺が零すと、

「窮鼠幻影陣‼」

 彼が叫ぶと彼の周りに十体の分身が現れた。そしてナイフを持っている分身達が俺に向かってきた。

「きた、根角さんのよく分からねぇけどすげぇ力‼」

 遠くでヤンキー達が叫んでいる。

 俺は力を解放しつつ、分身達の攻撃を躱してみるがナイフが俺の体を浅く切っていく。彼は動きもせずに其の場で仁王立ちをしていた。

「ちっ、しょうがねぇ。集団でもいけるか? 喰らえ緊箍呪!」

 そう叫んで分身達の動きを封じた。俺が最近覚えた緊箍呪は半径10m以内の指定した相手の下に陣を張り、二分程動きを封じる事の出来る技だ。俺は彼に向かって走って行き、振り被って右ストレートを打った。しかし其の手は空を切った。

「なっ」

 俺は動揺した。

「はは、おせぇよ」

 そう言って彼はすさまじい動きで俺の周りを駆け回った。俺は其の動きを目で追うのがやっとだった。

「いて、クソどうしたらいいんだ」

 彼は素早く移動して俺の顔や背中に擦れ違いざま、蹴りや拳を打ち込んでいく。俺はスケボーを足元に置き、目を瞑った。

「どうした、諦めたのか?」

 彼が打撃を打ち込みつつ聞いてきた。

「動きに付いていけてないなら目を瞑っても同じ事」

 俺は答えた。

「そろそろ殴る蹴るも飽きたな」

 近くから彼の声が聞こえたかと思うと急に声が聞こえなくなった。

「死ね!」

 俺の後ろから声が聞こえた。俺は目を開き、すかさず足元のスケボーを後ろに向かって勢い良く蹴った。

「おっとと」

 俺が反転すると、彼はナイフを地面に平行に持ったまま蹴躓いていた。俺はすかさずバランスを崩した彼の顔面に振り被って右ストレートを打ち込むと、彼の胸倉を掴んだ。

「俺の勝ちだな」

「負けたよ。許してくれ――何て言うと思ったかバーカ‼ 分身達やってしまえ‼」

 彼は分身達に命令した。どうやら直ぐ近くまで分身達が迫ってきている様である。俺は其のまま胸倉を掴んだまま往復ビンタをした。すると彼は気絶した。やがて後ろから間近に迫った殺気が消えた。

「はは、すげぇなあんた! 俺らあんたに付いていくわ」

 彼の手下のヤンキー達が口々に言ってきた。

「リーダー、見捨てんの?」

 俺が少しイラつきながら聞くと、

「あん、根角? いいのいいの、こんな奴」

「去れ! クズ共‼」

 俺は自分のリーダーをこんな奴呼ばわりして、簡単に捨てるヤンキー達の態度にムカつき怒鳴った。

「チッ、何だよ。行くぞ、オメーら」

 ヤンキー達は足早に去って行った。俺は道に寝かせておく訳にもいかないので彼をとりあえず駅の待合室まで運んで寝かせたら、電車で家に帰った。帰って家族に色々言われたのでヤンキーに囲まれてしまってちょっと喧嘩しただけだから心配するなと言ったが、親父に病院に連れてかれた。病院に着くまでは興奮していた為痛みを感じていなかったが、手当てを受けている内に激しい痛みを感じた。

 症状は打撲と軽い切り傷。俺は医者から数日の安静を言い渡され痛み止め、ガーゼ等を貰って病院から帰された。

「まったく、元気なのは良いが、あんまり母さんを心配させるなよ」

「ああ、ゴメン」

 親父と車の中でそんな会話を交わし、今日が終わった。

 

 あれから二日間家で安静にし、今日にはだいぶ痛みも腫れも引いてきた為、夕方から外へスケボーしに出掛けることにした。俺が運動公園内を歩いていると、顔に痣がある少し前に見た男が木陰から現れた。根角だ。

「何だお前、俺に用か?」

 俺が訝しげに聞くと、

「ごめんなさい。俺あんたに謝ろうと思ってて」

 そう言って彼は頭を下げた。俺は思わず呆気にとられてしまった。

「そうだ、俺あんたに見せたいものがあるんですよ」

 彼はそう言って俺に付いてくるように促した。

「何で俺がここに居るって知ってんだ?」

「駅の待合席で目覚めた時にあんたが駅で何処へ行ったか駅員に聞いて、次の日にこの街に来た時にあんたに似た特徴をした男をよく見る場所をそこら中の奴に聞いて、其れから今日まで張ってたんです」

(すげぇな)


「見せたいものって何だ?」

「其れは秘密です。見たら分かります」

 俺は根角に付いていき寂れた飲食街の中を入った。

「ここです」

 彼に言われて角を曲がると其の大きな空き地に数十人のヤンキーが待っていた。

「根角、お前!」

 俺は彼を睨みつけた。

「根角クンは太っ腹だな。こいつ半殺しにするだけで三万もくれるんだからな」

「今日は熱いぜ」

 ヤンキー達が俺を見ながら不敵な笑みを浮かべる。

「おう、お前ら遠慮なくやっちまえ!」

 彼がヤンキー達に呼び掛けると奴らは一斉に襲い掛かってきた。

 俺はスケボーを足元に置き、最初に襲い掛かってきた奴の腹にボディブローのラッシュを喰らわした。そして奴が持っていたバットを奪い片手で持ち、後ろから木刀を振ってきた奴の腹にスイングした。残りの奴も腹に前蹴りをしたり、顔に右フックを喰らわせたりしてあっという間に伸してしまった。

「最後はお前か?」

「クソ、使えないクズ共め」

 彼が吐き捨てるので、

「クズか・・・・・・俺に言わせればお前もこいつらと変わらないけどね」

 と冷静に言った。

「俺はこいつらとは違う!」

「へ~。何が違うの?」

「俺はこいつらのように弱い者をいじめたり、物を集ったりしない!」

「・・・・・・何やら訳ありの様だな。俺で良かったら話聞くぜ」

「うるせぇ。ほっといてくれ」

「たく、しょうがねぇな。緊箍呪!」

 俺は彼の動きを封じた。

「何すんだよ!」

 彼が動揺しているのを尻目に彼を背負い、

「からの、金剛猿槍斉天大聖の様!」

 と発して空き地から運動公園までスケボーを飛ばした。

「あんた、俺をこんな所に連れてきてどうする気?」

「どうするって、お前の話聞こうと思ってな」

「あんたみたいな飄々として自分の弱さも見せないような奴に俺の苦しみが分かるもんか!」

 

『ねえ、何でみんな僕を仲間外れにするの?』

『あの子、また一人で本読んでる。友達いないのかなぁ』


「(チッ)いいから! 話すまで俺はお前に付き纏ってやる‼」 

 俺は彼の言葉によって呼び起された忌まわしい記憶を振り払い、半ば強引に食って掛かった。

「何だよ。もういいよ。話すまで付き纏われんのはウザいし」

 彼が俺の剣幕に気圧された様で口を開いた。

「俺、学校でいじめられてて俺が従えてた奴らも、元々俺をパシリに使ったり、カツアゲしてきたりしてきた奴らなんだ」

 彼は俺に対して体を横に向けて話した。

「或る日、奴らに呼び出されて殴られそうになった時、俺の体が光ってあの力が目覚めた。其れ以降あの力を使って奴らを脅したら俺の言う事を聞くようになった。俺は気持ち良かったね。散々俺をいじめた奴らを俺が支配する。俺は力を手にしたとね!」

 彼は興奮気味に言った。

「だが俺はあんたにタイマンで負けた。今日奴らに会った時、奴らは侮蔑を込めて俺に言ったよ『何だ、テメェの力も大した事はねぇな。まあ、お金払ってくれたらそいつのことボコボコにしてやってもいいけどね、根角クン』てよ」

 彼は悔しそうに吐いた。

「・・・・・・なあ、明日の十三時にこの公園へ来てくれないか?」

 少しの沈黙の後、俺は彼に提案した。

「は?」

「いやお前に見せたいもんがあるからさ」

「そう言って俺をボコボコにすんだろ?」

「しないしない、俺を信じろ」

「信じろつっても信じられねぇよ」

「じゃあさ、一回騙されたと思って来てくれねぇ? 来てくれたらもうお前に関わらねぇから」

「分かった」

 俺は彼と公園で話をしたら彼を駅まで送って、運動公園に戻り少し走ってから家に帰った。


「クソ、あいつ強すぎる。根角もどっか行っちまったし、金取れなかったじゃねぇか!」

「あいつらなら明日、ここから少し行った所に在る運動公園に行くみたいダゾ」

「テメェは?」

「俺か? 俺は悪堕人つんダ。あいつらに復讐してぇよナ?」

「ああ、してぇ」

「じゃあ俺に従え」


 翌日、俺が運動公園に行くと根角が立っていた。

「よぉ、ちゃんと来たな」

「あんたが来いつーから。其れに来たらもう付き纏われずに済むし」

「よし、俺に付いてこい」

 俺は彼を連れて歩き始めた。

「どこまで行くんだよ?」

「あと少しだ。大丈夫、目的地に数十人のヤンキーが居るつーオチはねぇから」

 角を曲がり、俺達は恋想園に辿り着いた。

「ここは?」

「ここは恋想園、色んな事情で保護されてきた子供達が暮らす児童養護施設さ」

 俺は答える。

「あ、猿石くんいらっしゃい」

「あ、月子さんチーッス。今日は新しく手伝う奴連れてきたんス」

 俺は月子さんと挨拶を交わした。

「君が手伝いに来てくれた子か、名前は?」

「根角陽太・・・・・・です」

「根角くんね。私は猪野月子よろしくね」

「よろしくお願いします・・・・・・」

 挨拶もそこそこにして俺達は施設の中に入って行った。

「猿兄ちゃん遊ぼ!」

「ああ、隣の陽太兄ちゃんも一緒に遊んでくれるってよ。だろ、陽太兄ちゃん」

「あ? ああ・・・・・・」

「陽太兄ちゃん遊ぼ!」

 俺達が子供達と大部屋で遊んでいると、

「お兄ちゃん、ミニカーが動かなくなっちゃった」

 或る男の子が俺達に、後ろに引くと走るミニカーを持ってきた。

「貸してみな。おーい誰かドライバー持ってきて」

 彼はそう言って呼び掛けた。やがてドライバーを受け取ると、

「ここゴムが絡まって上手く動かねぇんだよ。だからこれをこうして・・・・・・」

 そう言ってミニカーを直し始めた。

「ほら出来た」

「ありがとうお兄ちゃん」

 男の子は彼にお礼を言って元居た場所に戻って行った。

「うわ~ん、和くんが引っ張るからクマさんの腕取れちゃった!」

 遠くで女の子が泣いている。どうやら彼女は和くんって子と遊んでいてその和くんがクマのぬいぐるみを引っ張った時に腕を持っていたらしく千切れてしまったらしい。彼女が泣いていると、

「貸してみろ。俺が直してやる。裁縫セット持って来い!」

 彼は呼び掛けると裁縫セットを受け取り、あっという間に直してしまった。

「ほら直った。二人で大切に遊べ」

「ありがとう陽太兄ちゃん!」

 彼女は和くんの許へ帰って行った。

「お前って器用だったんだ」

「まあな」

「其れと意外と面倒見良いのな」

「下に妹とか弟いるからな」

 彼は呟く様に言い、俺達は言葉を交わした。

「よし、外でサッカーの練習するか」

 俺が誘い、子供達と俺達は玄関から外に出た。すると目の前に数十人のヤンキーが立っていた。

「よお、探したぜ。クソ金髪、根角!」

 何度も見たリーゼントが発した。

「お前ら何でここが?」

 根角が動揺しながら尋ねた。

「ここにおられる悪さんが教えてくれたんだよ。悪さんは色々知ってるからな」

 スキンヘッドの男が得意げに答えた。悪さんと言われた奴は悪堕人の様である。ハエの様な目に異様に長い耳をしている。

「月子さん! 子供達を施設に」

「うん、分かった」

 俺は月子さんに指示を出した。

「お前が逃げた所為で貰い損ねた三万円を受け取りに来たんだ」

「何言ってんだ? 三万はこいつを半殺しにした場合だろ? 其れにもういいんだよ、其の命令は」

「知らねぇな。払ってくれなかったらこの施設破壊しちゃおうかな」

「止めろ! そんな事をしやがったら殺すぞ」

 彼が声を震わして言う。

「ふん、お前の脅しなんてもう効かねぇよ。雑魚が」

「雑魚か・・・・・・確かにな。力に屈してお前らの言う事を聞き、力を手にしたら其の力で自分が強くなった気になってお前らクズと同じ様な事をしていた。まさしく雑魚だ。だけどな理不尽な力に抗い、立ち向かっていく事こそ本当の強さだと気付いたんだよ!」

 彼は何かと決別するように発した。其の面は勇ましくも見えた。

「イキがりやがって! まとめて畳んじまえ!」

 ヤンキー達は俺達に向かって突撃してきた。俺は攻撃を避けながら打撃を、彼は力を解放し素早く移動しながら一人につき十発程の拳を腹に叩き込んで跪かせていく。

「こいつらやっぱりつえぇ、悪さん頼んます」

 グループのリーダー格の男が悪堕人に乞うた。

「うるサイ、戦うのはお前らダ」

 悪堕人はそう言うと背中から触手を出し、其れを戦闘不能状態のヤンキー達の背に差し込んでいく。

「ぐわ、何するんスか・・・・・・悪さん!」

「もっと戦エ」

「ぐお・・・・・・グオ~コロス」

 ヤンキー達は次々と豹変し欲堕人の様になった。

「テメェ、こいつらに何しやがった⁉」

 彼が悪堕人にキレながら問うた。

「俺の体液をこいつらに流し込んダ。これでこいつらは殺戮の事しか考えられなくなっタ」

「テメェを殺せば戻るのか?」

「殺された事無いから分からんナ。其れにこいつらも俺が地獄の住人と知りながらも力を借りた時点で俺らと変わらんと思うガ」

 悪堕人が冷淡に吐き捨てた。

「テメェ‼」

 ヒャヒャヒャ、殺してみろ」

 悪堕人はヤンキー達を壁にするように後ろに下がった。

「クソ、憎いけど元は人間だ。可能性がある内は殺せない」

 彼が苦い顔をしている。

「緊箍呪!」

 俺が叫ぶ。

「これで二分位は動きを封じられる。あいつを倒すぞ」

「ああ、鉄鼠‼」

 彼はそう叫び、両手から光の爪を生やすと、俺達はヤンキー達の群れを擦り抜け悪堕人に突撃した。

「喰らえ、金剛猿槍煉獄無間葬‼」

「うら~‼」

 俺達は攻撃するが、奴は素早い動きで躱す。

「ヒャヒャヒャ、そんな攻撃当たらん」

 奴は耳障りな羽音と共に空を飛び、素早い動きで俺達を攪乱する。

「クソ、攻撃が当たらねぇ」

 俺が苛立っていると、

「クソが・・・・・・、ちょろちょろと動きやがって。絶対許さねぇ、この蟲野郎‼」

 彼が吠えた。其の時彼の長い髪が全て逆立った。

「怒髪天‼」

「お前・・・・・・其の姿⁉」

 俺が漏らしている内に彼は素早く動き、十秒も経たない内に、奴を羽交い絞めにした。

「クソ、人間風情が何故俺の動きに付いてこれル」

「死ね」

 彼がボソッと言うと、奴の体が光り始めた。

「怒鼠通電処刑‼」

 彼が叫びつつ全身から発した高圧電流を奴に流した為だ。そして高圧電流を流された奴は声も出せないまま、白目を剥いて動かなくなった。やがて彼が奴の体を解放すると焦げた臭いと共に奴はヒューヒュー言いながら全身を痙攣させ倒れた。

「・・・・・・キリンジサマニコロサレロ」

「はあ? キリンジ? 誰だそいつは?」

 彼の問いに答える事無く奴は『キリンジ』という謎の名前を残して俺達の前で霧散した。其れと同時に後ろで人が倒れる音が聞こえた。振り返るとヤンキー達が口から紫色の液体を垂れ流していた。其の後まもなくヤンキー達は元の姿に戻っていった。

「よかったな、根角」

「ああ、まあな」

 俺達はとりあえずほっとした。やがて職員さんが通報した事により警察が来て俺達は事情聴取を受けた。ヤンキー達も後に事情聴取を受けるだろうがとりあえず全員病院へ搬送された。警察は事情聴取と大まかな状況を確認して施設を去って行った。俺は施設の子供達に悪い人達はおっぱらったと伝え、子供達と時間が許す限りサッカーをした。

「根角、今日はありがとな。出来れば一緒に戦って欲しいけど約束だからな。もうお前に干渉しないよ」

「なあ、猿さんこれ俺のレインID」

「え?」

「あんたが干渉しないって言っても俺が干渉してやる。あんた一人だけじゃ心配だから力を貸してやる。もう弱いままの自分じゃ嫌だから」

「はは、まあもう二人仲間はいるけどな。とにかくサンキューな、陽太」

「たく、仲間になるつったらいきなり名前呼びかよ。まあいいけど」

 新たに陽太が仲間になった。強力な仲間を手に入れた事で、今なら誰にも負けないような気がした。俺は陽太と一緒に施設で職員さんと月子さんが作った夕食を食べて家に帰った。


「あいつ使えなかったね」

「はは、まあ十二支の度量を測るには丁度良い相手でしたよ。まだ手は幾らでもあるんで」

「そうなんだ。じゃあまだ僕をワクワクさせてくれるんだね、麒麟児?」

「ええ、お任せを。夜叉様」


        5


 夏休みも十九日目に入った。陽太から聞くに、あれから施設をヤンキー達が襲ってきたあの事件も高校生同士の揉め事という扱いとなったそうだ。奴らにも杉浦っていう刑事が事情聴取をしたそうだが悪堕人の事は錯乱して夢と間違えたものという判断をしたらしい。

 今日、俺は寛治と陽太を誘い最近上映しているアクションラブストーリー映画『BRILLIANCE OF LAST VAMPIRE』を見に朝から涅槃市に来ていた。なお、寛治は今日部活が休みで、陽太は駅で待ち合わせた。

「楽しみだな、寛治、陽太!」

「ああ、猿」

「まったく、朝から呼び出しやがって」

「いいじゃねぇか、陽太。どうせ暇してたんだろう?」

「まあそうだけどさ」

「ほらほら朝から行動するのも良いぞ! 根角」

「あんたははしゃぎ過ぎだ、牛丸さん」

 俺達は話しながらショッピングビルの映画館へ入った。そして数時間後俺達は昼食を食べる為に、映画館に隣接したレストランに入った。そして席に着いた。

「映画面白かったな!」

「まあ、悪くなかったな」

「だろ、お前ら! 誘って良かったぜ」

「主人公のヴァンパイアが一人のシスターと恋に落ち、其の中で長年戦ってきた狼人間の一族、自分の血族のヴァンパイア、愛するシスターの父親の牧師やシスター達と戦っていくストーリーでさ。CGもすごかったし、何より泣けたわ‼」

 寛治が興奮して話す。

「そうそうラストシーンが泣けたよな。主人公が『私は不老長寿という名の呪いで愛も知らずに無駄に生きてきた。だが今は最初で最後に愛する人によって逝く事が出来る。こんな幸せな事が有ろうか』と、断崖絶壁で言うとシスターが『あなたと私は一つ。あなただけを先に逝かせる事はしないわ』と答えて、断崖絶壁の上で抱き合いながら涙を零しキスをしてお互いの背中から主人公はナイフを、シスターは木の杭を心臓目掛けて突き刺して其のまま断崖絶壁から海へ落ちてゆくっていう」

 俺は寛治に共感するように答えると、

「時間に限りの無いヴァンパイアと限りのある人間、そしてヴァンパイアとシスターという相容れないながらも本当の愛の形を探す姿な」

 陽太が横から口を挟んだ。

 俺達は料理が並ぶまで、見た映画の事を語り合った。すると遠くの席で溜息をつきながらパンケーキを食べている薄ピンクの髪のボブヘアの女の子が目に入った。

「おい、向こうでパンケーキ食べてる子可愛くねぇ?」

 俺は寛治と陽太に耳打ちした。

「うん? まあそうだな」

「何でこんなとこまで来て盛ってんだよ。本当おサルさんだな」

 興味無げに答える寛治と若干呆れ気味に言う陽太を尻目に、

「俺ちょっと行ってくるわ」

 俺はそう言って、彼女の席に向かった。

「こんちはーッス」

「あ、こんにちは」

「お姉さん一人? 良かったら俺らと食べない?」

「うわ~ん」

 俺がナンパすると急に泣き出した。

「どうしたんだよ? ゴメン謝るから・・・・・・」

 周りの視線が俺に向いているのが分かる。俺はオロオロしながら彼女にそう言った。

「僕、こう見えても男なんです」

「あ・・・・・・そうなの」

 衝撃の告白だった。俺はたじろぎながら漏らした。

「と、とにかく良かったら一緒に食べない?」

 俺は引っ込みがつかなくなった事もあり、彼女もとい彼を食事に誘った。

「ありがとうございます」

 俺は彼を連れて自分達のテーブルに座った。

「・・・・・・さっきは取り乱してすいません」

 彼が俯いて言う。

「気にしなくていいよ」

 俺が言うと、

「そうだよ。何言ったか知んないけど、まったく無神経なんだからこの人は」

 陽太が俺に突っかかる。

「うっせーな」

「其れより君が泣いていた理由を教えてくれるかな」

 寛治が優しく彼に尋ねた。

「はい、僕は芯愛高校一年の胡桃羊といいます。僕が泣いちゃったのは女の子に間違えられちゃったからなんです」

「つってもそんな見た目してたら誰でも・・・・・・」

「猿、ちょっと黙ってろ。そうか」

「僕、こういう感じだから女友達が多くてよく女友達と遊ぶんですけど、この前好きになった女友達に告白したら『羊くんの事は好きだけどどうしても異性として見れない。だからごめんなさい!』って、フラれちゃったんです。其れで男らしくなるにはどうすれば良いか悩んでて」

「よし、この後俺達に付き合え」

 俺は頼んだパスタを食べ終え、羊くんを誘った。

「あ、はい。分かりました」

 羊くんが答える。

「ちょっと待て。俺らまだ昼食食い終わってねぇぞ」

「ダッシュだ根角」

 俺は寛治と陽太が急いで食っている様を見守りながら待っていた。やがて彼らは食い終わり、街の中心街に出た。

「陽太、お前よくストリート系の恰好してるから羊くんに見立ててやってくんねぇか?」

 羊くんはレディース服で身を包んでいるし、中性的な顔なので恰好を変えれば変わるのではないかと考え、陽太に頼んでみた。

「面倒臭いけどいいよ。羊、付いてこい」

 俺達は陽太に付いていき、陽太の行きつけという店に行った。そして羊くんは陽太のコーディネートした服を着て俺達の前に現れた。

「どうですか? 皆さん」

「う~ん」

 俺と寛治は顔を見合わせて渋い顔をした。

(ダメだ、可愛い! これじゃストリート系の彼氏に合わせてそういう恰好した女の子にしか見えない・・・・・・)

 俺はそう思った。寛治も同様の感想を持った様だ。

「悪い、俺にはこれが限界だ」

 陽太は白旗を上げた。

「・・・・・・外に出よう、羊くん」

 俺は彼にそう言ってみんなで外に出た。

「羊くん、じゃあ今度はナンパをしてみよう。女の子に声を掛けまくれば物腰とか変わって男らしくなるかもしれないし」

 俺は彼に提案してみる。

「僕に出来るかな・・・・・・」

「じゃあ、俺の真似してみな」

 俺は彼にそう返すと、女の子達に声を掛けまくった。

「ねえ、今一人? 俺と遊ばねぇ?」

「俺、君と何処かで会った気がすんだよね。とりあえずお茶してみる?」

「一目惚れです。付き合って下さい!」

 俺はしばらく色んな女の子に声を掛け続けた後、みんなの許に戻って行った。結果は玉砕だったが。

「大丈夫? 猿さん」

「あん? どういう意味だよ」

「いや遠目に見ても豪快にスベってたから・・・・・・」

「うるせぇ! 俺の事はいいんだよ。まあこんな感じでやってみろ」

 俺は羊くんに促した。羊くんは女の子の集団に向かって行った。しかし、彼が女の子に声を掛ける前に周りの男達にナンパされてしまった。

「君一人? 良かったら俺らと遊ぼうよ」

「あ・・・・・・あの」

「しょうがねぇ、行ってくるわ」

 絡まれている彼を見兼ねて俺は向かった。

「あの・・・・・・ちょっとすいませんいいですか」

「あん? 誰だよテメェ」

「彼、こう見えて男っスよ」

「え~、男かよマジか。行こうぜ」

 男達は彼が男と知ると去って行った。

「すいません」

「これはちょっとナンパどころじゃねぇな。男にナンパされてる時点で」

 俺は彼とみんなの居る方へ戻った。

「こうなったら俺に任せろ」

「え、寛治何か考えあんの?」

「ああ」

 俺は駅で陽太と別れた後、羊くんを連れて寛治に付いて行った。やがて見慣れた景色が見えてきた。

「さあ着いたぞ」

「何だよ、何時もの公園じゃん。ここで何すんの?」

「やっぱ男らしいといったら筋肉じゃねぇか? ここはよく俺が部活終わりに走ったり、サーキットトレーニングしたりしてる場所なんだよ」

 寛治は俺達を見ながら語った。

「胡桃、俺が何時もやっているメニューを教えてやる。これを二ヶ月やれば筋肉付いて男らしくなるだろう」

「羊くん、筋トレって日頃してる?」

「いえ、したことないです」

「そうか・・・・・・おい寛治、若干軽めのメニューにしようぜ。お前と同じメニューじゃ羊くんが死んじまう」

「しょうがねぇな・・・・・・分かった。じゃあ始めるぞ‼」

 十五時から始めて一時間、俺達は寛治に付いてメニューを熟していった。なお羊くんは途中でリタイアした。

「はぁはぁ・・・・・・きちぃ。お前何時もこんなトレーニングしてんの? 俺でもギリだわ」

「いや、何時もはもう一セットしてる」

「やっぱお前はすげぇわ。羊くん、大丈夫?」

 羊くんは息を絶え絶えにしながら頷いた。

「・・・・・・今日はもう無理だな、明日又にしよう」

 俺は羊くんの顔を見ながらそう発した。

「だらしねぇなお前ら!」

 寛治は元気があり余った感じで言った。

「俺は明日午前だけ部活があるから午後集合だな」

「じゃあ明日この公園で」

「・・・・・・分かりました」

「そういえば自己紹介してなかったな。俺は猿石文人、芯愛高校二年。こいつは牛丸寛治、同じ高校でタメ」

「よろしくな」

「レストランで一緒に居た連れは根角陽太で霧鐘高校一年」

「あ、よろしくお願いします。お二人は先輩だったんですね」

 俺と羊くんはベンチで少し休憩して、寛治はもう一セットを熟して明日またトレーニングをする約束をして別れた。

 家に帰ってテレビを点けたら一人のカリスマティーンモデルの特集をやっていた。俺は其れをうとうとしながら見て、シャワーを浴びたら少し夏休みの課題をして日付が変わる頃、就寝した。


 翌日、俺達が公園に向かうとポップなトレーニングウエアで走っている人が見えた。俺達が見ていると、

「あ、文人先輩! 寛治先輩‼」

 羊くんが俺達を見つけこっちに向かって走り寄ってきた。

「羊くん早いな」

「はい、約束の時間より少し早く来て走ってました」

「胡桃、お前けっこう根性あるじゃねぇか! 筋肉痛はあるか?」

「けっこうガクガクです」

「そうか! じゃあ今日サーキットトレーニングは休みにしてゆっくり走ってみよう。猿と俺は昨日と同じメニューをしよう」

「分かりました。寛治先輩!」

「マジっスかカンジセンパイ」

 俺は寛治に巻き込まれて昨日のメニューを行った。

「はぁはぁ・・・・・・明日は筋肉痛だな、こりゃ」

「ふぅ」

 俺と羊くんはベンチに座った。俺は汗だくになりながらスポーツドリンクをがぶ飲みし、羊くんは持参のプロテインシェイカーのプロテインを飲んでいた。

「羊くん、けっこう本格的だな」

「はい、僕結構凝り性で、このウエアもシェイカーとかも昨日帰りに買って帰ったんですよ」

 彼は頬を紅潮させて言った。やがて寛治が俺達の前に現れた。

「お~胡桃、良いね。これだけトレーニングに前向きならもう俺達が付き合わなくても大丈夫そうだな」

「はい、ありがとうございます」

 無理しない事と、体が上手く動かない時は体に休息を与えるようにする事に注意な」

「はい、分かりました寛治先輩!」

 俺達が公園で別れようとしていると、一人の燕尾服の男が俺達の前に現れた。

「十二支の猿石様、牛丸様ですね?」

 燕尾服の男は俺達に尋ねてきた。

「何者だ、お前」

 俺は訝しげに聞いた。

「申し遅れました。私は美嗚羅。私の主の障害となる方がどのような人か調べる為に来ました」

「ご丁寧にどうも。で、単身で俺達に挑むのか?」

 寛治が美嗚羅に聞いた。

「はは、まずは私が手を下すに足りる方か調べさせて貰いますよ。来い、地獄の住人達‼」

 奴は後ろに下がり空間からフルートを出現させ、奏で始めた。すると多数の魔方陣と共に欲堕人と悪堕人が現れた。

「グゲゲ、ニク~」

「殺しだ殺しだ」

「へ、俺ら相手にこの数か。羊くん、危ないから後ろに下がってな」

「先輩達を置いて行けません。早く逃げましょう」

 彼の訴えを無視するように俺達は力を解放し、奴らを攻撃していった。

「金剛猿槍煉獄無間葬‼」

牛二頭斧(ダブルアックス)!」

 彼が呆気にとられているので、

「俺達の事は心配しなくていいから、逃げな」

 俺は彼に呼び掛けると、彼は俺達を背に逃げていった。

「くくく、逃がしませんよ」

 奴が奏でると、

「うわぁー」

 後ろから声がした。

「どうした‼」

 俺が後ろを振り返ると彼が欲堕人達に囲まれていた。

「あ・・・・・・あぁ」

 彼が怯えている。

「クソ、緊箍・・・・・・」

 俺が後ろを向き緊箍呪を使おうとした時、

「エチュード」

 後ろから声がし、断末魔とこちらに迫る空気を裂く音が聞こえた。俺は咄嗟に其の方向を向き、得物でガードした。

「させませんよ」

「クソ」

「猿、ここは食い止める。胡桃の所へ」

「分かった! うぉー」

「間に合いますかね、ラプソディ」

 彼に向かう俺の後ろから複数の竜巻が通り抜け、彼に向かっていった。

(く、間に合わねぇ)

「うわぁー‼」

 竜巻と奴らの振り上げられた腕が頭を抱え目も閉じた彼に迫る。

「ちくしょう、羊くん‼」

羊毛結界(パンケーキ)‼」

 彼が叫ぶと彼をピンク色の防壁が覆い、ガキンという音と共に竜巻を弾いた。

「これは一体?」

 俺はそう呟き、一瞬何が起きたか分からなかったが、直ぐに理解し確信した。其れは徐々に消失していく防壁から、光に包まれている彼の体が現れた事と、防壁が消失しかけて姿が見えてきた彼の目の前の奴らを片付けていく途中で、閉じていた目を恐る恐る開いた彼の左目に、『未』の赤い字が浮かんでいるのが見えた事からだ。

「大丈夫? 羊くん」

「あ、ありがとうございます・・・・・・僕の身に何が」

「話しはあいつを倒してからだ。いくぞ」

 俺は彼を庇い、奴の攻撃を弾きながら寛治に合流し、彼を後ろに下がらせると欲堕人達を片付けていった。

「残るはお前だけだ」

 寛治が奴に向かって言うと、

「くくく、なかなかやりますねぇ。なら、少し本気を出しますか。コンチェルト」

 奴はフルートを消すと、両手の手の平を俺達に向かって翳した。するとすさまじい空気圧が発生し、其れが俺達に襲い掛かってきた。

「ぐ」

「ぬう」

 俺達は自分達の得物でガードするのがやっとであった。

「ははは、死ぬがいい」

「ぐ、このままじゃやべぇ」

「同感だ、猿・・・・・・」

 俺達が防戦一方となった其の時、

羊毛風船(バブルガム)‼」

 後ろから声がすると俺達の周りに無数のモコモコとしたものが現れた。其れは空気圧を吸収しながら膨らんでいき、やがて弾けて消えた。

「羊くん!」

「今です」

「いくぜ寛治、うぉー」

 俺達は突っ込んでいった。

「く、フーガ‼」

羊毛壁(コットンキャンディ)!」

 奴の竜巻攻撃をモコモコした壁が弾き、其の横を擦り抜け攻撃した。

「金剛猿槍煉獄無間葬‼」

牛二頭斧(ダブルアックス)!」

 寛治の斧が奴のガードした腕に深い切り傷を作り、俺の突きが胴体に無数の穴を生み出した。

「ガハ、おのれ!」

 奴の体は血塗れとなり、もう戦える状態ではなかった。

「もうお前は助からない。最期に聞いていいか美嗚羅、お前の言う主とは何者だ? 八部衆の一神か?」

 俺は腕を垂らし気力で立っている様な奴を見ながら尋ねた。

「ふふ・・・・・・ご名・・・・・・答、私の主は八部衆の緊那羅様。至高の調べを奏でしお方だ」

 奴はそう返した。

「緊那羅・・・・・・そいつは今何処に居る?」

 寛治は引き続き聞いた。

「ふふ・・・・・・さあ何処でしょう・・・・・・」

「どうする? 寛治。このままにしていても埒が明かない」

「ああ、そうだな」

 俺達が顔を見合わせて話していると空気圧が飛んできた。

「ぐわ」

「くっ」

 俺達は油断していた事と、至近距離からの攻撃だった為、ガード出来ずにもろに喰らってしまった。

「ぐっ誰だ‼」

 俺は金属バットで殴られた様な痛みを全身に感じながら聞くと、目の前に黒いタキシードの男が立っていた。

「ご苦労様、美嗚羅」

「助かりました羽吏敦」

 羽吏敦と呼ばれた男は奴の腕を自らの肩に回し陣を張り消えようとしていた。

「待て、お前ら八部衆の目的は何だ? 主は何処だ?」

 俺は痛みを堪えながら尋ねた。

「・・・・・・今は教える必要も無い。そして美嗚羅に深手を負わせて勝ち誇っているかもしれないが、我々を甘く見ない方がいい」

 羽吏敦はそう言い残し陣と共に消えた。

「美嗚羅に羽吏敦、八部衆の緊那羅・・・・・・そしてまだ姿を見せない『キリンジ』という奴。色々と絡まってきたな」

 寛治が俺に冷静に言った。どうやら寛治は力のおかげかタフになり、俺と同様の攻撃を受けても俺程はダメージを受けていない様だ。

「ああ、とりあえず明日みんなを集めて情報を共有しよう」

 俺がそう提案した。

「其れが良いだろう。場所は何処にする?」

「この公園の向こうに屋根のある休憩所みたいな所が在った筈だ。そこに集合しよう」

「了解」

「ぐっ」

 俺は痛みに我慢出来ずに其の場にへたり込んだ。

「猿、大丈夫か!」

「へへ、大丈夫じゃねぇな。寛治、ちょっと肩貸してくれ」

 俺が寛治に肩を借りようとした時、

「ちょっと待って下さい」

 彼が静かにそう言って俺の体に手を翳し、

羊慰抱波(ハニーミルク)

 と唱えると俺の全身を七色のベールが包みベールが消えると共に痛みも傷も消えた。

「羊くん、すごいな‼」

 彼は寛治も同じように回復させた。

「・・・・・・僕は皆さんのように第一線で戦える力は無いですが、回復や防御なら誰にも負けません」

「羊くん・・・・・・」

「僕も真の漢になりたい。見た目じゃない優しさと頼もしさを持った本当の漢に。僕も皆さんの仲間に入れて下さい」

「何を寝ぼけてんのかな? この人は。なあ、寛治?」

「ああ、そんなの一緒にトレーニングした時から仲間じゃねぇか」

「あは、ありがとうございます」

 彼が涙ぐんでいる。

「おっと、真の漢がこんな事で泣くんじゃねぇよ。張り切っていこうぜ! 羊くん、いや羊‼」

 俺達は彼からレインIDを教えて貰い、其の日は解散した。帰り道、仲間達にメッセージを一斉送信した。家に帰り、ルーティンを済ませ、ベッドに横になりながらスマホの画面を見ると、メッセージが入っていた。其の後レインで話し合った結果、明日の十五時という形でまとまりスマホを枕元に置き就寝した。


         6

        

「よし全員揃ったね。じゃあ始めますか」

 俺が号令した。

「今回集まってもらったのは顔合わせと情報交換が目的だ」

 俺が仕切り、そう前置きする。

「まず新たに十二支の仲間となった胡桃羊。俺や寛治、月子さんの後輩で一年生。十二支は未で能力は回復や防御といったとこかな」

「あ、胡桃羊です。よろしくお願いします」

「さて次に話しておきたいことがある。俺と寛治、羊は昨日美嗚羅という奴と羽吏敦という奴に遭遇し戦った。そいつらは八部衆の緊那羅という奴を主と慕っているらしい。美嗚羅は途中まで追い詰めたがさっき言った羽吏敦が乱入して逃がしちまった。其れから数日前に陽太と共に一体の悪堕人を追い詰めた時、そいつが死に際に『キリンジ』という奴の名を吐いて息絶えたんだ」

 みんなが俺の話を真剣に聞いていた。

「じつは私達も同じ事があったの」

 月子さんが陽太の肩に手を置き話した。

「え、どういう事ですか?」

 俺が彼女に問い掛けた。

「ちょうど昨日陽太くんと施設の手伝いを終えて陽太くんを駅まで送る道中、曲がり角から黒装束の虚無僧が現れて尋ねてきたの『十二支の亥と子で間違いないな』って、私達はそうだと答えて戦った。しかし負けたわ、二人がかりだったのに胴への峰打ちであっさり跪いて。だけど奴は私達を殺さなかった。『貴様らは斬るには名前程の価値も無い。雑魚は地面に這いつくばる姿がお似合いだ』と吐き捨てて去ろうとした。私は咄嗟に名を尋ねたら『仮に以蔵とでも名乗っておくか』と答えて闇に消えていったわ」

 彼女は悔しそうに腹を摩っていた。陽太は俯いているがやけにテンポの速い貧乏揺すりが聞こえてくる。

「なるほど、俺が城巡りや花鳥風月を楽しんでいる内にそんな事があったのか」

 シエルが呟く。

「お前、そんな事をしてたんだ」

 俺が驚いていると、

「俺の事はまあいいとして、文人達が戦った美嗚羅や羽吏敦、そして『キリンジ』はおそらく八部衆の側近だろう。以蔵という奴もおそらく何者かの側近。いよいよ敵も本気でお前達を消しに来たのだろう」

 シエルが冷静に言う。一瞬の静寂ができる。

「シエル、八部衆の特徴を教えてくれないか? 仕掛けられるだけじゃ割に合わねぇ」

 俺が尋ねる。

「俺も詳しくは分からないが、八部衆は天地万物を操りし『天』、神格された蛇であり雨や雲を齎すとされる『龍』、悪鬼神と謳われる『夜叉』、香を食べる音楽神『乾闥婆』、戦闘神と謳われる『阿修羅』、龍を喰い、火を吐く金翅鳥『迦楼羅』、美声の音楽神『緊那羅』、音楽神であり廟神『摩睺羅伽』という名と特徴を持っているそうだ」

 シエルが話す。

「姿とかは分からねぇのかよ」

 陽太がつっこむ。

「奴らが異形な姿をしていたら騒ぎになるだろう? 奴らは普段人間に溶け込んで機会を窺っているんだよ」

 シエルはそう答えた。

「そういう事だろう」

 寛治が同調した。

 俺達はしばらく話し合った結果、敵が現れた時は仲間を呼ぶこと、何かあった時はみんなに知らせることを取り決めとして別れた。

 俺と寛治と羊はトレーニングを始め、シエルは瞬間移動して何処かに消え、残りの二人は恋想園に向かった。やがてトレーニングを終えて俺達は其々の自宅に向かった。家に着き一階で家族と夕飯を食べながらテレビを見る。其の後シャワーを浴びてリビングで多数のレインのメッセージを返して忙しくなる一週間が始まるのを感じながら今日は寝た。

 

 一日目は尚と智はお盆休みで部活が休みなので久しぶりに一日中遊べそうなので午前中からサーフィンしに海に行き、午後から涅槃市に在る複合エンターテインメント施設のアウトゼロでカラオケやゲーセン、色んなスポーツが出来るスポクラを二十時位まで楽しんだ。そして近くのラーメン屋に寄って夕食を食い解散し家に帰って一日が終えた。

 二日目は家族で墓参りに行き、三日目は寛治の練習に付き合った。四日目は羊とケーキバイキングに向かい、其の後トレーニングに付き合い、五日目と六日目は恋想園へ足を運び、月子さんと陽太と共に施設の子供達の世話をした。


 七日目、今日はこの街で夏祭りが催される。俺は寛治と羊と回る予定だ。尚と智は其々の彼女と回り、月子さんと陽太は恋想園の子供達と回るらしい。シエルは興味が無いらしく呼んでも八部衆絡みで無いと分かっているのか現れなかった。

 俺は集合時間の十七時に神社で待ち合わせをしていた。そして時間ぎりぎりに現場に着くと、羊だけが居た。

「あれ、寛治は?」

「さあ、分かりません」

 其の後、俺のレインに寛治からメッセージが来た。

 寛治:『悪い! 部活の奴らから誘われて断り切れなかったんだ。申し訳ないが俺抜きで胡桃と回ってくれないか。本当申し訳ない!』

 羊にも同じ文面が送られてきたらしい。俺らは返事を返して風も少し涼しくなった賑わう街を二人で歩いていく事にした。パンフレットを見ると屋台は神社の境内から街全体で出ており、公園では野外ステージが組まれて歌謡ショー等が行われているそうだ。俺達が境内をぶらぶらしている其の時、羊のスマホからメッセージが入った音がした。

「あ、すみません」

「いや気にせず見なよ」

 俺が促し羊は画面を見てメッセージを確認すると俺にこう言った。

「あの、僕の友達が一緒に屋台を回りたいって言うんですが・・・・・・」

「行けばいいんじゃねぇの?」

「でも先輩とも約束してるし・・・・・・」

「気にすんな!其れに其の友達の中にお前の片思いしてる娘もいるんじゃねぇのか?」

「はい」

「だったら行って来い! 射的とか人混みをスマートにリードして格好良いとこ見せてやれ」

「分かりました! すいませんありがとうございます」

 羊も行ってしまい溜息交じりにぶらぶらして林檎飴の売っている屋台を通り過ぎた時、

「あれ、猿石くん?」

 俺の名を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると林檎飴を持って花飾りを付けたゆるふわショートボブの髪の薄紫の浴衣の見慣れた女の子が微笑みながら立っていた。

「あ、犬塚。久しぶりお前も来てたんだ」

「うん、あたしは毎年来てるんだ。猿石くんも来てるなんて奇遇だね」

「ああ、本当は一緒に回る奴がいたんだけど予定が合わなかったり、途中でドタキャンされたりして一人で回る事になっちまってさ」

「あたしも似た様なものなの。夏風邪でドタキャンされたり、予定が合わなかったり、途中で中学校時代の友達と再会したみたいでそっちに行っちゃったりして・・・・・・」

 彼女が少し寂しそうに笑う。賑わう楽しげな声、ごった返す街の中俺と彼女の間で僅かな沈黙ができた。

「あ! この野外ステージで行われるお笑いライブの整理券一枚無駄になっちゃうな~」

 沈黙を裂くように俺は、一枚の紙切れを見ながら声を発した。

「え?」

 彼女が声を漏らす。

「今から相手探しても間に合わなそうだしなぁ。そうだ、一緒に見に行かない?」

「あたしは別に良いけど」

「よっしゃ、行こうぜ‼ 十七時四十分からだから急がねぇと」

 俺は彼女の手を取り、スニーカーで来た俺と違い下駄で来た彼女の為、速足で公園へ向かった。丁度ステージから三列後ろに二つ並んだ席が在った。

「ふう~、間に合った。犬塚疲れてない? 大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ありがとう。でも整理券があるのに何でわざわざ急ぐ必要があったの? あそこからなら五分もあれば着くと思うよ」

 彼女の鋭いつっこみが入った。

「ま、まあそうだけど楽しみでいてもたっても居られなくなっただけだから。ほんとほんと」

 本当は整理券など存在しない全て自由席だ。紙切れもたまたま寛治達と見た映画の半券がポケットに有って言ってみただけだ。彼女が寂しそうで思わず勢いでやってしまっただけである。

「あのさ、俺ちょっと飲み物と食い物買ってくるわ。何かついでに欲しい物ある?」

「じゃあウーロン茶とどんどん焼き!」

「分かった、じゃあそこの場所取り頼むぜ」

 俺は席を後にして彼女に頼まれた物と、焼きそばと枝豆と鶏の唐揚げとラムネを買って席に戻った。

「はぁはぁ・・・・・・おまたせ、いや参ったぜ。一つ買うのにいちいち並ばなきゃならねぇ。おかげで開演ぎりぎりになっちまった」

「まあまあ、ほら始まるよ」

 十七時四十三分、司会のお姉さんからの紹介でお笑いライブが始まった。三組の芸人が其々の芸風で俺達を楽しませた。この街あるあるをネタに加えて漫才をしたり、鉄板ギャグで笑わせたり、観客を弄って笑わせたりと様々で会場はまあまあの受け具合だった。そしてお笑いライブが終わる頃には十八時三十分になっていた。

「犬塚、枝豆食べる?」

「うん、じゃあ少しだけ」

 といった会話をしながら俺達は買ってきた物を食い終わるまで会場に残った。

「ふう、食った食った」

「お腹いっぱいだね」

「犬塚、この後予定ある?」

「ううん、無いよ」

「其れじゃあせっかくだし一緒に回らない?」

「うん、良いよ」

「よし決まり。だけど今動いたら吐きそう。ちょっと休憩な」

「あはは」

 俺達は少し休憩して十九時十五分頃街の喧騒に向かって歩き出した。

 街を見渡すと色々な飲食物の屋台に遊技場、地域の方の特産品売り場等様々在った。

「犬塚、食後の運動といくぜ‼」

 俺は射的に向かっていった。

「おっさん、一回だ」

「はい、一回五発で五百円ね」

 俺は支払いラムネ菓子目掛けて四発まで撃ったが落とせなかった。

「クソ~」

 俺が苦渋の表情を浮かべていると後ろから、

「振り返らずに左手出して」

 という声が聞こえ、差し出すと何かを握らされた。そして左手を開き見てみるとコルクの弾が一つ入っていた。 

「お前・・・・・・」

「しー、ばれたらヤバいから」

 俺は其の弾を弾が一発入っている器に加え、彼女に聞いた。

「――何が欲しい?」

「其れじゃあ、あのフクロウの貯金箱」

「OK」

 五発目を撃ったが少し動いただけだった。そして幻の六発目で其の貯金箱を撃ち落とす事に成功した。

「おめでとう」

 おっさんは感情の無い顔で俺に戦利品を手渡した。

「やったね」

 彼女が微笑む。俺は照れながら其の貯金箱を渡した。

「お前がいたから取れたもんだしお前のもんだ」

「ありがとう、うれしい」

 彼女が満面の笑みを浮かべて受け取った。

(こんな原価百円もしない様な物に喜んで子供じゃねぇんだから)

 俺は心がそわそわする様なよく分からない気持ちを感じた。

「次は何処行く?」

「あたし金魚掬いしたい」

「金魚掬いか・・・・・・あ、あそこ今は空いてるな。行くぞ!」

 逸れないように彼女の手を取り、人の群れを掻き分け向かった。

「金魚掬い一回五百円だよ」

 気の良さそうなおじさんがこちらに言う。

「どうしよう、あたし金魚掬いは好きだけど掬えた金魚を飼う水槽、割れちゃって無いんだった・・・・・・」

 彼女がしょぼくれているので、

「其れじゃあお前が掬った金魚、俺が家で飼ってやるよ。確か物置にそういうセットがあったからな」

 俺がそう答えると彼女の顔が明るくなり、

「ありがとう。おじさん一回お願いします」

「あいよ」

 彼女はおじさんからポイを受け取ると夢中になって金魚を掬い始めた。苦戦しながら結果、浴衣の袖を濡らしながら三匹の金魚を掬った。

「お、大したもんじゃねぇか。よ、金魚掬いの達人」

 俺がからかうと彼女は少しはにかんだ。

「そろそろ花火の時間だぜ」

「楽しみだな」

 俺達の横を子供達が話しながら通り過ぎていく。

「あ、そういえば二十時から打ち上げ花火があるんだったけか。何処行けば見易いんだ」

 俺が腕を組んで考えていると、

「河川敷のとこだと思う。急ごうよ」

 彼女が俺の手を取り速足で進んでいく。俺達が現場に着いた頃、丁度一発目の打ち上げ花火が鳴る音が聞こえた。

「お、始まったな」

「うん、始まったね」

 二発目、三発目と咲いては消え、咲いては消えを繰り返す。そして老若男女問わず一発鳴る度に歓声が上がる。

「今日は本当にありがとう。あたしと回ってくれて」

「へ、いいってことよ。其れに俺が無理矢理連れ回した様なもんだしな」

「・・・・・・綺麗だね」

 彼女はそっと呟いて左手を俺の右手に優しく重ねた。

「ああ・・・・・・本当に綺麗だ」

 俺はそう返して重ねられた手を強く握った。握った其の手はこの花火を見る為に急いだ所為なのか少し熱を帯びているように感じた。やがて花火終了のアナウンスが流れ、人々は其々散っていった。

「俺達ももうちょっと回るか」

「うん」

 河川敷から屋台の方に歩き始めようとした時、彼女のスマホが鳴った。

「俺に気にせず、電話に出なよ」

「うん、ゴメン」

 俺達は其の場で立ち止まり、彼女は少し離れた所で電話の応対をして、やがて俺の許に戻ってきた。

「ゴメン、今から亜美ちゃんとつかさちゃんが一緒に回ろうって」

「はは・・・・・・行ってきな」

「うん、ありがとう。後お願いがあるの」

「ん? 何?」

「あたしにレインID教えてくれる?」

「教えてあげよっかな~どうしよっかな~!」

「うう・・・・・・」

「冗談だよ。良いぜ、但し俺にもお前のID教えてくれよ」

「・・・・・・うん‼」

 俺達は互いのレインIDを教え合い、別れた。

(今日でこのパターン二回目・・・・・・)

 俺がぼんやり考えていると、寛治からレインのメッセージがあり、其れから少し彼と回り、二十一時頃家に帰った。シャワーを浴びて、部屋に入ってスマホを見ると彼女からメッセージが入っていた。内容は今日の礼だった。俺は文面とスタンプを眺めて、本当に楽しかったのだろうと感じ、ほっとし、部屋を消灯した。


       7


 亜美:『おはよう、犬ちゃん、つかさ! 昨日レインで伝えた通り、今日十二時に涅槃駅の駅前集合ね』

 つかさ:『了解!』

(浮かない恰好とメイクしなくちゃ・・・・・・)


「ふぁ~、おはよう」

 俺は起きてきて一階で朝の情報番組を見ながら朝食を食べていた。そこで何やらよく知らないシンスタグラマーが使っている香水が話題になっていた。何でも特別なルートでしか手に入らない物らしいが、香りが良く、異性にモテるフェロモン的なものがすごいらしい。

「あほくさ、こんなん信じる奴いんのかよ」

 俺が呟くと、一緒に食べていた姉貴が

「まあ、みんな影響力のある人が使ってる物ってよく調べもせずに効果があると信じてしまいがちじゃない? 実際、私の職場にも使ってる人いるし、効果はまあ、人其々なんじゃない」

 と、冷静に言った。

「ふ~ん」

 俺は気持ちの無い返事を返して終えた朝食をキッチンに持っていき、溜まっていた夏休みの課題を終わらせる為に部屋に籠った。途中、昼食を摂り、夕方頃に休憩がてら街に繰り出した。まず、ゲーセンに向かい、パンチングゲームをやってみた。しかし、良い成績は出るが、何時もランク三位止まりだった。

(この『TATU』と『MITORA』って何もんだよ・・・・・・)

 俺はそう思いながらゲーセンを出た。そして公園に向かって何時ものメンバーに加わりトレーニングをした。

「ねえねえ、この『夢想香』って知ってる?」

「ああ、JULIAが使ってるっていう香水でしょう。良いよね。何処に売ってるんだろう」

 家路を歩いていると若い女の子の話し声が聞こえる。そしてひどく甘い匂いが薄らこの街を包んでいた。

 俺は家に帰り、夕食、シャワーと浴びて、リビングのソファーに座りテレビを見ていると犬塚からレインがきた。

 俺『どうした?』

 犬塚:『猿石くん、最近流行り出した香水知ってる?』

 俺:『ああ、何か人気のシンスタグラマーが使ってるっていう香水の事だろう?』

 犬塚:『そう、今日亜美ちゃんとつかさちゃんに紹介されて明日買いにいこうって誘われたんだけど、買いに行った方が良いのかなぁ』

 俺:『お前はどうしたいんだ?』

 犬塚:『あたしは正直乗り気じゃないけど、流行っているならだし、亜美ちゃんやつかさちゃんももう持ってるそうだから――猿石くんの意見を聞きたくて』

 俺:『俺は反対だ! あんな甘い匂いのトイレの消臭剤を濃縮した様な物のどこが良いのか分からん。ただ決めるのは俺じゃない、お前だ。こんな事を俺が言っていいのか分からないけどお前は人に流され易いところがある気がする。あいつらの良かれとしたアドバイスもお前が納得しなければ意味が無い、流されるだけじゃいけないんだ。じゃないと自分にとって譲れない大切なものまで見えなくなってしまう。だから、其の誘いも俺が反対したから断るんじゃねぇぞ、お前がどうしたいかを決めて結論を出せ』

 犬塚:『・・・・・・分かった。ありがとう猿石くん』

 俺:『へ、長々とゴメンな。其れじゃ健闘を祈る。Bye』

 俺は彼女とレインのやりとりをした後、他の奴らにもレインを一斉送信してみた。結果、尚と智は噂だけで寛治と月子さんと陽太は元より知らないそうだ。羊は友達の中に使っている子がいるらしい。尤も羊自体はあの匂いが嫌いらしいが。俺はとりあえずベッドに横になった。久しぶりに寝つきが悪く、スマホの時計を見ると横になってから十五分経っていた。しかし其の後、俺がベッドの横に置いたスマホでどれだけ経ったかを確認する事を今日はもうする事は無かった。


 翌日も同じように午前を過ごし、夕方から本屋に立ち読みしに街まで来た時、吐き気を催す程の甘い匂いで包まれていた。俺は急いで家に戻った。家に帰るとレインの未読メッセージが多数あった。其の内容は全て同じ事。『夢想香を付けた人の様子が変』、『街が異様な空気に包まれている』クイッターやニュースでも同じ様な話題だらけだった。

(シエル)

 俺は部屋に鍵を掛けてシエルを呼んだ。

「何だ」

「今、そこら中で起こっている事は八部衆の仕業か?」

「おそらく、乾闥婆の仕業だろう」

「香を食べるって奴か」

「他の戦士達に伝えておいた方が良い。何時でも戦えるように気を引き締めろとな」

 シエルはそう言って瞬間移動した。俺はこの事を仲間達に一斉送信して家で寝るまでの時間を過ごした。


 スマホからの着信音で目が覚め、陽太からと確認して電話に出る。

「何だよ? こんな朝早くから」

「猿さん、テレビ見てくれ!」

 俺は電話を耳に当てながら寝惚け眼で一階のリビングに下りてテレビを点けた。すると七時三十分から異様な盛り上がりを見せる各地の街、ビーチが中継されていた。

「猿さん、どう思いました?」

「盛り上がってんなって、ただ少し不気味つーか怖い」

「俺も同感っス。ただ、気になる事が1つ有って・・・・・・」

「何だ?」

「其の『夢想香』を紹介してるJULIAって奴がキャンペーンで今日あんた達や俺が住んでる街に来るそうなんス。其の香水を広める為に」

「何、マジか。何処で?」

「其れが分からないんス。シークレットで行うイベントらしくて、SNSで色々探っても噂とか予想ばっかりではっきりとした事が分からなくて」

「おい陽太、相手は八部衆の可能性が高い。とりあえず動けそうな仲間に声掛けて、イベントの可能性のある場所を一つ一つ当っていくぞ。但し、当たったら、仲間を呼ぶ事にする。一人では戦うな」

「面倒だけど、しょうがねぇ。いいぜ」

 俺は陽太との電話を切り、レインで仲間達に事を伝えた。

 俺は急いで朝食を食べ終わり、街に出掛けた。動けるのは俺を含めて五人、イベントが行われそうな場所の近くで待機して何か其の場で起これば確認しに行くという算段だった。時間がただ過ぎていく。俺が張っている公園も他の仲間と同様に何の動きも無い。親子連れや子供達の声しか聞こえない。

 時計が十七時三十分を指す頃、寛治から電話が掛かってきた。

「もしもし」

「猿、大変だ。学校に変な目付きをした若い女性が集まっている。彼女達、ひどい臭いだ」

「寛治、とりあえず残っている人達を避難させろ! 俺達が駆け付けるまで戦おうとは思うな!」

「分かった」

 俺達は電話を切り、俺はみんなに連絡をし、なるべく早く来るように要請した。そして筋斗雲を学校まで走らせた。

 俺は学校のグラウンドまであっという間に着き、シエルを召喚すると手間取っている寛治を見つけた。

「どうしたんだ?」

「ダメだ、猿。陸上部員に手伝って貰っているが誰も避難しようとしない」

 周りの生徒達はグラウンドで、人気のシンスタグラマーが行うイベントで盛り上がっていて俺達の声が届いていなかった。

「クソ、どうしたら」

 俺がイラついていると、月子さんがグラウンドに着いた。

「どうしたの?」

 月子さんが尋ねるので俺が状況を説明した。すると彼女は、

「要はこのイベントを中止させれば良いのよね?」

 と言うと力を解放した。其の瞬間、地面が激しく揺れた。

「うわ、地震⁉」

「きゃあ」

 周りの生徒達がパニックを起こしている。

「地震が起これば、さすがにみんな逃げるんじゃない?」

 彼女はそう言って、パニックになっている生徒達を避難誘導し始めた。俺達も其れに倣って避難誘導を始めた。

「おい、俺達も手伝うぜ」

 声がする方を向くと尚と智がいた。

「お前ら・・・・・・悪い」

「よし、おいお前ら! やっぞ」

 後輩部員達にも呼び掛けてくれた様で、グラウンド、校舎内と誘導がスムーズにいっているのを感じる。

「あの、猿石くん」

 俺が校舎内の生徒達の避難誘導をしている時、二,三人の女子が話し掛けてきた。

「どうしたの?」

 俺が聞くと、

「犬塚さんってもう避難した?」

「分からない。逸れたのか?」

「いや、私達犬塚さんと文芸部の部活してたんだけど、磐見さんと橘さんが部室に来て何処かに連れてっちゃったから。無事だと良いんだけど」

 文芸部の仲間達は心細そうに言った。俺は仲間達にレインで一斉に聞いてみたが、避難させた者はいなかった。やがて尚と智と出会い、

「おい、やっぱり犬塚の奴何処にも居ねぇぞ」

「こっちも見てねぇ」

 尚と智が口々に発した。俺は舌打ちしつつ右手を頭に添えて焦っていた。

「おい、お前も一緒に逃げっぞ!」

 尚と智が発した。

「悪い、俺犬塚を探してくる。お前らこいつらを連れて先に逃げてくれ」

「何言ってんだ! 猿、お前を置いて行けるか俺らも付き合うぜ」

「いや、大丈夫だ。直ぐに俺も逃げるから心配すんな。だから、そいつらの事頼んだ」

「分かった。見つかったら直ぐに来い! いいな、文人」

「ああ」

 俺達は友達と言葉を交わし、其々散っていった。俺は月子さんと途中で学校に着いた羊を避難場所に待機するよう指示し、犬塚にレイン電話を掛けてみた。しかし応答が無かった。俺はようやく着いたという連絡のあった陽太を含めたメンバーに犬塚の特徴を教え、闇雲に探し始めた。

(クソ、何処に居んだ)

 俺は教室を手当たり次第見て回る中、三階の窓をふと見た時裏庭に女子三人と人影が一つ見えた。一人は直立不動な二人に挟まれそわそわしていた。俺は犬塚かもしれないと考え、窓を開けレイン電話を掛けてみた。其の直後、裏庭から着信音が鳴った。そわそわした女の子が電話を取ろうとした時に其の横に居る女子に制されたと同時に俺の掛けた電話が切れた。

(間違いない、犬塚だ!)

 俺はメンバーに連絡し、直ぐに裏庭に向かった。

 

「亜美ちゃん、今電話があったんだけど」

「出なくていいよ、犬ちゃん」

「・・・・・・ねぇ亜美ちゃん、つかさちゃん、ここに連れてきたのは何で? 其れに其方の方は誰?」

「こちらの方はJULIAさん。犬ちゃんに会わせたいと思って、あたしらがここにあんたを連れてきたの」

「そうそう、彼女にコトコトの事話したら、会って夢想香を特別にプレゼントしたいって言って下さったの」

「あなたが犬塚さんね。人気シンスタグラマーの私の勧めるこの香水、みんなが付けてるから持ってないと流行遅れになるわ。だから特別にあなたにプレゼントしようと思って。さあ、受け取って」

「良かったじゃない。これでみんなの流行に乗れるわよ、犬ちゃん」

「・・・・・・ごめんなさい、あたしやっぱり要りません」

「どうして? これ持ってないと周りの流れに付いていけなくなるよ? 犬塚さん」

「たとえ友達がハマっていても、流行りでもあたしは自分が良いと思わないと受け入れない。もうただ流されるだけのあたしは嫌」

「分からない事言わずに受け取ってよ、犬塚さん」

「要りません」

「受け取りなさいよ」

「嫌です」

「受け取れよ!」

「嫌です‼」

「クソ、お前ら押さえろ」

「・・・・・・犬ちゃ・・・・・・ん」

「・・・・・・コト・・・・・・コト」

「亜美ちゃん、つかさちゃん、止めて」

「犬塚‼」

 俺は裏庭にシエルと共に辿り着いた。彼女との距離は約5mだった。

「お前、八部衆か。亜美とつかさに何をした?」

「ふん、答える気は無いね。来い」

 JULIAの号令と共に夢遊病の様な女性達が集まってきた。

「こいつらは私の下僕さ。この夢想香を使った女はそうなる」

「ふん、緊箍呪」

 しかし動きを止める事は出来なかった。

「クソ、陣が無効化される」

「はは、この女も私の下僕にしてやる」

 操られた女性の一人が彼女のブラウスの第二ボタンまで空け、体に夢想香を付けようとしていた。俺は直ぐに助けに行きたいが、操られた人達が壁となって近づけない。

「あたし、嫌だ。助けて、文人くん‼」

「犬・・・・・・小兎‼」

 俺が思わず彼女の名を叫んだ時、壁の奥で眩い光が見えた。

「どうやら十二支が目覚めた様だな」

 シエルが冷静に言った。

「という事は小兎が十二支なのか」

 俺は人の壁でよく見えないが、小兎の体から光が包まれ、胸に『卯』の赤い字が浮かんでいる事が人の壁の隙間から僅かに見える。亜美とつかさが吹き飛ばされフェンスにぶつかり気絶しているのも見えた。

「クソ、十二支だったのか。下僕達よこの女を殺せ」

 人の壁が一斉に彼女に向かっていく。彼女は少し深呼吸し、JULIAを見据えた。

「文人くん、ここはあたしに任せて。あたしは大事な親友を下僕と言ったこの人を許さない!」

「へ~、勝つつもりかよ」

 奴の緑の髪が変わり、欲堕人の様になった。

「下僕達こいつを八つ裂きにしろ!」

 奴が吠えて彼女を囲むような陣形にして下僕達を向かわせた。

「脱兎」

 彼女はそう呟くと足踏みするように小刻みに足でステップを踏むと、向かってくる、奴の下僕達の振り下ろしてくる手、ナイフ、包丁を華麗に躱し奴の腹に左足で後ろ回し蹴りを浴びせた。

「かは」

 内臓を貫くような音が奴から聞こえ、奴は50m程吹っ飛んだ。

「まだ終わらない」

 彼女は強い目をして言った。

「ぐ・・・・・・何故だ。何故あの人数を捌ける?」

「あたしは今とても音が聴こえ、速く動ける。だから出来る。そしてあなたはとても嫌な音をしている。あなたが下僕と呼んでいる人達とも、文人くん達とも違う。きっとあなたを動けなくしたらみんなを救えると感じる。だからまだいくよ」

 そう言って彼女は奴に向かって走っていく。そして迫ってくる人達を躱しながら的確に膝や蹴りを入れていく。

「クソ、下僕共私の壁になれ」

 奴はそう発して自分の前に大きなスクラムを組ませた。

「これなら攻撃出来まい」

 彼女は奴から距離を少し作り、数回のバク転から大きく飛び上がり奴の背後に回った。

「馬鹿な‼」

「喰らいなさい、兎月脚・西昴‼」

 奴の胴体に一瞬で上段、中段、下段の横蹴りを左足で浴びせ、仕上げに右膝蹴りを胴体に喰らわせた。すると奴は其の場に崩れ落ちた。すると周りの人達も気を失っていく。

「やったよ、猿石くん!」

 俺はただ彼女に親指を突き出した。其の瞬間奴が目を覚ました。

「ふん・・・・・・一人位は殺してやる‼」

 奴がそう吠えてシエルに向かっていった。しかし奴がシエルの所まで10m位の所で奴の体は突然弾け飛んだ。

「何が起きた?」

 俺達が驚いていると、

「いや、ゴメンゴメン。ビビらせちまったかな?」

 俺とシエル、そして小兎との間を割って入るように横からブラウンのドレッドヘアを後ろで縛り、咥え煙草に薄いサングラスを掛けた無精髭で褐色の肌の黒シャツに白のセットアップの男が豪華なドレスを着た美女とワインレッドのスーツを着た美男子を連れて現れた。

「誰だ、お前ら?」

 俺が尋ねると、

「隣の街でキャバクラをやっております。霞です」

「同じくホストクラブをやっております。霧人です」

「そして俺はこの二人、霞と霧人がキャスト兼オーナーしている店の総支配人の渡瀬剣で~す。・・・・・・ま、君達的にはこの二人は俺の側近で俺は乾闥婆と名乗った方が良いかな」

 ドレッドの男は不敵な笑みを浮かべ、自己紹介をした。

「何しに来た?」

「いや~、樹利亜の仕事ぶりを見に来たらそこに噂の十二支の猿クンが居るから会っとこうと思ったからさ。まあ、樹利亜を殺したのは不甲斐無い上に見苦しかったからね」

 と、乾闥婆は飄々と語る。

「猿!」

「猿さん!」

 後ろから寛治と陽太が走りながら駆け寄ってきた。

「役者が揃ったところで失礼する事にするよ」

「待て!」

 去りゆく乾闥婆に咄嗟に金剛猿槍を叩きこんだ。しかし霧人が双剣でガードし、霞が両手でガードした為、攻撃が届かなかった。

「はは、血気盛んだね。まあ君達とはまた会う事になるだろう、其れまでバイバイ」

 乾闥婆はそう言って側近と去って行った。俺達は去りゆく背中をただ眺めた。

「あの~、さっきの人達は一体誰なの? そして十二支って何?」

 向こうで小兎が俺達に問い掛けた。俺は奴らが八部衆という存在である事、そして小兎が十二支として目覚めた事、俺達がやらなければならない事を教えた。

「つまりあたし達は十二支としてこの世界を八部衆から守る為に戦わなければいけないんだね。まるで漫画みたいな展開」

「そういう事だ。そして一緒に戦ってくれるか?」

 俺が彼女に問うと、

「うん、あたし達にしか出来ない事だし、其れにふ、文人くんも一緒だし・・・・・・」

「そ、そういえばごめんな、名前呼び捨てにしちゃって」

 俺は照れながら彼女の顔から目線を反らすと、

「ううん、そんな事・・・・・・。むしろ名前呼んでくれて嬉しかったよ」

 彼女は明るく答えた。顔を直視出来ていないが、きっとあの貯金箱を渡した時のような顔をしているのだろう。やがて気絶していた人達は全員目を覚ました。そして各々ここに居た事に疑問を抱きながら帰っていった。

「あれ? 私達何でこんな所に居るんだろう」

「亜美ちゃん、つかさちゃん目が覚めたの?」

「うん、何か今日の記憶が無いんだけど」

「私も」

 亜美とつかさが口々に言った。

「大丈夫、きっとあたしの部活が終わるのを待ってる間に眠ってたんだよ」

 彼女はそう答えた。

「そうなのかな。まあいいや。じゃあこれからショッピング行こう犬ちゃん」

「う~ん、ショッピングも良いけど、たまにはカラオケ行きたいな」

「お、コトコトが初めて意見言ってくれた。実は私らちょっと寂しかったんだ。こっちの提案を断らないから無理して合わせてくれてんじゃないかと思って」

「そんな事なんて無いよ。ただ少し内気で二人に遠慮しちゃうところがあたしにあっただけだから。でも、そういう事もう止めるって決めたから」

「そうだよ、もう遠慮しなくて良いよ。あたしら親友じゃん。でも、あたしらも遠慮はしない。だから今日はショッピングの後カラオケ行こう、小兎」

 亜美が答えた。

「うん行こうよ、小兎っち」

 つかさも答えた。

「うん」

 彼女はそう答えて三人で遊びに出かけていった。俺は殻を破ろうとしている背中を見送った。其の後、仲間達と情報交換をして俺達は別れた。そして帰り道、俺のレインにメッセージが入っていた。

 尚:『地震、あの後何も無くて良かったな』

 俺:『ああ、何か学校も大慌てだったし勘弁して欲しいよな』

 智:『まあな』

 俺:『じゃあもう俺家着くからまた後でな』

 尚:『・・・・・・あのよ猿、お前俺達に秘密にしてる事あるよな?』

 俺:『へ? 別にねぇよ』

 智:『俺ら見たんだよ、中々俺らの所まで逃げてこないから見に行ったら裏庭で、知らない三人組に向かって槍みたいなものを喰らわしてるところを・・・・・・』


       8


 夏休みも下旬になった。俺は朝食を食べて自分の部屋で夏休みの課題をしていた。しかし、あまり捗らずに午前が終わってしまった。

 

 尚:『・・・・・・おい、この話はもう止めるぞ。智樹』

 智:『へ? ああそうだな』

 尚:『また暇な時に遊ぼうぜ。じゃあな』

 智:『じゃあな』


 結局、昨日のレインでの会話が頭から離れずに課題は手に付かず、レインも既読したまま返事は送れなかった。『じゃあな』すら。

(・・・・・・涅槃駅の近くでもぶらつくか)

 俺は昼食を食べて涅槃市に出掛けた。そしてアウトゼロにでも行こうとした時、

「あ、文人くん」

 俺を呼ぶ声がする方を見たら、小兎がアッシュブラックのウルフヘアの男と並んで立っていた。

「小兎・・・・・・」

 俺は気の抜けた様な声色で発した。

「小兎誰だ、こいつ! お前の彼氏か?」

 ウルフヘアの男は小兎にすごい剣幕で聞いた。

「ち、違うよ。彼は猿石文人くん、あたしのと、友達だよ」

「そうか、俺は知らぬ間に大事な妹に男ができたかと思ったぜ」

「あ、あの」

「あ、ごめんね、文人くん。この人はあたしのお兄ちゃん、今大学が夏休み期間になったから帰国してきたの」

「ども、猿石文人っス」

「ふん、犬塚京也・・・・・・。妹が世話になってる様だな」

「いやいや俺の方こそ世話になってます」

「へ、まあそうだろうな。俺らデートの途中だからじゃあな」

「お兄ちゃん、デートって・・・・・・。じゃあ、またね文人くん」

 犬塚兄妹を渇いた笑顔で見送ってアウトゼロでしばらく時間を潰した。俺が帰ろうと駅に向かった時にレイン電話が掛かってきた。相手は小兎だった。

「何?」

「文人くん、直ぐ来て、嫌な音が聴こえるの。多分、あの人達と関係ある」

「分かった。何処に行けば良い?」

「街の外れ」

 俺は場所を聞くと筋斗雲で急いで現場に向かった。そこには地獄の住人達を多く引き連れた派手な男と、キャバ嬢風の女が小兎と対峙していた。

「小兎! 待たせたな。いくぞ」

 俺は滑り込むように小兎の横に並び、声を掛けて緊箍呪でキャバ嬢風の女の動きを封じて群れを全て片付けていった。そして俺は陣が解けたキャバ嬢風の女と対峙し小兎は派手な男と対峙した。俺は向こうが気で強化した十手を両手で振り回しているのをガードしつつ、相手の軸足を捌いて体勢を崩したタイミングで金剛猿槍を叩きこみ倒した。そして小兎の方を向くと手古摺っているのが見えた。

「小兎、大丈夫か」

「うん、大丈夫」

 このままでは不味いと思い小兎の方に駆け寄ろうとすると、

「まったく何やってるんだよ」

 横から声が聞こえ、其の方を見ると小兎の兄ちゃんが歩いてきた。

「お兄ちゃん、どうして来るの? 先に帰っててって言ったじゃん! 早く逃げて‼」

「死ね、十二支!」

 派手な男がそう発して持っていたナイフのように尖った羽を体の周りに浮かせて小兎に向かって放ち、止めを刺そうとしていると、

「まったくよ・・・・・・」

 彼が頭を掻きながら呟くや派手な男の背後に回り彼の手がものすごい速さで動いた後、其の男の腹部から手が生えていた。其の男含め俺達は絶句した。

「俺の妹には手を出すなつの」

 そう静かに言う彼の左目の下に『戌』の赤い字が浮かんでいるのがちらっと見えた。

「あ、あんた十二支だったのか」

 俺は言葉を漏らした。

「何しやがる相手が違うだろう餓狼・・・・・・」

「孔雀、俺の妹にだけは手を出すなってさ・・・・・・聞いてねぇの? テメェのボスの迦楼羅にさ・・・・・・」

 冷淡にそう言い放ち腹部に刺した手を引き抜いた。すると孔雀と呼ばれた男は血を撒き散らしながら前のめりに倒れた。

「死体・・・・・・消さねぇとな」

 彼はそう呟くと魔方陣を出した。すると目の前に三つの頭を持つ魔犬が現れ遺体を焼き尽くした。

「あの、あんたは一体?」

 俺が困惑気味に聞くと、

「俺は十二支の一人であり、八部衆、夜叉の側近の餓狼」

「側近・・・・・・・」

 俺が呟くと、

「まあ、従ってる訳じゃねぇけどな」

「あ、あの。俺達の仲間になってくんないスか」

「・・・・・・は?」

「別に八部衆に従ってる訳じゃないんですし、同じ十二支じゃないっスか」

「断る」

「え、ダメですか」

「お兄ちゃん、あたしが頼んでもダメ?」

「ダメだ」

「え~、何でダメなんスか」

「信用出来ねぇからだ」

「・・・・・・え?」

 俺の心臓がズキッとなった。

「お前、調子良く振る舞って見せてるけど、本当は人が離れていって一人になるのが怖いんだろう? お調子者気取れば嫌われずに済むか。そんな自分の本心を隠している奴を信用出来るか!」

 俺はグサッときて沈黙した。

「行くぞ、小兎」

 俺が沈黙をしているのを横目に彼が小兎を連れていった。俺は其れを見送り、俺は其の場に立ち塞がり、心が死んだまま家に帰り、夕食とシャワーを済ませたらベッドに膝を抱えて寝落ちするまでただそうしていた。スマホは・・・・・・一切見なかった。


 あれから四日経った。其の間家に引き籠り、ずっと心が死んでいた。瞳を閉じて思い出すは小学校の頃の記憶。俺が一人になる事が出来なくなったあの頃。


『すげぇな猿石、いいぞ!』

 先生がサッカーの授業で僕を褒めている。

『ありがとうございます。でもスポーツなんて簡単なもんじゃないですか。陸上なんてただ走ったり、遠くまで跳んだりするだけだし』

『まあ、君はそうかもしれないけどさ。不得意な子もいるし、其れに今回のサッカーもチームメイトにもう少しパスを送ってみた方が勝った時楽しいぞ』

『そうですね。今度はそうしてみます』

『あ~あ、猿石居ると体育の授業つまんねぇ』

『あいつただ目立ちたいだけだろう。スポーツ出来ます。俺らと違いますって』

 僕は季節が変わってバスケの授業になっても、試合前にチームメイトとする練習を楽しく出来た気がした。試合ではチームメイトに何度もパスを送るようにしたけど結局最後は僕が決める事でチームは勝てた。やっぱり体育は楽しい。六年生になっても体育頑張りたいな。

 だが、進級してから日を追うごとに何か違和感を感じるようになった。其れは、

『パス頂戴!』

『ちょっと!』

『いえーい‼』

 体育で組んだメンバーが喜んでいるから声を掛けてみる。

『やったね、勝てたね。でも今度は僕にもパス回して欲しいな』

 みんな僕を一瞥して去って行った。サッカーでもバスケでも僕にパスが回ってこない。其れに何だか無視されているような気がするし、僕が頑張ってもみんな喜んでくれない。体育以外の授業でグループを作る時も何時も余る。

『ねえ、何でみんな僕を仲間外れにするの?』

 僕は休み時間にみんなの前で大声を上げた。だけど、誰も答えてくれない。

『あの子、また一人で本読んでる。友達いないのかなぁ』

 よく隣のクラスの子達が、僕の居る教室を通り掛かった時に聞こえよがしにそういう事を言う。貶すつもりで言った訳では無いのだろうが、其の言葉が胸を締め付ける。一人で居ると時間が長く感じる。其れに自分がまるで幽霊になったように感じる。誰にも見えてない、相手にされない。こんな気持ち味わいたくない、怖い、一人は嫌だ。


 俺は中学に入って三カ月程過ぎた辺りから自分を抑えて明るく振る舞った。おちゃらければみんな周りに集まってきた。もうあんな思いをしなくて済むなら多少の心の引っ掛りもどうでもよかった。

 俺は今日も食事や入浴以外は部屋に籠り、長く苦しい時間を寝落ちするまで過ごした。


 翌日もここ四日間と同じように過ごそうとしていたら、十三時頃小兎からレイン電話が掛かってきた。

「・・・・・・もしもし」

「あ、もしもし文人くん」

「何の用だよ。用が無いなら切るぞ」

「今日の十八時に河川敷に来て欲しいの」

「嫌だよ。面倒臭い」

「あたし、待ってるから。其れじゃ」

「おい、俺は承諾してねぇぞ。おい小兎、もしもし」

 電話は切られ、其れから折り返し電話をしても出なかった。

「チッ」

 俺は舌打ちをして十八時に人も疎らな河川敷に行くと彼女が川岸に座って黄昏ていた。俺は隣に座った。

「わざわざ俺をこんな所に呼び出して何なんだよ」

「うん、ここ最近レインも繋がらなかったし、連絡先教えて貰ったみんなに聞いても見てないっていうから、心配で顔が見たくて」

 俺は俯く。

「もしかしてこの前お兄ちゃんに言われた事気にしてる? だったら気にしなくてもいいよ。お兄ちゃん、つい強い事言っちゃうところあるから」

 俺はなおも俯く。

「何か落ち込んでるならあたしに言って、誰かに言えば少しは楽になるかもしれないよ」

「余計なお世話だ。これは俺だけの問題だから、お前には関係無い事なんだよ。俺に構うな!」

 俺が声を荒げると、

「あ~も、格好悪い。何時もチャラチャラして、中身の無い会話ばかり。中学に入ってからは段々おちゃらけた感じになってきてさ、其れでみんなが集まって、人気者になった気分? どっちが流されてるんだか」

 小兎が捲し立てるように言い放った。そして続けて、

「何さ、お兄ちゃんにちょっと何か言われた位で落ち込んで。関係無い? あなたがあたしを仲間に誘って仲間になったのに関係無い訳ないじゃん!」

 と顔を赤くして大声を上げた。

「お前に何が分かるんだよ!」

「分かるよ! 小学校の頃からスポーツ万能で明るかった。そりゃ自信過剰なところはあったけど、優しくて面倒見が良い事も知ってる」

(あのおっとりとしたこいつがこんなに怒るなんて・・・・・・)

「小兎、ゴメンありがとう。仲間だもんな、俺達。そして初めてお前の本音聞けた気がする」

「うん」

「だけど凹んでいたのはお前の兄ちゃんの発言だけが原因じゃねぇんだ。俺、裏庭で戦っていた時に尚と智に俺が力を解放しているところを見られたんだ。そして其れについて尚と智に話せずにいる。そんなモヤモヤしている時にお前の兄ちゃんの『本心を隠してる奴は信用出来ない』っていう言葉がグサッときてしまって・・・・・・」

「そうなんだ。だけど秘密は相手の事を想ってする事だってあると思う。其れに人を信用する事ってそんなに難しい事かな」

「え?」

「其の人が自分の事を想って言ってくれたり、やってくれた事のおかげで変われたり、助けて欲しい時に直ぐに駆けつけてくれるんだよ? そんな人を信用出来ない筈がない。みんなだってそんなあなただから一緒に戦おうって言ってくれたと思うんだ。そして、あなたがしてくれた事を今度はあたし達がお返しする。其れが仲間、其れが信用」

「小兎・・・・・・ありがとう」

「うん、後ね、お兄ちゃんがあんな事言ったのは多分、人を信じてないからだと思うの」

「どういう事?」

「お兄ちゃんはあたしが言うのもなんだけど、天才なんだ。勉強でも運動でも何でも直ぐに上達するの。だから他の人の助けもいらない。自分が天才だから周りの人を見下して高圧的な態度をとってる。そんなだから何処に居ても孤立してるみたいなの、お兄ちゃんから友達の話聞かないし、本人は平気みたいだけど。お兄ちゃんは自分以外誰も何も信じない、信じようとしない」

「そうか、ある意味俺と同じ経験してるから、同族嫌悪ってやつなのかもしれねぇな」

 風の音が微かに聞こえるこの場所で、しばらく俺達は川岸から遠くを見つめ、やがて俺はゆっくりと立ち上がった。

「あのさ、俺お前に会ってやらなきゃいけない事が二つできた。だから、もう俺は行くぜ」

「そう・・・・・・よかった。いってらっしゃい」

「ああ、だが一つはお前の協力が必要な事だ。だから頼みたい、お前の兄ちゃんを明日神社まで連れてきて欲しい」

「いいよ。何時?」

「何時でもいい」

「じゃあ、十八時に連れてくる。多分、あたしが一緒なら連れてこれると思うから」

「ああ、頼んだ。其れじゃ、まったな~」

「うん、またね」

 俺は挨拶を交わして別れていった。


(何だろう、やっと本当のあなたが戻ってきてくれた気がする。明るくて、少し調子が良いけど、何でも全力なあなたに・・・・・・)


『何度やってもゴールまで届かない、バスケなんて体育なんて楽しくない』

『どうしたの?』

『えっと、猿石くんだっけ』

『そうだよ、同じ六年二組の猿石文人。何、シュートが上手くいかないんだって? ちょっと打つところ僕に見せてよ』

『う、うん』

『あ~、其れじゃダメだよ。手に力が入りすぎ、其れに狙いが悪い』

『うう』

『じゃあ、僕の言う通りにシュートしてみな』

『え、でも。あたしに構ってたら猿石くんの昼休み無くなっちゃうよ』

『あ~、いいのそんなの。どうせ暇だしさ、其れより上手くシュートする方法は・・・・・・』

『やったじゃん! ゴールまで届いたぜ。さすが僕だ、教え方も上手い』

(届いた。うれしい)

『なあ、これでもバスケとか体育ってまだつまんないと思う?』

『分からない。でもバスケは少しだけ楽しい事に変わりそう』

『うっし。あ、やべ掃除の時間の音楽が流れ始めやがった。一緒にバスケして遅れるから犬塚も同罪だな。よし、当番の場所までダッシュだ』

(猿石くんか・・・・・・)


 其の時から彼が少し気になりだした。そして中学校に入って、


『犬塚、チーッス』

『ああ、おはよう。猿石くん』

『何か猿石って中学に入って急にチャラくなったよね。小学の時はみんなにハブられて一人で大人しくしてるような奴だったのに』

 廊下で彼の事を話している声が聞こえる。確かに小学校の頃より軽薄そうな感じにはなった気がする。小学校の頃と比べると人には囲まれているけど何か違和感が。


 中学校では擦れ違いざまに挨拶する程度となり、あたしは芯愛高校に進学した。


『あ、犬塚って俺の家の近くに住んでたんだ。じゃあ、学校行く時に色々話せるな。これからシクヨロ、なんつって』

 どうやら彼も同じ高校に入っていたらしい。そして高校に入って彼が登校中だけ、あたしに絡んでくるようになった。あたしは悪い気はしなかった。だけど其の明るさが、今の彼が嘘に見えるのは何故だろう、彼は中学校に入ってから自分を見失っている様な気がする。あたしも・・・・・・自分の本心って分からないけど。


(文人くん、信用している間柄でも『この秘密』だけはまだ言えない。花火を見ながら礼の言葉を発したあたしに、無理やり連れ回しただけと返したあなたの顔を見た時『寂しかったあたしの手を取って一緒に回ってくれたから? 其れとも優しい嘘に気付いちゃったから? いや、きっとあの時に何か気になる存在になった時からとっくに気付いていた事だったんだ』と、思ってはっきりした『この秘密』、少なくともあなただけには・・・・・・)


 俺は小兎と別れ家に帰った後、レインの一斉送信で尚と智にメッセージを送った。『話がある、今日の二十一時に神社の前で会えないか』と。二人からの返事は二十時頃にきた。返事は承諾。俺は約束の時間の三十分前に現場に到着していた。やがて二人が二十一時ちょっと過ぎ位に来た。今の俺にとっては待っている其の時間は長く感じ、そして正直二人が早く来て欲しいような、ドタキャンでもして来ないで欲しいようなそんな心境だった。

「よ、よう尚、智」

「おい猿、こんな時間に何の用だよ。ナンパでもしようって話か?」

「おいおいそういう話なら俺はいい、尚也と文人だけで頑張れよ」

「そうじゃねぇんだ。尚、智」

「ああ、お盆休みに行ったカラオケか。あの時は俺の喉本調子じゃなくてさ、其の後食ったラーメンも美味かったよな、何時もより美味く感じ・・・・・・」

「そうじゃねぇんだ! 尚」

「分かってるよ文人・・・・・・、俺も尚也も直接会ってまでお前が何を話したいのかを。尚也がお盆休みだのナンパだのの件を出してきたのもわざとだって、お前だって分かってるんだよな・・・・・・」

「ああ、すまない」

「話・・・・・・してくれ」

 智が穏やかに言った。

「俺、お前らに言わなきゃいけない事があるんだ」

 尚は俯き、智は俺の方を真剣な眼差しで見る。

「信じられないかもしれないけど俺、十二支っていう特別な力を持った十二人の戦士の一人で、この世界を壊そうと企んでいる八部衆という奴らと其の手下達からこの世界を守る為に戦ってるんだ!」

 二人は話を聞いている時の姿勢を崩さず、無言だった。

「隠しててすまない」

「・・・・・・何で黙ってた?」

 尚が俯きながら俺に尋ねた。

「お前らを巻き込みたくなかった、知れば危険な目に合うかもしれないからな。其れに怖かった、俺がこんな力を持っていると知られたら二人とも俺から離れてしまうって、怖かったんだ! 俺、小学校の時にハブにされてた事があったから」

「・・・・・・ふざけんな。ふざけんな‼」

 尚が顔を上げ、両拳を握り俺を睨んで発した。

「尚・・・・・・」

「俺らがそんな事でお前から離れる訳ねぇだろうが!」

 尚が続けて激昂して言った。

「そうだな、そして何より俺らを巻き込みたくないとか水くせぇ」

 智も少しむっとした表情をして言った。

「尚、智・・・・・・」

「俺達は親友だ、何があっても。ハブられたのだって小学での事だろう? 小学、中学なんて他の奴と違う奴は叩かれる、ま、まだまだガキって事だな」

 尚が言う。

「ああ、もしもこの先お前がハブられる事になっても俺達だけはお前を一人にしない、約束する」

 智も同調する。

 そういえばこの二人だけは俺が周りに気に入られようとおちゃらけ始める前から俺の傍に居てくれる。


『お前バスケうめぇな、小学でやってたんか?』

『いや、やってない。俺は運動神経だけは良いんだ』

『ふ~ん、言うじゃねぇか、名前は?』

『猿石文人』

『猿石か、俺と互角にやれる奴はそうはいねぇ。またやろうぜ。猿』

 

中学最初の体育で自信過剰な選手の居るチームとの試合、其れが尚との出会い。そして智とも同じようにして出会ったんだ。


『なかなかやるじゃねぇか、お前』

『お前も良い攻撃だったぜ、猿石』

『どうよ、俺の友達の猿クンの実力は、智』

『すげぇぜ、これで体育でしかサッカーした事無いんだからな』

『ま、まあな』

『またやろうぜ、猿・・・・・・文人』

『ああ喜んで、智』

 

「ありがとう、二人共」

「ああ、こっちこそ話してくれてありがとうな、猿」

「ふふ、これでようやく俺達は文人の本当の親友になれたんだな」

 俺達はグータッチをして境内から各々の帰路に向かった。家に向かっている最中にふと立ち止まり夜空を眺めた。空は雲一つ無く晴れ渡り無数の星が輝いていた。まるで心の靄が晴れた俺の心を表現している様だった。其れは二人を神社で待っている間は曇っていたのに、今はこんなに晴れ渡っているからだ。そして俺の体から何かが弾け、漲る感覚を感じた。


 昨晩は数日ぶりに深く眠る事が出来た。心のしこりの取れた俺は神社に向かう時間まで家で適当に過ごし、或る男にレインを送った後、神社に向かい、約束の時間に小兎の兄ちゃんと対面した。

「おい、何でテメェが居るんだ」

「俺が小兎に頼んであんたをここに連れてきて貰ったんス。あんたと話をしたくて」

「何だよ」

「俺達の仲間になってくれないスか」

「あのさ、嫌だって前も言った筈だけどな・・・・・・記憶力悪いんか」

「俺のことが信用出来ないから・・・・・・でしたよね、理由」

「覚えてんならもういいだろう? 話は終わりだ、俺らは帰る」

 彼が小兎の肩を抱き、背を向けて立ち去ろうとしている時、

「・・・・・・誰も信用してないからスか」

 俺が声を掛けた。

「あ?」

「あんたは天才で他の人の力なんて必要無い、だから自分以下の奴なんて信用する価値も無い。まあもしかして何かトラウマが有って人間不信になっているのかもしんないスけど」

「は、トラウマなんてねぇよ、馬鹿な奴らが何言ってきたって気にしねぇし、ただお前の軽薄そうなところと本心を隠しているような態度が気に食わねぇんだ」

「俺はもうそういう事は止める事に決めました、これで信用してくれないスか」

「口だけじゃどれだけでも言えるからな」

「じゃあ、何で八部衆の側近やってんスか」

「ただの気まぐれだ、人間よりもマシだと思ったからな」

「ふ~ん、強そうな主人に尻尾振ると。まるで犬だな」

「何だとテメェ」

「じゃあこうしませんか、俺があんたに勝ったら俺達の仲間になる。犬っていう動物は認めた主人を信用し忠誠を誓うものだ」

「テメェ、舐めんじゃねぇぞ!」

「怖いんか、京也。俺に負けるのが」

「おもしれぇ、やってやんよ、手加減できねぇから啖呵切った以上殺されても恨むなよ」

「望むところだ。小兎、できるだけ遠くに離れてろ」

 俺が発したと同時に俺達は後ろに下がった。そして俺達は力を解放した。彼は魔方陣を出し、三匹の魔獣を呼び出した。

「何だ、こいつらは」

「なあに、俺自ら手を出すまでも無い、テメェの相手は俺の忠実な下僕のケルベロス、オルトロス、フェンリルの三匹で十分だ。まあ、こいつらを退けて俺の所まで来られたら相手してやるよ」

 彼が余裕ぶって俺に吐いてきた。俺は右の口角を少し上げて、進化したこの技を三匹に使った。

「真・緊箍呪」

 三匹は身動きが出来なくなった。そして下僕達の間を擦り抜け

「雑兵なんか眼中に無い。さあやろうぜ、京也」

 驚いている彼の目の前に現れ、挑発した。

「野郎、ぶっ殺してやる!」

 彼は瞳孔を開いて狂気的な面をして言った。

「槍は使わねぇのか?」

「ああ。言っとくけどハンデじゃねぇぞ、生身の人間のお前に使うと殺し兼ねない。俺は仲間を殺したくない」

「はん、勝ったつもりで話しやがって、ムカつくんだよ‼」

 耳を尖らせ、伸びた犬歯と爪を持ち、尻尾を生やして怒れる彼は狼男の様だった。

「其の代わり、親友達のおかげで得た力でお前に勝つ!」

 俺はそう言って、彼と肉弾戦を暫くした。数日前は残像しか見えなかった拳や蹴りがはっきり見えた。さすがに全てを見切る事は出来なかった為、何発か喰らいはしたが、向こうも炎の力を得た俺の拳や蹴りを何発か喰らって苦い顔をしているのを見るに、其れなりに効いている様だった。

「クソが!」

 彼はそう吐くと距離を取り、陸上競技で見るクラウチングスタートの時の姿勢に似た体勢となった。  そして、

月下の仮面舞踏会(ムーン・マスカレード)!」

 と叫び飛び出すと、俺の目の前を三人の彼が左、中、右に分かれて擦れ違って行き、一瞬遅れて俺の体を何発もの打撃を受けた様な衝撃が襲った。俺は膝が崩れそうになりながらも耐えた。

「なるほど・・・・・・其れがお前の必殺技か・・・・・・」

 今の俺でも見えない程の無数の打撃を擦れ違いざまに打ち込むのが彼の必殺技のようだ。おそらく見えた二人は残像だと思われる。

「ふん、次で終わりだ」

 彼はそう言い放ち、また同じ体勢をとった。

「俺も・・・・・・とっておきを見せてやる、炎帝玉」

 俺はそう言って両手の手の平から炎の球を二つ出した。そして足元に置いた。

「何をしようとテメェ如きに止められん、喰らえ!」

 彼が飛び出した。俺は残像二つに向かって二つの球を続けざまに激しい縦回転をかけて蹴った。すると彼の動きに乱れができ、隙ができた。

「ファイヤードライブシュート、サッカー部の親友がきっかけで生まれた技だ。そしてこれがもう一人の親友との絆の技だ!」

 俺は高く飛び上がり、右の手の平から炎帝玉を出し、彼の頭頂部におもいっきり叩きつけた。

「ブレイズスラムダンク!」

 衝撃で地面にクレーターができ、彼は火が消えると共にグロッキーとなった。俺がさらに追い打ちをかけようとすると、俺の脇を三つの影が擦り抜け俺の前に立ち塞がった。

「お前にもいたようだな、信頼してくれる仲間がよ」

 俺の真・緊箍呪で絶対に動けない筈のこいつらがどうやったか知らないが抜け出し、彼を必死に庇っているのを見て俺はもう戦う気は失せていた。

「ふん、こいつらはただの下僕だ、仲間じゃない」

「こいつらはそうは思ってないみたいだぜ」

 俺は彼の仲間を眺めながらそう言った。彼は黙っている。

「お前は信用や信頼っていうものが分からないだろうが、其れは誰かを救い、救われる内に何時の間にか自然に生まれるものなんだ。お前はきっとこいつらに何か大事なものを与えたんだろう、だから慕われている」

 彼はなおも黙っている。

「さてこいつらに慕われているお前をこれ以上攻撃出来ないし、どうしたもんかな」

「ふん、今回は俺の負けにしといてやる、仲間になってやるよ」

「そうか、ありがとう」

「但し、俺はまだ完全には負けたとは思ってねぇからな」

「分かったよ」

 俺は彼の手を引っ張り立たせ、其の手で握手をした。

「餓狼、裏切っちゃうんだ」

 握手をしている最中に彼の後ろから声がした。

「夜叉」

 彼が向こうを見ずに言った。

「こいつが夜叉?」

 俺が見た姿は少年の様な見た目に白の漢服を着た男だった。

「どうも猿くん、初めまして」

 奴は無邪気な笑みを浮かべて挨拶した。其の左右に虚無僧とスキンヘッドに黒の長袍を着た大柄な男が立っていた。

「夜叉、俺はお前の側近を今限り止める事にする」

 彼は奴の方を向き、そう話した。

「別にいいよ、僕は去る者追わず、来る者拒まずだから。君の事も十二支と分かった上で面白そうだから仲間に誘ったんだしさ」

 奴は淡々と答え、続けた。

「だけどさ、やっぱ幹部が抜けるとなるとケジメってものが求められる訳さ、召喚術も僕が教えたものだし君は相当強い訳だからそんな優秀な幹部を失うのはこちらとしても痛手だからね」

「で、どうすれば許して貰えるんだ?」

 彼が奴を見据えながら言った。

「そうだな、じゃあこうしよう。この麒麟児と戦って勝てたら脱退を認めよう」

 奴が明るい調子で言った。

「なるほど、勝てたら正式にお前らの敵となり、負ければこいつに殺される。まあ、抜けるって言った時点でもう引き返せねぇけど」

 彼はそう言うと後ろに下がり、麒麟児と対峙した。麒麟児は長袍を脱ぎ捨て半裸になった。そして体色がピンクに変わっていく。

「残念だ、餓狼。お前程の男を殺したくはないが命令だからな」

「前の側近が俺を襲ってきた時に目覚めた力で殺しちまった事を言っているんなら誉め過ぎだぜ」

「いくぞ!」

 二人の声が重なり互いに構えた。麒麟児の両手が光に包まれた。其れは伸びるとやがて剣の様になった。

「雷麒剣二刀流、これで終わらせてやる」

 麒麟児が素早い動きで彼に斬り掛かった。彼は其れを紙一重で躱しているが、俺との決闘で力が残っていないのか動きが悪く、躱すので手一杯だった。

「どうした、躱すだけじゃ俺には勝てんぞ」

 麒麟児が斬り掛かりながら吐く。

「もう時間がねぇ、こうなればこの技しかねぇ・・・・・・」

 彼は麒麟児の足元を刈り、バランスを崩すと相手の腹に左手を添え、

「喰らえ、音波動犬拳(ハウリングドッグ)‼」

 と叫んだ。すると左手にすさまじい空気の波動が集まり、相手を吹っ飛ばした。

「く、だがまだまだだ!」

 相手が立ち上がり彼に向かって飛び掛かる。彼はあの構えをして相手に飛び込み二人は一瞬擦れ違った。そして勝負はこの瞬間決まった。

「が、貴様がここまでやれる・・・・・・筈が・・・・・・」

 麒麟児が倒れた。彼も少し斬られたのかかなり苦い顔をしている。勝負には勝てたが気力だけで立っている様な危険な状態だった。俺が駆け寄ろうとすると麒麟児がよろめきながら立ち上がり、

「まだ・・・・・・終わってねぇぞ」

 と叫んで彼に向かって走っていく。

「――見苦しいぞ、麒麟児」

 虚無僧が彼の前に立ち、麒麟児の胴を一太刀で薙いだ。麒麟児は声も出さずに絶命した。虚無僧は刀を振り、付いた血を払ったら麒麟児の服で血を拭うと納刀して奴の方に歩いていった。

「あ~あ、側近が一人も居なくなっちゃった。まあいいや、帰ろう」

 奴はそう言うと俺達を尻目に消えようとして立ち止まり、

「そうそう、もう京也とは敵同士になっちゃったから今度会った時は容赦しないよ」

 と吐き捨て消えた。

「はあはあ」

 彼は膝から崩れるようにして座り込んだ。

「お疲れ、京也」

「ふ、お疲れ・・・・・・か、これだけの傷受けたし俺はもうじき死ぬんだろうな」

 彼は燃え尽きた顔をして吐いた。確かに彼には俺との決闘での複数の打撲、火傷、切り傷があり、普通なら助からないだろう傷を負っていた。しかし、俺は或る男を呼んでいた。

「羊、頼む」

 俺は遠くに声を掛けた。すると神社の向こうから羊が現れた。

「了解です、直ぐに終わりますからね」

 羊はそう言うと彼の体に手を翳し、力を解放した。すると傷は全て治癒された。ついでに俺にもやってもらった。彼は信じられないとでも言いたげな表情でこっちを見ていた。

「ありがとう、俺の事も治してくれて」

 彼が羊に礼をした。

「いえいえ、今日から僕達仲間なんですから、助けるのは当然です」

「群れるのは嫌いだが、お前らならいいな」

「京也」

「但し、俺の妹にあんま近付き過ぎんなよ、許さねぇからな」

「気を付けるよ」

「お兄ちゃん・・・・・・」

 俺達はそんな会話をして互いの家路に向かった。因みに彼はレインIDを直接教えてくれなかったので、家に帰ってから小兎にレインをして教えて貰った。


 残りの夏休みは課題を終わらせる事に精一杯で、仲間と過ごす時間も無かった。けれどさすがに悔しい俺は夏休み最終日に課題を全て終わらせ涅槃市に遊びに出掛けた。尤も、課題が十六時まで掛かり其れからだったが。まずゲーセンに行き一通り遊んだ。そしてファストファッションの店に足を運び、そろそろ家に帰ろうと駅に向かっていると目の前を歩く女の子が通りすがりにキーホルダーを落とした。

「あの・・・・・・落としましたよ」

 俺がそう呼び止めてキーホルダーを渡すと、こっちを一瞥し其れを黙って受け取ると足早に立ち去ってしまった。俺は呆気にとられつつ、

(礼ぐらい言えよ)

 と思いながら電車に乗り家に帰った。


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