現れたもの
「ぎぃいい!ああぁぁああぁあ!!!!」
鋭い悲鳴。
そして視界いっぱいにどす黒い血しぶきが舞う。
錆びた包丁では「なにか」の腕を切り落とすことこそできなかったが、それなりに深く斬りつけることができたらしい。
「なにか」は首を締め付けていた手を離し、腕から大量に出血しながら少し後ずさった。
「げほっ!、、く、ざまぁみやがれ!」
新鮮な空気を吸い、視界がクリアになった。
まだ足に力は入らないが、そのままの体制で包丁を「なにか」へと向ける。
「ぐぎっぃぃいい!」
完全に追い詰め、命を弄んでいた相手からの思いもよらぬ反撃。
それなりに痛手を与えたようだが完全に怒らせてしまったようだ。
「なにか」は腕から血を滴らせたまままたじりじりと距離を詰めてきている。
包丁という武器があるとはいえ、得体のしれない「なにか」に対してまだ優位に立ったとはいえない。
なんとか足に力を込め、外へと逃げなければ!
震える足を左手で叩き喝をいれ、背中の台を支えにしながらなんとか立ち上がる。
「ぎぃいい、、ひっ、、ああはぁああ、、、」
「なにか」はそんな様子を見つめながらまた笑ったような声を漏らした。
俺が逃げようとしているのがわかったのだろうか、、、。
普通に考えたらこんな体勢から飛び掛かることなどできやしないと思うが、先ほど追ってきた時のスピードを考えると安心はできなかった。
隙を見て一足飛びに扉へと動き、開けて、飛び出す。
こんな単純なことが酷く難しいことのように感じてならない。
「なにか」に対して一瞬でも背を向けるのが怖かった。
迷っている間にも「なにか」との距離は縮まっていく。
いちかばちか、もう一度包丁で切り付けてそのすきに逃げるべきか!?
その判断を下す刹那だった。
バンッ!!
という大きな音を立て、外側から中へと扉が開かれる。
急激に外のかがり火の光が入ってきたことで、部屋の中は煌々と照らされた。
「ひぎゅぅうっ!」
その光に驚いたのか、「なにか」が後ずさりしていく。
見ればその扉の奥にはかがり火でシルエットしか見えないが、人が立っているようだ。
「早くこっちに!取り込まれてしまう!」
人影が叫ぶ。
その声は随分と若く、女性の声のようだった。
「はっ!?どういうことだよ!?」
人影へと叫び返し、その姿を見つめる。
すると徐々に光に目が慣れてきたのか、その輪郭がはっきりとしてきた。
そこに立っていたのは。真っ黒なワンピースを着た少女だった。