とりあえず論破して勝った方が偉いという風潮は好きじゃない
オレイユとともにミアの元から帰って来てから数日。エリルでは熱心に布教する冥府教の信者たちの姿が見られるようになった。一応何回か内容を聞いてはみたけど、「死んだ人ともいつか再会出来るから今を一生懸命生きよう」という当り障りのない(て言ったら失礼だけど)内容だったので私は安堵した。
が、当然安堵しない者もいる。
「アルナ様、教会のシスターの方が抗議に来ました」
「まあそう来るよね」
リーナが困った顔で私に報告に来る。私にはついに来たかという気持ちしかない。
「いいよ、迎え入れて」
ほどなくしてリーナがガラシアを連れてくる。普段は人のいいシスターと評判らしい彼女だが、今だけは血相を変えていた。彼女は応接室に通されるなり、握りしめていた紙をテーブルの上にだん、と叩きつける。
「領主様、この触れはどういうことですか」
そこには私が冥府教の教えを認める旨の内容が書かれていた。言うまでもなくつい先日私が出したものである。
「どういうことも何も書いてある通りだけど」
向こうが喧嘩腰なのでつい私も自己防衛ではないが、喧嘩腰になってしまう。本当は私が落ち着かないといけないんだけど。
「この者たちが言っていることは真っ赤な嘘です。死んだ人が生き返ることなどありえません! このような妄言をのたまうような者たちを認めるというのは一体どのような了見なのでしょうか!?」
ガラシアは声を荒げる。現代日本でのカルト宗教と違って、この世界には神が実在するため「神や宗教なんて全部妄想」という訳ではない。死後の世界云々は今のところ本当に実証不能だろうけど。
「一つ言えるのは私はこの者たちの研究を直接見聞して冥界の門とやらが本当に実現可能かどうかを調べた。その結果、今は研究途上でもいつかは本当に開きうるという結論を出した。もちろん、必ず開くとも言えないけど。だから彼らの言うことは妄言ではない」
出来るだけ落ち着いて、理論立ててしゃべるよう意識する。彼女と喧嘩しても仕方ない。
「ではその上でお伺いします。領主様は冥界の扉というものが仮に本当に開くことが可能であるとして、それを開くべきだと考えておりますか? そのようなことになれば生死の境はなくなり、世の中は大混乱に陥るでしょう」
痛いところを突かれた。私はミアが学術的な研究をしていることを買ってはいるが、その上で冥界の扉を開こうとしたら止めようと考えている。私にはそういう欺瞞があるが、それを熱心な信者であるガラシアに言えば火に油をそそぐだろう。
仕方ないので私は別の論点からの反論を試みる。
「それはそうかもしれない。ではあなた方は親しい者が死んだという者がいたとしてその者をどのように救う?」
「神は全てを見ておられます。親しい者の死に直面しても己の人生を切り開こうとする者には死後の加護が与えられるでしょう」
「でも世の中そう出来る人ばかりじゃない」
そう、そこから人生を立て直して生きれば死後救われると分かっても、それで気持ちを切り替えられるほど強い人だけではない。もちろん、状況などにもよるんだろうけど。悪事をしなければ死後救われるという教えよりも、親しい人が帰ってくるかもしれないという教えの方が誰かの支えになりうる。
その点ミアの教えは偽りかもしれないとはいえ、人生に希望を持たせることが出来る。
「仮に親しい者の死に心を折って失意のうちに死した者でも悪事などに手を染めなければ神は死後救ってくださります」
「それはそうかもしれない。でも、本当に心が弱い人は親しい人が死んだ後に自棄になって悪事を行ってしまうかもしれない。そんなとき、冥府教があれば悪事に手を染めないかもしれない」
あくまで可能性の一つであるが、私は述べてみる。
私の言葉にガラシアは一瞬沈黙した。宗教者として、私が言ったような人物がいることを認めざるを得ないのだろう。もっとも、これは私がミアを保護している理由の一つでしかないので少し後ろめたいけど。
「ですが、死者と生者が一緒になれば世の中には混乱がもたらされるでしょう。どこまでの死者が復活するのか分かりませんが、もし過去に討伐された魔王や悪魔が復活すれば甚大な被害がもたらされるでしょう。それでもよろしいのでしょうか?」
「つまり、世の中の平穏のために冥府教の教えを必要としている人を見捨てろと?」
こういう言い方をして二者択一の構図に持ち込むのは卑怯だなと思いつつも私は議論で勝利するために詭弁を用いてしまう。
「はい、一個人はともかく領主様が世の平穏を乱す行為をすべきではありません」
なるほど、一個人ではなく領主として、と留保をつけて反論してきたか。激昂して私の意見を否定してこれば「個人を見捨てた」ということにしようかとも思ったけど、そうもいかないみたいだな。
「それはそうかもしれない。それに領主として救いを求める者を見捨てる訳にはいかないし、冥府教が広まって世の中が混乱するというのも私の領内のことであれば収拾できる自信はある。例えば冥府の門の開閉には私が立ち会う、とかね」
「ですが、仮に実質的な被害が出ないとしても冥府の門が開くかもしれないという状態だけで人々は動揺するでしょう」
「それなら私がしっかり管理するから動揺することはない、と人々を説得して欲しい」
これは相手に責任の一部を押し付けるという技である。しかも微妙に話がすり替わっているような気もする。
「……」
私の言葉にガラシアは沈黙した。絶対彼女らにそんなことは出来ないだろう。論破した形になったが、私は全然嬉しくなかった。
私がやりこめたいのは自分の意見に従わない者を力づくで排除しようとしている教会上層部や保守派であって、現場で敬虔に神を信仰して善行を行っているシスターではないのである。この対立が激化して彼女のような人たちが割を食うようなことにならないといいけど。
結局ガラシアは無言のまま帰っていったが私の心は晴れなかった。