恐れに立ち向かうのは勇気か蛮勇か
「ぁああぁあああぁ!!!」
「んんんんんんんん!!!」
自分と「なにか」が叫ぶのはほぼ同時だった。
しかし、叫びの意味は真逆だったに違いない。
すぐさま背中を預けていた扉からとびのいて離れるが、恐怖で腰が抜けてしまい四つん這いでバタバタと遠ざかることしかできない。
そのまま急いで振り返り扉確認すると、「なにか」は扉の板を突き破り、そこから上半身を突き出していた。
まるで扉から生えているかのような姿だ。
「んぁあぁ、、、」
その異様な光景を唖然と見つめていると、漏れ出るような声とともにゆっくりと扉が開いていく。
「なにか」がこちらに近づいて来ているのだ。
「ひ、、く、くるな!くるんじゃねぇ!」
腰が抜けたまま、腕の力だけで必死に反対の壁側へと後ずさりしていく。
「なにか」はその様子を見て「ひゃぁ、、、ひひぃ、、、」と愉快そうな声をだしている。
その声がまた不気味で、どうしようもなく恐怖を煽った。
そして「ドンっ」という音とともにいよいよ壁際に置いてあった台まで追い詰められる。
すぐ右手には外へと通じる扉が見えているが、足に力が入らずとてもそこまでいけそうにない。
視線を正面に戻すと、「なにか」はその不自然に折れ曲がったくの字の体制のままにこちらへと手を伸ばしている。
ここで初めて気づいたが「なにか」は顔を上に向けたいわゆる仰向けの姿勢でこちらへと迫って来ていた。
当然、伸ばされた手も手のひらが上を向いている。
もはやその状況は理解の範疇を超えていた。
「やめろ、、、やめてくれぇ、、、!」
とんっ、とんっ、と一定のリズムでゆっくりと近づいてくる「なにか」に対し、届くとも思えない懇願を続ける。
そして、「なにか」の指が一色の首元へと伸びていく。
近くで見れば、その手は異様なほど汚らしい。
爪は5cm以上も伸び、ところどころひび割れ黒い垢がこびりついている。
指の何本かは折れているのか間接とは逆に曲がり、あかぎれのような血の跡が無数に刻まれていた。
触られただけで病気になりそうなその手がゆっくりと一色の首を捉え、締め付けていく。
やばい、、、こいつ、、、このまま絞め殺す気だ、、、!
徐々に強くなっていく力になんとか抵抗しようとするものの、締め付ける手は万力のような力でびくともしなかった。
「ぐっ、、、げぇ、、ぁあ、、、」
キーン、という甲高い音が耳の奥から響いてくる。
頭の血管が千切れそうなほど膨張しているのがわかった。
意識が、、、飛ぶ、、、
薄れゆく意識の中、「なにか」の顔を見るとその真っ黒な穴が歪に歪んでいる。
恐らく笑っているのだろう。
そんな「なにか」の様子を感じとり、一色の中の何かが切れた。
「、、ぐ、、ざけん、、、なっ、、、このやろぉ!」
首を締め続ける「なにか」の腕から手を離し、頭上へと手を伸ばす。
そしてそこに置いてある赤錆びた包丁の柄を掴んで思い切り「なにか」の腕へと振り下ろした。