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短編・習作集

たぬきの贈り物

作者: 綿花音和

 私は雌だぬきのたえです。これから人間の女性に化けて山から下り近くの町に行きます。残念ながら化けていられるのは一日程です。集中出来なくなったり、時間が経つとふさふさのしっぽがひょっこり現れてしまいます。

 たぬきだとばれたら、動物愛護センターというところへ通報されてしまうという噂です。通報された後のことは秘密のベールに包まれています。だって戻ってきた先輩がいないから何が待っているのかわからないんです。

 わたし平凡なたぬきとは一線をかくします、たれ目可愛く、心根優しく、賢いたぬきなのです。人間に化けられるたぬきは希少な存在なのです。

 町に下りるのは命がけ。リスキーですが行かなければならないのです。恋しいごすじんに会うために。


 去年の秋のことでした。間違って、町に迷い込んだ時拾い食いをしてお腹を壊してしまいました。私食い意地は張っているほうなんです。

 お腹を壊してぐったりしていたところ、ごすじんが家に入れてくれ手当をしてくれました。水分を与え美味しい粥、温かい寝床を用意してくれました。

「もう拾い食いなんてしたら駄目だよ。森へお帰り」

 三日後、私が回復すると獣道を通って住処の近くへ送り届けてくれたんです。ごすじん様が助けてくれなかったらと考えると体が震えます。


 化学ばけがくの授業を熱心に受け、今日まで人間に化ける修業を積んできました。一日でも、ごすじんに会いたくて。また会えることを夢見て生きてきました。

 さてブナの葉っぱを頭に乗せて、「ポンポコポンのくるりんぱ」。呪文を唱えて、小さな池に姿を映すと、若い人間の乙女がおりました。成功率は五十パーセントだったので、順調にことが運んで鼻歌なんか歌っちゃいそうです。

 それにしても、町へ行ってごすじんに会ったらどうしようか。なんせ変身の術は一日しか使えません。一年前の記憶を辿って住所はもちろん調査済み。私、できるたぬき。

 とりあえず、今日は日曜日、たぬきも人間の世界もお休みです。ごすじん、家にいてくれるといいけど。

 一般的な人間の女性は、感謝の意を表すとき料理を作ったりお菓子をプレゼントしたりするというけれど……。たぬきの私はごすじんにどういうきっかけで会おうか、何をしようか今日のために必死で考えてきました。一年前の情報になるけれど、私の看病をしながらごすじんは、彼と女性が写っているツーショットの写真立てを何度も見てはため息を吐いていました。淋しいのかなと思いますが、私はたぬき。ごすじんの心の穴を埋めることは出来ません。多くは望みません。一目会えればそれだけで満足なんです。


 決行の日はたぬきの霊力が最大になる中秋の名月のときと決まっていました。変身の時間が一日保てる日は他にはないのです。とにかくこうなったら、当たって砕けろです。彼の自宅近くまで歩きます。

 見ず知らずの女性が周囲の人に話かければ怪しさ満点ですし。ごすじんの姿を再び見ることが出来るか賭けでした。

 思い切って、ごすじんの家のドアフォンを押してみました。すると、ごすじんがドアを開けて顔を覗かせました。

「どちらさまですか?」

 怪訝そうに訊ねられました。咄嗟とっさに、

「去年看病してもらったたぬきです」

 と正直に答えてしまいました。

「は? 何のいたずらですか」

 と、ごすじんは目を擦りながらドアの奥に引っ込もうとしてしまいます。

「本当なんです。去年の今頃お腹を下したたぬきを看病してくれましたよね。覚えていらっしゃいませんか?」

 私は、必死でした。彼と少しでも長く会話したかったからです。鬼気迫る私のようすにごすじんは、

「本当にあの時のたぬきさん? でもどうして若い女性の姿に僕は夢を見ているのか」

 混乱しているようすでしたが、私の顔をしっかり見据えていました。


「私は、あのときの雌だぬきです。どうしても、命の恩人のあなたに会いたかったんです」

 ごすじんは髪をかき回しましたが、「ちょっと待っていてください」と言ってお部屋に消えていきました。

 大人しく待っていると身なりを整えたごすじんが外に出てきて、

「待たせましたね、たぬきさん。むさくるしい男の部屋にはいきなり通せませんので近所のファミレスで食事をしながら、お話を聞かせてくれませんか?」

 優しい。看病してくれた去年を思い出します。ごすじんが、話を聞いてくれるのが嬉しくてスキップをしてしまいます。

「嬉しそうですね、たぬきさん。まだ半信半疑ですが面影は確かにありますね」

 穏やかな顔をして仰いました。十分ほど一緒に歩いて、レストランに着くと勝手がわからず入り口で立ち止まってしまいました。ごすじんは黙って席に誘導してくれました。向かい合わせに座って、何を食べるか聞いてくれます。

「カレーライスがいいです」

 たぬきの里で、カレーライスの噂を耳にしていました。お米の上に得も言われぬ美味なソースがかかっている食べ物が人間界にはあると。

「カレーライス二つ」

 注文をしてくれました。大好きなごすじんと憧れのカレーライスを食べることになるなんて。私は一生分の幸運を使ってしまったと、怖くなっていました。

「たぬきさんでは、都合が悪いな。なにか呼び名はないですか?」

「妙といいます。ごすじん」

 ごすじんが不思議な顔をしました。

「妙さん、ごすじんとは?」

「ご主人さまが訛ってごすじんです」

 胸を張って言いました。すると、笑いをかみ殺すごすじんがいました。

「失敬。妙さんは変わっていますね」

「たぬきですから。人間とは違います」

 姿はそっくりに化けられても、私は獣です。忘れられないし忘れてはいけないのです。

「そうですね。とても信じられませんが、あの時のたぬきさんが元気で良かったです」

「ごすじんのお蔭で命拾いしました」

「もう拾ってものを食べていませんか?」

 尋ねられた。

「ごすじんに助けられた命ですから、大切にときを過ごしています。もう拾い食いはしていません」

「良かった。最近は毒入りの餌なんて物騒なものもあるくらいだから気を付けてください」

 心配してくれているのが伝わってきます。たぬきの心も温まります。カレーライスの味とごすじんの優しい顔は忘れられないでしょう。


「妙さんは僕にわざわざ会いにきてくれたんだね。変身までしてくれて。ありがとう」

 近所の公園でベンチに座って、家族連れを眺めながら話します。

「人間に化けられるようになるのは、とても大変でした。でもごすじんからお礼を言ってもらって全部報われました」

「ここまでして僕なんかに会いたいなんて、妙さんは義理堅いたぬきさんなんだね」

 今たぬきの勘が反応しました。ごすじんは「僕なんか」という言葉を使いました。自己肯定感が低いのではないでしょうか。私は心配になりました。

「ごすじんはたぬきなんかを看病していくれました。そして今日また私の言葉を信じてくれました。とても素敵な人間です」

「たぬきなんかって、大切な命なんだから妙さん粗末に言っちゃいけないよ」

 どうして、ごすじんは自分のことだけおざなりにするんでしょうか。とても悲しくなりました。

「ごすじん、一目会えて本当に嬉しかったです。私を大切にしてくれてありがとうございました」

「妙さん、こちらこそ。落ち込んでばかりの日々だけれど、今日は楽しかったよ」

 出会ったときと同じ優しい目をしていました。

「ごすじん、私は今日一生分の勇気と霊力を使って会いに来ました。もう人の姿で会うことは出来ません」

 震える声をかくしながら、笑顔で言葉を紡ぎます。

「そうだったのか。元気で暮すんだよ。僕も少しだけ勇気だせるといいな」

 淋しそうな顔をした、ごすじんの手を両手で包みました。

「たぬきの戯言だと思ってください。私はどんなにごすじんが好きでも人間にはなれません。好きでも嫌いでも同じ土俵にたてるのだから、人間同士が羨ましいです」

「妙さん」

 ごすじんはそれ以上言葉にならないようすでした。

「さようなら」

 もう会えない愛しいごすじん。心を込めてお別れを言って、私は泣きながら振り向かずに走りました。


「僕頑張るよ。妙さん。さようなら」

 たぬきの里に戻る途中ごすじんの声が聞こえた気がします。

 幸せを掴めますように。それだけをたぬきの妙は祈りました。








 


 


 

 


読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 切ない物語ですね。 身分差で結ばれない恋愛小説とは比較ならない切なさを感じました。 命の恩人が幸せを掴める事を祈ったタヌキの妙さんの一途な気持ちがひしひしと伝わってきました。 感動をありがと…
[良い点] 健気さが、ひしひしと伝わってきました。 ごすじん、幸せになって欲しいです。 出来る狸は、色々と違う!
[一言] 二人とも優しく芯は強いからこそ悲しくならないエンドだと思いました。また出会いや呼び方などクスリとなる場面もあり、楽しかったです。 拝読させて頂きありがとうございました!
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