アイリーンと援軍
代官府の正門を破られ、玄関も破られ。時とともにその数を減らす味方。
そして遂に……
「ゴメス! ジェイク! レオン!」
アイリーンは護衛の名を呼んだ。
彼らはアイリーンをかばって死んだ。
「アルマ! イリア! ウテナ!」
アイリーンは侍女の名を呼んだ。
彼女らは避難の最中、帝国軍に捕まり辱めを受け自死した。
「ジェニファー! メディシーナ! アルティーヌ!」
アイリーンは魔法の達者な友の名を呼んだ。
彼女らはシンクレアと共に討ち死にした。
「シンクレア! いないのか! バルド!」
アイリーンはここにいない者の名を呼んだ……
「へっへっへ、王女さまが何か言ってるぜ!」
「いよいよ観念したんだろうぜ! 誰からいくよ?」
「なら最初は俺だ! 俺があの傷をつけたんだからな!」
「オラだってあの足の傷をつけたべ!」
「俺だって剣を叩き折ってやったぜ?」
アイリーンは満身創痍だった。とうに魔力は切れ、剣も折れ、炎のような赤い髪も短くなってしまっている。それでも敵から剣を奪い続けては戦い続けた。
そしてついに剣も味方も何もなくなってしまった。意地だけで立ち続けている。
すでに女の喜びを知った身である。帝国兵が話していることの意味が分かってしまったのだ。バルド以外に指一本触れさせるつもりはない。しかし……
「へっへっへ、観念したなぁ! 大人しくしてたら優しくしてやるぜ!」
「おめーからかぁ? どうせ早ぇんだろ!」
「ばーか、男は回数で勝負すんだよ!」
「バカはおめーだ。一人一回だべ!」
「ほーら王女さまよー自分で脱いだら優しくしてやるぜー?」
アイリーンは鎧を脱ぎ捨てる。ボロボロに傷付き、とうに鎧の役目は果たしていない。
「ひゅーう、王女さまキレーな肌してんなぁ!」
「でも胸ないぜ?」
「ばーか、女は穴がありゃあいーんだよ!」
「男にも穴はあるだべ!」
「キモい話すんじゃねーよ!」
アイリーンは脱いだ鎧から金属片を取り外し拳に巻き付けている。右、左と。
「おいおいおい何やってんだ王じょぶっ!」
帝国兵は側頭部を殴り飛ばされた、頭蓋骨が陥没している。即死だろう。
「何やってんどぁっ!」
「ま、待てってぇっろ!」
「や、やめっと!」
「違っうぬっ!」
首、頭頂部、後頭部、背骨。残った四人は全員が違う箇所の骨を叩き折られてしまった。
「お前達下郎などに妾の素肌を触らせてなるものか……」
だから拳に金属片を巻き付けたのだろうか。
「声がしたぜ! こっちか!」
「女の声だぜヒャッハー!」
「俺が先だぁー!」
そしてアイリーンは代官府の一室に身を潜める。例え最後の一人になろうとも、諦めていない。生き残ることを、敵の大将首を。
「炎姫はまだ見つからんのか!」
「はっ、只今建物内をくまなく捜索しております!」
「早くしろ! それから兵に徹底するのを忘れるな! 炎姫に手を出した者は手打ちだとな!」
「はっ!」
ラフェストラ帝国騎士団長ボルペインは好色で非道な男であった。戦場で捕らえた好みの女は必ず慰み者とするのだが、自分が目を付けていた女に兵が先に手を出した場合、烈火のごとく怒り狂った。それが原因で首を刎ねられた者は一体何人いるのだろうか。そうなると分かっていながらやめない兵が多いのは同じ穴の狢だからだろうか。
なお、たった一人のアイリーンを見つけられない理由の一つに、兵が掠奪に精を出していることが挙げられる。ここ、代官府だけでなくハザームの街中で躍起になって掠奪に励んでいるからだ。そこには逃げ遅れた女性も含まれていた。
アイリーンには帝国軍の動きは分からない。しかし、自分が奴らを引き付けていればそれだけ多くの王国民が逃げられるであろうことぐらいは分かる。一人でも多く王国民を逃す、そのためには一人でも多く帝国兵を殺す。最後の一人となっても隠れながら逃げながら、戦い続けていた。
その頃、国王率いる王国軍本隊千五百はハザームを目指して進軍している。
「陛下! 前方三キロル地点まで帝国軍が迫っております! その数およそ三千です!」
「三千? 帝国にしてはえらく少ないな。ならばちょうどよかろう。全軍展開! 鶴翼の陣!」
鶴翼の陣は大軍をもって敵軍を包み込む陣形なのだが、なぜ国王はこの陣形を……
両軍が激突し、一時間もしないうちに帝国軍は潰走している。どうやら二倍程度の差では王国軍には勝てないらしい。しかし、王国軍も無傷では済まなかった。死傷者は二百人を超えている。それだけの犠牲を出してでも、一兵たりとも帝国兵を通さない陣形を選ぶ必要があったのだ。
ハザームにて。帝国騎士団長ボルペインは報告を受けていた。
「申し上げます! 先ほど先遣隊が王国軍に敗れたとのことです!」
「なに? 三千もいて負けただと? 指揮してんのはガーメッツだったか。使えぬ奴め。まあいい、もしガーメッツが戻ってきたら殺しておけ。」
「はっ!」
「どうせそろそろこっちの本隊も到着するだろう? それまでに炎姫を見つけてこい!」
「はっ!」
帝国一万騎と謳われるのは伊達ではない。数こそ力と言わんばかりの軍勢である。王国の命運はもはや風前の……




