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宣戦

 ガラシアが帰っていった数日後、次はサンタ―リアの本教会からの使者が来た。以前も使者としてやってきたエリアという娘である。前回よりも彼女は心なしか表情をこわばらせて現れた。前回はアリーシャを差し出すことで解決の可能性はあったが、今回は平和的な解決が難しいということを予期しているからではないか。


「やってしまいましたね」


 私が応接室に通すなり、エリアはそんなことを言った。


「やったって何が?」


 おそらく冥府教のことだろうけど、一応尋ねてみる。


「本教会では必ずしも保守派の議論が優勢という訳ではありませんでした。もしかすればあなたは普通に無罪になっていたかもしれない。しかしあなたの領地では冥府教の布教が公認されているという注進が入り、それで潮目が変わりました」


 そうだったのか。てっきり刺客が送り込まれたのは教会の総意かと思っていた。

 もしかしたら審問官が刺客を送るという手法に打って出たのも普通に議論が進めば私が無罪になる可能性が高いという焦りがあったからかもしれない。でもコネもなく辺境に住む私にはそんなことは知る由もなかった。


「聖遺物についての議論は議論として、ひとまずあなたに対する何がしかの措置が行われることになりそうです」


 エリアは淡々と述べた。


「その前に、一応領主たる私に刺客を送りつけてきた奴を裁くべきなんじゃないの?」

「それはその通りですが、この状況では何の意味もない反論です。もしそうして欲しいのであれば、あなたに出来ることは粘り強く潔白を主張することだけだった。もし議論があなたの方に傾けば、審問官を処分しないといけないという空気になったからかもしれません」


 エリアは淡々と述べた。実際、それが一番現実的な方法なのだろう。残念ながらこの世界では(もしかしたら日本でもそうかもしれないけど)、権力に差がありすぎる場合に法は正常に機能しない。まずは教会の議論を自分が有利になるよう根回しして保守派の発言力を削いだところで、刺客の件を持ち出せば、あるいは私の意見が通ったかもしれない。当然それまで自分の身は自分で守らなければならないが。

 元々対等でない相手と対等な議論をするにはそれ相応の努力をしなければならないということだろう。


「そんな教会の政治的事情なんて知らない」

「領主ならその辺のことにもう少し関心を持つべきでは?」


 それはそうだ。


「分かった、じゃあどっちが正しいとかは置いておいて一つ聞いていい? 教会はまるで私に何かをする力があるかのように話すけど、この国で領主をどうこう出来るのはあくまで国王陛下だけのはずだけど」


 私の言葉にエリアはため息をついた。


「あなたは本当に世間知らずのようですね。この国の大多数の貴族はサンタ―リア教の信者です。もちろん信仰の濃淡はありますが。国王陛下とてそれは例外ではありません。加えてあなたはただの辺境領主に過ぎません。それが意味するところは分かりますよね?」


 要するに、国王よりも偉いという訳ではないけど、他の貴族を使って私を潰す程度ならどうにでも出来るということだろう。そしておそらく国王も私のような邪教を認めている領主をあえて保護することはない。


「という訳で悔い改めるなら今ですよ。今ならまだあなたの進退一つでどうにかなるでしょう」

「残念だけど、ここで悔い改めるぐらいなら最初からこんなことはしない。それに刺客を送られたこととかを差し引いたとしても、彼らは邪教徒ではないと私は思うし」

「そうですか。私は彼らが本当に邪教徒かどうかは分かりませんが、彼らを守ることに領地が戦火に晒されるのに釣り合うだけの価値があるのでしょうか?」


 物事はどうあるべきかという筋目論を主張し続ける私に対してエリアは現実的な損得を私に説明する。普通領主と神官だと逆じゃないか?


「それは攻める側が言っていい台詞じゃないと思うけど」

「つまり自分は正しいからどうなっても悪くはないと」

「いや、私の領地に手出しはさせないけど」

「それでは決まりですね」


 そう言ってエリアは席を立とうとする。


「待って」


 別にそれで決裂で良かったし今更こんなことを言ったところで結論が変わるとも思えなかったが、思わず私は引き留めてしまっていた。


「一応神官だって言うなら私の話を聞いていってよ。冥府教徒の代わりに私が弁明する。それにあなただってこの件に関わっている以上知っておくべきだ」

「いいでしょう」


 エリアは席に座り直す。

 私は昨日ガラシアに述べたのと同じようなことをエリアに述べた。もしかすると私は他人との交流を望んでいたのかもしれない。覚悟したと思いつつ、誰とでも対話で和解出来るという願望が心のどこかに潜んでいたのかもしれなかった。


 冥府教でしか救われない人々もいる。その人たちを私の領内だけでも救ってはいけないのか。冥府教の者たちがもたらす技術は食糧事情の改善や魔法研究の助けとなる。そのために彼らを利用している。そういう事情も説明した。

 エリアはうんうんと頷きながら聞いていたが、私が話し終わると嘆息した。


「その理屈を言って許されるのは潔白な人物だけです。あなたが言っても、後ろ暗いところがあるから別の宗教に鞍替えしているようにしか見えませんよ」


 実際私にもそういう意図はあったから何も言い返せない。とはいえ、一応言いたいことは全部説明したので小さな自己満足のようなものを得ることは出来た。


「なるほど、それは道理だ」


 私がそう言うと、エリアは今度こそ席を立ち、そのまま館を出ていった。その後ろ姿を見送った私は決意する。


 どうせ近々討伐軍が派遣されてくるだろう。こうなった以上は緒戦で勝利してこちらの力と決意を示す。元々ここは何もない領地だ。ユキノダイトは売られているが、加工技術などはまだ広まっていないし、邪教ははびこっているし、騎馬民族はいるし、率直に言って外れ領地だ。攻めてくる相手も、せっかく私を倒してもこんな領地しか手に入らないと分かれば戦意は下がるだろう。


 私はすぐにミアとオユンに使者を送った。誰が攻めて来るのかは分からないが、教会の意を受けた領主が攻めてこれば協力して欲しいという旨を伝えさせた。


 オユンからはすぐに返事があり、敵軍からの略奪が許可されるのであれば構わないということだった。二度と攻めてきて欲しくないので略奪について異存はない。ミアの方もこうなることは予想していたようで、軍勢を出すことに異存はないようだった。


 さらに私はユキノダイトの売却で得た資金で兵士を募ることにした。悲しいことにこの領地はまだ貧しく、食い詰める人々も多かった。特に子供が多い農家などは悲惨だった。そのため、金のために兵士に志願する者たちは一定数いた。あまり喜ばしいことではないけど。しかも特に戦闘経験がある訳でも武器を持っている訳でもない。それでも私はとりあえず弓を大量に購入して付け焼刃の練習をさせた。


 ちなみに、教会側がアルトレード領に出兵する貴族を募っているという報はあったものの、国王から私に何か命令がくることはなかった。

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