かがり火に照らされた廃墟の不気味
建物の中は外から見るよりもさらにボロボロだった。
扉を開けるとそこに玄関のような仕切りはなくすぐに木造の壁に囲まれた6畳ほどの部屋が広がっていた。
扉のすぐ横には腰の高さくらいの台が置かれ、ボロボロのまな板と赤くさび付いた包丁が置いてある。
ここは台所だろうか。
部屋中に蔓延している血なまぐさい臭いに思わず顔をしかめた。
「す、すみませ~ん!!」
おっかなびっくり、しかしできる限りの大声で奥に向かって声をかける。
しかし、しばらく待っても返答はなかった。
近くには誰もいないのだろうか。
ひとまず乾いた喉を潤すため台所なら水道があるだろうと探してみる。
が、蛇口を見つけられない。
それどころか普通台所なら置いてあるだろう冷蔵庫や炊飯器などの家電もなく、コンロ等の設備もないようだった。
「どうやって暮らしてんだこれ。台所じゃないのか……?」
部屋の奥には先へ続く扉が見える。
ここにきてからずっと「帰ったほうがいいんじゃないか」という気持ちと「せっかくここまできたのに」という気持ちがせめぎ合っている。
それを「もう少しだけ進んで誰もいないなら引き返そう」という妥協案に落ち着かせ先へ進む。
「すみませ~ん!誰かいませんか~!」
奥へ続く扉を開け、目の前の暗闇に声をかけるが相変わらず返答はない。
仕方なくいくつかの部屋を通りすぎながら人の痕跡を探していく。
しかし、人の気配はおろか家具、家電といった生活の気配すら見当たらない。
また、驚くことに室内には明かりと呼べるものがほとんど見当たらない。
壁の穴から漏れてくる外のかがり火の明かりだけが暗闇をわずかに照らしている。
「……電気きてねぇのかよ」
毒づきながらも慎重に先へ進んでいく。
しかし、ノストラダムスの予言がインターネットで駆け巡るこの時代に、山奥とはいえ電気が来ていない場所なんてあるのだろうか。
……まぁ、あるのかもしれない。
未開の地とは言わずとも、新しい技術を拒む人間や、逆に国が見落としている地域だって知らないだけで無いとは言えないだろう。
ただ、この場所からはそういった文明的例外ではなくオカルト的な気味の悪さを感じる。
それは外観の異様さからして感じていたことだったが、中に入ってみてさらにその思いは加速した。
屋内の扉は内開きであったり引き戸であったりと統一感がなく異様にボロボロだし、最初の部屋は台所だから血生臭かったのかと思ったが他の部屋も一様に吐き気を感じる臭いが充満している。
何か野生の獣のようなそういう糞尿の臭いまで混じっている。
奥に進むほど外からの明かりがか細くなっていく。
いつのまにか建物の奥まで来てしまったようだ。
ここまでいくつかの扉を開けてきたが一本道と言うわけではなかったためそろそろ戻るための順路が怪しい。
次の扉を開けても収穫がなければ一度建物を出よう、そう思って次の扉に手をかけた。
この扉は外開きであったため押し開ける。
扉の先は廊下となっており、これまで同様薄暗く低い天井が続いていた。
廊下の幅はおおよそ人間2人分、左の壁には穴が開いてぼろぼろになった障子が、右にはこれまで同様木造の壁が続いている。
その廊下の中心、開けた扉から5mほど先に……それは居た。
体をくの字に折り曲げ、ボロボロの布をまとった『何か』。
「っ……!?」
恐らく人間だろうそれを『何か』と言うのはあまりの異様さからだ。
体勢がほぼ直角に近いくの字で、壁の方にお辞儀をするような格好でいる。
頭部からはぼさぼさに伸びた髪が長く垂れ下がり横顔を覆っていた。
着ている服も……服と呼んでいいのかどうか。
雑巾として使用していたバスタオルをただ体に巻いているだけのように見える。
両腕はだらんと垂れ、取っている体勢のせいか指先が床につきそうだった。
『何か』はこちらに気づいていないのか、さきほどから微動だにしない。
声をかけてはいけない。
踵を返し、今来た道を音を立てず決して気づかれないように細心の注意を払って帰るべきだ。
意識が脳内でガンガンと警鐘を鳴らしている。
冷たい汗が背中を流れ落ちた。
ゆっくりと、扉を押し開けた腕をそのまま引く。
視線は一瞬たりとも『なにか』から離せない。
しかし次の瞬間、一瞬揺らめいた外からの明かりがおぞましい事実を照らし出す。
勘違いをしていた。
『何か』はくの字に体を曲げて、地面を見つめているのだと。
勘違いをしていた。
『何か』の横顔が髪の毛に覆われているのだと。
だが、事実は違った。
『何か』はくの字のまま、首だけを捻じ曲げて最初からずっとこちらを見つめていたのだった。