真夜中の逃走
「いいから走りなさい!!」
どうすべきかわからずその場でまごついていると、少女は部屋の中へと飛び込んできて腕を掴んだ。
そしてその勢いのままに建物の外へと俺を引っ張り出す。
「いたたっ!ちょっ、待ってくれよ!?一体どういうことだよ!?」
わけがわからないまま、少女の強引な手引きにより外へと飛び出す。
外に出た瞬間、ひんやりとした夜の風が頬を撫でた。
しかし、外に出て見た光景はそんな風よりもよりひんやりとしたものだった。
「なん……だよ…こいつら……」
建物の陰や集落の奥から、先ほど見た「なにか」が何人も這い出してきていた。
全員が体をくの字に曲げているわけではないが、首が明後日の方向を向いていたり、腕が両方ともないものがいたりと明らかに異様な姿をしている。
そしてその顔には一様に3つの真っ暗な穴が開いていた。
「……ひっ…ひひぃ…あはぁ……」
時間とともに徐々に集まってくる「なにか」達は口々に狂ったような吐息を漏らしている。
それが笑っているように見えるのは気のせいではないだろう。
「くそっ!どうなってんだよ!こいつら一体なんなんだ!」
「うるさい!いいから走って!」
最早悪態をつくことでしか平静を保てないほど恐怖する心に、少女の容赦ない怒号が飛んでくる。
少女は掴んだままの腕を更に引き、集落の入り口へと駆けていく。
走りながら後ろを振り返ると、「なにか」達は異様な素早さでひたひたと追いかけてきていた。
「はぁっ!はぁっ!なんであいつら追ってくるんだ!?俺が何したってんだよ!?」
「今は前だけ向いてとにかく走って!『すいじさま』のところまでいけばもう追ってこられないから!」
少女は一切振り返らず、なにかわけのわからないことを言いながら一目散にかけていく。
しかし、「なにか」の動きは素早く、全力で駆けているのにも関わらず少しずつ差を縮められていた。
「おい!あいつらもうそこまで来てるぞ!?」
「んんっ!!」
ドカッ!
声に反応した少女が集落入り口にあったかがり火を回し蹴りで後方に蹴り倒す。
「くきぃいいぃぃぃ!!!」
その瞬間、後ろから「なにか」の悲鳴のようなものがいくつか聞こえた。
「うぉっ!すげえなお前!!」
「いいから走って!」
症状の声に励まされ、震える足に鞭を打って更にかけていく。
すぐ後ろから聞こえていた足音は聞こえなくなっていた。
無言のまま林を抜け、吊り橋が見えてきたところで少女が急に道を外れて木陰に隠れる。
急な方向転換だったため、少女に掴まれている方の腕からぴきっと嫌な音がした。
「痛てて!ちょと、どうしたんだよ!?このまま逃げるんじゃないのか!?」
「うるさい!そのまましゃがんで!」
少女の必死な声に気圧され、わけもわからないままその場にかがみこむと少女もすぐそばに座った。
ただごとではないその様子に、声を落として問いかける。
「…一体何があったんだ?」
「…遅かった。あれを見て」
少女の指が橋の手前にある岩のようなものを指す。
「…岩?」
「馬鹿、よく見て」
そう言われて改めて確認すると、その岩はもぞもぞと不可解に蠢いてからぬっと手足を生やした。
どうやら丸まって岩のように見えていただけで、あれも「なにか」の仲間なのだろう。
「な…なんなんだあれ…?」
「あれは『骸』。呪われ、死そのものからも忌避された存在」
少女はこちらを見ず、淡々とした声で話す。
「骸?呪われてるって…?いや、わけわかんねぇよ…」
「わからなくていい。お前はこの村から出ることだけ考えて」
それ以上説明するつもりは無いというぴしゃりとしたものいいだった。
助けてくれたのだろうが、少女のぶっきらぼうな態度に少しだけカチンとくる。
「お前って…俺には土崎一色って名前があるんだ。それに、どう見ても俺の方が年上だろ」
少しのいら立ちを込めた言葉に、少女はようやくこちらを振り向いて答えてくれた。
「…わかった。一色、はっきり言っておく。私はよそ者が嫌い。今お前を助けたのはこれ以上取り込まれる者が増えるのは迷惑だから。生きて帰りたいなら黙って私の言うことを聞きなさい。」
有無を言わせないとは正にこのことを言うのだろう。
それ以上の反論は許さないという強い意志を感じる視線だった。
見たところ14、5歳くらいの少女に、高校3年生の男である自分が言いくるめられるのは非常にふがいない。
かといって、その言葉に反論するだけの理由も度胸も持ち合わせてはいなかった。
「……わかったよ。俺だって別にこんなところに居たいわけじゃない。逃げられるっていうのなら…従うよ。」
「そう。見た目より馬鹿じゃないのね。ついてきて」
少女はナチュラルに毒づくと、踵を返して集落の方向へと林の中を歩き出した。