心の見つけ方
翌日、私はオレイユと猫が仲良くなっているのかそわそわしながらも自分の仕事をしていた。が、十分ぐらい書類を読んではすぐにオレイユのことが気になってしまい、全然仕事に手が付かない。
「リーナ、今日はオレイユと何か話した?」
私はお茶を持ってきてくれたリーナに話しかける。
「はい、朝にご飯はどんなものがいいかって聞かれたので私がいつもあげてるようなご飯の作り方を教えてあげました。でも意外ですね、彼女にあんな一面があったなんて」
「本当にね。今オレイユは何してるのかな」
私の問いにさすがにリーナは眉をひそめる。
「ちょっと気になり過ぎじゃないですか? 恋する乙女でも相手のことをそこまで気にしませんよ?」
「だってこれが成功するかどうかでアリーシャを助けられるかが変わるから」
そうは言ったものの、何となくそれは建前に過ぎないのでは、と自分でも思ってしまっていた。昨日のオレイユの様子を見てオレイユが心を取り戻すことに期待してしまっていたのではないかと。
「でもアリーシャさんを助けたいのなら方法は色々あると思いますけどね。寝込みを襲うとか、人気のないところにおびき出して最強火力の魔法を撃ちこむとか、オユンさんの手を借りて囲み殺すとか」
「……私はリーナが平然と人を殺すことを考えるようなメイドになってることが悲しいよ」
「そ、それはアルナ様を守るためにやむなく考えてるだけです!」
リーナはあたふたと手を振って否定している。でもリーナの思考がそっちに寄っているのはアリーシャが毒殺をアドバイスしたからだと思うけど。本気でアリーシャを助けるなら逃がすのが手っ取り早いとは思うけど。
「とにかく、私の代わりにこまめにオレイユの様子を確認しておいてね」
「別にいいですけど……分かりました」
一時間後
「で、その後オレイユの様子に変化はあった?」
私は書類を届けに来たリーナに尋ねる。
「いえ、何もないです。多分いつも通り部屋で剣を振っていると思います」
「オレイユってそれしかすることないのかな」
「さあ……」
心なしかリーナの反応が面倒くさそうになっている。
「で、その間猫はどうしてる?」
「普通に部屋の隅で丸くなってますけど」
「そっか、そうだよね」
昼食時
「ねえ、今頃オレイユどうしてるかな。猫にエサやってるかな」
「さっきキッチンに入っていったからやってるんじゃないですか。ていうか全然書類の量減ってませんが大丈夫ですか?」
「う、うん。どうだった? 仲良さそう」
「そんな一時間やそこらで仲の良さは変わらないですよ」
さらに一時間後
「リーナ、あれからオレイユは……」
「アルナ様、だいぶしつこいです」
普段めったに私のことを悪く言わないリーナが真顔でこちらを睨みつけてきた。よっぽど苛々してるな。さっきから同じことを聞くたびに少しずつ対応が素っ気なくなってきたのは薄々感じてたけど。
「ごめん、私がちょっと浮ついてた」
「まあ別にいいですけど……数時間でそんなに進展がある訳ないじゃないですか」
リーナが呆れたように言う。そう言われると私も恥ずかしくなってくる。
「そうだよね……ごめん」
「いえ、私の方こそ言い過ぎました。すみません」
そんなことがあって私は気になりつつもオレイユのことは遠巻きに眺めるにとどめることにした。幸い私が手を出さなくても、キッチンでエサを作っていたり、部屋で猫を撫でていたり、仲良さげな様子を見せていた。
これでとりあえず下準備は整った。ただこれだけではオレイユの心をひっくり返すには至らない。おそらく、猫は可愛いけどそれはそれとして任務は果たす。そうなってしまうのではないだろうか。
最後の一手を打たなければならないけど、それが吉と出るか凶と出るか。そのことを考え始めるとまた仕事が手につかなくなってしまった。
六日目夜
「さて、そろそろか」
私は自室で深呼吸した。自室にいるにも関わらず、アリーシャに作ってもらったユキノダイトの装飾品を全て装備する。そして魔剣アストラルブレードを抜く。
『タフネス』『ディフェンス・オーラ』『マジック・バリア』『アンチアトラクション』
防御や耐久力を上げる系の魔法を重ね掛けした私は深呼吸して部屋を出る。いくらオレイユが強いと言ってもこれで多少は持つだろう。もっとも、そんなに荒れる展開にならないことを望むけど。
私はいつになく緊張しながらオレイユの部屋に向かった。重要なことを話すという意味でも緊張したが、一歩間違えれば死ぬかもしれない、そういう緊張もあった。
ノックすると、いつも通りの「どうぞ」という声が聞こえる。ただ、明日には期日を迎えているせいかどこかオレイユの声も上ずっているような気がした。
ドアを開けると、オレイユはいつもの通り家具をどけて素振りをしていた。猫はこれから何が起こるのかも知らずにベッドの上で呑気に毛づくろいをしている。猫はベッドの上をすっかり我が物顔で占領している。
「そろそろ来るんじゃないかと思ってた」
オレイユは素振りの手を止めてこちらを感情のない目で見つめる。
「明日までだからね。それで気持ちは少しでも変わった?」
「確かに私のために色々してくれたのはありがたい。でも、それとこれとは別。私は錬金術師を連れていく。あなたも、自説を曲げないようであれば連れていかざるを得ない」
オレイユは淡々と述べた。やはりと思っていたが仕方ないか。
私は何気ない風を装ってオレイユの方へ歩いていく。私の様子にオレイユはわずかに首をかしげるが、意図に気づかずになすがままにしている。
自分に降りかかる危機には敏感なオレイユだけど、これまで守るべきものなど持ったことはなかったのだろう、猫の危機に気づくのは少し遅れた。
私はオレイユの脇を通り抜けると剣を抜いた。
そしてベッドの上に寝ている猫に振り降ろそうとしたが、
キィン、
腕に痺れるような衝撃が走り、オレイユの剣に弾かれた。
私はほっとする。オレイユが素人の私の剣を防げないとは思わなかったけど、防がないことを選択したらどうしようかと思った。
「どういうつもり?」
オレイユの表情に怒気が浮かぶ。彼女のこんな表情は初めて見た。私は恐怖とともに一つの喜びを感じる。一瞬ではあるが、激昂したオレイユに斬り殺されるのならそれはそれで本望という気持ちにすらなった。
「どうもこうもない。私は大切な人を連れていかれる上に、自分の意見を暴力で撤回させられる。その元凶となったオレイユに恨みがあるから、一番大切なものを奪ってやろうと思った……て言ったらどうする?」
「殺す」
オレイユは短くつぶやいた。不意に私は全身をめった刺しにされるような痛みを感じた。何かと思ったが、オレイユは剣を構えただけでまだ何もしていない。殺気だけでここまでやるとは。オレイユの目にははっきりと怒りの炎が宿っている。
もしかしたら生まれて初めて自分の意志で人を殺そうとしているのかもしれない。
それがいいことなのか悪いことなのかはよく分からない。
でも、前に進んでいることだけは間違いないと思った。
悪役が誰かを闇落ちさせるときとかにやりそうな方法なんだよなあ