アルナ・アルトレード
目を開けると私は見知らぬところで倒れていた。いや、正確にはベッドに寝かされている。どこだろうか、とりあえず私の部屋ではない。間取りが違うし、テレビとかPCもない。極めつけは傍らに心配そうな表情のメイドが立っていることだ。
髪の毛は明るい茶色でおさげにしている。くりっとした目が印象的で顔にはまだあどけなさが残っている。十代前半ぐらいだろうか。黒い膝丈ほどのワンピースにフリルのついた白いエプロン、胸元の赤いリボンをつけており、白いカチューシャが印象的だ。まるでアニメやゲームに出てくるメイドさんである。
「お目覚めですかアルナ様!」
彼女は私を見てほっとしたように息を吐く。
「う……ここは……」
「アルナ様が領地に来られる途中で倒れてしまわれたので、慌てて館に運び込みました! びっくりしましたがとにかく無事で良かったです」
メイドが解説してくれるが全然頭に入ってこない。
「領地……? 館……? アルナ……?」
聞き覚えのない言葉だ。確か私はオンラインゲームをしていたはずでは……と思ったところで私は全てを思い出す。
今の私はアルナ・アルトレード。父カイロス・アルトレードが辺境の領主で、他に子がいなかったため跡継ぎとしての知識を学ぶため王都に留学に出ていたのだった。そんなある日、父が魔物討伐の遠征中に急死。私は跡を継ぐために領地に急行したのだが、急ぎ過ぎたのか旅の途中で倒れてしまったらしい。
ちなみにこのロリメイドはリーナという名前で昔から私のお世話をしてくれ、妹のようにして育った存在らしい。
「そうか、私領主になっちゃったのか」
「そうです、父上の死と重なって大変とは思いますが……」
私の何気ない呟きをリーナは跡を継いだというふうに解釈したようである。変に思われなくて良かった。
とりあえず私は上体を起こしてみるが、多少だるいだけで大丈夫そうだ。むしろ、現代で学校以外インドアな生活を送っていた元の私よりはアルナの体の方がよほど健康そうである。
「ちょっと疲れて軽い貧血になってただけみたい。それより、父上が死んで何日も経ってるってことは大分仕事も溜まっちゃってるよね?」
「はい、お疲れのところ申し訳ありませんが……」
リーナが申し訳なさそうに言う。
「いいよ、それに最初だから気合入れないと」
一応私はアルナという私がキャラメイクした人物の記憶を引き継いでおり、この世界を生きる上で最低限の知識は身についている。
するとその話を聞いていたのか部屋の中に執事のような服装の初老の男が大量の書類を持って入ってくる。
「領主様、先代様の死後に滞っていた決済の書類です」
「どれどれ」
私は書類を見てみる。アルナは頭のいい人物だったらしく、幼いころの記憶や王都での勉強の成果を合わせると大体の書類の意味は分かった。そう言えば資源の探索や精製をさせるためにINTを10にしたんだっけ。
領主というと色々しないといけないような気がするが、基本は下から上がってくる書類の決裁だけでやっていける。下から上がってくる書類に問題がなければだけど。そしてまあまあ問題はあるけど。
私は次から次へと書類に承認のハンコを押し、問題のあるものは赤で訂正を入れていく。アルナの知識では適切なのかどうか判断位困るものが多かったが、そういうものはとりあえず保留にした。正直急に異世界に転生させられて焦ったけど、こうして書類の処理をしていると落ち着いてくる。何というか、私の魂とアルナの記憶や肉体がこの作業を通じてなじんでいくようである。しかもなじんでいくに従って処理も速くなっていく。それが心地よくて私は作業に没頭した。
そんな私の手際の良さにリーナは目を輝かせた。
「さすがアルナ様! 病み上がりなのに凄い速さです!」
「そうかな? 初めてだからよく分からないけど」
「いえ、きっと速いですよ。ではお茶でも淹れてきます」
そう言ってリーナが厨房に向かい、私は一人になる。するとまるでそれを待っていたかのように一人の中年の男が入って来た。
「お前が次の領主か? 見たところまだ年端もいかないガキじゃねえか」
まるでラノベの冒頭に登場するかませ役のようにへらへらした笑いを浮かべている。同じ部屋にいるだけでうざいことこの上ない。きっとこの世のうざいという概念を凝縮するとこんなやつが出来るのだろう。ちなみに名前はヴィルスというらしい。
「ちょっと、今仕事中なんだけど」
私は面倒なので書類に集中してやり過ごそうとする。が、男はなかなか出ていってくれない。
「書類にハンコを押すだけなら誰にだって出来るぜ? それより領主なら色々解決しないといけないことがあるだろ?」
「一体何?」
無視していればいいのに反射的に答えてしまう。
「決まってるだろ? 財政難だ。領地には大量の魔物が跋扈してるからな。討伐のための軍隊の維持費はかさむし、狭い農地はいちいち襲われて税も入ってこない。これについての対策を早急に考えてもらわないと」
言われてみればこの領地は『農業』『商業』のLvは初期のままである。財政難なのも納得であった。まあそれを就任一日目の私に言ってくるあたりただのいちゃもんだとは思うけど。
私は断じて挑発に乗った訳ではなく、あくまでゲーム的な興味から資源を探すことにした。きりのいいところでペンを置く。
「大丈夫でしょ、ここアルトレード領は豊富な地下資源に満ちてるんだから」
「はあ? 何を言うかと思えばそんな話全く聞いたことねえぜ」
そう言ってヴィルスは露骨に嘲笑する。正直かなり苛々してきたがそれをぐっとこらえて記憶をほじくり返す。
すると、幼いころ私がこの館付近で遊んでいるときに見つけた石も今の知識で思い返してみると鉄鉱石だったような気がする。良かった、この近くにもあるなら話が早い。
私は無言で立ち上がる。それを見てヴィルスは好戦的な笑みを浮かべる。
「お、どうした? やるのか?」
「そんなに言うなら今から証拠を見せてあげる。ついて来れば?」
「ほう、それならぜひとも見せてもらおうじゃないか」
ヴィルスはにやにやしながらついてきた。ヴィルスの性格が悪いのは有名なのか、館の者たちは心なしか同情の視線を送ってくるが助け船は出してくれない。誰でもこいつとは関わりたくないもんね。
館の外はごつごつとした岩場が広がっている。この領地はこんな感じの土地が多く、農業には適さないのだ。私はその辺の石をいくつか拾ってみる。しかしなかなか当たりは出てこない。
さすがにそんなに都合良くはいかないか……と思っていると。不意に私はある石を見つけた。多分普通の人が見てもただの石としか思わないだろうが、私は直感的に理解した。これが資源探索レベル10に設定した圧倒的な力だろうか。
「見てこれ」
「何だよ、ただの石じゃねえか。苦し紛れのでたらめか?」
ヴィルスはヘラヘラとした態度を崩さないが、これが見つかれば勝ったも同然である。
「違うんだなこれが」
私は石をこつんと砕く。すると中からは見たことのない七色に輝く結晶が出てくる。私はそれを太陽の光にかざしながらヴィルスに見せつける。結晶は光を浴びてきらきらと光を放った。
「げ、何だこれは」
「ユキノダイト。最近発見されたばかりの新しい鉱物だけど」
私の言葉にヴィルスの表情はひきつる。次の瞬間、彼は脱兎のごとく走り出していた。
「くそ、たまたま勘が当たっただけでいい気になるなよ!」
「前途多難だな、これは」
領地の貧しさもさることながら、頼りになる人物も確保しなければならない。彼の後ろ姿を見て私はため息をつくのだった。