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課金転生 ~異世界転生で学ぶ政治と宗教~  作者: 今川幸乃
Ⅳ 冥界の司祭ミア ~世界~
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お互い腹を探り合っていると話が進まない

 エリルから東へ三時間ほど馬を走らせると、私たちは小さな集落についた。見た感じ小さな農村と変わらず、畑の中心に粗末な木の家がぽつぽつと立ち並んでいる。こんな感じの農村はここに来るまでもいくつか並んでいたが、一つだけ違うのは中央に石で出来た神殿のようなものが建っていることだった。とはいえ、外から見るとただの四角い建物に過ぎず、ここが冥府教の集落であるという前情報がなければただの建物にしか見えなかったかもしれない。


「ここが我らの集落です」

「普通だね」


 つい思ったことをそのまま口にしてしまう。


「もちろん、我らも日々の暮らしをしなければならないので」


 私たちは石の建物の前に着く。ここに来る者はあまりいないのか村人たちは物珍し気にこちらをじろじろと見てくる。日々の暮らしと言われたので畑を見てみると、言われてみれば確かに私が見慣れているのとは微妙に違う植物が植えられている。


「ここにいる人たちは全員信者なの?」

「そうですね。信者か信者の家族が多いですが、身よりのない孤児なども見つければ保護しております」


 幼いころから布教して信者を育てるということか。でもそれで孤児を保護してくれるなら領主として文句はないけど。


 神殿の正面には門のような大きめのドアがあり、その上には門を模したと思われる紋章が刻まれてい

た。冥界の門を象徴しているのだろうか。

 少々お待ちを、とイコラスが中に入っていき、私とオレイユは少し待たされる。ずっと馬に乗って疲れていたので私は神殿前の草地に勝手に腰を下ろす。ちなみにオレイユは疲れていないどころか汗一つ見えず、化物かと思った。


「オレイユはサンタ―リアの神殿は見慣れていると思うけど、この神殿見てどう思う?」


 我ながら答えづらい質問だな、と思いつつ聞いてみる。


「田舎のお金がない地域の神殿と似てる」


 どんな宗教でもお金がないとこういう質素な建物になるのか。

 それきり特に会話が弾むこともなく待っていると、中から現れたのは黒い修道服のような服に身を包んだ銀髪の少女だった。頭にかぶっている黒いヴェール、銀髪、黒い服のコントラストもあいまって絵画の中から出てきたような美しさがある。色白で整った造形はオレイユに少し似ていなくもないが、こちらの方が背が低くて髪は長く、落ち着いた湖のような雰囲気があった。また、首元に白色の宝石のようなものを下げている。


「初めまして。私が司祭のミアと申します。本日はわざわざお越しいただきありがとうございました」


 この人がミアか。彼女は自己紹介すると軽く私たちに頭を下げた。とてもまだ若年とは思えない落ち着いた所作である。


「領主のアルナ・アルトレード」

「オレイユ」


 オレイユは短く名前だけ名乗った。


「では早速中へどうぞ」


 中に入ると神殿も質素で殺風景な建物だった。がらんとした礼拝堂のすぐ手前にある応接室のような部屋に私たちは通される。

 応接室はテーブルとソファがある簡素な部屋だった。ミアと同じような服装の女がお茶を淹れてくれた。オレイユがためらいなく口をつけているのを見て私もそれを飲む。ただの温かいお茶だった。残念ながら飲んだだけではどんなお茶化までは分からない。


「早速ですが、おそらく領主様には私たちを認める条件、認めない条件があると思います。その辺をお話いただけると私たちとしても助かります」


 ミアは単刀直入に切り出した。


「それを言われると難しいな。何事も総合的な判断になるから」


 例えばあらかじめ「冥界の門はまずい」などと指定したとして、それを抜かして布教をするという手もある。だからこちらとしても手の内を明かせなかった。


「では領主様は冥界の門についてはどう思われますか。冥界の門についての私たちの言説が真実であれば布教を許していただけますか。それとも真実でなくとも構わないですか」


 それはそれで変な聞き方だな、と思う。ただ私がもし冥界の門が本当に開くとすると、それがまずいと考える可能性もある。もしそうであれば冥界の門は本当に開けるつもりはない、と言うのだろうか。探りを入れられたような気がした私は話題をそらす。


「その前にまず一つ尋ねるけど、冥界の門というのは今この領内に発生しているアンデッドとは関係ないの?」

「はい。アンデッドとは言うなれば冥界ではなくこちらの世界に留まっている者たちについての呼称です。もし冥界の門が開いてそちらの人物がこの世界に現れればほぼ生者と同じような存在になると考えられています」


 それはそうか。彼らとしても冥界の門を開いた結果出てくるのがアンデッドです、ということでは門を開けようとしないだろう。


「別に冥界についての研究についての副産物がアンデッドということもないよね?」

「はい、私たちはアンデッドを生み出すことはしません。人は死後冥界に行くべきだと考えております」


 ミアは淀みなくすらすらと答える。とりあえずアンデッド問題は大丈夫か。


「次にあなたたちの研究だけど、その研究というのは冥界に限定されたものなのかな。それとも異世界全体の研究なのかな」


 私が念頭においていたのはもし研究が進めば現代日本との通路が繋がることがあるのかどうかということである。帰りたいと言えば帰りたいけど、繋がった方がいいかどうかはまた別問題である。


「なかなか勉強されているようですね。私は異世界全体について研究しています。というよりは異世界の研究を紐解くより他に、冥界についての研究をするすべがないと言うのが正しいかもしれません」


 そう言ってミアはお茶をすする。彼女は彼女であまり表情を変えないな。

しかし話している限り、どうも宗教というよりは学問みたいな感覚で彼女らは冥界に向き合っているような気がする。


「じゃあ話を変えるけど。冥界について学術的な研究の途中なのは分かった。ではなぜそれを布教しているの? 純粋な研究は信仰の形態をとらなくても出来るでしょう」

「そうですね。それについては私の個人的な体験が元になっています。肉親や大切な人を失った苦しみや悲しみというのは大きいものです。しかし私はたまたま冥界の門を開いたためそこに希望を見出しました。そのとき、私の周りには魔物に故郷を滅ぼされた人が多くいました。そこで彼らを救おうと思ったのです。大切な人と死別しても彼らは冥界で生きている。研究が進めば再会することも出来る。そのような希望を与えたかったのです」


 ミアの表情がやや真剣なものになる。おそらくこの気持ちは本心なのではないかという気がする。それなら布教を許してもいいか。もっとも、研究に不審な点がなければだが。

 ちなみに正直なところ冥界の門は本当には開かないでくれる方が嬉しい。もし本当に開けばこの世の秩序は全部しっちゃかめっちゃかになるのだから。


「分かった。それならあなたの研究の成果というものを見せて欲しい。教え自体は悪くはないけど、六年間研究を積み重ねて何も進展がないならばそれは妄言となる。そうでしょ?」


 私としては冥界の門についての研究が進んでいるのにそれを秘匿されるのは困る。だからあえて研究が進んでいるのであれば許可するような口ぶりで言った。


「分かりました。そこまで言うならお見せしましょう。私たちはサンタ―リアなどよりはよほど学術的な研究に自信があります」


 ミアは淡々と述べた。こういう、自信があるときほど淡々とした物言いは少しオレイユに似ていると思う。

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