夜の帷、闇に蠢き潜むモノ
だらんと垂れ下がった髪の毛の間から、3つの空虚で真っ黒な穴がのぞいている。
その奥に光は見えず、吸い込まれるような闇が続いていた。
瞬きなどは一切なく、それが目や口であると判断できるのは単純に位置からの推測だった。
しかし、その目らしき穴は間違い無くこちらを見つめている。
なぜかその確信だけがあった。
「、、、はっ、、、はぁっ、、、!」
押さえつけていた呼吸が荒く漏れ出す。
いますぐ逃げるべきだ、、、!
直感的な意識がようやく身体に命令を出そうとしたその瞬間
「んんんんんーーーー!!」
「なにか」は低い唸り声のような声をだしながらくの字の姿勢のままでこちらに走り寄ってきた!
「うあぁああぁあ!!!」
全身の毛が逆立つ。
恐怖からもつれそうになった足を無理やり動かして踵を返し、元きた道をまっしぐらに駆け出す。
「んんんんんんん!!」
「なにか」はうなり声をあげたまま追ってくる。後ろを振り返ることはできないが、そのうなり声が遠ざかっていかないことから同じくらいの速さでついてきていることがわかる。
あの不自然な姿勢からは想像できないスピードだ。
ほとんど転げるようになりながら通ってきた道を走る。
幸い道は入り組んでいない。
恐怖と緊張からほとんど感覚のない足を必死に動かして扉から扉へ駆け抜けて行く。
すぐ後ろからは「トトトトトトッ!」という小刻みで軽い足音が不気味に迫ってきていた。
「はぁ!はぁ!、、、っぐ!」
それまでなんとか動かしていた足がもつれ、目の前の扉へ体ごとぶつかりながら飛び込んだ。
急いで体制を立て直し、今通った扉をすぐに閉めて背中で抑えた。
「なにか」と戸を隔てたことで訪れる一瞬の安堵。
しかし、すぐに「ドンドンドンっ!」という扉を叩く音と衝撃が真後ろから聞こえてきた。
「なにか」が扉を打ち破ろうとしている!
扉に鍵はなく、手の届く範囲に閂になるような板もない。
立ったまま扉を抑えるにはすでに足の力が限界だった。
床に腰を落とし、震えてうまく力の入らない足で必死に床板を突っ張る。
ドンドンドンッ!バキッ!メキメキッ!
扉を叩く音が絶えず響き続ける。
もうやめてくれ!誰か助けてくれっ!
目を硬くつむり、祈りながら渾身の力で扉を抑える。
扉を叩く音はなおも続き、「なにか」の力に耐えられなくなった扉からは木の割れるような音まで聞こえ始めていた。
頼む!なんとか保ってくれ!
今まで祈ったことの無い神にさえ必死に祈る。
そして、その瞬間は唐突に訪れた。
あれだけやかましく響いていた音が止んだのだ。
背にした壁の感覚から、扉は開いていないことがわかる。
恐る恐る目を開けた。
硬く目を閉じ過ぎたせいで少し視界がチカチカとするが、改めてみるとここは最初に入った台所のある部屋のようだ。
諦めたか、、、?
はぁー、と肺の中に溜まった空気を一気に吐きだす。
肺がまだ恐怖で震えているのか、呼吸まで不規則だった。
全身が嫌な汗でビッショリだ。
、、、あれはなんだったんだ?
扉にぐったりともたれかかりながら、ぼんやりとそんことを考え、天を仰ぐ。
そこにあったのは天井ではなく3つの空虚な穴だった。
cips
助かるわけがなか