異世界だと首に剣を突き付けるまで対話を始められない件
そんな地獄のような旅が続くこと半日ほど。
早く、早く襲撃してくれ。私の願いが通じたのか、平野部に差し掛かってまもなく、
「敵襲だ―!」
護衛の兵士たちの声がして荷車が止まる。
「よし!」
私は喜び勇んで布をとり、魔剣を持ったまま飛び降りたのだった。
荷車から飛び降りた私の前に現れたのは十数騎の騎馬だった。騎馬といっても鎧などは身に着けておらず、軽装に槍か剣を装備しているだけだ。服装はよく見るとこの辺で見るシャツにズボンではなく、和服のような前合わせの上着にズボンという少し変わった物となっている。また、赤や黄色、青など目立つ色が多い。男女比は五分五分ぐらいだろうか。これが騎馬民族なのだろう。
そんな十数騎の中でもひときわ目立つ真紅の服を纏った長い赤髪の少女がリーダー格なのだろう、と直感する。凛々しい顔立ちで、私を見つけると射るような視線で睨みつけてくる。年のころは十五か、もしかしたらそれより若いかもしれない。それでもそのたたずまいには微塵も隙が感じられなかった。
「あの女を囲め」
そして即座に的確な指示を出して来た。たちまちのうちに他の騎兵たちが私の周りへ駆け寄ってくる。私は徒歩なので機動力で包囲を回避することは不可能だ。それなら私も早速魔法を使わせてもらうとしようか。
『ウィンドストーム』『リインフォース』
突如として私の周辺に突風が吹き荒れ、私を包囲しようとした騎兵たちは悲鳴を上げながら吹き飛ばされていく。騎手を失った馬たちだったがよく訓練されているのだろう、騒ぐこともなく戦場から距離をとって待機している。直後、騎手はすぐ近くの地面にどさどさと叩きつけられていった。
敵がゴブリンなら遠慮なくファイアーボールで焼き払うんだけど、さすがに人間相手だと難しい。それにうちの護衛を襲った時も死者は出さないでくれたし。
が、そこへ先ほどの少女が剣を振り上げて斬りかかってくる。まだ少し距離があったような気がしたが、あっという間に詰められたようだ。私は魔法を使う間もなくとっさに剣で受ける。
カキン!
剣を構える私の手にびりびりと痺れるような衝撃が走る。馬上からの高低さを生かした一撃に剣を落としそうになったが、私の腕よりも先に相手の剣が限界を迎えていた。
甲高い金属音が響くとともに先端部分が折れてくるくるとどこかへ飛んでいく。
そうか、私の剣はただの鉄よりも遥かに固いから本気で打ちつけるとそうなるのか。ショックだったのか、少女は一瞬呆然とする。
だが、その間にも先ほど吹き飛ばしたのとは別の騎兵が私の両側から向かってきた。
それを見て私は全方位に向けて魔法を発動する。
『サンダーボルト』『ウィンドストーム』『リインフォース』
一瞬魔剣の負荷がかかり、頭痛が私を襲う。再び私の周りに突風が吹き荒れて騎兵を吹き飛ばすが、やはり目の前の少女は風を浴びてもびくともしない。よく見ると魔法を受けるたびに髪留めの青い宝石がキラキラと輝いていた。さすがにリーダー格ともなると魔法耐性を上げる装備を身に着けているらしい。だが、これはどうかな?
風とほぼ同時に剣から現れた稲妻が少女に直撃する。寸前、見えない壁のようなものが現れ稲妻は遮られた。ほう、なかなかやるな、と思ったが。
バチッ!
弾かれるような音とともに少女は体勢を崩す。魔法が直撃はしないまでも衝撃だけは伝わったか。それならそれで構わない。
『マナブレード』『エンチャントウェポン』
武器強化魔法をかけて私は追撃をかける。今度は私が駆け寄り、体勢を崩したところを下から斬り上げた。少女はとっさに鞘を抜いてそれで受けようとする。
ガン、と私の剣と鞘が交叉して鈍い音が響く。本来体勢を崩しかけて今の一撃を受ければ落馬してもおかしくなかったが、少女は巧みに馬を操って衝撃を吸収しつつ後退した。
そして後退ざまにすっと鞘を投げつけてくる。完全に不意を打たれた私だったが、鞘は左肩周辺の魔術障壁にぶつかって足元に転がった。私は装備の圧倒的な魔力を生かして事前に負荷の少ない防御魔法を体にかけており、そのおかげでどうにか助かったのだ。チート装備のおかげでどうにか戦えているが、技術的には完全に向こうが上である。
「やはり白兵戦じゃ剣を折ってもあなたに分があるみたいだね。仕方ないから魔法で決めさせてもらう」
この少女のように素早く魔法耐性のある相手を、出来れば殺さずに打撃を与えるにはどうすればいいか。
『サンダーボルト』『ダブルマジック』『リインフォース』
魔剣から伝わってくる負荷にも大分慣れてきた。
少女に向かって鋭い稲妻が迫る。剣も鞘も失った少女は手綱をとると馬にステップを踏ませて器用にかわす。馬を自分の足のように操る馬術はすごいとしか言いようがない。
が、それは私もある程度予期していた。
「危ない、保険をかけといて良かった」
直後、彼女の背後からもう一本の稲妻が直撃。
ガン、と魔術障壁と稲妻がぶつかる音とともに彼女は落馬した。私は慌てて駆け寄ると彼女の首元に剣を突き付ける。一拍遅れて私は残った騎兵たちに囲まれた。
やはり殺さないように手加減して戦ったせいで完勝は難しかったか。でも、領地の状況を考えると騎馬民族とも出来れば友好的な関係になりたい。
「とりあえず落ち着いて話をしよう。あなた方もただの略奪戦でリーダーを失いたくはないでしょ?」
「それは……確かに」
騎兵の一人がつぶやき、多少包囲が遠巻きになる。これでようやく話が始められる。そう考えるとどんなクソ野郎が相手でも一応言葉を交わすところから始まる現代日本って素晴らしいんだな。
襲った理由は高価な資源を薄い警備で輸送していたからだろう。だから縄張りから遠くても奪いにくる価値があると考えたのは何となく分かる。もしかしたらエリルに情報収集係のような者がいるのかもしれない。
私が気になっていたのは奪ったユキノダイトをどうするか、であった。彼らにも有能な錬金術師がいるのか、それとも売却先の当てがあるのか。とりあえず私は剣を突き付けている少女に尋ねた。
「あなたの名前は?」
「私は騎馬民族の長の娘、オユン」
「私は新米領主のアルナ・アルトレード。ちょっと話を聞かせてもらいたいんだけど」
戦闘描写苦手なので、話し合いで追い返せる教会の方が好き